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WEAK LINK(ウィーク リンク) コロナが明らかにしたグローバル経済の悪夢のような脆さ
著者:竹森俊平
出版社:日本経済新聞出版
本書の要約
コロナパンデミックがあっという間に世界全体に拡大し、未曽有の経済災害となったのは、グローバル経済のエコシステムにウィーク・リンクがあったからだと著者は指摘します。野生動物を扱う不衛生な市場が武漢という国際都市にあったことが今回の悲劇の原因です。当初の中国の隠蔽主義と欧米の無関心な態度が、ウイルスを一気に広げていったのです。
the weakest linkとは何か?
鎖の強さは、そのもっとも脆い箇所(the weakest link)の強さに等しい。なぜなら、その脆い箇所が壊れたなら、全部の鎖がバラバラになり、鎖が支えているものも地面に堕ちるからだ。(トーマス・リード)
今回のコロナパンデミックにもウィーク・リンクがあったと慶應義塾大学経済学部教授の竹森俊平氏は指摘します。 一つの大きなショックが中国武漢で生まれ、それが国際的な仕組みの中で一番脆い部分に衝撃を与え、世界を破壊していったのです。野生動物を扱う不衛生な市場が武漢という国際都市にあったことが、今回の悲劇の原因です。当初の中国の隠蔽主義と欧米の無関心な態度が、この新型ウイルスを一気に世界に広げてしまったのです。
国際的な仕組みの各部分が緊密に連関していて、積み木細工のように精巧に組み立てられていたら、脆い部分が壊れることによって、世界全体に影響が及びます。今回のコロナウイルスも中国が短期間に国際化したことに原因があります。世界中につながる武漢の封鎖が遅れ、各国が中国との人の往来を止めなかったために、新型ウイルスが一気に世界に蔓延したのです。中国武漢という近代的な顔を持つ不衛生な巨大都市が、今回のウィーク・リンクになったのです。
著者は第一次世界大戦、その後の世界大恐慌、第二次世界大戦もこのウィーク・リンクが引き起こしたと考えています。システムが誤作動すること、小さな偶然が重なることで、ヨーロッパを巻き込む戦争が起こり、その後の世相を暗くしてしまったのです。
第一次世界大戦後の不安定な仕組みが、大恐慌を生み、ひいては第二次世界大戦につながることになります。実際に仕組みの崩壊につながる行動を起こしたのは、ウィークリンクであるドイツでした。賠償金で追い詰められたドイツがウォールストリートから資金を借りたのがきっかけで、全世界的な貸し出しブームが起こる。それに乗っているうちは良かったのですが、 ブームが行きすぎだと考え、アメリカ連銀が高金利政策に転換した途端、最大の被害を受けたのは、最初に積極的な借り入れを開始し、アメリカからの借金が続かない限り、政府財政が成り立たない状態に放置したドイツだったのです。(竹森俊平)
第一次世界大戦終了後、ヨーロッパにインフレが襲い、特にハイパーインフレが酷かったドイツ経済が影響を受け、破壊されてしまいます。その際のドイツの行動は、当初は「受動的」に終始していたと言います。大恐慌の最中でもケインズ的財政刺激策どころではなく、超緊縮的な政策を実行しました。ドイツは巨額の対外債務を抱えていたので、国際投資家の信頼が保たれることを第一に考えたのです。
その結果、600万人の失業者がドイツに生まれます。経済的打撃が深刻になる中で、健全なモラルが崩れ、ドイツ人は生活の貧困の原因を外国人に押し付けようとしたのです。そのような状況下でヒトラーが台頭します。アメリカが参加しない国際連盟が無力だったため、ドイツの暴走を止められず、2度目の世界大戦を防ぐことができませんでした。
この頃のドイツの状況を見るとアメリカやヨーロッパ、日本の現在の状況が世界恐慌時のドイツに酷似していることがわかります。コロナウイルスが中国からもたらされたことで、欧米ではアジア人に対する差別・排斥が起こりました。いや、それ以前から世界は分断され、外国人の排斥が起こっていましたが、今回の新型コロナウイルスがそれを加速させたのかもしれません。
欧米と中国のコロナ対策の違いは?
