未来を照らすコトバ ビジネスと人生、さらには社会を変える51のキーワード
山口周, 長濱ねる
祥伝社
未来を照らすコトバ ビジネスと人生、さらには社会を変える51のキーワード(山口周, 長濱ねる)の要約
「未来を照らすコトバ」は、山口周氏と長濱ねる氏の対話を通じて、現代を生きる私たちに必要な思考法やビジネス理論、そして物事の捉え方を再考させてくれる一冊です。単なる知識の紹介にとどまらず、対話の中で浮かび上がる言葉の背景や文脈が丁寧に掘り下げられており、読者の視野や価値観を広げてくれます。
サラス・サラスバシーのエフェクチュエーションとは何か?
私たちは、現実という世界をそのまま認識しているわけではなく、常に「概念」というレンズを通して「自分なりの世界」を物語として構成しています。だからこそ、たくさんの「概念というレンズ」を持っていれば持っているほど、より解像度の高い世界認識が得られるのです。(山口周)
J-WAVEで2022年4月から放送されているラジオ番組「NTT Group BIBLIOTHECA 〜THE WEEKEND LIBRARY〜」が書籍化されました。本書は、著作家の山口周氏が「図書館長」、俳優の長濱ねる氏が「司書」として登場する構成で、対話を通じて本の内容を掘り下げながら、未来へのヒントを探る番組から生まれた一冊です。
なかでも人気コーナー「KEY TO TOMORROW」からは、世界の見方を変える51のキーワードが厳選され、多様なテーマが紹介されています。ビジネスにおける思考法をはじめ、哲学、心理学、アート、人間関係など幅広い分野にわたり、読者に新たな視点を提供します。
山口氏は、私たちが世界を直接的に認識しているのではなく、常に「概念」というフィルターを通して物事を捉えていると述べています。そのため、多様な「概念というレンズ」を持つことが、より高解像度の世界の理解につながると語っています。
たとえば、「アンラーニング(学びほぐし)」という言葉を知ることで、一度身につけたスキルや知識をあえて手放すことの重要性に気づくことができます。また、「反脆弱性」という概念からは、リスクや外部からの変化を恐れるのではなく、それらを活かす視点が得られます。
本書では各キーワードに関連する参考図書が紹介されており、ブックガイドとしての役割も果たしています。本書では各キーワードに関連する参考図書が紹介されており、ブックガイドとしての役割も果たしています。紹介されている書籍の多くは、当ブログでも取り上げてきた翻訳書で構成されており、書評を通じて読書の魅力を伝えてきた立場としては、非常に親しみを感じます。
たとえば「アテンション」というテーマでは、ベン・パーのアテンション―「注目」で人を動かす7つの新戦略を取り上げ、その内容をもとに二人の対話が展開されます。(アテンションの関連記事)
エフェクチュエーションは、計画重視主義と真逆の概念。 ビジネスの常識を否定する、「反計画主義」ともいえる考え方です。 実行する上で大事なのは、手元にあるもので無理なく始めること。
本書で紹介されているテーマの一つにサラス・サラスバシーのエフェクチュエーションがあります。(サラス・サラスバシーの関連記事)
これは、「計画をあまり立てない」ことを特徴とする起業アプローチで、事前に緻密な計画を策定する従来型の手法(コーゼーション)とは一線を画します。あらかじめ決めた目標に向かって進むのではなく、今あるリソースを最大限に活用しながら、その場その場で柔軟に対応していくという思考法です。
サラスバシーは、実際に成功している27人の起業家に対する綿密なインタビュー調査を通じて、彼らの意思決定のプロセスを分析しました。その結果、彼らは計画よりも実行と調整を重視し、予測困難な状況においても臨機応変に対応していたことが明らかになりました。
サラスバシーがこの実践知を理論化し、「エフェクチュエーション」という概念を構築しました。 私自身、大学の講義においてこの理論を必ず紹介しており、現代の不確実性の高いビジネス環境を理解するうえで、非常に重要な考え方であると実感しています。
エフェクチュエーションは、以下の5つの原則によって構成されています。 まず「手中の鳥の原則」は、自分がすでに持っている知識やスキル、人脈などの資源を出発点とする考え方です。リソースが限られていても、工夫次第で実行可能な行動が見えてきます。
次に「許容可能な損失の原則」は、最大の利益を狙うのではなく、自分が受け入れられる損失の範囲内で意思決定を行うというものです。これにより、大きなリスクを避けながら前進することができます。
「クレイジーキルトの原則」は、信頼できるパートナーとの協働を重視する考え方です。他者との連携を通じて未来を共に築いていくアプローチであり、初期段階からの協力関係がイノベーションを加速させます。
「レモネードの原則」は、予期しない出来事や失敗さえもポジティブに捉え、それを新たな機会に変えていこうとする姿勢です。柔軟性と創造性が問われるこの原則は、変化の激しい現代において特に有効です。
そして「飛行機のパイロットの原則」では、未来を予測することに依存せず、自らの行動によって未来を創造するという考え方が提示されます。環境に流されるのではなく、自分自身が舵を握るという主体性が求められます。
これらの原則は、不確実性が常態化した現代のビジネス環境において、極めて実践的な指針となります。過去の成功事例に倣うだけでは通用しない時代において、エフェクチュエーションは未来を切り拓くための思考の武器となるはずです。
起業家はキャズム理論を熟知せよ!
