デジタル地理学とは何か?『デジタル・ジオグラフィーズ』でわかる「場所」の再設計

Antique world map with celestial diagrams

書籍:デジタル・ジオグラフィーズ――変容する空間、地理学の変容
著者:ジェームズ・アッシュ,ロブ・キッチン
出版社:明石書店
ASIN ‏ : ‎ B0F6264LK4

30秒でわかる本書のポイント

【結論】 本書は、デジタル技術が私たちの空間認識と地理学そのものを根本から変容させている現状を描き出した包括的なテキストです。「コード/空間」や「データシャドウ」といった新概念を駆使し、ビジネスや社会のあらゆる場面で空間とデジタルが不可分になっている実態を明らかにしています。
【原因】 地理学は「デジタル論的転回」を経験しました。デジタル技術を通じて研究が行われ(through)、デジタル技術によって新たな空間が生産され(by)、デジタル技術自体の地理が研究対象となる(of)という三重の変化が起きています。この変化は、スマートシティやギグエコノミーの台頭と連動しています。
【対策】 ビジネスパーソンは、単なる技術導入だけでなく、デジタル化が空間的不平等や監視社会化といった「影」を生む可能性を理解する必要があります。自社のDX戦略を練る際、「コード/空間」の概念を用いて、物理空間とデジタル空間の相互作用を批判的に分析する視座が求められます。

本書の要約

本書は25名の執筆者による全25章構成で、デジタル空間、手法、文化、経済、政治という5つの視点から「デジタル地理学」を網羅的に解説しています。「コード/空間」や「データシャドウ」といった重要概念を提示し、ソフトウェアが機能不全に陥ると物理空間も機能しなくなる現代社会の脆弱性と複雑性を鋭く指摘。さらにCOVID-19パンデミックや生成AIの台頭といった最新事象も視野に入れ、デジタル技術と社会・空間の関係性が劇的に変化し続けている現状を示唆しています。

おすすめの人

・DX推進やスマートシティ事業、MaaS(Mobility as a Service)に関わるビジネスパーソン
・位置情報データやGISを活用したマーケティング、エリア分析を行う担当者
・都市計画、まちづくり、地域活性化に携わる自治体職員やコンサルタント
・デジタル技術が社会や空間に与える影響について深く考察したい経営者・リーダー

本書から得られるメリット

・デジタル技術が空間、移動、労働、政治にどのような変容をもたらしているかを体系的に理解できる
・「コード/空間」や「データシャドウ」という新しい概念フレームワークを獲得し、ビジネスにおける空間戦略の解像度を高められる
・アルゴリズムによる排除やデジタル格差など、技術の負の側面(影)を認識し、倫理的かつ持続可能なDX推進のヒントが得られる
・物理空間とデジタル空間の複雑な相互作用を読み解く「地理学的想像力」が身につく

デジタル・ジオグラフィーズ・地理学が進化した世界とは?

デジタル技術は,われわれが地理学者としてどのようにデジタルな世界と関わり,それを研究していくかをも変化させる。(ジェームズ・アッシュ,ロブ・キッチン)

私たちは日々、「どこにいるか」を意識しながら働いています。オフィスにいるのか、在宅なのか、出張先なのか。商圏はどこで、顧客はどこから来て、物流はどこを通るのか。――ビジネスは、突き詰めれば“場所の設計”です。

ところが近年、その「場所」の感覚そのものが、デジタル技術によって書き換えられています。スマートフォンを手にした瞬間、私たちは物理的な「ここ」にいながら、同時にデジタルな「どこか」にもいるのです。

Googleマップで街を歩き、UberやLyftで移動し、Airbnbで滞在し、Instagramで旅先の景色を共有する。その一つひとつが行動を変え、意思決定の前提を変え、結果として空間の使われ方を変えていきます。私たちは地図を見ているだけではなく、地図(というより、アルゴリズム)に導かれて動いているのです。

ここで象徴的なのが、UberやAirbnbに代表されるシェアリングエコノミーです。本質は単なる流行ではなく、「デジタルによる経済構造の再定義」にあります。ポイントは大きく2つです。
① プラットフォームが「多面的な交換」を成立させる仲介者になった いまのプラットフォームは、企業が売り、消費者が買う――という「B to C」の流れを崩しました。

代わりに、見知らぬユーザー同士をつなぎ、取引を成立させるプラットフォームになっています。 誰と誰を結びつけるか、どんな条件なら成立とみなすか、表示順位や評価をどう扱うか。取引の前提条件そのものを、プラットフォームが設計し、握っているのです。

② 「所有」から「アクセス」へ、供給構造が組み替わった
もう一つの変化は、消費が「持つ」から「使う」へシフトしたことです。空き部屋、空き時間、空き車両といった休眠資産に、必要なときだけ即時にアクセスできるようになりました。 その結果、供給は企業の設備投資だけで増えるのではなく、個人や小規模提供者の「余り」が市場に流れ込む形で増えていきます。