リーマンショック後、世界経済は後退し、格差が酷くなる中で、不満を抱く層はここでもグローバル主義への反発を強め、自国中心主義に立った政治路線、ポピュリズムになびいていきます。
・2017年、アメリカではトランプ政権が誕生。
フランスでは国民戦線のマリー・ルペン党首が大統領選の決選投票に残る。
・2018年、イタリアでは「5つ星」と「同盟」からなるポピュリズム連立政権が誕生する。
・2019年、イギリス保守党はポリス・ジョンソン党首の下で、総選挙に圧勝。EUと交渉の後、正式に離脱を決定する。2019年には国際経済関係でも、活発な動きが見られるようになりました。
アメリカは不満の矛先を中国に向け、貿易戦争を開始します。WTOの枠組みの多角的貿易ルールを無視した動きを加速します。世界がバラバラになる最悪のタイミングで、中国の武漢からコロナパンデミックが起こってしまったのです。
新型コロナの感染拡大は一気に世界に広まり、日本、アメリカ、ヨーロッパで経済危機が発生しました。2020年の第2四半期、年率換算でアメリカのGDPは30%、EUのGDPは40%の下落で、大恐慌を上回るスピードで景気が下落していきました。コロナによって、接客業務や観光に対する制限が発令され、飲食、旅行など多くのビジネスが苦境に立たされます。そうしたビジネスを金銭的に支援する必要が生まれてくるために、国の財政も悪化します。ここまでは日本でも、外国でも、事情は同じでした。
しかし、最初に持ちこたえられなくなったのは、「外貨建ての対外債務」が大きな国です。自国通貨建ての債務の場合、中央銀行が国債を購入し、通貨と代替することができ、国債のデフォルトは簡単には起こりません。ところが国の債務が外貨建て、たとえばドル建てである国の場合には、その国の中央銀行はドルを発行できませんから、この方法によってデフォルトを回避することはできません。その結果、アルゼンチンは5月にデフォルトを宣言せざるを得なかったのです。
一方、コロナで財政状況が痛んでいたイタリアとスペインは、ドイツのメルケルがEUの分裂を避けるために、財政支援することを選択します。EUの加盟国が他国を救済しないというリスボン条約を無視し、イタリアとスペインを救済することを選び、ウィーク・リンクが綻ぶことを防いだのです。一方、トランプはアメリカファーストを貫き、グローバルな仕組みを支援するという立場を放棄しました。
当初、中国の武漢はコロナ対策で隠蔽対策を取り、患者数を増やしていきます。武漢から中国全土にウイルスを拡散する直前に、中国は政策の失敗に気づき、武漢を閉鎖します。
「生命を重視するべきか。それとも生活を重視するべきか」。新型コロナの感染が全世界に広まってから、このジレンマをどう解決するかがいたるところで議論されています。感染拡大から生命を守るには、ロックダウンを実行しなければならない。しかし、それで対人ビジネスが難しくなれば、生活困難に立たされる人が増える。それでもロックダウンを実行するべきか?しかし、基本的にはこのジレンマは存在しないと考えています。感染拡大が続く中で、経済活動を盛り上げるのは難しいのです。逆に、感染拡大を抑えられれば、経済活動の再開が可能になる。中国の例がそれを証明しています。
また、中国が国家権力とデジタルの力で、一気にコロナウイルスとの戦いに勝利する中、欧米ではいまだにこの新型ウイルスに苦しんでいます。中国のような思い切った行動にでた政府がコロナ対策で成功している一方、欧米は政策が中途半端になり、患者数を増大させています。結局はワクチンの開発でこの難局を乗り越えようとしています。
ウイズコロナの時代に私たちの働き方はどうなる?
