モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質(木村将之, 森 俊彦)の書評


モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質
木村将之, 森 俊彦
日経BP

本書の要約

モビリティXが進展する中で、今後モビリティに関わる企業は、いち早く自社の考えるサステナビリティーへの世界観を掲げ、首尾一貫した環境への貢献活動を行うべきです。そのためには、絶えず顧客とコミュニケーションを取り続け、得られたデータを基に顧客体験を開発、改善していくことが重要になります。

モビリティX時代に求められる4つのアローチ

真のSXは、顧客起点でサステナビリティーを体現するために既存のプロセスを根幹から変更し、組織風土までも変えながら全く新しいビジネスモデルと価値を顧客に届ける一連のプロセスとなる。(木村将之, 森 俊彦)

DXやSXの本質はどこにあるのでしょうか?このブログでは顧客体験をアップさせることが重要だと指摘してきましたが、日本人の有志組織「シリコンバレーD-Lab」を運営する著者たちも、DXとSXのトランスメーションとは、顧客体験・価値をデータドリブンで作り出すものと述べています。

顧客起点でデータを集め、それを活用することで、熱狂的なファンが商品やサービスに引き寄せられてきます。DXとSXは相互に関連し、企業の成長を後押しします。

今後、自動車産業も顧客起点でのDXとSXの推進が欠かせません。また、顧客起点による新たな体験価値(X=エクスペリエンス)の創造と、それをよりリッチなものとする異業種融合(X=クロス)の実現が求められます。例えば、モビリティ×エネルギー産業のように、これまで別々に発展してきた産業同士が「X=クロス(異業種融合)」し、新たな価値を創出するはずです。著者たちはこのようにして生まれるモビリティ産業の究極の変革を「モビリティX(=真のDX×SX、異業種融合)」と定義します。

今後CASEの進展により2つの大きな市場が生まれます
①ライドシェアに自動運転技術が加わり、ロボタクシーの市場が生まれる。
ウーバーのようなライドシェア企業が自動運転の技術開発に積極的なです。ロボタクシーの導入でドライバーが不要となれば、事業コストを大幅に抑えることが可能になり、顧客の移動コストも低減します。

②新たなエンタメ産業
運転からの解放で、車内での可処分時間が増大します。これにより車内でのエンタメ産業が飛躍的に成長します。ロボタクシーを開発しているウェイモは、グーグルがデジタル端末でアンドロイドOSを普及させています。グーグルは各車に車載システム向けOSを提供し、車をスマートフォンのように見立ててビジネスを拡大する可能性がああります。

アップルもiPhoneと同様に洗練されたデザインの車を開発し、OSを提供することで車内アプリケーションサービスを展開するはずです。将来の車の価値の大部分はソフトウエアとハードウエアに二分され、ソフトウエアの市場は車体販売の市場の1.5倍に到達するともいわれています。

著者たちはモビリティX時代に求められる4つのアローチを明らかにしています。
①「デザイン思考」「データドリブン」による体験価値創出
②顧客の価値観の変化に寄り添ラサステナビリティー変革
③中長期視点による「要素クロス」アプローチ
④ファンクション産業と融合した新たな価値創出

テスラ、アップル、アマゾンはどう動く?

テスラは顧客のペインを大量の情報に基づき先取りしながら、顧客体験を高めるサービスを開発し、OTAを有効に活用して短期サイクルでサービスをアップデートできることがテスラの優位性を保つ秘訣となっている。

テスラは「OTA(Over the Air)」により、安全運転支援機能「オートパイロット」などのソフトウェアを日々アップデートすることで、顧客の乗車体験を日々改善しています。

今後はオーナーが保有する車をロボタクシーなどのシェアリングビジネスに活用し、そこから利益を得ることも可能になります。これにより顧客は積極的にシェアリングサービスに参加し、ネットワーク効果が短期間で築けます。

また、EVの充電待ち時間や自動運転中の時間を有効に活用できるようにコンテンツおよびエンターテインメントを楽しむための機能の充実にもこだわっています。

モビリティ産業とエネルギー産業の両方の観点からテスラのEV・ロボタクシー事業を考えてみると、テスラには3つのメリットがあると著者たちは指摘します。
①EVの充電を一定程度コントロール可能。
テスラはすでにダイナミックプライシングを活用し、タイミングによって充電料金の価格調整を行ったり、充電タイミングのレコメンドを行うことで顧客をコントロールしています。

②「動く蓄電池」としてのEVである。
将来的にはEVが電力の輸送機能も担うようになり、EVを活用した施設問での需給調整も可能となります。また、街中でのEVチャージャーの需要と、家庭用・商用の蓄電システムで各所の蓄電状況を併せて把握することで、地域レベルの電力需給状況を把握、予測、管理しやすくなります。

