築地本願寺の経営学―ビジネスマン僧侶にまなぶ常識を超えるマーケティング
著者:安永雄彦
出版社:東洋経済新報社
本書の要約
築地本願寺という由緒正しきお寺と言えども、何も行動を起こさなければ、消滅するリスクが高まっています。著者の安永氏は築地本願寺の役割を「エンディングステージのワンストップ拠点化」「ヴァーチャル・テンプル構想」におき、次々に改革を行い、古いブランドだった築地本願寺を再生していきます。
築地本願寺をマーケティングで変革する!
築地本願寺は有名なのに、足を運ぶ人は少なく、
好感度も低いこれでは”伝統あるブランド”ではなく” 古びたブランド”です。「ブランド力こそあるが、 魅力のあるコンテンツをつくっていかなければ衰退していく」。 これが突きつけられた現実でした。 ビジネスの世界でよく言われていることですが、 老舗が老舗として残ってきたのは時代に合わせてイノベーションを 起こしてきたからです。(安永雄彦)
私の主要ビジネスの一つがM&Aなのですが、最近は寺院からのM&Aの相談が増えています。地方の人口が減少することで、檀家が減り、安泰だと思われていた寺院の経営が行き詰まるようになってきました。何も行動を起こさなければ、有名な寺院といえども消滅するリスクが高まっているのです。後継がいなかったり、収入が減り、衰退が予測される寺院は、M&Aを選択肢の一つに考えるようになっています。
一方、マーケティングで寺院を変えようとする動きも始まっています。400年もの伝統のある築地本願寺も顧客創造をキーワードに変わる努力をはじめました。本願寺中興の祖として有名な蓮如上人は、布教だけでなくビジネスにも熱心だったと言います。
蓮如は財政的に破綻しそうになると、民間の有力豪族を味方に引き入れて山科本願寺の土地を寄進させたり、他の宗派を次々に説得統合して傘下に入れたりしていくなど今のM&Aを行っていました。蓮如は経営者のマインドを持つ非常に革新的な人物で、本願寺にイノベーションを起こした巨大な存在だったのです。
しかし、築地本願寺は歴史の中で変化することをやめ、有名なのに目立たない寺院になっていきます。ここに危機感を抱いたのが、築地本願寺の経営学―ビジネスマン僧侶にまなぶ常識を超えるマーケティング の著者の安永雄彦氏です。安永氏はドラッカーの「顧客創造」と「イノベーション」を取り入れ、顧客を喜ばす経営を2015年にスタートします。(安永氏は2012年から築地本願寺の社外取締役となり、2015年から宗務長となる。)
当時、同寺は約2億円の赤字を計上し、危機的な経営状況でした。著者と現場の職員には温度差があり、このままでは潰れるという危機感があったと言います。
銀行勤務を経て当時はコンサルティング会社を経営していた私は、50歳で僧籍を取得したとはいえ、僧侶たちから見ると「ビジネスの世界から突然やってきた理解不能な人物」だったでしょう。そして私にとっても宗教法人は「言葉の通じない異世界」であり完全なアウェーでした。
50歳で僧籍をとった安永氏は、縁あって築地本願寺の経営大改革を行い、リブランディングによってお寺を再生することを決めます。なんとその投資額は10年間で40億円という巨大な規模で、活動を通じて様々なメディアに築地本願寺が取り上げられるようになります。
築地本願寺の顧客創造とは?
築地本願寺の「顧客創造」の3つのステップ
ステップ1 「開かれた寺」になり一般の人たちと「ご縁」をつくる
ステップ2 「人生のコンシェルジュ」になって「ご縁」をつなげる
ステップ2 「ご縁」がつながった人たちに門信徒になっていただく
安永氏は3つの「ご縁」のステップで、顧客との関係を生み出し、ご縁を深めています。築地本願寺の役割を「エンディングステージのワンストップ拠点化」「ヴァーチャル・テンプル構想」におき、築地本願寺と顧客との接点を増やすことで、顧客とのつがなりを強化しています。築地本願寺は、人の誕生、成長、結婚など、人生に寄り添える寺となることを決め、暮らしの中で人々が気軽に足を運べる存在になることを目指します。
そのために閉鎖的だったお寺のデザインを変え、築地のランドマークとなる動きを加速します。誰もが気軽に足を運べるように境内を改装し、カフェTsumugiやインフォメーションセンターをつくり、サイトやSNSでの情報発信を強化しています。カフェの「18品の朝ごはん」はインスタ映えすると人気になり、参拝者も増加していきます。
築地本願寺は多くの人にとっての「人生のコンシェルジュ」になることができます。「人生のコンシェルジュ」になるとは、お釈迦様が対機説法という、一人ひとりに寄り添って仏法を説いたことを現代的に翻訳したものとも言えます。仏教を広めるために、一人ひとりに寄り添い、その人に合った方法でお釈迦様は接したわけです。そうしたサービスにお寺として取り組んでいこうとするものです。