コロナ感染は、国民の心理の深い部分を表面に挟り出しています。コロナ感染による死亡率は高齢者では高いが、若年、中年層では低い。しかし、若年層、中年層は高齢者の生命を守る社会的責任から、社会的隔離に応じる。他方で、社会的隔離に応じる若年層は、青春の楽しみを犠牲にすることになり、仕事の機会や所得をも失うことになる。
年齢・性別、仕事内容によって、コロナへの考え方も異なります。政策論争が一枚岩にならないのは、人それぞれ考え方が違うということに起因します。経済を動かしたい政治家や経営者と医療関係者の考えを足して2で割ったとしても、コロナウイルスを収束させることは難しいということがわかってきました。
外出がリスクになる中、私たちの働き方や消費者は大きく変わり始めています。オンライン化できる仕事につくか、できない仕事につくかで、未来の収入が左右され、格差が拡大する可能性があるのです。
今後はオンライン化できるジョブと、できないジョブ。オンライン化を進められる職種、産業と、それができない職種、産業のデバイド(格差)が広がっていきます。
オンライン化できる職種、産業で仕事ができるかどうかは、労働者の教育水準に依存するという研究結果があります。普段からPCを操り、情報を得られる人は所得水準が高いという結果もあります。今後、オンライン化できる仕事は、社会的隔離などの要請で休業する必要がなく、有利になっていくのだとすると、それによってそもそも最初にあったデバイド、ITを活用できる能力や、教育や所得のデバイドが、ますます拡大していく傾向が生まれます。下手をするとコロナ以降加速するデジタル革命が、より社会分裂を酷くする可能性があるのです。
アメリカの論文によると、アメリカの37%の仕事は、完全に在宅勤務でできることが分かりました。業種別、産業別の違いが大きいものの経営者、教育者や、コンピューター、金融、法律の業務に関わるものは100%在宅勤務が可能であることが明らかになったのです。それに対して、農業、建設、工場生産の就業者は、ほとんど在宅勤務ができません。この論文の重要な発見は、職種別にどれくらいの割合、在宅勤務が可能かの指標を作り、それをその職種の賃金と相関させてみると、正の相関が見られることです。つまり、賃金が高い職種ほど、在宅勤務に変えることが簡単だったのです。
新型コロナ感染が起こる前から、すでに見られていたデジタル・デバイドが、今後ますます拡大していくこと予想されます。在宅勤務ができる業種が給与が高くなり、人気となり、格差を助長します。それは人によっては好機であり、在宅ができないエッセンシャルワーカーにとってはリスクになります。例えば 、在宅で仕事に就ける女性にとっては、これが好機になる可能性が高いのです。在宅だと生産性や仕事の質で評価されますから、女性だからという差別が減るはずです。しかも、在宅なので、仕事と育児を両立させられます。
まだ日本では真の意味でのメリトクラシー(能力主義での評価)が確立していないので、賃金格差もアメリカよりはるかに少ないのが現状です。今後仕事がITにシフトし、生産性で評価されるようにならないと、日本は諸外国に取り残されてしまいます。
新型コロナで、IT化が進み始めましたが、今後日本でもアメリカ型の評価が当たり前になり、メリトクラシーが浸透いくはずです。その際、その新しいモデルに乗れる階層と、乗れない階層に社会が分裂しないように対策を考えることが重要だと著者は述べています。これ以上、IT化が遅れると日本の成長が止まってしまうことは、各国の成長性の比較でも明らかになっています。コロナをチャンスにデジタル化にシフトすることが、政治家だけでなく、経営者、国民一人一人にも求められています。
著者は現段階で新型コロナ対応で正しい選択肢は何かを私たちに教えてくれています。それは「生命」を重視する医療専門家と、「生活」を重視する政治家の判断を足して、2で割ったようなものではなく、医療専門家に大きな権限を与えて決められた対応策の方が、現段階で国民の評価が高いということです。
もし、経済活動を早期に再開することを重要課題と考えるなら、中国が実施したような強力なロックダウンは、その課題の達成に有効であるということです。この提言を読むと、今の日本のどっちつかずの政策が間違っていることが明らかになります。