③そもそもの移動需要自体をコントロールできる。
電力需要に余裕があるときは多くのロボタクシーを動かし、できるだけ早く人を運ぶように運用します。一方、電力需要が多く、電力がひっ迫しているときはライドシェアサービスなどを活用し、社会全体として電力消費自体を減らせるようになります。

今後EVが普及すると電力供給や蓄電池のサービスを行っているテスラは、他社より安価に安定的にEVを提供できる可能性があります。モビリティ産業としての強みとエネルギー産業としての強みのいずれにおいても、テスラのビジネスモデルの強さを裏付けているのは「データ」になります。

モビリティにおいては、顧客の体験をデザインしながらデータドリブンで改善し続けること、データを活用して適切な運行を行うことが取り組まれ、エネルギーにおいては、データに基づいて最適な需給の調整が行われている。このように、テスラは他の企業ができないレベルで異業種融合を進めながら、産業を超えてリァルタイムのデータを活用することでより全体最適化された顧客体験を生み出している。まさに「モビリティX」を体現する動きといえるだろう。

グーグルは、検索情報やカレンダーに基づき、顧客が何を好み、いつ何をする予定かといった生活情報を保持しています。この情報を適切に活用し、移動体験をより文脈に沿ったものにできるようになります。アルファベット傘下のウェイモでは、移動コストを店舗に負担させる代わりに送客をする広告モデルの実証実験を開始しています。

将来、様々な企業が自動運転やロボタクシーの提供に乗り出す際に、ウェイモはそれらの企業に自動運転技術・OSを幅広く提供していく可能性があるのです。グーグルは、2030年までに自動運転が世界の60%まで拡大し、ロボタクシーの市場規模が最大2兆8000億ドルに成長すると予測し、そのうち約1140億ドルの売り上げを自社で見込んでいると言います。自動運転オペレーティングシステムをロボタクシーへ組み込み、普及させることで圧倒的な収益を獲得しようとしているのです。

顧客が「いつ」「なぜ」「どのような状況で」移動したいのかという、移動デマンドの取得においてグーグルは優位性を発揮できます。グーグルマップという移動検索におけるシェア70%超のサービスを保有し、どこからどこに移動したいというニーズに、グーグルアカウントから得られる生活情報を加えて、顧客の移動目的や環境を把握できるのです。

これらの情報を使えば、車が通過している場所を基に顧客の嗜好に応じてクーポンや広告を出せます。顧客のレストラン検索の履歴から好みのレストランをプッシュし、ロボタクシーの移動中に最適な飲食情報を提案したり、顧客がデート中であれば雰囲気をよくするための音楽も提供できるのです。

データを個人のIDや属性情報と結びつけて分析することで、個人のニーズに合った移動サービスを実現することが可能になるのである。ロボタクシー時代には、移動の目的をおさえたうえで、目的に合わせた最適な移動体験を提供することが重要となる。様々な顧客体験を試しながらデータ分析し、その人にぴったりと合った全く新しい移動体験を実現していけるだろう。グーグルがスマートフォンのエコシステムで確立した体験をロボタクシーに応用していけば、おのずと顧客は離れられなくなる。

アマゾンはECでの顧客タッチポイントと、検索からモノの配送需要を得られる強みを生かしながら、物流や在庫管理でも最先端のテクノロジー導入、効率化することで優位性を強化しています。一気通貫で構築した物流インフラのバリューチェーンを他社のECへも展開することで、より大きなビジネス規模を実現しながら、物流業ひいてはモビリティ業界のゲームチェンジを狙っています。

アマゾンはラストワンマイルまで自前で宅配の物流網をつくったことで、顧客ニーズから商品の在庫・流通まで一気通貫でサービスを提供する存在になっています。アマゾンはECのプラットフォーム企業を超えて、モノの移動を制する企業になろうとしています。

モノの移動を制し、車と家の体験を統合し始めたアマゾンは顧客の体験を第一に考え、次々にサービスを構築、産業の壁を越えている。今後様々な産業と接点のある物流というファンクション産業をテコに、進出した産業においても様々なサービスを開発していくだろう。

モノの移動とヒトの移動が混在する自動運転社会が実現した際には、アマゾンがさらに優位性を増して、モビリティプラットフォーマーになっている可能性が高まります。

モビリティXが進展する中で、今後モビリティに関わる企業は、いち早く自社の考えるサステナビリティーへの世界観を掲げ、首尾一貫した環境への貢献活動を行うべきです。そのためには、絶えず顧客とコミュニケーションを取り続け、得られたデータを基に顧客体験を開発、改善していくことが重要になります。テスラ、グーグル、アマゾンはそれぞれの強みを軸に業界の垣根を越え、顧客体験を良くすることを目指しています。その際、顧客データが鍵を握ることは間違いありません。



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