私たち一人ひとりの外見や体質が違うのは、ゲノムに刻まれた情報がわずかに違うからです。つまり、ゲノム情報は人それぞれなのです。個人の違いはゲノムの違い。これが「ゲノムは究極の個人情報」と言われる理由です。(高橋祥子)
ゲノム解析が行われることで何が起こるのか?
高橋祥子氏のゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか? 生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来を読了しました。生命科学で今、何が起こっているのかを短時間で把握でき、ゲノムの知識を一気に増やせました。
著者の高橋氏は個人向けに病気や体質などの遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行うジーンクエストを2013年に起業します。ジーンクエストは自分の唾液を採取するだけで、体質や疾病リスクに関する約300項目の遺伝情報を得られるサービスを提供しています。個人のゲノムデータとアンケートを収集・解析することで、今まで誰も知らなかったことを明らかにできるようになったのです。ゲノム研究で最も大事なことは、いかに多くのデー夕を集めることかで、そのためにユーザーと研究者がお互いにメリットを享受する世界を目指します。多くのユーザーのゲノムと生活習慣を結びつけることで、疾病リスクを減らす提案ができるようになるのです。
生命科学は「生命に共通の法則性を解き明かし、それを活用する学問」または「ゲノムを中心として、生命を分子の集まりと見なして、生命が作るストーリーを紐解く学問」です。法則性を明らかにするためには、大量にデータを集めることが前提となります。大量のデータから共通点または差異を見つけることが、法則性を明らかにする際に欠かせません。
あらゆる成分を取りあえず丸ごと調べて、その中から健康な人と病気の人との間で共通する成分、異なる成分を探す研究手法が主流となっています。多くの人から大量のデータを収集し、最新のテクノロジーを活用することで生命科学が発展し、多くの病気を治せるようになるのです。
例えば、ゲノム編集は遺伝子が原因の病気を治すことができるテクノロジーとして注目されていますが、受精卵のゲノムを編集すれば、思いどおりの人間を作ることも可能です。デザイナーベビーにつながるとして強く非難されることもありますが、だからといってゲノム編集というテクノロジーそのものを否定することはできるでしょうか。せっかく有用なテクノロジーがあるのに、それを活用できないことは、今の社会、そして未来にとって大きな損失です。
ゲノム編集は、現在の生命科学の基礎研究ではなくてはならないテクノロジーです。ある遺伝子の機能をなくしたときに病気になるかどうか調べるのに、非常に有用なツールになっています。このゲノム編集に嫌悪感を感じる人もいると思いますが、倫理に反さないルールを作り、有効活用することで私たちを病気から守ってくれるのです。
2015年11月イギリスのグレート・オーモンド・ストリート病院で、1歳の白血病患者にゲノム編集を施した免疫細胞を移植するという治療が行われました。白血病の治療法のひとつに、他人の免疫細胞を移植する方法がありますが、移植手術の場合、移植した細胞が移植先の細胞を攻撃しようとする免疫反応が問題となります。免疫タイプが近いドナーがいればいいのですが、一致する確率は低く、多くの患者は常にドナーを待っている状況です。そこで、ドナーの免疫細胞のうち、免疫に関係する遺伝子をゲノム編集で不活性化させたのです。抗がん剤に耐性をもつゲノム編集も施されています。患者の細胞を攻撃せず、さらに抗がん剤に強くなるようにゲノム編集をすることでガンを抑制できるのです。
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ゲノムワイド関連解析(GWAS)が世の中を変える!
