戦略の要諦 (リチャード・P・ルメルト)の書評

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戦略の要諦
リチャード・P・ルメルト
日本経済新聞

戦略の要諦 (リチャード・P・ルメルト)の要約

戦略とは成功するための課題の核心を見極め、それに集中する能力です。リチャード・P・ルメルトの提案する戦略立案スキルには、本質を見極める、リソースを評価する、課題の核心に集中するという3つの要素があります。これらがバランスよく組み合わさることで、戦略の成功への鍵が見いだされます。

戦略とは何か?

困難な課題に最重要ポイントという概念を導入すると、注意がまさにその一点に集中するという効果が得られる。戦略とは困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見きわめ、それを解決する方法を見つける、または考案することにある。(リチャード・P・ルメルト)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校アンダーソン経営大学院の名誉教授であるリチャード・ルメルトは、この本で新しい概念を紹介しています。彼は、効果的な戦略家とは、単に目標を設定するのではなく、課題を特定して克服することに焦点を当てるリーダーであると主張しています。

ルメルトは、戦略立案において最も重要なスキルは、課題の核心を特定し、それに対して効果的に対処する能力にあると強調しています。彼はこのスキルを、問題を解決し最大の進歩を達成するために不可欠なものとみなしています。彼自身が世界的な戦略の権威であるという経験を基に、課題の核心を見極めることが戦略家にとって本質的な能力であると指摘しています。

核心とは、行動が最も成果を上げる鍵となる問題であり、リチャードはそれを特定する方法を明らかにしています。これにより、本当に重要なことにエネルギーを集中させることができます。

戦略を立てるスキルは3つの要素で形成される。第1は、ほんとうに重要なのはどれで、後回しにしてよいのはどれかを見きわめる能力。第2は、その重要な問題の解決は手持ちのリソースで現実的に解決可能なのかを判断する能力。第2は、リソースを集中して投入する決断を下す能力、逆に言えば、貴重なリソースを小出しにしたり、一度にいろいろなことに手を出したりする愚を犯さない能力である。3つのスキルはどれが欠けてもならず、3つがそろって初めて課題の核心(crux)、つまり最重要ポイントに全力集中できるようになる。

ルメルトが提唱する戦略立案スキルには、3つの核心要素があります。これらは、戦略を成功に導くために不可欠な能力として強調されています。

①本質を見極める能力
最初の要素は、状況や課題の中で本当に重要な要素を識別する能力です。戦略家は、数多くの情報や選択肢の中から、最優先すべき事項を見極め、それ以外は後回しにする判断力を持つ必要があります。特にグループやワークショップで戦略を練る際、この能力は集団の焦点を正しい方向に導くために重要です。

②リソースの現実的な評価
第2の要素は、重要な問題を解決するために必要なリソースが手元にあるか、そしてそれが現実的に実行可能かを判断する能力です。戦略の実行にあたっては、利用可能なリソースを効率的に配分し、最大の影響を得るためにどのように集中させるかが鍵となります。この評価能力があることで、リソースを無駄にすることなく、最適に活用することが可能になります。

③課題の核心に集中する能力
最後に、そして最も重要なのが、上記の2つの要素を融合させ、課題の核心に対して全力を尽くす能力です。この能力が欠けていると、戦略立案や実行の過程で重要なポイントを見落としたり、目標達成に向けた効果的なアクションを取ることができなくなります。

3つの要素がバランスよく組み合わさることが、戦略の成功への鍵です。 これら3つの要素を駆使することで、戦略家は複雑な課題を解決し、目標達成に向けた明確な道筋を描くことができます。戦略を立てる際には、これらの要素を意識し、綿密に取り組むことが、効果的な戦略立案とその実行への道を開きます。

組織が難事業に取り組む際には、持てる力、知識、スキルを結集し、最重要ポイントにフォーカスすることが必要です。戦略家が「フォーカス」と言うとき、それは単に注意を集中することではありません。絞り込んだターゲットに持てる力をすべて集中投入することを意味します。

