なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術(トッド・ローズ)の書評

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なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術
トッド・ローズ
NHK出版

本書の要約

集合的幻想とは、大勢の人が誤った信念や情報に基づいて行動する現象です。これを避けるためには、自分自身の考えや価値観をしっかりと持ち、それを他者のものと比較するプロセスが必要です。また、多様なコミュニティに属し、いくつかの視点を持つことで、人に流されなくなります。自分自身の意見や考えを定期的に見直し、間違った選択をしないようにしましょう。

集合的幻想とは何か?

こんにちの社会には集合的幻想があふれており、危険性を増してさえいる。(トッド・ローズ)

ハーバード教育大学院心理学教授のトッド・ローズは、なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術のなかで、集団心理における誤解や偏見、そしてそれが個人や社会全体に与える影響を分析しています。ローズは本書で集団による不合理な行動や判断の背後にある「集合的幻想」という概念を掘り下げています。

集合的幻想とは、事実に見えたことが実際には思い込みだったにもかかわらず、間違った認識に基づいて大勢が行動することです。このような現象は、集団に属する個人の過半数が、ある意見を内心では拒絶しながら、ほかのほとんどの人はそれを許容していると(誤って)推定することで起こります。

この集合的幻想は、社会や組織、個人にとって大きな弊害をもたらすことがあります。例えば、経済的な投資の場で集団的幻想が起きれば、バブルが形成され、最終的には大きな損失を招くことがあります。有名なオランダのチューリップバブルはまさに、この集団的幻想でもたらされました。

テクノロジーが進化し、ソーシャルメディアが勢いを増す中で、情報の拡散スピードが格段に速まりました。これにより様々な視点や情報が広く拡散され、多くの人々がそれにアクセスできるようになりました。しかし、その反面、偏見や誤情報も同じくらいの速度で拡散する可能性があります。

特に、確認バイアスが作用すると、人々は自分が既に信じていることに合致する情報しか受け入れず、その結果、集合的幻想が強化される可能性があります。ソーシャルメディアにおいては「エコーチャンバー」現象もこれを助長します。同じような考えや信念を持つ人々が集まることで、そのグループ内では特定の意見が強化され、集合的な認識が歪む可能性が高まります。

このような現象に対処するためには、個々の人々が情報の真偽を確かめるスキル、批判的思考能力を身につけることが必要です。また、多様な情報源から情報を得ることで、一方的な視点に陥ることを防ぐ方法もあります。

集合的幻想は個々の判断と社会全体の健全性に悪影響を与える可能性があります。これに対抗するためには、情報の質を高め、批判的な思考を促進する環境を作ることが重要です。

周囲に足並みをそろえたい願望は、地球の重力のように意識できず、ほぼ逃れられない行動原理の1つだ。しかも、まったく現実を映していない場合さえある。また、この願望のせいで、他者の考えや期待を読みあやまるだけでなく捏造し、それに同調するリスクが常につきまとう。多数派につきたいバイアスが深く根を張っている私たち人間は、集合的幻想の格好の餌食なのだ。  

新型コロナウイルス感染症の初期の段階でのトイレットペーパーの買い占めは、実際に集合的幻想の一例と言えるでしょう。人々はソーシャルメディアやニュースで「品不足になる」という情報を目にし、その結果として実際に品不足を引き起こしていたのです。

トッド・ローズが自身もこのような行動に加わったというエピソードは、誰もが集合的幻想の罠に陥る可能性があるという、身近な警鐘とも言えます。 このエピソードはまた、集合的幻想がいかに速やかに拡大するか、そしてその速度がいかに制御が難しいかを象徴しています。

一度人々がパニック状態に陥ると、「他の人も買っているから大事なのだろう」という同調バイアスが作用し、その結果がさらに多くの人々を同様の行動に駆り立てます。また、腎臓移植の際に、最初の人、2番目の人が断るとマイナスの連鎖=欠陥があるとの誤解が生まれ、移植用の腎臓の10%以上が廃棄されることもあります。

このような状況で重要なのは、冷静な判断を促す情報の提供と、批判的思考を働かせる環境を整えることが重要になります。自分はそうは思っていないとしても、同調圧力に屈し、黙っていることは、集合的幻想を助長することにつながりますから、自分の考えを表明することも大切です。

選挙結果も集合的幻想に左右されることがわかっています。多くの人が「実際には誰が勝つか」という期待に影響され、自分が本当に支持する候補者ではなく、「勝つ可能性が高い」と広く考えられている候補者を選ぶことがああるのです。

2020年の大統領選挙のときに、民主党大会の直前に世論調査を行い、いますぐ投票するとしたらどの候補者を選ぶか民主党支持者に聞きました。結果は1位ジョー・バイデン、2位がバーニー・サンダース、3位がエリザベス・ウォーレンでした。

しかし、もしあなたが選んだ人が大統領になることがわかっていれば、誰を選ぶかと聞くと、エリザベス・ウォーレンが1位になりました。ここに民主主義の問題が潜んでいます。実際には「白人男性の方が、同等の能力を持った白人女性よりも当選の見込みが高いとアメリカ人は考えている」ということになります。他の人が誰を選ぶかを考えて、普通なら選ばない人を選んでしまうということです。集団的な幻想がアメリカ大統領選を左右していたのです。

