逆境をはね返す力
杉山大輔
ILI出版
逆境をはね返す力 (杉山 大輔)の書評
著者の杉山大輔氏は、1億円の詐欺被害をきっかけにうつ病とパニック障害を発症し、壮絶な逆境を経験しました。本書ではその体験をもとに、回復のプロセスや「計画的偶発性理論」などの理論と実践を交えながら、逆境を乗り越えるための6ステップや、行動を促すワークを紹介しています。美談ではなく、今も道の途中にいる著者の等身大の言葉が、多くの読者に希望と力を与えてくれる一冊です。
人生は株価と同じ!
今日一日できることを一所懸命やろう。(杉山大輔)
かつて、私は本書の著者である杉山大輔氏から、クランボルツ博士の「計画的偶発性理論」について教えてもらったことがあります。この理論との出会いが、私の人生を大きく変えるきっかけになりました。あの時、人生には予測不能な偶然がチャンスとなる可能性があるという考え方に触れたことで、私は自分の選択肢を広げる勇気を持てるようになったのです。まさに、自分の中に眠っていた夢が、少しずつ実現へと動き出したような感覚でした。
そんな恩人である杉山氏から新刊が届けられました。それが本書逆境をはね返す力です。タイトルからして強いメッセージ性を感じますが、実際にページを開いてみると、そこには表面的な成功談や美談ではなく、泥臭くも力強い「生き抜く力」が描かれていました。この本は、まさに今を生きるすべての人に向けられた、逆境との向き合い方を示してくれる一冊です。(杉山大輔氏の関連記事)
著者の杉山氏は、株式会社ILIの代表取締役として、長きにわたり経営の第一線に立ち続けてきた実績の持ち主です。しかし、そんな彼にもある日突然、想像を超えるような出来事が襲いかかりました。1億円規模という巨額の詐欺被害に遭い、その衝撃からうつ病とパニック障害を発症するに至ったのです。それは、言葉で語り尽くすことができないほどの深い試練だったことでしょう。本書は、そんな壮絶な体験を、あえて取り繕うことなく、真っ正面から赤裸々に綴った記録です。
私は、以前の杉山氏を知っているからこそ、その変貌ぶりに大きな衝撃を受けました。いつも前向きで、ポジティブな言葉を惜しみなく発し、自信に満ちた佇まいで周囲を勇気づけていたあの姿。その彼が、苦しみの中でもがき、立ち止まり、葛藤していたという事実を知ったとき、ただただ驚くばかりでした。同時に、どれほどの人間にも予期せぬ出来事が降りかかることがあるという現実を、私自身の心にも深く刻み込むことになったのです。
これは単なる体験談ではありません。自らの失敗と回復のプロセスを見つめ直し、そこから体系的な学びを抽出することで、他の人の人生にも役立つ「逆境克服のメソッド」へと昇華させた実践の書なのです。
本書の冒頭では、杉山氏が22歳のとき、結婚披露宴で語った「人生に確実なものは何もありません。長い人生、山あり、谷あり」という言葉が紹介されています。この言葉が、約20年後に現実のものとして自身に降りかかることになったというエピソードには、偶然を超えた運命的なものすら感じさせられます。
著者はその後、「人生は株価と同じで、永遠に右肩上がりではない」と捉えるようになります。どれだけ順調に見えるときでも、いつか必ず波が訪れる。そして、下降があるからこそ、再び上昇を目指すことができる。このシンプルなルールを受け入れたことで、著者は少しずつ逆境から抜け出し、再び歩き始めることができたのです。
計画的偶発性理論を実践する!
失敗のパターンを知ると、成功が見える。
注目すべきは、杉山氏がこの失敗体験を分析し、5つのパターンに分類している点です。「慢心」「判断」「関係性」「プロセス」「心理」の5つの罠。どれも私たちが日々の仕事や生活の中で、つい見落としてしまいがちな視点ばかりです。
特に、「自分は大丈夫」という根拠のない自信や、焦りによって冷静な判断を失ってしまう傾向は、これまで何度も成功を重ねてきた人ほど陥りやすい。だからこそ、この本は、今現在順調に見える人たちにこそ読んでいただきたいと思うのです。
逆境を乗り越えるための道のりは、決して一足飛びで進めるものではありません。焦らず、一歩ずつ着実に進むことが求められます。杉山氏は、自身の経験をもとに、逆境から回復するプロセスを「受け止める」「動き出す」「視点を変える」「つながる」「突き進む」「創り出す」という6つのステップに整理しています。それぞれの段階に意味があり、心の回復と再生に向けた大切な指針となっています。
本書の中で特に印象に残ったのは、計画的偶発性理論や1万時間の法則といった既存の理論を、著者自身のリアルな体験と絶妙に絡めながら解説している点でした。こうした理論を単なる知識として紹介するのではなく、実生活の中でどう活かされ、どう機能したのかを、血の通ったエピソードとともに語ってくれることで、読者としても「自分にもできるかもしれない」と希望を持つことができます。
計画的偶発性理論は、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授によって提唱されたキャリア理論で、「人生は予測不可能な偶然によって左右されるが、その偶然をチャンスに変える準備をしておくことで、道はひらける」という考え方に基づいています。(クランボルツの関連記事)
