テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法
渡辺弘美
中央公論社
テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法の要約
アマゾンの成長は、純粋にテクノロジーやイノベーションだけによるものではありません。それは、ダイナミックなロビイングやPR活動、リーダーシップ・プリンシプルに基づいた戦略的なアプローチによって支えられています。これらの要素が組み合わさることで、アマゾンは市場での成功を実現し続けています。
アマゾンはなぜロビイングを行うのか?
テックラッシュとは、あまり日本では使われていないが、アマゾンなどの米国のビッグテック企業に対する反発(バックラッシュ)を指す言葉である。(渡辺弘美)
著者は、経済産業省を退職し、アマゾンへの転職後、15年以上にわたってロビイング活動を行ってきました。特に2013年頃から、国会議員や各省庁がアマゾンを含む米国のテック企業に注目を集めていることが増え、緊張した交渉を担当し、顧客の利便性を高めてきたと言います。
アマゾンのようやビックテック企業は、政治家、メディアや業界団体、消費者からさまざまな批判を浴びます。
・市場支配力の大きさ
・ジェフ・ベゾスの巨額の個人資産
・アマゾンの物流センターや配送網における労働条件
・国際的な税負担に対する懸念
・各地域のハイストリート(繁華街)に与えている影響
・アマゾンが新興国や新しい市場セグメント(食品・薬局・映像制作・アレクサ)に参入する際の既存勢力からの抵抗
これらの課題に対するための活動を各国のロビイストが行っています。例えば、2019年11月、国会の衆議院第一議員会館で「全国の注目小規模事業者のオンライン販売支援展」が開催されました。このイベントでは、地域特産品を販売する事業者が、Amazon.co.jpを通じてビジネスの拡大に成功していることが紹介され、国会議員やその秘書たちに向けてPRされ、アマゾンのビジネスへの理解が深まりました。
テクノロジー企業の運営モデルや提供サービスに対する社会の不安や疑念は、時にテックバブルのような現象を引き起こし得ます。これらの問題を放置すると、政府の新規制や消費者の信頼喪失という深刻な結果を招く可能性があります。
そのため、テクノロジー企業の公共政策チームは、誤解に基づく批判には事実をもって応え、正当な批判には真摯に耳を傾け、必要に応じて製品やサービスの改善を図るべきです。
また、テクノロジー企業は社会的責任を果たすことが強く求められています。持続可能性、エネルギーの節約、人権の保護、ギグワーカーの労働条件の改善など、さまざまな社会問題への取り組みが必要とされています。公共政策チームは、これらの課題への対応を通じて、企業の未来を形作る重要な役割を担っているのです。
著者は、政府や官僚との交渉を通じて、ビックテックと日本企業の違いに気づきます。アマゾンの公共政策チームの活動は、従来の「静的なロビー活動」とは異なり、「動的なロビー活動」を展開しています。
「動的なロビイング」の活動はテック企業にとってはなくてはならないものであり、企業の社会的受容性を高め、引いては競争力を左右するものであると言っても言い過ぎではない。
「動的なロビー活動」の特徴は、取り扱う課題が固定ではなく、年ごとや四半期ごとに変化し、その範囲も広がり続けていることです。
例えば、物販におけるインターネットショッピングでは、消費者保護や食品安全などが主な政策課題です。しかし、デジタルサービスやクラウドコンピューティングが加わると、セキュリティや著作権、個人情報保護などの課題が追加され、さらに広範囲にわたります。さらに、アマゾンへの注目が高まることで、競争政策や環境問題、人権といった新たな公共政策領域での取り組みが重要になってきます。ロビイストにはさまざまな知識、体験、そして他者の意見を傾聴し、お互いの利害関係を調整する力が求められます。
日本が新たな飛躍を遂げるためには、ただ法律の枠組みを見直すだけでは不十分です。日本独自の、静的なロビー活動を容認する経営スタイルも見直す必要があります。外国資本がルール変更の可能性を信じて挑む一方で、既定の規則に従うことを重んじる日本の企業文化では、成長速度に差が生じるのは自然な結果と言えるでしょう。
当然、ロビイングですべて解決するわけではありません。そこにはイノベーションを起こすなどの企業の経営力が不可欠です。
アマゾンのロビイング 5つの思考法