米中の覇権争いに巻き込まれる日本
世界中の生産がコロナの影響により落ち込んでいる中で、中国の生産が比較的早く立ち直っています。中国の輸出のシェアは、昨年、一昨年とほぼ13%近辺でしたが、今年4月にはそれが18%に上昇していると言います。これはコロナに対応した「ニューノーマル」が、中国の製品への需要を高めているからです。中国からの輸出が大幅に伸びた製品に、医療器具、医療備品(例えばマスク)などがあります。
世界はこういう製品の供給を、コロナ危機前から中国に依存してきたのですが、コロナによってこうした製品の必要度が増したのです。さらにエレクトロニクス、家庭用器具といった、中国が強い競争力を持つ分野も、われわれの仕事の仕方が、テレワークに転換したり、在宅勤務に移ったりする中で、輸出が大幅に伸びています。
ただ、貿易問題を巡り、アメリカからの中国に対する政治圧力が強まる中で、中国がさらに輸出成績を上げるような展開が、このままスムーズに進むとは思えないと著者は指摘します。エレクトロニクス、特にITやデジタルの分野は、情報やデータの問題も絡み、地政学的緊張が高まっている分野のため、いずれ米中の政治問題に浮上します。今後、アメリカと中国の緊張関係は多くの分野で深刻化していくはずです。
日本は米中の狭間でどうなるのでしょうか?日本と中国の問には、サプライチェーンを通じた協力関係があるために、中国との貿易でそれほど悪影響を受けません。しかし、中国とのサプライチェーンの関係があることによって、アメリカの対中貿易戦争がもたらすマイナスの影響は大きくなります。
アメリカが高関税政策をとることで、中国が輸出する最終製品だけではなく、サプライチェーンを通じて中国とつながる、すべての国の部品生産にも打撃を与えます。事実、米中貿易戦争が激化した昨年、日本の景気は悪化しました。今後、日本の製造業が、直接、消費者に対して製品を供給する「BtoC」のビジネスから、企業向けの部品などの生産を行い、消費者とは間接的にのみつながる「BtoB」のビジネスにますますシフトするならば、米中貿易戦争による日本への被害は、ますます拡大すると著者は暗い未来を予測します。
中国経済の劇的な高度成長によって、北京政府の政治権力が強まったという事実がアメリカを怒らせています。アメリカにおける防衛問題タカ派の立場からすれば、中国のGDPに追加される1ドル、1ドル、中国が新規に獲得する一つ一つの技術、これらが中国の地政学的バランスを有利にしているのです。
アメリカはアジアにおいてはいまだ冷戦に勝利していません。 ヨーロッパと異なり、アジアの冷戦は今も続いています。そして、ITの進化が中国の脅威を肥大化させています。 デジタル、ITは、国内のあらゆる社会、経済活動のデータを中央に集中させることを通じて、中国の政治指導部が国民の管理を強化する手段となっています。この管理は中国国内だけの問題では無くなってきています。
デジタル、ITは世界の境界を取り払い、中国のパワーを強化します。新型コロナ下でも、経済活動や、教育活動が曲がりなりにも続けられたのは、デジタル、ITを活用した、テレワークや、リモート 教育が可能だったからです。デジタル、ITは、単に距離の壁を乗り越えるだけではありません。国際的な連結性が保証される限り、国境の壁、体制の壁をも乗り越えます。中国の側には、西側からの情報の流れを阻害するファイアーウォールがあります。自由主義に立つ西側にはそれが十分にはありません。
そのような状態で、中国がデジタル、ITでの競争力をますます高めていけば、安全保障上、地政学上の緊張は高くならざるを得ません。こういう懸念は、もちろん新型コロナ危機の発生前からありました。新型コロナ危機が発生し、その影響が長引く見通しが強くなった現状では、デジタル、ITが私たちの生活を左右することは間違いありません。この状態が続けば、この分野を中国に支配されることへの懸念も高まらざるを得ないのです。アメリカが中国のハイテク企業を狙い撃ちするのもここに理由があるのです。
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