つまり、供給構造そのものが組み替わったわけです。 この①②を合わせると、移動・滞在・消費は、私たちの嗜好だけで決まっているのではなく、プラットフォームの設計(つなぎ方・見せ方・条件の置き方)に沿って再配置されていることが見えてきます。

デジタルは便利なツールではなく、場所のインフラという役割を担い始めています。道路や電力と同じで、ふだんは意識されない。でも、止まった瞬間に世界の輪郭が変わる。職場も、店舗も、都市も、そんなふうに再設計されていきます。

この変化を理解するための学問が、「デジタル地理学」です。そこで本日紹介する一冊が、デジタル地理学を多方面から考察したデジタル・ジオグラフィーズ――変容する空間、地理学の変容です。

デジタル技術が、私たちの空間経験(どこにいると感じ、どう移動し、何を見ていると思うのか)を変えるだけでなく、それを研究する地理学という学問の枠組み自体を揺さぶっていることを論文集という形で明らかにしています。

著者は、ニューカッスル大学のジェームズ・アッシュ、メイヌース大学のロブ・キッチンを中心に、複数の研究者が参加しています。一冊のなかに多様な論点が同居しているのは、デジタルが「地理」を単線的ではなく、複数の層で変えてしまうからです。

本書は、地理学が主に3つの点でデジタル論的転回(digital turn)を経験したと主張します。
・geographies produced through the digital(デジタルなものを通じて生産される地理)
・geographies produced by the digital(デジタルなものによって生産される地理)
・geographies of the digital(デジタルなものの地理学)

第1に、地理学の研究と実践は、いまや大部分がデジタル技術によって媒介されています。私たちはコンピュータを使って情報を検索し、データを測定・記録し、質的分析・量的分析・空間分析を行い、研究成果を執筆して共有する。研究の流れそのものが、すでに「デジタルを通過する」ようにできています。

第2に、デジタルな技術やインフラが、日常生活のあらゆる側面で、時空間的かつスケールに応じた関係をどう再構築しているのか。都市地理、農村地理、文化地理、社会地理、経済地理、政治地理、開発地理、健康地理、環境地理……。

こうした「地理の各領域」の性質が、デジタルによってどう変化しているのかを詳述する膨大な文献が存在しています。要するに、デジタルは“地理の各論”にまで浸透し、そこでの前提条件を塗り替えている、ということです。

第3に、デジタルなもの自体の地理――すなわちデジタルメディアとデジタル技術の空間的形態、地理的構成を問う視点です。クラウドはどこに存在するのか。通信はどこを通過するのか。プラットフォームはどの地域でどんな形で浸透しているのかという複数の視点が必要になります。

地理はひとつではありません。現象としての地理も、学問としての地理学も、単数形に回収できないのちのです。その複数性が、デジタルによってさらに増幅されたのてます。

都市を定義するのは「境界」ではない、「接続」である

コンピューティングのユビキタスな性質は,境界よりも相互接続性によって統治される都市世界を確立した。新興のネットワークシティにおいては,都市なるものはもはや物理的な囲い(つまり城壁)によってではなく,デジタルな接続性によって定義される。(アンドレス・ルケ゠アヤラ)

現代の都市を捉える視点は、大きな転換点を迎えています。かつて都市とは「城壁」や「境界線」に囲まれた物理的な空間を指しました。しかし、ユビキタス・コンピューティングが浸透した現在、都市を定義するのは「どこまでが敷地か」という外形ではありません。「何と何がつながっているか」というデジタルな相互接続性(コネクティビティ)です。

都市はもはや「輪郭線」で描くものではなく、無数のネットワークが絡み合う「結線」として理解すべき存在、いわば「ネットワーク・シティ」へと進化しているのです。

1. 「監視」の概念がアップデートされる
このデジタルと物理空間が融合したハイブリッドな都市において、避けて通れない論点が「監視」です。 現代の監視は、単に「悪いことをしていないか見張る」という古典的な次元を超えています。

データの収集・統合・可視化、さらにはシミュレーションを通じて、「空間を運用可能な状態に見える化し、予測によって先回りする」という高度なマネジメント・システムへと変貌を遂げているのです。

2. 「コード化空間」と「コード/空間」の決定的な違い
ロブ・キッチンとマーティン・ドッジが提唱した概念は、ビジネスにおけるリスク管理の視点から極めて示唆に富んでいます。彼らはソフトウェアが空間を支配する度合いによって、以下の2つを厳密に区別しました。

・コード化空間(Coded Space) デジタル技術が利便性を高めているが、万が一システムがダウンしても、現金取引などの「アナログな代替手段」で空間の機能が維持できる場所。例:一般的な小売店。

