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収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック
川上昌直
東洋経済新報社
本書の要約
苦境を迎えたときには資金繰りが何より重要となりますが、その際、経営者は利益イノベーションを最優先すべきです。利益イノベーションを主軸におきながら、同時に価値創造イノベーションを起こすようにします。価値創造と価値獲得という2つの要素は、相互依存的な関係でビジネスを構成し、企業を再生する力を持つことをマーベルの歴史が明らかにしています。
マーベルが劇的に復活した理由とは?
利益イノベーションからビジネスモデルを変える。(川上昌直)
利益イノベーションが先行すると、結果的に価値創造のイノベーションのきっかけを生み出せると兵庫県立大学国際商経学部教授の川上昌直氏は指摘します。
この利益イノベーションで復活を果たしたのが、アベンジャーズシリーズを大ヒットさせたMarvel(マーベル)です。マーベルの歴史は大きく3つに分けられます。
■フェーズ1 コミック出版が収益基盤
■フェーズ2 ライセンスが収益基盤(利益イノベーションで再建 )
■フェーズ3 映画などのコンテンツが収益基盤
■フェーズ1
1939年創業の老舗のコミック出版のマーベルは、当初は大成功を納めますが、70年代後半から、業績が急降下します。キャラクターの価値を守りきれず、コミック自体の売上も低迷し、作家がライバル会社に流出していきます数々のヒット作を生み出したマーベルは、存続の危機を迎えます。
投資家であり企業再生家のロナルド・ペレルマンが同社を買収することで、経営はよりひどい状態に陥ります。ペレルマンはコミックス出版というコアビジネスを全く理解しないまま、コミックの値段を大幅に釣り上げたり、小売店に直接販売をするなど、安易で乱暴な価値獲得に走りました。
その結果、1997年、マーベルは経営破綻し、1998年10月に関係会社であった玩具メーカーのトイビズのオーナーであるアイク・パルムッターとアヴィ・アラッドがマーベルを獲得します。
■フェーズ2
パルムッターは、1999年7月に著名な企業再生家であったピーター・クネオをCEOとして迎えました。伝統的な出版社の価値獲得は、在庫リスクも高いうえにマージンが低く、そこそこの売上ではほとんど利益が出ません。クネオは利益イノベーションに取り組むことで、マーベルを再生させていきます。
クネオは、マーベルのキャラクターをIP(知的財産)として活用するライセンス事業をスタートします。4700以上のキャラクターを資産化し、「タレントエージェンシー」にビジネスモデルを変化させ、利益を生み出していきます。キャラクターを主人公にした映画を制作してもらい、様々なプロダクトを販売することで、巨大なライセンス料を得ていきます。
・X-MEN(20世紀フォックス)
・スパイダーマン(ソニー・ピクチャーズ)
・ハルク(ユニバーサル・ピクチャーズ)
映画がヒットするかどうかにかかわらず、マーベルは全くリスクを負わず、多額のライセンス収益を得られるようになりました。ソニー・ピクチャーズのスパイダーマンシリーズは大ヒットし、2002年と2004年のマーベルの営業利益の半分をスパイダーマンが稼ぎ出したのです。映画公開がなかった2003年でさえ、営業利益の3分の1がスパイダーマンによるものでした。
2004年にはついに負債を一掃、黒字の累積により株主資本も盤石となり、ついにマーベルは健全な企業に生まれ変われました。ライセンス事業によって、著作権料が前払いで支払われ、なおかつ興行収入に伴って数パーセントのロイヤリティも入ってくることで、マーベルのキャッシュフローが一気に改善したのです。
利益イノベーションがマーベルの成長を持続させた!
■フェーズ3
健全な財務体質を得たマーベルは、自分たち のリスクで映画を製作し、さらなる価値獲得をするよう舵を切りました。一般的に映画製作は当たれば莫大な収益が得られるものの、投資規模も大きく、リスクが高くなりがちです。そのため映画製作は参入障壁がきわめて高いビジネスですが、マーベルはメジャースタジオとの協業を通じて、映画製作のリスクを正当に見極められるようになったのです。
映画で得られる興行収入のわりにライセンスで得られる利益の割合が小さかったため、マーベルは自社での映画制作にシフトします。キャラクターの重要性を知ったマーベルは、自分たちでもう一度キャラクターの価値を高め、それにふさわしい形で価値獲得していくことが、正しい経営だと考えたのです。
マーベルはタレントエージェンシーから映画製作スタジオへと価値創造をも刷新するという、価値創造イノベーションを推し進めることにします。ライセンス管理の「マーベル・スタジオ」というオフィスを、実際に映画製作を行う独立系スタジオへとつくり替え、メリルリンチから5.3億ドルの資金調達を行います。
それを元手に製作したのが、実写版『アイアンマン』でした。実は『アイアンマン』は、スパイダーマンやX -MENが永続的にライセンス契約をしていて使えないため、仕方なく使ったキャラクターでした。主演には、ロバート・ダウニーJrを起用しました。マーベルは、コミックスの世界観をつくり出したクリエイターたちの考え方を優先させ、あえてコンプライアンス的にイメージの悪いダウニーを起用したのです。
人気俳優や人気監督の作品ではないという心配をよそに、コミックスの世界観に沿って丁寧につくり込まれた『アイアンマン』は公開時の全米興行収入で1位を獲得します。全世界興行収入で最終的に約5.9億ドルを稼ぎ出す大ヒット作となったのです。
マーベルは自社のキャラクターにあったキャスティングで、著名俳優や監督でヒットをつくろうとするハリウッドの映画作りとは異なるアプローチで、映画製作を推し進めます。メジャーのやり方ではなく、キャラクター・ファーストの映画製作という価値創造によって、彼らは成功を手に入れたのです。その価値創造によって、以下のヒット作を連発します。
・インクレディブル・ハルク
・マイティ・ソー
・キャプテン・アメリカ
これらは単発の作品でありながらも、同じ世界観を共有しており、最後には『アベンジャーズ』で1つに集約されるように設計されていました。「マーベル・コミック」を原作としたスーパーヒーローの実写映画化作品を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」が、マーベルのブランド価値を押し上げたのです。
再建当時の1998年に売上高約2億ドルで営業赤字だったマーベルは、ライセンス収益を獲得する価値創造に変更し、6年後の2004年には売上高5億ドル超で営業利益2.5億ドルを計上するまでになりました。ROS(売上高営業利益率)も40%を超える超優良企業になっています。
価値獲得に成功して利益基盤が安定化しましたが、マーベルは歩みを止めずに、そこで得た利益を映画製作に投資します。マーベルは『アイアンマン』の成功により、売上は約6.8億ドルとなり、過去最高の約3.8億ドルの営業利益を実現します。
マーベルは価値獲得の進化に応じて、価値創造の方法を最適化し、最終的にビジネスモデルを大きく変革させたのです。フェーズ3で映画製作が実現した頃には、ROSのレベルをさらに高めて、2期連続で50%を超える所まで数字を改善します。その結果、ディズニーが同社をM&Aし、さらにヒット作を連発することになります。破綻した老舗コミック出版社は、いつの間にか世界的メジャースタジオの一員となり、今やディズニーの大黒柱になったのです。
苦境を迎えたときには資金繰りが何より重要となりますが、その際、経営者は利益イノベーションを最優先すべきです。利益イノベーションを主軸におきながら、同時に価値創造イノベーションを起こすようにします。価値創造と価値獲得という2つの要素は、相互依存的な関係でビジネスを構成し、企業を再生する力を持つことをマーベルの歴史が明らかにしています。
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