オプラ・ウィンフリーの成功はエコシステムの構築にあり。エコシステム・ディスラプションの書評

three people sitting in front of table laughing together
エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略
ロン・アドナー
東洋経済新報社

本書の要約

オプラ・ウィンフリーの成功は、彼女がパートナーとのエコシステムを構築したことで説明ができます。オプラは「エコシステム構築の主要プロセス3つの原則」を守り、事業を拡大していきました。原則①最小限の要素で構築する。原則②段階的に拡張する。原則③エコシステムを継承する。

オプラ・ウィンフリーの成功は、エコシステムの構築にあり!

MVE(Minimum Viable Ecosystem)は、新たなパートナーを迎えるのに必要十分な裏づけを示すことのできる、最小限の要素を持つエコシステムのことである。パートナーを増やすことは、価値構造を作り、価値提案の約束を果たすための鍵となる。(ロン・アドナー)

ロン・アドナーエコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略書評を続けます。ダートマス大学タックビジネススクール教授のロン・アドナーは、エコシステム・ディスラプションというビジネスモデルを提唱しています。企業の競争は価値提案(バリュープロポジション)を提供するエコシステム(生態系)へと移りつつあるのです。新たなエコシステムを構築することで、企業は競争優位性を発揮できるようになります。

エコシステム構築の鍵を握るのが、MVEになります。MVEの目的はパートナーを引き込むことであり、パートナーとの関係を強化することで、企業は顧客体験を高められます。

エコシステム構築の主要プロセス3つの原則
原則①最小限の要素で構築する (MVEの構築が重要)
原則②段階的に拡張する
原則③エコシステムを継承する 

司会者として活躍するオプラ・ウィンフリーのキャリア成長もこのMVEで説明可能です。彼女の生い立ちは非常に厳しいものでしたが、持ち前の才気や明るい考え方、天分によって、多くのファンの心をつかむことに成功します。オプラはテネシー州ナッシュビルとメリーランド州ボルチモアで、地方テレビのニュースやトーク番組の司会者を務め、その後1984年にシカゴに移り、飛躍のきっかけをつかみます。

視聴率最下位だった朝の番組を、オプラはわずか1ヶ月で視聴率トップに押し上げることに成功します。その後『オプラ・ウィンフリー・ショー』を始め、同番組は25年間続き、ピーク時には毎朝1200~1300万人に視聴されるまでになったのです。

私は、米国で最も裕福な黒人女性に必ずなってみせます。実力者になってみせます。(オプラ・ウィンフリー)

彼女はビジョン実現のため、司会者から自分の立ち位置を変え、メディアの大物になり、やがてはコンテンツのエコシステムを築くようになります。オプラはいきなりエコシステムを拡大するのではなく、パートナーとの関係を築いた上で、新たな領域に参入することで、成功を手に入れたのです。

オプラ・ウィンフリーのエコシステム構築のステップ

コントロールの掌握 スターからオーナーヘ
オプラはリスクを取り、スタッフから番組のオーナーになることを選択します。オプラと彼女の弁護士兼事業パトナーのジェフリー・ジェイコブスは、『オプラ・ウィンフリー・ショー』の番組の権利を買い取ります。こうしてオプラは、自身の企業であるハーポ・メディアの傘下にコンテンツを集約していきます。

オプラは起業家となるというリスク取り、それを上手にコントロールしました。ハーポ・メディアは番組の権利取得以外にも、自身の番組を制作するスタジオも買収しました。彼女は自身の番組以外のコンテンツを作り始めました。

・テレビ番組
『ブリュースタープレイスの女(The Women of Brewster Place)』
『ここに子どもはいない(There Are No Children Here)』
『ドクター・フィル』『ドクター・オズ』『レイチェル・レイ』

・映画
『愛されし者(Beloved)』
『プレシャス(Precious)』
『グローリー 明日への行進(Selma)』

2018にはアップルとパートナーを組み、ストリーミングサービス用の独占コンテンツを制作しています。

彼女は視聴者との対話を繰り返し、信頼を勝ち得ていきます。彼女の影響力は大きくなり、多くのコンテンツ販売によい影響を及ぼしました。

視聴者を呼び込むのは彼女のカリスマ性だが、フォロワーを動かして「オプラ効果」をあげるのは信頼であり、それは市場で大きな影響力を持つことになった。

実際、オプラの番組で紹介され、彼女の「お気に入り」リストに入れられた製品は、すぐにベストセラーとなったのです。

「オプラ・ブッククラブ」は、取り上げられた本の売上をアップさせました。ここから多くの作家が育っていきました。オプラの視聴者とのつながりが、ベストセラー作家を生み出していったのです。

オプラ・ウィンフリーはこのつながりを展開して、新たな分野にパートナーを集めてイノベーティブな事業を展開しました。彼女はエコシステムの継承を原動力としたのです。

継承による参入の第1段階 エコシステムの継承
オプラは、テレビタレント→プロデューサー→事業オーナーと段階を踏んで、活動を拡大しました。
1、継承による参入の第1段階──出版業
オプラのブッククラブは、テレビ番組のコーナーの一つであり、それ自体が出版への参入ではありませんでした。その後、オプラは必要なパートナーやメディア企業のハースト社と連携して、出版事業に手を広げます。