取り組む力が足りなければ成果は得られず、力があっても焦点を絞らないと結局は何も達成できません。間違った目標に力を使っても、望む結果は得られないのです。力を正しい目標に集中させた時のみ、成功への道が開かれます。

スペースXの目標は、高い信頼性と可能な限りの低コストで宇宙船を軌道に送り込むことでした。そのために、イーロン・マスクらは全力で研究開発に取り組み、革新的な技術を導入しました。彼らは失敗を恐れず、継続的な改善を行いながら、目標に向かって進みました。

スペースXの成功は、組織が持てる力を結集し、最重要ポイントにフォーカスすることの重要性を示しています。組織が追い求める目標に向けて、全社一丸となって取り組むことで、困難な課題を乗り越えることができるのです。

戦略、パーパス、ミッションステートメントか?

ミッション・ステートメントを掲げたところで戦略策定の指針にはならない。基本的な価値観についてのあなたのコミットメントを輝かしいものにするのは、あなた自身の行動である。

ルメルトによれば、戦略策定の過程で高尚なビジョンやパーパスを設定したり、利益を最優先に考えることは、課題を基点にした戦略には必ずしも有益ではないと言います。彼は戦略を、問題解決の独特な方法、長期にわたる旅、そして困難な課題への挑戦として捉えています。

この視点からすれば、ミッション・ステートメントを戦略策定に役立てようとする試みは、本質的には効果がないということになります。なぜなら、実際の戦略は現在直面している変化や機会への対応策の策定と実行によってのみ生み出されるものであり、表面的なミッションの声明ではないからです。

ルメルトは、企業経営においてビジョン・ステートメントやミッション・ステートメントの作成に多大な時間と労力を費やすことの無駄を指摘します。これらの声明は一時的な宣伝効果はあるかもしれませんが、実際の経営指針としての機能は果たさないというのが彼の見解です。流行や経営者の意向によって簡単に変更されることがあり、そのために戦略的な価値は低いと評価されます。

代わりに、ルメルトは、企業や組織が直面する実際の課題に焦点を当て、それに対する具体的な戦略を考え、実行することを推奨しています。このプロセスを通じて、自らのミッションを実際に形成し、その結果として組織の真の目的が明確になると主張しています。

彼のアドバイスとして、組織が何かを公に表明したい場合には、短いモットーに留めることを提案しています。モットーは感情に訴えかけ、人々の気分を高揚させる格言や金言であり、具体的な行動指針や組織の核心価値を端的に示すことができます。

・ポルシェ:ほかに代わるものはない(There Is No Substitute)
・アメリカ海兵隊:つねに忠誠を(Semper Fi)
・オリンピック:より速く、より高く、より強く(Faster, Higher, Stronger)
・救世軍:血と火(Blood and Fire)
・デビアス:ダイヤモンドは永遠の輝き(Diamonds Are Forever)
・アップル:発想を変える(Think Different)
・ナイキ:とにかくやってみよう(Just Do It)

戦略とパーパスは根本的に異なるものです。目的は組織の存在理由や追求すべき高みを定めますが、戦略はその高い目標を達成するための実践的な計画と行動を指します。効率的な戦略を立てるには、一時的な利益や形式的な声明よりも、現実に直面している問題への深い洞察と創意工夫による解答が必要です。

私は、明確なパーパスとビジョンがあれば、それに共鳴する社員が増え、戦略の推進がスムーズになると信じていますので、著者のこの意見には、若干違和感を感じました。

イノベーションと戦略の関係

戦略は組織が直面する課題から始まるのであって、先に最終到達地点としての目標を設定するのは順序があべこべである。戦略を立てると言いながら実際には目標を立てている人は、誰かがどこかで課題を解決してくれるとでも考えているのだろう。  

優れた戦略家になるためには、まず、直面している課題の全体像を正確に把握し、その複雑さや困難さを全うに受け入れることが必須です。この深い理解の基盤の上に、戦略家は成果に最も大きな影響を与える可能性のある課題の核心、つまり勝敗の分かれ目となるポイントを見極める鋭敏な洞察力を養う必要があります。

