22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する
成田悠輔
文藝春秋
22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する (成田悠輔)の要約
成田悠輔氏は、やがてお金が消え、個人履歴データが価値基準となる未来を予測します。取引資格は「招き猫アルゴリズム」が自動判定し、日常活動の記録が社会的信用を形成します。また、「アートークン」により多感覚的な価値交換が可能となり、従来の貨幣経済を超えた新たな豊かさが生まれると指摘します。
お金の終焉と新たな価値体系の誕生
過去に誰が何をしてきたかの履歴データが豊かになると、データを覗き込むだけで誰が寄生虫で誰が功労者かがわかる。誰が信用に値して取引すべき相手かがわかる。すると、お金の多い少ないで人を判断する必要が薄れていく。お金の衰退がいくつかの段階で進むだろう。(成田悠輔)
経済学者・成田悠輔氏は、現代の資本主義を超えた大胆な未来像を描いています。株価の高騰や生成AIの発展が進む現代において、私たちがいずれ「お金」という概念から解放される可能性を提示しているのです。 成田氏によれば、現代の資本主義は「すべてが商品になり、すべてに値段がつく」極端な方向に進んでいます。
エルメスのバッグは単なる商品ではなく投資資産となり、人間の身体や心まで市場価値の対象になっています。しかし、この資本主義の行き過ぎた状態が、皮肉にもお金の価値を相対的なものにし、新しい経済のあり方を考えるきっかけになるかもしれません。
著者はこの変化を「計算網産業革命」と名付け、データが経済の中心となる未来を予測しています。デジタル化が進む現代では、お金はもはや物理的な存在ではなく、単なるデジタル記録になっています。この状況で、お金はデータと競争関係にあるのです。
成田氏は22世紀の経済では、お金は消え、データが価値の基準になると予測しています。「経済はデータの変換である」という考え方のもと、データが経済活動を自動化し、従来の資本主義からお金という要素が徐々になくなっていくと考えられています。
この未来像は一見すると暗い世界に思えるかもしれませんが、著者は「測れない幸福」の可能性に光を当てています。数字では表せない価値や幸福が重要になる新たな経済社会の姿を示しているのです。
売上ゼロなのに時価総額1兆円の赤字上場企業、身元不明者やヨレヨレTシャツの若者が書いたコードに十年余りで時価総額数百兆円がついてしまう暗号通貨──怪しげなものにギャグみたいな値段がつく経済的超常現象が次から次へ起きている。
デジタル技術の急速な発展は経済の根幹を揺るがし、特に暗号資産の登場は従来の貨幣概念を問い直す契機となっています。実体のない仮想通貨が数百兆円規模の市場価値を持つことは、多くの人にとって不可解に映るかもしれません。
暗号資産市場は変動が激しく、2017年のビットコイン高騰や2018年の暴落、2020年から2021年にかけての再高騰、そして「クリプト・ウィンター」と呼ばれる停滞期を経てきました。こうした乱高下の背景には、投機的な要素だけでなく、テクノロジーの進化や社会構造の変化が影響しています。
ブロックチェーン技術の核心は、中央管理者なしに信頼性のある記録を維持できる点にあります。これにより、従来は銀行や政府が担っていた信用の保証を、アルゴリズムとネットワークの力で実現できるようになりました。
記録の透明性が高まることで、人々は貨幣に頼らずとも記録を直接参照し、信用判断を行えるようになります。 また、生成AIの発展はこの流れを加速させています。AIは膨大なデータを処理し、取引履歴やSNSの活動履歴などを分析することで、個人や企業の信用評価を迅速に行うことが可能になります。こうした技術の進化は、従来の金融システムに影響を与え、NFTやDeFiといった新たな金融モデルの発展を後押ししています。
その一歩先に訪れるのはあらゆる価格が人それぞれに変わる世界だろう。商品やサービスの価格が、個人ごとの記録に基づき個別最適化され、価格が人により、時間や場所や状況により異なあいたいる一物多価の世界が現れる。
デジタル技術の急速な発展により、私たちの経済システムは根本的な変革期を迎えています。著者が提案する「一物多価」の概念は、従来の経済観を覆す画期的な視点です。この考え方では、同じ商品やサービスの価格が購入者ごとに異なり、個人の経済状況に応じて変動します。
従来の経済では「一物一価」が鉄則とされてきました。つまり、同じ商品には同じ価格がつくという原則です。しかし、デジタル技術とデータ分析の発達により、個人の支払い能力や購買履歴に基づいて価格を動的に設定することが技術的に可能になっています。 これは、デジタル金融や交渉によって価格が決まる相対取引が広がることで実現します。
例えば、システムが「この人は収入が高そうだから高く売っても大丈夫」と判断したり、「この人は過去の支払い履歴から信用度が低いから高めの価格を設定しよう」といった判断を自動的に行うようになります。こうした価格の個人化が、私たちの経済活動のあらゆる領域へと広がっていくのです。
一物多価の世界では、「あの人はいくら稼いでいるから」という単純な経済力の比較が難しくなり、お金という単一の物差しの支配力は弱まっていくでしょう。これは私たちの社会や価値観に大きな変化をもたらす可能性を秘めています。
このような市場を通じた富の再分配の仕組みにより、高所得者はより高い価格を、低所得者はより低い価格を支払うようになります。これにより、従来は国家が担ってきた再分配機能を市場自体が備えることになります。 デジタル技術の発展により、国家を介さない市場内での自動的な再分配が可能になりつつあります。
データとアルゴリズムを活用した柔軟な価格設定により、国家による再分配の必要性そのものが問い直される可能性があります。 このように市場メカニズムが国家機能と競合する未来では、徴税や社会保障といった国家の専売特許と考えられてきた機能が市場内で実現されるようになり、国家と市場の関係を新たな視点から捉え直す必要があるのです。
「招き猫アルゴリズム」がもたらす新たな世界とは?