彼女が手掛けた雑誌の『O the Oprah Magazine)』は通常の雑誌とは異なり、巻頭の広告スペースはありませんでした。オプラは「読者第一」の考えを主張し、読者が雑誌の内容を知る前には広告を入れないこととしたのです。

雑誌は成功したとても、利益をあげるまでには5年程度かかるのが普通である中で、『0』創刊号の発行部数は100万部で、ハーストは第6号までには627ページもの広告を販売することに成功します。7号目の発売時には購読者数が200万となって黒字化しただけでなく、米国市場で最も成功した新雑誌となったのです。

2020年に完全にデジタル化されるまで、印刷版の雑誌は20年間続きました。オプラは編集の主導権を得たことで、雑誌とテレビ番組の間で直接的な連携が可能となったのです。本や「お気に入りの品」などの共通のテーマを連携させて、著名なファイナンシャルプランナーのスーズ・オーマンなどの有名人を、レギュラーの出演者とコラムニストの両方に採用しました。彼女の強みを活用して、コンテンツで稼ぐ仕組みをつくっていったのです。

継承による参入の第2段階 テレビ番組とケーブルテレビ番組
オプラはテレビでも2つの新たなエコシステムにチャレンジします。
1、女性に特化したテレビ局「オキシジェン・ネットワーク」への投資
オプラは1999年に「オキシジェン・ネットワークベンチャー」というベンチャー事業に対して 2000万ドルと、『オプラ・ウィンフリー・ショー』の過去の放映権(これについては、のちに後悔している)を投資し、その見返りに25%の取り分を得ることになりました。

ただし、持ち株比率が小さかったことや、共同創業者と経営方針に関する考え方が異なったせいで、オプラは期待していたほどの影響力を発揮できませんでした。2007年、オキシジェン・ネットワークは米三大テレビ局の一つであるNBCに九億ドルで売却されました。

2、OWN(オプラ・ウィンフリー・ネットワーク)の開局
2008年にオプラはディスカバリー・コミュニケーションズと組んで、ケーブルテレビ番組の制作を全面的に統制し、OWN(オプラ・ウィンフリー・ネットワーク)の開局を発表しました。

OWNを「精神的な気づきをもたらす目の覚めるような局にする」というビジョンのもとスタートした事業は、視聴者の共感を得られませんでした。ディスカバリーは当初、同ネットワークに2億5000万ドルを投資しましたが、視聴率は低迷を続けました。

その後、オプラは方針転換して、テレビ制作のエコシステムで培った関係に頼ることにしました。2012年にはヒットメーカーのタイラー・ペリーに脚本を依頼し、独占シリーズ契約を結びます。結果、2015年までに、OWNの広告売上は前年比で倍増し、アフリカ系アメリカ人女性層で第一位のネットワークとなったのです。彼らは重要なのに手つかずのままだった視聴者層であるアフリカ系アメリカ人女性の開拓に成功します。

継承による参入の第3段階 ウエルネスと健康
オプラによるエコシステム継承の中で最も注目されるものは、ウェルネスと健康事業への参入です。番組のコーナーで健康志向の話題を取り上げていたことや、自身の体重との闘いをオープンにしてきたことなどオプラのウェルネスと健康の体験がここで活きます。

2015年、オプラはフィットネスや減量などに関するサービスを手がけるウェイト・ウォッチャーズの株式の10%を取得し、経営陣に加わりました。この老舗企業のブランドと業績は低下していましたが、オプラが提唱する総合「ウェルネス」のメッセージとともに切り口を変え、企業名もWWと変更することで、ウェイト・ウォッチャーズは復活を果たします。

オプラの知名度や資金、さらに彼女がブランドアンバサダーになったことと、数十年にわたり、自身の番組で視聴者とウェルネスについて考えてきた、彼女独自の継承があったことが組み合わさり、変革が成し遂げられました。

WWのCEOであるジム・チェンバースは、次のように語っています。

わが社は、減量だけに焦点を絞ったものから、人々がより健康的で幸せな生活を送ることに取組みを広げつつある。オプラと話をする中で、彼女の考えとわが社のミッションには大きな連携があることが明らかになった。オプラは人々につながりと刺激を与え、各人の最大の可能性に気づかせる素晴らしい能力を持っている。彼女の能力は、わが社の強力なコミュニティや素晴らしいコーチ、実績のあるアプローチを、独自の形でより強固なものにすると考えた。(ジム・チェンバース)

チェンバースの後継者としてCEOに就任したミンディ・グロスマンは、「痩せていることではなく、健康であることが新たな基準である」として、変革を継続させました。

オプラはエコシステムの継承を利用して新たな関係を築くことで、WWに成功をもたらしました。

エコシステムの継承は、つながりのシナジーです。オプラは番組というエコシステムで培ったつながりを、雑誌やテレビ番組などの新たなエコシステムで立場を築く際に活用し、一般的な参入者、あるいはエコシステムを分割しようとするプレイヤーとの差別化を図っていたのです。

オプラはエコシステムに参入するたびに、お金のためとか単なる有名人ということを超越して、昼のテレビ番組で長年かけて築いた視聴者との信頼関係を活用してきました。MVEのパートナーとの連携は本来なら難しいことですが、エコシステムの継承があったからこそ可能となったのです。

オプラは境界を再定義し、新たな方法でパートナーと連携して成功を手に入れました。彼女は常にMVE、段階的拡張、エコシステムの継承という「エコシステム構築の3原則」に従って行動した結果、成功を手に入れたのです。



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