RE:THINK 答えは過去にある
スティーヴン プール
早川書房
RE:THINK 答えは過去にある (スティーヴン プール)の要約
スティーヴン・プールの『RE:THINK 答えは過去にある』は、イノベーションの多くが過去に否定されたアイデアの再評価から生まれると指摘します。ラマルクの遺伝理論やゼンメルヴァイスの手洗いの重要性、孫子の兵法やベーコンの帰納法など、かつてのアイデアが現代的に再評価され、新たな価値を生み出しています。
イノベーションは過去のアイデアから生まれる!
知の過去などどうでも いいと考えるような文化では、未来の革新が行き詰まるおそれがある。(スティーヴン・プール)
イノベーションとは、どのようにして生まれるのでしょうか?私たちはしばしば、まったく新しく、誰も思いつかなかったアイデアを「革新」と考えがちです。しかし英国のジャーナリスト、スティーヴン・プールは著書RE:THINK 答えは過去にあるで、真に価値あるイノベーションの多くは、過去に一度否定され、忘れられていたアイデアを再評価し、新たな視点で復活させることで生まれると指摘しています。
自然科学や思想史を振り返ると、時代が追いつかず当時評価されなかった考えや人物が数多く存在します。例えばジャン=バティスト・ラマルクの「獲得形質の遺伝」は、生前には激しい非難を浴びましたが、現代ではエピジェネティクスの研究によって再評価されています。新ラマルク主義を研究する科学者イザベル・マンスイは、環境ストレスが遺伝子の働き方を変化させ、その影響が子孫にも伝わる仕組みを解明しています。
19世紀の医師イグナーツ・ゼンメルヴァイスもまた手洗いによる消毒の重要性を強調し、多くの妊産婦を感染症から救いましたが、当時の医学界は彼の考えを全く受け入れず、ゼンメルヴァイスは悲劇的な生涯を送りました。
このように科学的合理性が受け入れられるには、しばしばその時代の社会構造や文化的バイアスが大きな障壁となるのです。
一方で、アイデアが別の文脈で「再起動」されることもあります。中国古代の戦術書『孫子』はその典型例です。『孫子』は、軍師たちの助言の粋を集めた兵法書ですが、現代において注目されているのは、戦術ではなくその戦略思想の普遍性です。「戦わずして勝つ」という哲学は、ビジネス戦略や交渉術、さらには情報戦や心理操作といった分野にまで応用されてきました。
フランシス・ベーコンの帰納法は応用され、ビジネスマンが最悪の状況を明らかにし、それを恐れなくなることにひと役買っている。
ベーコンの帰納法的思考は、「具体的な事実や経験を積み上げて結論を導き出す」という考え方で、ビジネスマンが直面しうる最悪の状況を明確にし、それを冷静に受け止め、恐れず対処できるようになるのに役立っています。
ベーコンの方法を目的を変えて再活用すると、思考のバイアスを防ぐことができます。新しいアイデアを考え出した後に、起こりうる最悪のシナリオを想定し、奇妙でありえないと思えるようなことも調査することで、自分のビジネスプランを見直し、必要な修正を加え、より良い未来を創造できるのです。
また、かつて危険視された幻覚剤も、最新の医学研究により、うつ病やPTSD治療への効果的な手段として再評価され始めています。 過去のアイデアはただ保存されるだけでなく、その時代のニーズに合わせて再編集され、新たな価値を持つ形で活用されているのです。時代を先取りしたアイデアもあります。
古代ギリシャのデモクリトスの「原子論」は、長い間受け入れられませんでしたが、20世紀にようやく科学の主流として認められました。
また、コンピューター業界における性差別や偏見と闘ったグレース・ホッパーの貢献は、現代のスマートフォン技術の基礎を築きました。著者はホッパーがいなければ、今日のiPhoneも存在しなかったかもしれないと指摘しています。
イノベーションは巨人の肩の上に立つことから
ほかの革新的な思索者たちと同じように、ニュートンがアイデアを得ることができたのは、当人が生きた時代の人間の知識と技術の水準が出発点となったからである──自身が発展させる前から一定の数学的ツールは存在し、ガラス製のプリズムは入手可能だった。そういう意味では、歴史とかかわりなく活動できる思索家はおらず、全員が巨人の肩に乗っているといえる。
一方、「古さが最新の新しさ」という主張も、極端に捉えすぎると誤解を招く危険があります。ニュートンが「巨人の肩の上に立つ」と言ったように、革新もまた過去の積み重ねから生まれますが、すべてを「過去の焼き直し」とするのは誤りです。
確かに多くの革新的アイデアは過去のアイデアから着想を得ていますが、重要なイノベーションは、単なる焼き直しを超えた新たな視点や組み合わせを持っています。過去のアイデアを再利用することは有効ですが、創造性は既存のアイデアを新しく組み合わせたり、まったく新しい視点で再解釈したりすることから生まれるのです。
また、繰り返し復活するものの誤ったアイデア(ゾンビのアイデア)として、「地球平面説」や経済学の古典的理論などがあります。これらは事実として間違っていることが明確になっているにもかかわらず、定期的に復活しては混乱を引き起こしています。
著者は、アイデアを評価する基準は必ずしも真実であるか否かではなく、それが実際に役立つかどうか、有用性にこそあると指摘しています。このような視点から、真偽を超えて実践的な価値を見出す態度が重要となります。
未来を視野に入れた再評価も興味深いです。ベーシック・インカムや政治家を抽選で選ぶ制度など、かつては非現実的とされたアイデアが再び注目されています。
エポケーはどんなアイデアについても判断を保留するという意味に、つまりそれが正しいか正しくないか、あるいは道徳的に誤っているか適切かという分類を拒否するのに使うことができる。
アイデアの善悪や価値は、社会背景や利用法によって変化し、懐疑論者ピュロンが説いた「判断保留(エポケー)」の姿勢が重要になります。エポケーとは、どのようなアイデアについても判断を保留し、それが正しいか誤っているか、道徳的に適切か否かという分類を拒否する態度を指します。 過去のアイデアを軽視する文化では、未来の革新が停滞するリスクがあります。
アイデアには時代ごとに最適なタイミングがあり、その価値は変化します。過去の知恵を現代の視点で再検討し、活かしていくことが、私たちに求められています。本書は、そのような再考と発見の旅をガイドする一冊です。
最新技術を駆使して社会を変えるイーロン・マスクもまた、歴史の教訓を深く理解し、それを革新的なビジョンに活かしています。最新技術だけでなく、グレース・ホッパーやピュロンのような過去の先駆者の視点も取り入れることが重要です。本書には、時間を超えて再評価されたアイデアが豊富に収められています。過去の知恵から未来の可能性を見出したいすべての人に、本書をおすすめします。
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