言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか
今井むつみ,秋田喜美
中央公論
言語の本質 (今井むつみ,秋田喜美)の要約
言語は人の感情や考えを伝えるための重要な道具で、人間独自の能力に基づいています。オノマトペ(擬音語や擬態語)やアブダクション推論(仮説を立てる推理)が言語の進化の鍵を握っていました。両者が言葉と現実の世界の関連を深め、世界を豊かに表現する力を創り出してきたのです。
言語の本質から見たオノマトペとは?
オノマトペはきわめて言語的である。(今井むつみ,秋田喜美)
著者の今井むつみ氏と秋田喜美氏は、言語の誕生と進化についての壮大な仮説を本書で展開しています。この本では、オノマトペから言語の本質を探るという興味深いアプローチを取っていながら、言語がどう進化してきたのかを説明しています。
オノマトペとは、音のまねをする言葉のことであり、言語の起源に迫る重要な要素です。オノマトペは、日本語において特に多く使用される言葉であり、私たちの日常会話に頻繁に登場します。
オノマトペは、物事との間の部分的な類似性を頼りに、感覚イメージを写し取る役割を果たしています。例えば、「ワンワン」という擬音語は、犬の鳴き声を表現しています。このように、オノマトペは私たちに聞こえる音や動作を文字や言葉で表現することができます。
著者たちは、オノマトペが言語の発達において、どのような役割を果たしたのかを明らかにし、言語の本質を解き明かしています。幼い子供達はオノマトペを通じて言語を学び、自分たちの世界を広げていると言います。
オノマトペは言語のミニワールドである。一般的なことばと同じように、語根に接辞がついて意味が変化する。絵本の中でオノマトペは豊富に使われる。絵本を読んでもらいながら、子どもは軸となる要素につく小さい要素がいろいろあることに気づく。ことばは要素の組み合わせで構成されることに気づき、大きな塊から小さい要素を抽出してその意味を考える。絵本で多用されるオノマトペから、単語の意味だけでなく文法的な意味を考える練習もしているのである。
絵本は子供たちの言語能力の発達に重要な役割を果たしています。特に絵本で多用されるオノマトペは、子供たちにとって興味深い要素です。絵本でオノマトペを体験することで、単語の意味だけでなく、文法的な意味も考えることができるため、子供たちの言語能力の発達に役立つとされています。オノマトペは子供に言語の大局観を与えると著者たちは指摘します。
言語の発達の鍵は、アブダクション(仮説形成)推論にあり!
言語には身体性があるのか。あるいは必要なのか。言語学では伝統的に、ことばに身体とのつながりはなく、その必要もないという考えが主流だった。オノマトペはこの見解に反する。それどころかオノマトペの存在自体が、この見解への挑戦である。
実際には私たちが一般語と思っている言葉の多くは、実は対象の模倣であるオノマトペに由来する可能性を示唆しています。オノマトペは、特定の言語コミュニティの中で、対象の持つ複数の特徴から選ばれ、見出されたものです。 オノマトペではない一般語にも、音と意味のつながりを感じることが多いと考えれば、著者たちの主張に納得できます。
私たちは日常的に言葉を使用していますが、その背後には非常に高度な言語処理が行われているのです。言語が進化していくと、それぞれの概念をより精密に分類したり区別しようとする力が働きます。この結果、語彙が増加します。特に名詞概念において、この現象が顕著に現れます。新しいモノが発見されたり作られたりすると、どんどん名詞が増えていくわけです。
しかし、概念分野の中の密度が高くなると、似た意味の単語がたくさんできてしまいます。そして、それらの単語の音が似ていると、情報処理の負荷が高くなります。単語の検索や想起がしにくくなるのです。そのため、単語の意味と音の間は恣意的なほうがかえって都合がよくなります。
実世界と言語をつげるのが「オノマトペ」の役割であれば、私たちをその先の語彙へと導いてくれるのが「アブダクション推論(仮説形成)」です。オノマトペは、音のまねや擬音語を用いて具体的なイメージを表現することで、実世界と言語をつなげる役割を果たします。
「オノマトペという一次的アイコン性から恣意性、そして体系化を経て二次的アイコン性へ」というサイクルを通じて、言語の成人母語を話す人たちは、言葉の抽象性を感じることなく、まるで空気や水のような自然な存在、身体の一部のように言葉を感じ取るようになります。
このプロセスは、言葉がどのようにして私たちの感覚や認識と深く結びついているかを示しており、抽象的な記号としての言葉がどのようにして私たちにとって直感的かつ自然なものになるのかを説明します。著者たちは、このサイクルが言語と現実の関係、つまり記号接地問題に対する一つの解答となり得ると考えています。この考え方は、言葉と現実の間のつながりを理解する上で新しい視点を提供するものです。
しかし、オノマトペだけでは言語の巨大な語彙システムに到達することはできません。言語の体系を習得するためには、新しい知識を生み出し、それが自己生成的に成長していくサイクルが必要です。これが「ブートストラッピング」と呼ばれる概念です。
ブートストラッピング・サイクルが起動されるためには、最初の大事な記号は身体に接地していなければなりません。つまり、言語の体系を理解するためには、オノマトペや身体的な経験が重要な役割を果たしているのです。例えば、物を触ったり、味わったりすることによって、言葉とその意味を結びつけることができます。
ブートストラッピング・サイクルを駆動する立役者がアブダクション推論であり、これは人間の特徴的な能力です。これは、与えられた事実や観察結果から、最も妥当な仮説を導き出す推論の方法です。アブダクション推論を用いることで、私たちは言語の世界を超えた抽象的な語彙へと導かれます。人間は複雑かつ抽象的で膨大な記号の体系としての言語を持っています。
オノマトペやアブダクション推論を通じて、言葉と実世界とのつながりを深めることで、私たちは言語の力を最大限に活用し、世界をより豊かに表現することができるのです。
アブダクション推論によって、人間は言語というコミュニケーションと思考の道具を得ることができ、科学、芸術などさまざまな文明を進化させてきたと言えるかもしれない。
アブダクション推論は、未知の現象に対して可能性を探ることで新たな知識や技術の発見につながり、人類の文化的・技術的進歩を促進してきました。
一方で、生息地が限定されているチンパンジーのような生物は、人間と比べて遭遇する対象の多様性や不確実性が低いため、直接観察できる目の前の対象を正確に処理する能力が生存に直接的な利益をもたらしてきました。
このような環境下では、「間違うかもしれないが、おおむね上手くいく」というアブダクション推論よりも、誤りのリスクが少ない演繹推論――厳密な前提から論理的に結論を導く方法――の方が、生存においてより有利であったと推測されます。
この違いは、人間と他の生物との間で観察される思考や問題解決に対するアプローチの差異を浮き彫りにし、それぞれの種がどのようにして環境に適応し、生き残ってきたかを理解する手がかりを提供します。
本書では、言語の発達における人間の特徴やAIとの決定的な違いについても論じられています。AIは計算やデータ処理において人間を超えることができますが、言語の本質的な理解や表現においては、まだまだ人間には及ばないとされています。
言語は、人間の感情や思考を表現するための重要なツールであり、その本質は人間の特異な能力によって形成されているのです。 また、本書では言語の進化についても詳しく取り上げられています。言語は社会的なコミュニケーションツールとして生まれ、歴史や文化の変遷とともに発展してきました。
言語の進化は、人間の社会的な関係や環境の変化によって影響を受けており、その過程で新しい言語の形態や表現が生まれてきました。本書では、言語の進化のメカニズムやその背景についても解説されており、言語の多様性や豊かさについても考えさせられます。
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