この過程では、忍耐力も極めて重要になります。複雑な問題に直面したとき、最初に見える解決の兆しにすぐ飛びつく誘惑を抑えることができなければなりません。さらに、戦略家は外部の課題に取り組むだけでなく、組織内部の健全性にも注意を払い、内部の問題が戦略の実行を妨げることがないようにしなければなりません。

組織が直面する多くの問題に対処する中で、個人の野心と組織の目的とを適切に調和させることは、戦略家にとって別の重要な課題です。

また、戦略家は、自分自身の目指す方向性と他のステークホルダーの価値観や目標との間に存在する違いを認識し、尊重する能力を持たなければなりません。この理解をもとに、戦略家は方針と行動の一貫性を維持し、多くのイニシアチブや相互に矛盾する目標を同時に追求することで生じる可能性のある努力の無駄を避けることが求められます。

戦略家は、長期に及ぶ大きな変化(長い波)と、短期的なトレンドや技術の進化(短い波)の両方を見極め、それぞれに対応した戦略を策定する必要があります。長い波は、経済や社会の根本的な変化を指し、これらの変化に適応する長期戦略が必要です。

短い波は、新技術や流行などの急激な変化を表し、これらを利用して短期的な利益を追求する戦略が求められます。 大企業は、競争優位を維持するために、長い波のトレンドを見据えた戦略を持つことが重要ですが、同時に短い波の機会を活用する柔軟性も必要です。

まだ競争にならないうちに急成長を遂げ独走する──これが成功するイノベーションの典型である。

小規模企業やスタートアップは、その敏捷性を生かして短い波に焦点を当て、急速な市場の変化に対応することが有利です。戦略家は、このような長期と短期のバランスを取りながら、企業や組織の将来に向けた戦略を立てることが求められます。

ドロップボックスやズームはこの戦略で勝ち抜いています。 イノベーションにおいて、急成長を遂げ独走することは成功の典型です。これらの企業は、急速な技術の進化や市場のニーズに敏感に対応し、優れたイノベーションを生み出しました。彼らは長期的なビジョンを持ちつつも、短期的な成果を上げることに成功し、競争相手を圧倒しています。

特に小規模企業やスタートアップは、その敏捷性を活かして短期間の波に焦点を当てることで、急速な市場の変化に素早く対応することができます。このような企業は、競争がまだ発生していない状態で急成長を遂げ、市場を独占することができるのです。 しかし、急成長を続けるためにはバランス感覚が重要です。

戦略家は、長期的なビジョンと短期的な成果を両立させる戦略を立てる必要があります。将来に向けた展望を持ちつつ、現在の市場の変化にも柔軟に対応することが求められます。

スタートアップから時間を経て大きな組織へと成長した企業では、経営陣が技術や業務に関する知識が限定的であることがしばしばあり、結果として経営判断が結果である業績報告に依存する傾向にあります。このような状況では、効果的な戦略を立てることが難しくなります。

解決策としては、組織に本質的な変革をもたらし、組織構造を整理することが必要です。これには、経営陣が自らの知識の限界を認識し、専門知識を持つメンバーを採用すること、また現場チームに挑戦的な課題を与えて成長を促すことが含まれます。

リーダーは、現場のサポートと改革の推進に尽力し、必要なリソースを提供することで、実行チームのメンバーが次世代のリーダーへと成長できるよう促す役割を担います。このプロセスを通じて、組織は持続可能な発展を遂げ、より効率的な運営と新たな成果の創出が可能になります。

組織の変革と整備は簡単な作業ではありませんが、経営陣と現場チームが協力し合うことで、持続的な成長を実現することができます。

これには、市場や技術の進化に関する的確な情報収集と分析、および長期的な視点を持つことが不可欠です。また、状況の変化に応じて戦略を柔軟に修正する能力も重要になります。 長い波と短い波の適切な評価と対応を通じて、戦略家は競争力を維持し、持続可能な成長を実現することができます。

経済や社会の変化に先んじて対応するためには、財務報告だけでなく、非財務情報を含む広範なデータに基づく先見的な分析が必要です。このようなアプローチにより、企業は長期的な成功への道を築くことが可能となります。


 

 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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