じつは一番重要なのは、”Why now?(なぜこのタイミングなの?)”なんです。 今ってものすごく環境が変化したり、テクノロジーが変化したりしている。
本書では、ジェフリー・ムーアのキャズム2も紹介されています。キャズム理論は、革新的な製品やサービスが市場で成功を収めるために越えなければならない「溝=キャズム」に注目した一冊です。製品の導入初期には、好奇心旺盛なアーリーアダプターが積極的に手に取りますが、その先のアーリーマジョリティ層に届かず、多くの製品が市場から消えていく現実があります。
ムーアは、このキャズムを乗り越えるためには、最初に一つのニッチ市場で確実な成功を収めることが重要だと説きます。アーリーマジョリティに向けては、製品の完成度だけでなく、導入のしやすさやサポートの充実度など、包括的な価値提供が求められるのです。
さらに、山口氏は、「Why now?(なぜ今なのか?)」という問いの重要性を指摘します。じつはこの視点こそが、最も重要なポイントです。テクノロジーの進化や社会環境の変化が加速する今だからこそ、新しいアイデアや製品が必要とされる必然性があります。
タイミングを見誤れば、どれほど優れたアイデアでも市場には届きません。 キャズム理論は、単なるマーケティングの知識ではなく、プロダクトやサービスをどのように社会に届けるかという実践的な指針を与えてくれます。イノベーションを現実の成果に変えたいすべての人にとって、学ぶ価値のあるフレームワークです。特に起業家はこのキャズム理論を経営に取り入れるべきです。
冒険家チャールズ・リンドバーグの妻であり、随筆家としても知られるアン・モロー・リンドバーグは、紀行文の中で印象的な言葉を残しています。「人生を浪費しなければ、人生を見つけることはできない」と。タイパや合理性が求められる現代において、この一言は非常に示唆に富んでいます。
最近では、テクノロジーの進展により、どこにいても仕事ができる環境が整いつつあります。リモートワークやオンライン会議が当たり前になったことで、物理的な制約は大きく減りました。だからこそ私はあえて、ローカルな場所に足を運び、人に会いに行くようにしています。
そしてそこから、オンライン会議に参加する。移動距離を意識的に伸ばすことで、現地でしか得られない出会いや、気づき、風景が生まれるのです。こうした一見無駄に見える時間が、むしろ自分の視野を広げ、思考を深掘りしてくれる実感があります。
今、多様な人々がそれぞれの価値観を持ち寄り、自分のペースで生きていく「高原社会」への移行が進んでいます。性別、国籍、文化的背景といった枠組みを超えて、多様性がごく自然に受け入れられ、それぞれが「好きなことをする」ことで、全体としてバランスが取れるような社会。これは、これからの共生のかたちを象徴しているといえるでしょう。
そのような社会においては、「相互依存」という関係性が、これまで以上に重要な意味を持つようになります。かつては「自立」が美徳とされ、すべてを一人でこなせることが理想とされてきました。しかしこれからは、他者に頼り、同時に他者に頼られることを前提とした、ネットワーク型の社会が主流になっていくでしょう。
一人ひとりが自分の強みを理解し、それを惜しまず共有する。そして、他者の強みを尊重し、組み合わせていく。そうした相互補完的なつながりが、無理のないかたちで社会全体に広がっていくことが期待されます。
だからこそ、「ここだけは譲れない」という、自分の中にあるこだわりや情熱を大切にすることが、これからの時代には必要です。周囲に合わせて自分を押し殺すのではなく、自分らしさを率直に表現することが、他者との関係性においても軸となり、自律と調和を両立させる鍵になります。
一人ひとりが、自分の「好き」を起点に行動し、それぞれのやり方で価値を生み出していく。その積み重ねが、全体のバランスを整えていくのです。そう考えると、個人の幸福と社会の調和は決して対立するものではなく、むしろ互いを支える関係にあるのだと実感します。
本当の多様性とは、単に違いを受け入れることではありません。その違いがあるからこそ生まれる新たな価値や可能性を、楽しみながら活かしていくこと。そこにこそ、持続可能な共生のヒントが隠れています。
アン・モロー・リンドバーグの言葉が教えてくれるのは、合理性では計れない「豊かさ」の存在です。効率や成果ばかりに目を向けがちな時代において、自分らしく生きることこそが、他者にとっての希望となり、未来を切り開くきっかけになるのかもしれません。そんな時代は、すでに始まっているように思います。
さらにマルコム・グラットウェルのティッピングポイントは、あるアイデアや商品がある臨界点を超えることで、社会的に急速に広がる現象を指します。ヒット作品やバズ現象の背後には「少数者の原則」と呼ばれる要素が存在しており、影響力のある少数の人々が情報の拡散に大きな役割を果たしていると説明されています。
ウォーホルは、あるジャーナリストから「アーティストとして成功するための秘訣は何ですか?」と聞かれた時に、「しかるべき時にしかるべき場所にいること」と答えています。まさにティッピングポイントの話なんですね。
実際、ウォーホルと交流を深めたジャン=ミシェル・バスキアは、そのネットワークと影響力を通じて、一気に知名度を高めていきました。バスキアの才能に加えて、ウォーホルという「影響力のある少数者」の後押しがあったからこそ、彼は一躍アート界のスターとなったのです。
また、日本のピコ太郎氏が投稿した動画が、世界的ポップスターのジャスティン・ビーバー氏によってSNSで紹介されたことで、一晩にして世界中に拡散した事例も、この原則の典型といえるでしょう。どれほどユニークで魅力的なコンテンツであっても、それが「誰の目に触れるか」によって、広がり方は大きく変わります。
このように、少数者の原則とティッピングポイントの関係性を理解することは、情報発信やプロダクト展開を考えるうえで非常に重要です。影響力を持つ存在とのつながり、そして絶妙なタイミング。それこそが、時代を動かすきっかけになるのです。
キャリア・アンカー理論を人生に活用する!
