宗教国家アメリカのふしぎな論理
森本あんり
NHK出版
宗教国家アメリカのふしぎな論理 (森本あんり)の要約
アメリカでは、知性と権力の結びつきへの批判、エリートへの不信、キリスト教的「富と成功」の思想、神の前での平等が複雑に絡み合い、大衆の反感を生んでいます。これらの要素がポピュリズムを形成し、トランプ支持の広がりにつながりました。この現象は、アメリカの独特な歴史的・文化的背景から生まれた結果といえます。
アメリカを理解するために宗教が重要な理由
アメリカ独特の思考や論理が形成されるうえで、「アメリカに土着化したキリスト教」という要素が決定的な役割を果たしているからです。キリスト教に限らず、一般に宗教は、それぞれの土地に根づいて発展する際に「土着化」という変容のプロセスを経ます。(森本あんり)
神学者の森本あんり氏は、アメリカにおけるキリスト教の「土着化」のプロセスを詳細に分析し、それがアメリカの政治や社会思想にいかに深い影響を与えているかを明らかにしています。 著者はまず、アメリカにとってキリスト教が外来の宗教であったことを強調します。
しかし、この外来の宗教がアメリカの土壌に根付く過程で、独自の変容を遂げたと指摘します。この変容のプロセスを、著者は生物学的なアナロジーを用いて説明します。ウイルスが宿主に適応し、変異しながら繁殖していくように、キリスト教もアメリカ社会に適応し、独自の形態を発展させていったというのです。
特に注目すべきは、アメリカのキリスト教が「富と成功」の福音を生み出したという点です。著者によれば、この思想は初期の入植者から現代の政治家に至るまで、広く共有されています。それは、個人の成功が神の祝福の証であるという独特の論理に基づいています。この論理は、アメリカン・ドリームの基盤となり、自己実現と経済的成功を結びつける文化を形成しました。
著者は、この「富と成功」の論理が、実際には疑似三段論法に基づいていることを指摘します。すなわち、成功は神の是認の証であり、したがって成功者は正しいという論理です。この考え方は、現実世界の複雑性を無視しているにもかかわらず、アメリカ社会では常識として受け入れられているといいます。トランプは成功しているから、神は彼を祝福していると考えられ、キリスト教徒から支持されるのです。
さらに、著者はこの思想がポピュリズムと結びつきやすいことを警告します。「富と成功」の論理は、善悪二元論的な世界理解を促進し、妥協を許さない原理主義的な政治姿勢を生み出す傾向があります。これは、民主主義の基盤である多様性の尊重や妥協の精神を損なう可能性があると指摘しています。
本書は、宗教と政治の関係、特にアメリカにおけるその独特な展開を理解する上で重要な視点を提供しています。著者は、アメリカの政治や社会を理解するためには、この土着化したキリスト教の論理を理解することが不可欠だと主張します。
同時に、著者はこの論理の危険性も指摘しています。部分が全体を代表すると主張する傾向や、成功を絶対的な正当性の証とみなす考え方は、社会の分断や不平等を助長する可能性があるからです。
トランプの支持者は誰か?
トランプはたしかに「成功者」と言われているから、きっと神が祝福しているに違いない、という理屈になるのです。
アメリカの政治と社会を理解する上で、反知性主義とポピュリズムの関係性は非常に重要な要素です。特に、ドナルド・トランプ前大統領の台頭と支持基盤を分析する際、この観点は欠かせません。
トランプは、反知性主義の大衆駆動力を最大限に活用しました。しかし、ここで注意すべきは、反知性主義が単に知性そのものを否定するものではないということです。むしろ、それは知性と権力の固定的な結びつきに対する反発として理解すべきです。
トランプの言動を見ると、一貫して反ワシントン、反ウォールストリートの姿勢が貫かれています。これは現在の政治や経済の中枢にいるエスタブリッシュメントへのアンチテーゼとして機能しています。彼のメッセージは、知的エリートや既存の権力構造に不信感を抱く人々の心に強く響いたのです。
反知性主義者とポピュリストには多くの共通点があります。両者とも、反エスタブリッシュメント、反権威を軸足にして、自らを大衆の代弁者と位置付けています。この姿勢は、アメリカの歴史的・宗教的背景と深く結びついています。
アメリカの建国精神には、神との契約という概念が深く根付いています。この思想は、現代に至るまでアメリカ人の自己理解や国家観に大きな影響を与え続けています。経済的成功や国家の繁栄を神の祝福の証と見なす考え方は、アメリカ社会に広く浸透しています。
しかし、近年のグローバル化や新興国の台頭により、アメリカの相対的な地位が低下していることへの不安が広がっています。この状況下で、トランプの「アメリカを再び偉大な国にする」というスローガンが多くの人々の共感を集めました。これは、アメリカ人の根深い宗教的・文化的背景と巧みに結びついたメッセージだったのです。
アメリカにおける政教分離の概念も、このコンテキストで理解する必要があります。一般的に政教分離は宗教性の排除と解釈されがちですが、アメリカでは逆に宗教的自由を保護するための制度として機能しています。各個人が自由に信仰を実践できる環境を整え、宗教的熱情を確保するための仕組みなのです。
アメリカの反知性主義の根底には、階級の固定化に対する怒りがあります。例えば、アイビーリーグなどの名門大学の卒業生が常に政府や企業の中枢を占めるような状況に対する不満が、反知性主義的な態度として表出することがあります。知性が権力と結びつき、それが自己再生産的に固定化していく過程で、社会の不平等が助長されることへの反発が、反知性主義的な主張の根底にあるのです。
科学に対する反発も、同様の文脈で理解できます。進化論をめぐる論争は、科学そのものへの反対というよりも、連邦政府が科学的見解を地方や家庭に強制することへの反発として捉えるべきです。特に「バイブルベルト」と呼ばれる地域では、信仰の自由と家庭における教育の自由が重視されており、連邦政府の介入を嫌う傾向が強いです。彼らは進化論や地動説よりも聖書の教えを優先するのです。
ポピュリズムの選挙政策は、一点主義で押し切ります。移民に賛成か反対かで有権者を二分して、あろうことか、そこに善悪さえも振り分ける。投票では、圧勝する必要などありません。たとえギリギリであろうと過半数を取れば、その瞬間にポピュリストは「全国民の代表者」となって、民主主義の正統性をまとった善の体現者になるのです。他方、反対した陣営は、すべて不道徳で腐敗した既存勢力であり、国民の敵と見なされるようになります。
ポピュリズムは、単純な一点主義の選挙戦略を用いて有権者を二分し、善悪の価値判断を重ねます。わずかな勝利でも「全国民の代表者」を名乗り、反対派を「国民の敵」と見なします。
知性と権力の結びつきへの批判、エスタブリッシュメントへの不信、キリスト教の「富と福音」の思想、神の前での平等が絡み合って大衆の反感を生み、ポピュリズムを形成しています。 トランプ氏はこれらの要素を巧みに利用し、支持を広げっていったのです。今回の大統領選の行方を考える際に、著者の主張はてとも参考になります。
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