・コード/空間(Code/Space) ソフトウェアの作動そのものが空間の成立要件となっている場所。システムが止まれば、その空間は「空間としての機能」を完全に喪失します。例:空港(生体認証やスキャンが止まれば、そこはただの動けない箱になる)。

ここで重要なのは、「転導(Transduction)」という考え方です。 かつて交流の場だったカフェがWi-Fiの整備によってワークスペースへと変容したように、ソフトウェアと日常生活が互いに影響し合い、空間の性質は絶えず「再生産」され続けています。デジタルが空間のDNAを常に書き換えているのです。

3. プラットフォームの「物質性」と「情動の通貨」
さらに、この都市の変容を加速させているのが、Facebook、YouTube、X、InstagramといったSNSプラットフォームの「物質性と論理」です。これらは単なる情報の通り道ではなく、都市の文化を物理的・論理的に作り変える強力な装置となっています。

・メディアコンテンツの「型」と「流れ」の変容
プラットフォームのインターフェースやアルゴリズムという「仕組み」が、コンテンツの形を決定します。都市の風景は、いまや「プラットフォームに流しやすい形(映えや短尺動画)」へと再構成されています。

・ミクロ文化が「大衆文化」を規定する
一様なマスメディアの時代は終わり、プラットフォーム上の無数の「ミクロ文化(小さな熱狂的なコミュニティ)」が、都市の流行や空気を規定するようになりました。 「情動(Affect)」という新たな通貨 これらのプラットフォームは「情動の強さ」を中心に組織されています。

コンテンツが人々を動かし、巻き込み、刺激する力。その源泉は論理ではなく「感情の揺さぶり(情動)」にあります。デジタルな接続性が支配する都市において、情動は人々の関心を集めるための「もっとも価値のある通貨」なのです。

コンサルタント 徳本昌大のView

デジタル時代の都市は、もはや「ここからここまで」という境界線で輪郭が決まるわけではありません。重要なのは、どことどこがつながっているかです。交通、決済、認証、通信、配車、予約――そうした接続が通っている場所が「都市として機能する」ようになります。逆に言えば、接続が切れた瞬間に、その場所は都市でありながら、都市として振る舞えなくなります。

このとき運用の中心に入り込むのが、可視化と予測です。センサーやログで集めたデータがダッシュボードに並び、混雑や需要がモデルで予測され、配置や料金や人員が先回りで調整されます。監視とは、誰かを直接見張ることだけではありません。

都市や事業を「測れるもの」に変え、画面の上で運用できる状態にすることでもあります。可視化は現場を管理しやすくしますが、同時に「見えるものが優先され、見えないものが後回しになる」という力学も連れてきます。 そして決定的なのは、コードが止まると空間が止まるという事実です。

配車が落ちれば移動が詰まり、決済が落ちれば購買が詰まり、認証が落ちれば入退室が詰まります。つまり、境界ではなく接続性で都市が定義され、可視化と予測が運用に入り込み、コードが止まると空間が止まってしまう。これらは別々の話ではなく、同じ前提の上に立つ話です。

私たちが「地図」と呼んできたものも、静的な位置情報ではなくなりました。いまや地図は、単に場所を示すのではなく、移動や滞在、消費や労働を現実に配列し直す装置になっています。どの道を「最短」にするのか、どの店を「おすすめ」にするのか、どの宿を「上位」に見せるのか。表示の設計が、そのまま人の流れの設計になります。

だからこそ、DXは情報のデジタル化では終わりません。本当に問われているのは、どの場所で、どんな行動が起き、何が見え、何が見えなくなるのかという「空間の設計」です。

監視はカメラの数だけではなく、ダッシュボードとシミュレーションによって強化されます。運用に入り込んだ瞬間、それは技術ではなく、統治を担うのです。

Googleのビジネスを見ればわかるように、価格データ以外の要素も重要になっています。データの蓄積と処理によって、表示順位や評価の設計が行動を誘導し、結果として取引の形そのものを変えていきます。見つけてもらえるか、信頼されるか、選ばれるか。その入口を握るのは、しばしば値札ではなくアルゴリズムです。

そして現場は、coded spaceとして踏ん張れるのか、それともcode/spaceとして一発で止まるのか。その違いが、事業継続の備えも投資判断も左右します。止まっても代替が効くのか。止まった瞬間に、現場そのものが成立しなくなるのか。ここを区別できるだけで、打ち手の精度は一段上がります。

『デジタル・ジオグラフィーズ』の面白さは、こうした変化を「便利になった」「怖くなった」と感想で片づけず、どこで、どのように、何が組み替えられているのかを、地理学の語彙で分解してみせるところにあります。

地理は他人事の学問ではありません。物流、広告、採用、店舗、データセンター、リモートワーク。あなたのビジネスが動いている場所は、すでにデジタル地理の中にあると言っても過言ではないのです。

🖋 書評:徳本昌大 書評ブロガー・ビジネスプロデューサー

最強Appleフレームワーク


 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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