身長や生活習慣病については、影響を与える遺伝子はひとつだけではないことがわかっています。身長については、2013年にゲノム内で身長と関係する場所が697箇所も見つかりました。しかも、ひとつひとつの影響力は非常に小さく、今までのようにひとつの遺伝子に注目しているだけでは見つけられないほどです。大量のゲノムデータを集めることで、遺伝子の特徴が明らかになります。ある遺伝子に変化があっても、身長の高い人もいれば低い人もいるとなれば、その遺伝子は身長とは関係ないと言えます。逆に、ある遺伝子に変化があるグループは身長が高い傾向にあるとなれば、その遺伝子は身長と関係がありそうだと推測できるのです。これを機械的に処理して、身長と関係がある遺伝子を浮かび上がらせます。
この手法は「ゲノムワイド関連解析」(GWAS)と呼ばれています。 GWASという手法は、2002年に日本の理化学研究所のチームによって開発されました。遺伝子解析は一本釣りから底引き網漁法に変わり、GWASが生命(特にゲノム)を解明する方法にパラダイムシフトを起こしたのです。
GWASでデータを分析することで、遺伝子の特徴や本人の状況が明らかになり、病気にならないための提案を行えるようになります。
ジーンクエストの項目のひとつである肺がんの場合、遺伝子の影響は8~14パーセントであると言われています。残りは生活習慣、 肺がんの場合は特に本人の喫煙、そして受動喫煙に左右されます。ということは、仮に肺がんになりやすいスニップをもっていたとしても、生活習慣、を変えることでリスクを大きく下げることができると言えます。具体的な数値を見ることで、行動を変えるきっかけにしてほしいと私は願っています。
大量のデータを集めて解析するデータドリブン型の研究によって、予想もしなかった新しい発見が生まれています。 統合失調症の遺伝的影響を調べる研究で、コロラド大学のケラー准教授らは、属人的な研究から候補に挙がった25の遺伝子と、GWASを用いた解析を比較しました。その結果、これまで候補とされてきた25の遺伝子が、他の遺伝子と比べて、統合失調症と特に大きく関係しているわけではないことがわかりました。GWASの解析結果は、これまで候補とされていなかった新たな遺伝子を見つけていました。つまり、統合失調症に関わる遺伝子の候補として、属人的な仮説ペースで挙げられたものが、データドリブンで出てきたものよりも確かだということは全くない、ということです。このようにデータドリブン型の研究は時間やコストの短縮に繋がるだけでなく、思いがけない新しい発見をもたらすのです。
アメリカ、欧州、アジアで全ゲノム解析が進み、東北大学のプロジェクトによって3554人の全ゲノム解析が終了し、このデータが研究に使えるようになったのです。今まで欧米人が基準だったゲノムデータですが、東北大学のデータを活用することで、日本人の遺伝子と病気の関係を明らかにできるはずです。
現在ではゲノムデータはクラウドに保管されていますが、このデータをシェアすることで研究のスピードが加速すると同時にコストを下げられます。ゲノム以外のタンパク質や腸内細菌までもが今は徹底的に調べられています。ゲノム解析サービスだけでなく、アレルギーや精神疾患に影響を及ぼす腸内細菌叢を解析するサービスも始まっています。
今後テクノロジーが進化すれば、光でリアルタイムに血糖値が測れるようになります。徐々に体の中が可視化されてくるようになれば、やがてはウエアラブルデバイスから、今のあなたは不摂生だというアラートが届いて、健康を維持できるようになるかもしれません。
DNAの全塩基配列であるゲノム、DNAから作られるRNAのすべてであるトランスクリプトーム、生命機能を担うタンパク質のすべてであるプロテオーム、生体内で作られる全代謝物のメタボロームに加え、ウェアラブルデバイスで測定した生活習慣のデータであるライフログを簡単に取得できるようになります。集めた全データを統合し、生体の全情報を扱う研究(トランスオクミス)が、今後スタートすれば、誰がどういう病気にかかりやすいかを類推できるようになるのです。
自分のスマートフォンの位置情報がグーグルマップの渋滞情報の一部に活用されるように、自分の生命データを提供することが生命科学の研究に活用され、将来の新たな発見につながる可能性を秘めているのです。将来自分が病気になったときに受ける新しい治療法は、そうした収集データがもとになるのかもしれません。
自分の生命データを提供するのは嫌かもしれませんが、この集積によって新しい治療法が見つかる可能性が高まります。また、病気にならないように自分の生活習慣を見直すきっかけを与えることもできるのです。
ゲノム解析サービスも同じではないでしょうか。
自分のゲノムを調べ、 発症リスクがどれくらいか知ることが大切です。それが生活習慣、 を変えるきっかけになり、結果として健康につながれば、 多くの人が生活の質(QOL) の向上を感じ取ることができるはずです。実際、 ゲノム解析サービスを受けたことで健康に対する意識が変わったと いう統計結果が得られています。
自分の人生をより良くするために、ゲノム解析を行うのはありだと思います。健康寿命を長くし、人生を謳歌するためにジーンクエストのサービスを試してみたくなりました。本書を読むことでゲノム解析の理解が進みました。
まとめ
テクノロジーが進化することで、生命科学も進化しています。ゲノム解析を不安がるのではなく、実態を知り、ルールを守ることで、多くの病気を治せたり、予防できるようになります。ゲノム解析を大衆化するジーンクエストの動きに今後も注目していきたいと思います。
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