人々の満足、社会的制約、そして公平性欲求。この三者をバランスするように、過去の履歴データに基づきどのような行動をそれぞれの人が取るべきか、招き猫アルゴリズムが計算し推薦する。望ましい配分はだいたいいくつもあるので、いくつもの候補を推薦してもいい。推薦群の中からどれを最終的に選ぶかは個人それぞれの自由に委ねられる。
デジタル技術の進化により、経済や社会の在り方が大きく変わろうとしています。これまでの市場経済では、お金が価値の媒介として不可欠な存在でした。しかし、「招き猫アルゴリズム」が支配する世界では、お金そのものではなく、人々の過去の行動や交流の履歴データが経済活動の中心となります。
この経済では、交換や仕事、親切といった行為の積み重ねが、その人独自の価値を形成します。来歴データは、単なる数値ではなく、個々人の多次元的な価値を示すアート作品のようなものになります。人々は、身だしなみを整えるように、自身の来歴データにも意識を向け、それを最適化しようとするでしょう。
そして、日々の活動が履歴データとして刻まれ、それが可視化され、周囲と共有されることで、社会的な信用や評価が生まれていきます。 このような経済では、「アートークン」と呼べるような仕組みが登場します。これは、動画や音楽、言語だけでなく、食べ物や建築、さらには五感を刺激するあらゆる要素を組み合わせた新たな価値交換の手段になると言うのです。
個人の満足、社会的制約、公平性といった要素をバランスさせる形で、招き猫アルゴリズムが各個人の行動を推薦し、最適な選択肢を提示するのです。 この仕組みのもとでは、お金や価格という単純な指標ではなく、やりとりそのものが経済の基盤となります。誰かに食事を提供することや、取材を受けることなど、さまざまな行為が価値を持ち、その価値が履歴データとして蓄積されていきます。
今までの市場経済が「測る経済」であったのに対し、招き猫アルゴリズム経済は「測らない経済」へとシフトしていくのです。 こうした新たな経済の形は、エルメスの販売戦略と似た構造を持ちます。エルメスは単にバッグを売るのではなく、ブランドの哲学に共鳴し、過去の購買履歴を持つ顧客にのみ販売する仕組みをとっています。
同じように、招き猫アルゴリズム経済では、あらゆる取引が過去の履歴データに基づいて決定され、購買や交換の資格があるかどうかが判定されます。一定の基準を満たした人のみが、特定の商品やサービスを利用できるようになり、その判断は自動化・透明化されます。
これまで、誰が何を購入する資格があるのかは、暗黙のルールや組織の裁量に委ねられていました。しかし、招き猫アルゴリズム経済では、この資格の判断がシステムによって自動的に行われるようになります。
Amexのプラチナ以上の会員資格や航空会社のステータスが、一定の履歴を持つ人だけに提供されるのと同じように、あらゆる購買や取引が資格審査を経て実行される仕組みとなります。 この変化により、お金だけでは手に入らない価値が増えていきます。
特定の料理を食べる資格があるかどうか、限定イベントに参加できるかどうかといった判断が、履歴データを基に決まる社会へと移行するのです。従来、排他的な場へのアクセスは、看板を出さない、警備員を配置する、不文律を活用するといった手法で管理されてきました。
しかし、招き猫アルゴリズム経済では、その管理が明文化され、システム上で自動的に実行されます。 この新たな経済では、排除や制約も透明化され、誰がどのような行動をすれば特定の資格を得られるのかが明確になります。一方で、システムのアルゴリズムがどのように機能するのか、その設計次第で社会全体の公平性や自由が大きく影響を受けることにもなります。
招き猫アルゴリズム経済は、これまでブラックボックスだった市場の仕組みを可視化し、最適化する可能性を秘めていますが、同時に新たな課題も生み出すでしょう。 この新たな経済システムが社会にどのような影響を与えるのか、それは私たちの選択次第です。履歴データを活用した経済が、より公平で持続可能な社会を実現するのか、それとも新たな格差を生むのか。招き猫アルゴリズムが導く未来を、私たちはどのように形作っていくのかが問われています。
成田氏の未来予測はあくまで可能性の一つですが、私たちにお金や資本主義に対する固定観念を再考させ、「お金とは何か」「どのような社会を構築したいか」という根本的な問いを投げかけています。今、私たちに求められているのは、来るべき変化に柔軟に対応し、新たな可能性を模索する姿勢です。
その過程で自身の価値観や生き方を見つめ直すことが重要となります。 デジタル技術の発展は、私たちの経済観念を根本から変える可能性を秘めています。「一物多価」の概念や「アートークン」のような新たな価値交換システムは、従来の貨幣経済の枠組みを超えた社会の姿を示唆しています。
これらの概念は、単なる思考実験ではなく、テクノロジーの発展によって現実味を帯びつつあります。 このような変化は、国家と市場の関係性にも大きな影響を与えるでしょう。デジタルプラットフォームが再分配機能を内包した市場を提供するようになれば、国家の役割は再定義を迫られます。私たちは、デジタル時代における新たな社会契約の形を模索する必要があるのです。
コメント