そしてこの理論には、チャンスをつかむために欠かせない5つの行動特性が示されています。すなわち「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」です。
まず、「好奇心」は、未知の分野に対して臆せず関心を持ち続ける姿勢を意味します。杉山氏が経営の傍らで多くの人との対話を重ね、新たな知見を取り入れてきた背景には、常に学び続けようとする強い好奇心がありました。
次に「持続性」。これは一度始めたことを簡単にあきらめず、粘り強く取り組み続ける力です。1億円の詐欺被害に遭っても、そこで歩みを止めることなく、地道な回復への道を選んだ杉山氏の姿勢は、まさに持続性の体現といえるでしょう。
「柔軟性」は、想定外の事態にも心を開き、考え方や行動を適応させていく力です。著者は、自らの価値観が大きく揺らぐ経験の中でも、新たな視点を受け入れ、自分自身を更新し続けてきました。
「楽観性」も非常に重要な要素です。困難な状況にあっても、どこかに希望の光を見出し、前向きな未来を信じる心。この楽観的な思考があったからこそ、著者は絶望の中でも行動する力を失わずにいられたのだと感じます。
そして最後に欠かせないのが「冒険心」です。未知の世界に足を踏み入れる勇気、そしてコンフォートゾーンを意識的に飛び出す意志。著者はその両方を、人生をかけて体現してきました。お金もないのにドバイへ飛び、未来学者からAIの可能性を学んだエピソードは、その象徴です。
常識的に考えれば無謀に見える挑戦も、結果として著者の人生を大きく拓く扉となりました。恐れを抱きながらも、あえて挑む――その積み重ねこそが未来を変える力になるのです。
この5つの特性は、決して特別な人にしか備わっていないものではありません。意識して日々の生活に取り入れていくことで、誰もが「偶然をチャンスに変える力」を育んでいけるのだと思います。杉山氏はその生き方を通じて、この理論が絵空事ではないことを私たちに証明してくれています。
一方で、1万時間の法則も見逃せません。マルコム・グラッドウェルの著書『天才! 成功する人々の法則』で知られるこの考え方は、「ある分野で卓越したレベルに達するためには、1万時間の意図的な努力が必要である」と説きます。
杉山氏は、2007年から始めたインタビューシリーズ『私の哲学』を、今日に至るまで19年以上も続けています。100人以上の人物と真剣に対話を重ねることで得られた経験値は、まさに1万時間を超える圧倒的な積み重ねです。その継続が、彼の言葉に深みと説得力をもたらし、多くの人の心に届く原動力になっているのです。
理論はあくまで道しるべにすぎません。しかし、その理論が生きた体験と結びついたとき、それはただの知識を超えた、「生きる知恵」として私たちの中に根づいていきます。著者の語る言葉には、そんな知恵のエッセンスが詰まっており、それこそが本書の真価だと強く感じました。
そして本書には、読者が「読むだけ」で終わらせないための工夫が随所に盛り込まれています。各章の最後に用意されたワークシートは、単なる付録ではなく、自分の状況を掘り下げ、気づきを言語化し、次の行動へと背中を押す仕組みです。 そこには、杉山さんの信念——「知識ではなく、行動こそが人生を変える」というモットーが息づいています。
読みながら心を揺さぶられ、ワークで立ち止まって考え、そして自然と動き出す。この一連の流れが本の構成そのものに組み込まれているのです。 だからこそ本書は、感動を与える読み物にとどまらず、自分の人生を変えるための伴走者となる“行動書”と呼ぶにふさわしい一冊だと感じました。
深く心に響いたのは、パニック障害に苦しんだ著者が、自らの弱さを隠さずに書き留めた箇所でした。その正直さが、読者に「強さとは弱さを受け入れることなのだ」と気づかせてくれます。著者は、自分の弱さや混乱を隠すことなく、そのままの姿で読者に届けています。その正直さに触れたとき、強さとは無理に頑張ることではなく、弱さを認めることから生まれるのだと実感ました。
また、そのような困難な状況の中で、家族が果たした役割についても率直に語られています。どれほど支えられたのか、どのような言葉が心に残ったのかが丁寧に記されており、読み進めるうちに胸が熱くなりました。家族の存在が、どれほど深く回復の力となっていったのかが伝わってきます。
逆境は、ただつらいだけの経験ではありません。その中には、これまで気づけなかった「人とのつながり」や「本当の自分」と出会う機会が含まれています。杉山氏の体験には、そうした視点が随所ににじんでいます。読むうちに自然と自分自身の出来事と重ね合わせて考えるようになり、自分の心の奥と静かに向き合う時間が生まれました。
本書の魅力は、理論と実践のバランスが絶妙に取れている点にあります。しかし、それ以上に大きな価値は、今まさに逆境の中を生きている著者が、その只中から発しているリアルなメッセージにあります。これは、すべてを乗り越えた人による美談ではありません。まだ完全には回復していない、道の途中にいる人だからこそ語れる言葉が、読者の心に深く響いてきます。
※本書は著者からご恵贈いただきました。
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