エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略(ロン・アドナー)の書評

grayscale photography of Kodak photo collection
エコシステム・ディスラプション―業界なき時代の競争戦略
ロン・アドナー
東洋経済新報社

本書の要約

エコシステムを変えるディスラプションは、単に競争に拍車をかけるだけではなく、競争の基盤を根本から変えるゲームチェンジャーとなります。エコシステム・ディスラプションの時代を生き残るためには、戦略を変え、パートナーとの連携を意識する必要があります。顧客により良い価値提案を行うためには、パートナーとの連携を中心とするコラボレーション(協働)が重要な役割を果たします。

エコシステム・ディスラプションの時代を生き残るために必要なこと。

競争は価値提案(バリュープロポジション)を提供するエコシステム(生態系)へと移りつつある。たとえば自動車からモビリティ・ソリューションへ、銀行からフィンテック・プラットフォームへ、薬局から健康管理センターへ、工場の製造ラインからインテリジェント・ファクトリーへといった具合だ。業界の境界はどれもが崩れつつあり、そのトレンドは加速している。(ロン・アドナー)

ダートマス大学タックビジネススクール教授のロン・アドナーは、エコシステム・ディスラプションというビジネスモデルを提唱しています。

日々、テクノロジーが急激に発展する中で、業界の垣根がなくなり、エコシステムを劇的に変えるディスラプション(破壊的変化)が起こっています。新たな価値提案が産業をまたがる競争に影響を与え、境界を取り払い、構造を覆すとき、エコシステムを変えるディスラプションが起こると著者は指摘します。

かつて競争といえば、同じ業界にライバル企業と共通の目的を持って競うものでしたが、現在では、全く異なる競争相手が攻めてくるようになりました。GAFAや新興ベンチャーが業界の垣根を超えて、強力なライバルになっています。

以前は各企業がコスト効率と品質で優位に立てば勝利できましたが、これまで思いもしなかったパートナーを集め、個々の企業では実現できない方法で価値創造(バリュークリエイション)を行っています。  

エコシステムを変えるディスラプションは、単に競争に拍車をかけるだけではなく、競争の基盤を根本から変えるゲームチェンジャーとなる。新しい市場に攻め入る場合でも、今いる市場で新規参入企業を迎え撃つ場合でも、競合や成長、影響力に対して、今までとは違う見方が求められる。成功は、もはや単に「勝つ」ことを意味しない。成功とは、自社にとって適切なゲームで勝つことなのである。

このようなエコシステム・ディスラプションの時代を生き残るためには、戦略を変え、パートナーとの連携を意識する必要があります。顧客により良い価値提案を行うためには、パートナーとの連携を中心とするコラボレーション(協働)が重要な役割を果たします。

かつての業界の枠組みにおける勝者は、業界のトップに立ち、支配する存在でしたが、最適なエコシステムを構築するためには、あらゆる立場から価値を創造して自分のものにできる者が勝者となります。そこでは手段やタイミングと同じくらい、競争する場を選ぶことが重要になると言うのです。

誤ったゲームでの勝利は、敗北を意味する?

大胆であれ、イノベーションを受け入れろ、ゲームで勝つためにさらにリスクをとれといった、変化に対応できなかったケースから得られるありふれた教訓は、むしろ害となりかねない。しかし、コダックの失敗をめぐる誤解の根本的な原因が理解できれば、戦略を策定し、効果的な変革を進める新たなアプローチが可能となる。さもなければ、コダック同様に厳しい道をたどるリスクを負うだろう。

2012年に超優良企業だったコダックは破産法の適用を申請し、その歴史に幕を閉じました。コダックはフィルムカメラからデジタルカメラの時代にシフトできなかったこと、成功にあぐらをかいてきたことが、失敗の原因だったとこの10年の間、言われ続けていますが、著者はその考えは間違っていると指摘します。

実はコダックはデジタルカメラやデジタルプリント市場ではうまくゲームを戦い、勝者になっていたのです。同社の最大の脅威は、全力で戦っていたゲームが誤った場所で行われていたことでした。誤ったゲームでいくら勝利しても、それは意味がありません。

視点を広げて機会と脅威、ライバルとパートナー、構築と価値創造のタイミングについて考えなければ、失敗を招くことになります。 デジタル化が写真の撮影やプリントだけでなく、その消費方法までも変えたことで、デジタルプリント市場自体が崩壊していました。

コダックが崩壊した理由は、デジタルで写真を鑑賞・共有することが主流となり、デジタルプリントがもはや重要ではなくなっていたことでした。コダックの価値創造は、ライバルや直接の代替財によって覆されたのではなく、同社のエコシステムの別の部分が変化したからです。