人生で「必ず戻ってしまう」ポイントがキャリア・アンカーです。 これには8つのタイプがあります。
エドガー・H・シャインによって提唱された「キャリア・アンカー理論」は、自分にとっての“働く軸”を見つめ直すうえで非常に有効なフレームワークです。シャインはMITの組織心理学者として、人のキャリア形成における内的動機や価値観に注目し、仕事を選ぶ際に人が無意識に優先しているものを「キャリア・アンカー(錨)」と名づけました。
キャリア・アンカーとは、私たちがキャリアの選択において絶対に譲れない“中核的な価値”のことです。船の錨が海底に根を下ろして船を留めるように、このアンカーがあるからこそ、キャリアがぶれても最終的には「自分にとっての正しい方向」に戻ってこられるのです。
シャインは、調査と面談を通じて、以下の8つの代表的なキャリア・アンカーを導き出しました。
①専門・職能コンピタンス
自分の専門性を深め、その道のプロフェッショナルとして認められることに価値を置くタイプです。
②全般管理コンピタンス
組織全体をマネジメントし、リーダーシップを発揮することにやりがいを感じます。
③自律・独立
自分のペースで働き、指示を受けるのではなく、自律的にキャリアを築きたいという欲求です。
④保障・安定
安定した雇用や収入、安心できる職場環境を重視するタイプです。
⑤起業家的創造性
新しいビジネスや価値をゼロから創り出すことに魅力を感じます。
⑥奉仕・社会貢献
人や社会に対して良い影響を与えることをキャリアの中心に据えています。
⑦純粋な挑戦
難題を克服し続けること、勝負に挑み続けること自体がモチベーションになるタイプです。
⑧生活様式
キャリアを生活全体の一部として捉え、仕事とプライベートのバランスを重視します。
この理論の優れている点は、どのアンカーが正しい・間違っているという評価ではなく、「自分は何に最も価値を感じているのか?」を内省するための手がかりを与えてくれることです。自分に合わない仕事や環境でストレスを感じるのは、自分のキャリア・アンカーと大きくズレているからかもしれません。
自分のキャリア・アンカーを明確にすることは、人生をより戦略的に、そして納得感をもって歩んでいくうえで重要なステップになります。シャインの理論が示すように、人はそれぞれ異なる価値観や動機づけを持ってキャリア選択をしています。だからこそ、「自分にとって譲れないものは何か?」を知ることは、環境に振り回されず、自分の軸を保ちながら生きるための土台になります。
私自身もこの理論を実践的に活用した一人です。自分のキャリア・アンカーを言語化してみたとき、そこには明確に「起業家的創造性」という要素がありました。新しい価値をゼロから生み出すこと、そして日々異なる課題に挑むことこそが、自分にとっての喜びであり、エネルギーの源泉であると気づいたのです。
この気づき以降、選択に迷いが生じたときも、「自分のアンカーに沿っているか?」という視点で判断ができるようになりました。結果として、日々の行動に一貫性が生まれ、仕事にも生活にも前向きな感情を持てるようになりました。言い換えれば、自分のキャリア・アンカーを理解することは、人生をエンジョイするための思考ツールになるのです。
長濱ねる氏は、本書の元になったラジオ番組での対話を通じて、「未来の私だけでなく、過去の私も変えてくれた」と語っています。これは、単に新しい知識を得るだけでなく、これまでの自分の価値観や経験の解釈すらも更新されるような、深い思考の変化を体験した証といえるでしょう。
山口氏と長濱氏の対話は、知識を並べるだけではなく、さまざまな考え方を行き来しながら「世界をどう見るか」という核心に迫っていきます。二人の異なる視点が交わることで、物事の見方が立体的になり、読者は自然と視野を広げられます。その結果、日々の判断や行動を考える際にも、これまでとは違う角度から物事を捉えられるようになり、自分の世界の見え方をアップデートしていけるのです。















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