「KOKOROアカデミー(築地本願寺銀座サロン)」というカルチャーセンターを新たに銀座にオープンしました。ここで仏教的な考え方をベースにした講座や、こころとカラダを豊かにする身体感覚講座などの講座を行い、新しい顧客を創造します。また「よろず僧談」では、仏事やお墓のことだけでなく、人間関係や日常生活の不安など、気になるあれこれを僧侶に相談できるようにすることで、築地本願寺と顧客との距離を縮めたのです。上から目線になりがちな僧侶を身近な存在に変えることで、築地本願寺と顧客のご縁は強まっています。
築地本願寺に一時、参拝してもらうのではなく、顧客との関係をより長く、深くするための投資も怠りません。コンタクトセンターやCRMシステムを導入し、顧客に定期的にイベントの案内をすることで、築地本願寺のファンを増やすことに成功します。
人生の節目のライフイベントには、お寺が関われることがたくさんあります。結婚や終活など顧客のライフサポートは多岐に渡ります。2020年7月には「築地の寺婚」という結婚相談所をオープンし、結婚という社会的な課題の解決をはかります。ライフステージごとに先回りしてサービスを差し出したら、築地本願寺は多くの人にとっての「人生のコンシェルジュ」になることができます。
当然、人生の最後のイベントの終活もサポートします。任意後見人の選任や、死後事務委任、遺言手続きなど終活に関わる実務的な疑問にも答え、顧客の不安を取り除いています。朝日新聞社とのタイアップで自分史を書籍化するサービスを行うなど、最近では布教とは関係のないサービスが増えているように見えますが、ライフプランをサポートすることで、築地本願寺と顧客の関係は深まっていると言います。
日常のあらゆるシーンでお寺と接点ができ、楽しみや悩み相談を通してつながりが深まっていけば、多くの人たちに「お寺って頼りがいがある存在だ」と思ってもらえるでしょう。そうやって付き合い続けていくうちに、ごく自然に浄土真宗に触れる機会も増えていくはずです。これまで長い間やってきたような、檀家制度の前提の中ですでにいる門信徒だけを対象に、ひたすらお経をあげて法話をする一方的な付き合いよりも、より深く信仰を伝えることができるかもしれません。だから私は「『寺と』プロジェクト」を、「新しい伝道布教活動です」と説明していますし、「顧客創造である」と考えているのです。
様々な取り組みが功を奏し、築地本願寺の参拝者は1日平均4000人から多い日で1万人を超えるほどに急増しています。新たに発足した会員制度「築地本願寺俱楽部」は現在会員数が2万400人、2023年から24年にかけての親鸞聖人ご誕生850年・浄土真宗立教開宗800年までには10万人を目指しています。 会員が生前に申し込み可能、永代使用冥加金が30万円からの「築地本願寺合同墓」は現在ご契約数が約1万人ですが、こちらにも予約が殺到しています。
コロナウイルス感染拡大で三密を避けたい参拝者向けにオンライン法要を行ったり、ユーチューブで法話を聞けるようにしたりと、築地本願寺はデジタルでも顧客との接点を増やしています。寺院をヴァーチャル化させることで、寝たきりの人が参拝できたり、キャッスレス決済なども導入できます。著者は仏壇をiPadにすることで、世界のどこにいても築地本願寺にお参りできるようにしたいとビジョンを語ります。築地本願寺をアマゾンのようなヴァーチャルテンプルにすることで、お寺をオープンなスペースに変えることができ、そこから様々な収入を得られるようになります。
世界を取り巻く環境は、大自然の災害、政治経済状況の悪化、国際政治情勢の緊迫化など大きく変わってきています。こうした環境変化に適応するためには、個人も組織も生き残りをかけてさまざまな変革を思い描き、実行を繰り返していかねばなりません。あるべき姿を論じることは大切ですが、過去からの伝統を墨守することだけではなく、机上の空論で時を浪費することなく、しっかりと現実の実態や環境変化を直視することが緊要な時代になりました。たとえステークホルダーの反応が不明で、実現化の可能性や成功の確度が低くとも、変革後の成功の可能性にかけて覚悟を決めて実行を繰り返していくしかない、待ったなしの激変の時代だと思います。
著者の改革は多くの寺院や神社だけでなく、老舗企業も参考にできます。著者はビジョンを示し、行動することで、多くの人を引き寄せていきます。失敗がヒントになり、次のプランが生まれ、そこから成功法則が見つかります。自分が置かれている状況を受入れ、行動を起こすうちに、経営者が本当にやるべきことが見えてきます。バーチャル寺院が当たり前になれば、地方の寺にもチャンスがあるはずです。
自分や既存のメンバーだけで改革が難しければ、常識を突き破るイノベーターを迎え入れればよいのです。外部の人間とビジョンをつくり、メンバーを巻き込むことで、古い組織の改革を行えるようになります。
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