写真の鑑賞が紙からデジタルスクリーンにシフトし、SNSがその座を奪っていたにもかかわらず、コダックはそれに乗り遅れます。インスタグラムが消費者の価値提案をリセットすることになり、2019年までに500億枚を超える写真がインスタグラムにアップロードされました。しかし、インスタグラムで写真は共有されても、多くの写真はもはやプリントされなくなっていたのです。

従来の枠組みが崩れ、新たな価値提案が生まれる時代にエコシステム戦略を策定するには、今までとは異なる見方や新たなコンセプト、新たなツールでその力学を理解する必要がある。

著者のエコシステムの定義・・・エコシステムとは、パートナー同士が協力し合い、エンドユーザーに価値提案を行う構造のこと。 エコシステムを築くためには、以下の3つの要素を意識すべきです。

①「価値提案」が軸となります。価値創造の目標に沿ってエコシステムの方向づけを行えば、一企業の見解や技術にとらわれることを防げます。

②価値提案を行うために協力し合うことを選んだ、具体的な「パートナー」の存在があります。エコシステムは多面的で、単に売り手と買い手に分けても理解できません。

③エコシステムには「構造」があります。プレイヤーは協力的な環境で、明確な役割や立場を持って連携し、その中で動きます。エコシステム戦略の核心は、パートナーをまとめるとともに、自社がパートナーに加わってほしいと考え、同時にパートナーが進んで加わりたいと思うような構造に落とし込む方法を見つけることです。

考え方の軸を価値要素に置くことで、企業や技術、業界の境界を超えた見方ができ、今までと異なる分析が可能となります。

価値構造を構築するには、まずカスタマーインサイトから始め、知見にかかわる価値提案の全体像を明らかにし、次に根幹となる価値要素に分解していく。

たとえば、コダックには「画像を通して思い出を追体験し、共有する」という価値提案があります。瞬間を「撮る」、画像を「作り出す」、画像を「見る」ことで記憶を追体験する、画像を人と「共有する」、という四つの価値要素が特定できます。

しかし、スマートフォンのレベルアップがこのビジネスモデルを破壊します。スマホのスクリーンが十分大きく鮮明になると劇的な変化が起こりました。スマートフォンがディスプレイの新たな役割を担うことになり、プリントの代替財となったのです。ある価値要素から別の価値要素への波及が生じ、エコシステム・ディスラプションが起こりました。

「見る」で起こった激変は、システムのあらゆる部分に影響を与えました。まず「見る」で必要だった紙がなくなったことが、「作り出す」に影響します。価値要素の間に存在していた境界の崩壊は、プリンターや紙、インクなど、コダックが「作り出す」の中で見込んでいた多額の利益を無くしました。

二番目に「見る」で起こった変化は、「共有」の変化です。ソーシャルメディアの登場により、印刷しないことが当たり前になったのです。身近な人にプリントを見せることから、「いいね」を求めることにシフトしました。

ある価値要素が別の価値要素のゲームを変化させるとき、エコシステム・ディスラプションが起こり、既存の業界が消滅します。

エコシステム・ディスラプションの力学を理解するには、価値要素を軸に考える必要がある。そうすれば、ある要素から起こる変化が、どのようにして価値構造の他の要素に大きな影響を与えるか、はっきりと考察することができる。

価値逆転は、エコシステム・ディスラプションの根本に存在し、コダックの凋落を導いた要因でした。ある要素(「撮る」)に貢献していた補完財が、二つ目の要素(「作り出す」)の価値創造を損ないました。

より優れたスクリーンは、コダックから見れば、当初は明らかにプラスの存在でした。サイズと解像度が増すにつれ、より快適かつ手軽に、自信を持って写真撮影ができるようになったからです。ところが、スマートフォンのスクリーンで見る画質が、プリント写真に匹敵するようになったため、中心的な製品(写真プリント)と補完財(カメラ)の関係が、プラスからマイナスへと変化し始めました。

スマートフォンのカメラは、新たな形、新たな分野で価値創造に影響を与え出し、価値逆転が始まったのです。ストレージ容量の拡張や画像管理の進化など、カメラに起こったその他の進化も、この影響を増幅させました。より優れた接続性、モバイルクラウドの出現、ソーシャルメディア・ネットワークなどが拍車をかけ、コダックは一気に負け組になったのです。

本書にはエコシステム・ディスラプションでの勝ち方やケーススタディが詳細に紹介されており、多くの学びを得られます。次回はアップルとスポティファイのケースについて書こうと思います。


この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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