スタンフォード大学の共感の授業―人生を変える「思いやる力」の研究
ジャミール・ザキ
ダイヤモンド社
本書の要約
読書を通じて様々な主人公の擬似体験するうちに、共感する力が養われます。文学や芝居のようなナラティブ形式の芸術は、他者の心について想像をめぐらすきっかけを与えます。物語を語るという、人類のもっとも古いヒマつぶし行為は、現代人にとって、不用品どころか必需品になるのです。
共感力が読書で育める?
お話をたくさん読んでいる子どもは、本嫌いの同年代と比べて、人の心を察する力が早く伸びる。(ジャミール・ザキ)
ジャミール・ザキのスタンフォード大学の共感の授業―人生を変える「思いやる力」の研究の書評を続けます。共感力を鍛えるためには、読書が効果があることが明らかになっています。
心理学者レイモンド・マーの研究によると小説や物語は人に無数の人生を体験させてくれます。様々な主人公の擬似体験するうちに、共感する力が養われると言うのです。熱心な読書家は、読書量の少ない人と比べて、他人の気持ちを理解することが得意なことが明らかになっています。 文学という「薬」をいくらか摂取するだけで、共感の力が育つのです。
ある実験で、被験者にジョージ・ソーンダーズの小説『12月の10日』を読ませたところ、ノンフィクションを読んでいた被験者よりも、その後のテストで他人の気持ちを正確に読みとっていたそうです。また別の研究で、うつ病患者の様子を叙情的に語った物語と、うつ病に関する科学的説明文を用意して、どちらかを被験者に読ませたところ、物語を読んだ被験者のほうが、うつ病の研究と治療を行う団体に寄付をする傾向があったと言います。
本は持ち運び可能だし、騒音も出ないし、他人に知られることもない。電車の中で、隣に座る人にも気づかれずに、こっそり異世界に飛び込める。公共の場では近寄りたくないタイプ、認められないタイプに対しても、安心して共感を寄せられる。
私たちは読書によって、現実の交流に伴う面倒は避けながら、他人の人生を味わえます。読書という手軽な体験から、本物の人間に対する思いやりを育めるようになるのです。 小説『アンクル・トムの小屋』によって、アメリカにおける奴隷制反対の機運が高まりました。
同性愛者や移民が主人公となる物語を読ませると、LGBTQや移民のコミュニティに対する偏見が改善されることがわかっています。このように架空の物語は、共感の呼び水になり、世の中に大きな影響を与えることも可能になるのです。
読書会が難しい人間関係すら改善する?
和解など不可能に見えていた人間関係にも、物語が解決を促すこともある。
アメリカには「チェンジング・ライブズ読書会」という受刑者向けの読書会があります。一般保護観察対象者とこの読書会に参加した保護観察対象者を比較したところ、一般の受刑者では45%がふたたび罪を犯していました。そのうち5件は暴力犯罪でした。
一方、チェンジング・ライブズ読書会の参加者の再犯率は20%未満で、暴力犯罪は1件だけだったのです。ふたたび犯罪に手を染めてしまった場合でも、多くの場合は、読書会参加前と比べると内容は軽微でした。
再犯で刑務所に戻れば年間ひとり当たり最大3万ドルの収監コストが発生するのに対し、読書会のコストはおよそ500ドルで済見ます。また、読書会によって犯罪が減ることで、被害者を減らすことも可能になります。
チェンジング・ライブズ読書会の誕生以降、刑事司法に文学を取り入れる裁判官は増えています。2008年にはバーモント州で、詩人ロバート・フロストが遺した農園国定歴史建造物に指定されている施設で28人の若い男女が勝手にパーティを開いて大騒ぎをし、不法侵入と器物損壊で逮捕されるという事件がありました。このとき若者たちには、刑務所に入るかわりにフロストの人生と作品を学ぶ特別なセミナーの受講が義務づけられました。ブラジルとイタリアでは、囚人が本を1冊読むごとに、3、4日ほど刑期短縮を認めるという試みが導入されています。
現代社会は多くの面で、文学のことを「必須ではないもの」と見てしまいます。刑務所内に図書室を作れば出所後の就労率が上昇するというエビデンスがあったにもかかわらず、2006年のビアード対バンクス裁判で、アメリ力最高裁は囚人の読書を禁じる刑務所側の権利を認めました。
著者は読書や芸術によって、犯罪の状況を変えられると言います。芸術特に、文学や芝居のようなナラティブ形式の芸術は、他者の心について想像をめぐらすきっかけを与えます。物語を語るという、人類のもっとも古いヒマつぶし行為は、現代人にとって、不用品どころか必需品だと著者は指摘しますが、私もこの考えに同意します。本書を読むことで、読書の新たな効用を知ることができました。
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