集団的幻想が惨事を起こす理由

2010年、コンゴ民主共和国の首都キンシャサを飛び立った小型旅客機が墜落しました。この痛ましい事故にも集団的幻想が影響を及ぼしていました。

客室乗務員が機内で生きたクロコダイルを見つけ、あわててコックピットに駆け込んだことが事故のきっかけでした。この出来事を目撃した乗客は、「何か尋常でない出来事が起きている」と思い込み、客室乗務員を追って次々に前方に押し寄せた結果、機体のバランスが崩れ、民家に突っ込む惨事となったのです。

最初に客室乗務員を追った乗客も、つられて前方へ殺到した乗客も、何が起きたのか分かっていなかったはずです。彼らはただ、珍しい出来事に巻き込まれたことによる混乱と恐怖に駆られていたのです。

客室乗務員の駆け込みによって生じた「集合的幻想」は、機内全体を支配し、冷静な判断を欠いた行動へと導きました。この事故は確かに、人々の集団行動と心理に対する非常に示唆に富むケーススタディとなります。

通常、人々は一定の情報や文脈に基づいて合理的な行動を取るものと考えられますが、非日常的な状況や緊急事態が発生すると、その合理性は容易に崩れ去り、パニックや集団心理に流されることがあります。

これは、限られた情報と高度なストレスが組み合わさったときにどれだけ人々の判断が狂いやすいかを示しています。 このような事例を通じて、私たちは集団心理や行動に対する理解を深め、それにどう対処すべきかを考えることができます。

特に緊急時においては、冷静な判断力と情報の正確な共有が極めて重要であり、その不足がどれだけ致命的な結果を招くかを痛感させられる事件でした。人々の判断が限られた情報と高度なストレスの影響を受けて狂いやすいことは、航空事故などの事例を通じて明らかになっています。

緊迫した状況下では、集団心理や行動に対する理解が深まり、適切な対処方法を考えることが重要です。特に時間が切迫している場合には、冷静な判断力と情報の正確な共有が必要不可欠であり、その欠如が致命的な結果をもたらすことがあります。

ビジネスにおいてもその場の空気に同調することで、失敗が起こりがちです。集団内で沈黙が支配する状況では、集合的幻想に陥りやすく、非効率なまたは危険な決定が行われる可能性が高まります。経営者の間違った発言に忖度することで、ブレーキを踏めなくなるのです。

このような文化が続くと、企業や組織は一時的には安定を保つかもしれませんが、長期的には創造性や革新性が失われ、危機に対処する能力も低下してしまいます。

人々が集団から逸脱しないように行動するのは、社会的な生存本能に基づいていますが、それが必ずしも最善の結果を生むわけではありません。企業や組織が本当に成功するためには、多様な意見が尊重され、冷静な判断が行われる文化を築くことが重要です。

冷静な判断と適切な行動は、緊急時においてだけでなく、日常の業務でも必要不可欠な要素です。 このような問題に対処するためには、情報の正確な共有やリーダーシップの重要性を認識し、個々の判断力を高めることが重要です。また、集団内での意見交換や議論の場を設けることで、多様な意見や視点を尊重し、より良い決定を下すことができます。

自己一致が幸せになるための鍵

他者の考えに同調しても「成功」には近づけない。成功は、きわめて個人的なものだ。

調査によれば、真に「成功した」人生の定義は人それぞれであり、5000件以上の回答の中で同じ答えの人は一人もいませんでした。これは、成功とは個々に固有であり、他人の定義に縛られるものではないということです。 ・自己一致の力
成功と幸福には「自己一致」が欠かせません。自己一致とは、自分が本当に大切にしている価値観や目標に沿って行動することです。この自己一致を高めることで、成功への確信が生まれ、人間関係や生活満足度も高まります。

・小さな行動、大きな影響
個人的に有意義な行動(例:ガーデニング、ペットとのふれ・あいなど)に費やす時間を20%増やすだけで、生活満足度が大きく向上することが分かっています。この改善度は、実際に50%の昇給を受けたときと同等とされています。

・自信と自立
経済学の研究でも、自信が高まると他人への依存度が3倍下がることが明らかにされています。スキルが向上すると、他人の評価が気にならなくなり、自尊心や全体的な健康状態も向上します。 精神的な免疫力 自己一致が高まると、逆境に対するレジリエンスが高まり、精神的な不調が起きにくくなるのです。このような自己開発は難しくありません。積極的に学習・実践を重ねることで、自己一致を高めることができます。

同調バイアスとは、人々が集団の考えや意見に影響されやすい心理的な傾向です。でも、本当に満足した生活を送るためには、自己一致が大切です。

自己一致って何?簡単に言うと、自分の信じることに忠実でいる状態です。これは、誠実さや寛大さ、同情心といった「良い人間でいるためのルール」にもつながっています。これらは社会の期待を超えて、自分自身にとって大切なものです。 良い人間でいるためのルールがしっかりしていると、自分に自信が持てます。それが、自己一致を高める鍵です。

人はただの「得するための機械」じゃないんです。自己一致があれば、たとえ自分に損があっても、正しいと思ったことをしっかりと行えます。 そして、人は基本的に「誠実でいたい」と思っています。これは、自分だけでなく、他人に対してもそうです。だから、自己一致を大切にすることで、より良い人生を送ることができます。

集合的幻想に流されない方法とは??