霞が関からアマゾンに転職して強く感じたのは、パブリックポリシー(公共政策)が、リーガル(法務)、タックス(税務)、パブリックリレーションズ(広報)といった他の間接部門のチームとともに経営戦略上極めて重要な役割を担っているという点であった。
通常、ビジネスの前線を担当する各事業部門は、企業の経営戦略と密接に結びついていますが、一方で間接部門はしばしば経営戦略から切り離されたコストセンターと見なされがちです。しかし、アマゾンの場合、この一般的な認識とは異なります。
イノベーションは理解するのが難しく、よく既存勢力から目の敵にされ、から批判されます。しかし、顧客の体験を向上させるためには、政府や官僚を巻き込む必要があることもあります。
著者が参加した公共政策チームは、アマゾンの「顧客を最優先に考える世界最高の企業になる、世界で最も良い職場を提供する、そして世界で最も安全な労働環境を実現する」というミッションを果たすために、ロビイングを行い、顧客の利便性を高めていたのです。
著者によれば、アマゾンのロビー活動には5つの重要な考え方があります。これらは、アマゾンが日本での事業拡大と政府との関係構築において採用してきた戦略を反映しています。
(1)政策立案者から深い信頼を得る
アマゾンが持つ信頼性や実績を通じて政府とのパートナーシップを築く重要性を示しています。
(2)業界をリードする
アマゾンが常に革新的で先進的なテクノロジーやサービスを提供し、他社をリードする存在であることが望ましいと言います。リーディングポジションを確保することで、政策立案者や業界関係者への影響力が高まります。グローバル基準と異なるルールが運用されている場合には顧客のために、業界全体をまとめることがリーダーには求められます。
(3)インフルエンサーのネットワークを形成する
アマゾンがビジネスを展開する際には、インフルエンサーや意思決定者との良好な関係構築が重要であることを示しています。学者、弁護士団体、経済団体、消費者団体とのネットワークが、政府の審議会に良い影響を及ぼします。
(4)政府主導のイニシアティブをサポートする
アマゾンが政府の政策や取り組みに協力し、社会に貢献する姿勢を示しすことで、関係改善がはかれます。
(5)自らのことを正しく認知してもらう
アマゾンが自社の強みや価値を適切に伝え、理解してもらうことが重要です。政治家や官僚、インフルエンサーが誤った情報を信じている場合には、直接出向き、正式な情報で事実を説明することが求められます。
アマゾンのロビイングは、単なる政府との交渉だけでなく、顧客やステークホルダーとの信頼構築や戦略的パートナーシップ形成も重視しています。
アマゾンの社内では、競合他社がこういうことをしているから、我々はこうしようという議論はない。常にお客様視点で思考、行動することが徹底される。そして、リーダーシップ・プリンシプルの中で「Customer Obsession」と対になっているのが、「Deliver Results」である。その意味は、「リーダーはビジネス上の重要なインプットにフォーカスし、適正な品質でタイムリーにやり遂げます。どのようなハードルに直面しても、立ち向かい、決して妥協しません」とされている。
著者は、アマゾンの14のリーダーシップ・プリンシプルという考え方に沿って、ロビイストもまたリーダーであるべきだと考えて行動していました。彼は常に顧客中心のアプローチを忘れず、決して妥協しない行動力を持って、アマゾンの置き配サービスが認められるよう尽力しました。著者のロビイングと綿密なPR活動により、日本の顧客は置き配という利便性を享受できるようになったのです。
アマゾンの成長は、純粋にテクノロジーやイノベーションだけによるものではありません。それは、ダイナミックなロビイングやPR活動、リーダーシップ・プリンシプルに基づいた戦略的なアプローチによって支えられています。
このような取り組みにより、アマゾンは常に市場の変化に迅速に対応し、顧客のニーズを最優先に考えることができます。 アマゾンのこのような戦略は、新規市場への拡大だけでなく、既存市場での競争力の維持と増強にも貢献しています。
この書籍には、実際にロビー活動として活動した著者の視点から、アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルに基づく実践記録が示されています。著者独自のプリンシプルの解釈もあり、ここから多くの学びを得られました。
ロビィングやPRの重要性を理解できるだけでなく、アマゾンのリーダーシップに関するケーススタディとしても興味深く読むことができる一冊で、おすすめです。
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