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モンク思考: 自分に集中する技術
著者:ジェイ・シェティ
出版社:東洋経済新報社
本書の要約
自分の中の恐怖の存在を認め、恐怖への反応パターンを観察し、そのパターンを修正していくと、ネガティブなものでしかないと思っていた恐怖をチャンスに変えることができます。執着が生み出す恐怖に気づいて、無執着を育てていけば、迷いがなくなり、正しい選択ができるようになります。
恐怖を有効利用する!
僕らが恐怖を手放せずにいればいるほど、恐怖は発酵熟成して、やがて毒へと変質していく。(ジェイ・シェティ)
元僧侶で作家のジェイ・シェティのモンク思考: 自分に集中する技術の書評を続けます。著者は僧侶のように思考する「モンク・マインド」に至る旅は次の3つのステージに分かれると述べています。
■第1のステージ→「手放す」
成長を押しとどめている外的要因、自分の内側にある障害物、恐怖などをそぎ落としていきます。
■第2のステージ→「成長する」
人生で様々な決定を的確に行うために、意図、目的を明確にし、自信を持てるようにします。
■第3のステージ→「与える」
世界に目を向け、感謝の気持ちを広げ、分かち合い、人間関係
今日は恐怖を手放すことについて考えてみます。ジャングルの中で暮らしていた私たちの祖先は絶えず危険と隣り合わせで、恐怖感を抱いていました。彼らに比べると現代人のリスクは相当低くなっていますが、遺伝子に残された恐怖感から逃れられずにいます。私たちはお金、仕事、人間関係といった日常的なことにも恐怖を感じてしまい、徐々にその恐怖を大きくしていきます。
著者は僧侶として過ごした3年間で、恐怖に対する恐怖を手放してきたと言います。恐怖を感じたら、何がその原因かを明らかにすることで、ためにならない思考や行動のパターンが見つかります。恐怖を感じ、その理由を突き詰めることで、チャンスに出会えるようになるのです。
恐怖を通じて自分の本質や価値観を学ぶことができるなら、人生の大きな意味や目的を見つけるための道具として役立てられる。恐怖を案内役にして、自分の最良の部分にたどり着くことができる。
私たちはストレスを避けようとしますが、ストレスを乗り越えることで自分を強くできます。恐怖を避けるのではなく、もう怖くないというところまで、恐怖と徹底的に付き合うこと、恐怖を有効利用することで、自分を成長させられます。ストレスや恐怖も使いようによっては役に立つのです。
恐怖と自分を切り離せば、恐怖と向き合えるようになります。人はネガティブなことが起こり、パニックに陥ると、まだ起きてもいないことをあれこれ考え始めます。恐怖に駆られて、フィクション作家に早変わりして、未来の最悪のシナリオを描き始めます。
人は危険よりも多くの恐怖を感じ、現実よりも自分の想像に苦しめられる。(セネカ)
失業したとしても、心身を落ち着かせることで今の自分の状況を変えられます。恐怖を受け入れ、周りの状況をしっかり把握することで、パニックから脱して、恐怖をチャンスに変えられるようになります。失業によって、自分がやりだかったことができたり、スキルを伸ばすことに時間を使えるようになります。
無執着になる!
恐怖や困難と向き合うと、自分が案外、強かったことに気づく。すると、ものの見方が変わって、たとえ次に悪いことが起きても、対処できるという自信が生まれる。ものごとを客観視する力が育てば、実際に恐れるべき危険とそうでないものを区別できるようになる。
著者は呼吸などの瞑想を通じて自分の中の恐怖を明らかにすることで、恐怖感を手放せたと言います。その中で、恐怖に対する感情的な反応には 4種類あることに気づきます。
■パニックになる
■凍りつく
■逃げ出す
■覆い隠す
「パニックになること」と「凍りつくこと」は短期的な戦略で、「逃げ出すこと」と「覆い隠すこと」は長期的な戦略です。恐怖を感じたときの自分の反応パターンを知ることで、恐怖の根っこを探しやすくなります。今感じている恐怖が緊急性の高いものか否かを見分けられますし、その恐怖を手がかりに、自分の価値観、情熱、目的にふさわしい生き方を模索することもできます。
恐怖との関係を変えるためには、恐怖のとらえ方を変える必要があります。恐怖の価値に気づいて、反応の仕方を変えるようにしましょう。
恐怖に向かって語りかければ、自分を恐怖から切り離すことができる。そして、自分は恐怖と一体ではなく、単に恐怖を経験しているにすぎないことが分かってくる。
恐怖の根源をたどっていくと、たいていの場合は、執着との深いつながりが見えてきます。人は自分らしさの象徴だと思っている所有物と生活水準、あるいは、現実にはそうでないのに、これが理想だと思っている人間関係、そういうものに私たちはしがみついているのです。
一方、モンク・マインドももった僧侶たちは、無執着を実践します。家だろうと家族だろうとすべては借り物だと気づいています。 何かに執着することが、痛みと恐怖の原因になるとわかっているので、執着することは意味がないと考えているのです。
私たちがこの世のすべてははかないものだということを受け入れれば、そのありがたみを実感できるようになります。また、恐怖を味方にすることで、自分を変えられるようになります。 努力次第で改善が可能な状況を知らせてくれる恐怖は有益な恐怖です。
たとえば、食生活のせいで健康が悪化していると医者に言われて、病気になることが恐くなるとしたら、食生活を変えればいいのです。健康になることで、その恐怖を消すことができます。
以前の私はアルコールに依存し、絶えず「死」への恐怖を感じていました。しかし、14年前に断酒をすることで、健康を取り戻せました。アルコールに執着するのをやめ、そのエネルギーを自己投資に使うことで、自分を変えることができたのです。
ものごとに対する心の反応を自分と切り離し──気づきをもって──観察しながら、明確な視点で決断を下すこと、それが無執着だ。 無執着というのは、この世のすべてが一時的なものであって、僕らがほんとうに所有したり、コントロールしたりできるものは何もないという真理を理解し、受け入れることだ。
自分がほんとうに所有できるもの、コントロールできるものが何もないということを、素直に認められるようになると、人間関係にしろ、物や出来事にしろ、その出会いを心から楽しみ、味わっている自分に気づきます。無執着になることで、自分の人生に迎え入れるべき人間関係、物、出来事を慎重に考えるようにもなります
自分の中の恐怖の存在を認め、恐怖への反応パターンを観察し、そのパターンを修正していくと、ネガティブなものでしかないと思っていた恐怖が、単なるシグナルに、あるいは、新たな可能性の前触れにさえ見えてきます。
執着が生み出す恐怖に気づいて、無執着を育てていけば、大いなる自由と喜びを感じながら生きていけるようになります。そして、恐怖にエネルギーを費やすよりも、そのエネルギーを人への貢献に使うことができれば、より充実して、より強く人とのつながりを感じながら生きられるようになります。ものや肩書きに執着するのをやめ、無執着になることで、私たちは幸せになれるのです。
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