大衆の英知を働かせるには、1人ひとりが個人として判断する必要があるからだ。互いの選択がわかり、他者のまねをするだけになったら、英知はたちまち愚かさに変わってしまう。 自分の判断を疑い、他者への同調を選べば、もはや個人ではなく群れの一員になってしまう。この過ちの種は、気づかないうちに物まねの連鎖として芽吹き、ほかの知識をすべて覆い隠して集合的幻想をあとに残していく。

集合的幻想に流されないために、「なぜ」という質問が有効だと言います。この質問によって、プラス面の多い面が明らかになるだけでなく、社会的結びつきを深めることができます。また、連鎖反応が起きても、速やかに根絶することも可能です。

相手が「あの人とあの人がそうしたから」といった理由しか説明できない場合、群れに巻き込まれて集合的幻想に陥る危険があることもわかります。その際、なぜと問うことで、他者の行動や主張の裏にある真実を明らかにすることができます。

同様に、このシンプルな問いかけは、即席の推測に頼ることを防ぎ、連鎖反応の発生を未然に防ぐ効果もあります。他者の選択の裏にある理由を解明することで、その行動原理が自分の価値観や優先事項に合っているか評価することができます。さらに、その判断が自分の個人的事情に適しているかを検証することもできます。

自分で考えることは面倒かもしれませんが、個人にとって重要なことです。他者の意見や行動を冷静に見極め、自分自身の判断基準を持つことが大切です。

コミュニティとのつながりは私たち人間には欠かせません。コミュニティは心理的な安全感や居場所を提供するもので、そのためには多くの人が自然とそのコミュニティの規範や文化に合わせようと努力します。それは、どこかに属しているという感覚が人間にとって重要だからです。 しかし、そのような属することの欲求が強すぎると、いわゆる「アイデンティティの罠」に陥りがちです。

自分が所属するコミュニティに全てを捧げ、その集団の価値観や規範が自分自身の価値観や規範であるかのように錯覚してしまうのです。結果として、集団が推す方向と自分が本来持っていた信念が異なる場合、自分自身を見失いやすくなります。

このような状況では、集団の力が暴走してしまう可能性も高く、個々の人間が持つ独自性や多様性が抑圧されがちです。これが、いわゆる「われら対やつら」の対立を生んだり、集団内での不平等や排他的な行動を助長する原因ともなり得ます。

逆に言えば、自分自身の価値観や信念にしっかりと根ざしつつ、その上でコミュニティとの良い関係を築くことが重要です。このバランスが取れた状態では、コミュニティに属することで得られる心理的な安全感と、自分自身としての個性や信念を保つことができます。そして、それが最終的にはより健全なコミュニティを形成する鍵となるでしょう。

「アイデンティティの罠」は、社会的ポートフォリオを豊かにすることで解決できます。個々のアイデンティティが多面的であればあるほど、自己評価が一つの側面に依存するリスクが低くなります。これは、何らかの失敗や劣等感を感じた際に、その影響を他のアイデンティティの側面で補うことができるからです。

例えば、職業での成功が自尊心の大部分を占めていると、その領域での失敗は非常に大きなダメージとなり得ます。しかし、家庭、友情、趣味など、多くのアイデンティティの「柱」があれば、その打撃は和らぐでしょう。

このような考え方は、確かにボランティア活動やサークル活動、異文化交流などを通じて、さまざまな「役割」や「アイデンティティ」に触れることで養われます。人々が多様な活動やコミュニティに参加することで、その多面性が豊かになり、それが結果として個人だけでなく社会全体のレジリエンスを高めると言えるでしょう。

さらに、異なるバックグラウンドを持つ人々との交流を通じて、偏見や差別に対する理解が深まる可能性もあります。これは、多様性を尊重し、包摂的な社会を形成する一環となるでしょう。

最後に、社会全体が多様性を受け入れる文化を持つと、それが新たな価値やアイデアの創造につながることも多いです。それぞれの人が持つ独自の視点やスキルが集まることで、より革新的な解決策や創造的なアイデアが生まれやすくなります。 要するに、社会的ポートフォリオの拡充は、個人の心の健康、社会全体の包摂性、さらには革新に至るまで多くの利点をもたらします。

他者の意見や集団の規範に疑問を持たずに同調してしまうと、自分自身のアイデンティティや価値観が曖昧になりがちです。それが続くと、最終的には自分が何を望んでいるのか、何を大切にしているのかさえ分からなくなる可能性もあります。

著者が提案するように、このような罠から抜け出すためには、自分自身の考えや価値観をしっかりと持ち、それを他者のものと比較するプロセスが必要です。また、多様なコミュニティに属し、いくつかの視点を持つことで、人に流されなくなります。自分自身の意見や考えを定期的に見直し、間違った選択をしないようにしましょう。


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