価格支配力とマーケティング(菅野 誠二 , 千葉 尚志)の書評

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価格支配力とマーケティング
菅野 誠二 , 千葉 尚志
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)

本書の要約

現代の競争激化するビジネス環境において、企業が継続的に成長を遂げるための要となるのが「価格支配力」です。これは、製品やサービスの価格を自由に設定・調整できる能力を意味します。この力を持つことができなければ、企業は市場の中でその価値を徐々に失ってしまうリスクが高まります。

マーケティングはWhy-Who-What-How

価格支配力が確立できなければ、企業は市場での価値を失っていくのではないか。(菅野誠二)

現代のビジネス環境は、競争が激化している中、企業が持続的な成長を実現するためには「価格支配力」が不可欠です。価格支配力とは、簡単に言うと、企業が自らの製品やサービスの価格を設定・変動させる能力を指します。 しかし、この価格支配力が確立できないと、企業は市場での価値を失っていきます。

企業が価格支配力を持たないということは、市場や競合に価格を左右される状況になることを意味します。結果として、低価格競争に巻き込まれ、収益率が低下するリスクが高まります。さらに、独自性やブランド価値の低下という形で、企業の市場価値も後退してしまう可能性が考えられます。

長期的な視点で考えたとき、価格支配力は企業の生存・成長戦略においてキーとなる要素です。製品の独自性を保ち、顧客のニーズを的確に捉え、そしてそれを適切な価格で提供すること。これらの要素が揃うことで、初めて企業は市場での価値を確立・維持することが可能となるのです。

ペンシルバニア大学ウォートンスクールのジャグモハン・ラジュー教授をはじめとする研究チームの感度分析によると、主要な米国産業において営業利益の改善策の中で、値上げが10.29%と最も高い効果を持つことが明らかとなりました。それに続いて、変動費の削減が6.52%、販売量の増加が3.2%、固定費の削減が2.45%の効果を示しました。

このデータは、利益を最大化するための戦略として、価格設定の重要性を強調しています。特に、値上げが収益向上の最も効果的な手段であることが確認されました。しかし、ただ価格を上げるだけでは十分ではありません。顧客が得る価値、すなわち「顧客価値」を同時に向上させる必要があります。 顧客が製品やサービスを購入する際に感じる「満足感」や「達成感」こそが、真の顧客価値です。

したがって、単なる価格の調整だけではなく、製品やサービスの質、機能、ブランドのイメージなど、多角的な視点からのアプローチが求められます。 ビジネスの中心には、この「顧客価値の創出」が存在します。それを最大化することが、企業の競争力を高める鍵となります。価格戦略を適切に実施しながら、顧客のニーズを深く理解し、それに応じた価値を提供することが、今後の成功への道と言えるでしょう。その際、マーケティング視点での価格戦略が欠かせなくなっています。

マーケティング戦略を構築するとき、Why-Who-What-Howのフレームワークを順番に適用することが成功への鍵です。

まず、企業がビジネスを行う背景や原動力を「なぜ」(Why)として明確にしなければなりません。これは企業の存在意義やミッションを示すもので、この強いなぜがある企業(MTP=壮大な野望)は、熱心なサポーターやファンを得ることができます。

続いて、企業の商品やサービスを受け入れてもらうのは「誰」なのか(Who)。ターゲットとなる顧客層の特定と、彼らのニーズや要望の深い理解が必須です。これによって、企業は顧客にとっての真の価値を明確にすることができるでしょう。

そして、「何を」(What)提供するか。これは企業の商品やサービスの本質を示すもので、顧客の期待や要望を満たすための具体的な手段です。ここでのキーは、顧客が真に求めているもの、そしてそれに応えるための企業の独自の価値を提供することです。

最後に、「どのように」(How)コミュニケーション活動を展開するか。この段階で、最適なマーケティング手法やチャネルの選定、そしてそれらを通じての価値提供の方法を策定します。 このフレームワークを通じて、企業と顧客の双方が得る最適な価値を実現するプライシング戦略を策定することができるでしょう。

マーケティングは単なる広告や宣伝ではなく、双方向の価値の共創と考えること、その際、独自の価格戦略を作ることで、持続的な成功がもたらされます。

WHY、WHO、WHAT、HOWのチェックポイントとは?

健全な企業経営において、価格支配力は極めて重要な能力なのである

価格決定は、単にマーケティングミックスの要素としての位置づけでは不十分です。むしろ、それは経営全体の理念や戦略に直結する重要な要素であるべきです。この考え方が「顧客価値創造プライシング」の核心です。 企業と顧客の双方が満足する価格を設定することは、事業やブランドを「儲ける型」にするための鍵です。

この戦略を成功させるためには、企業の大義や存在意義が明確で、全組織に浸透していることが必要です。この経営哲学や存在意義、いわゆる「WHY」が、価格戦略の基盤となり、その実行方針を明確にします。 しかし、その存在意義が顧客にとって不明確な場合、外部環境の変動や競合他社の攻勢に対して簡単に価格戦略がブレてしまうリスクが高まります。こうしたブランドや事業は、価格圧力に屈しやすく、その結果として市場での優位性を失いかねません。

価格戦略の変更を軽々しく行ってしまう企業は、真の戦略を持っているとは言えません。事実、多くのブランドが付加価値を高める意図でスタートするも、途中で価格を下げることによりブランド価値を損ない、最終的に市場から撤退する事例が見受けられます。 価格戦略は、単なる数字の問題ではありません。それは企業の価値観、存在意義、そしてその将来像を表現するものであり、経営全体の戦略と連携しなければなりません。

以下のWHY、WHO、WHAT、HOWのチェックポイントを活用し、自社の価格戦略を明確にしましょう。
WHY 自社の「価格〝無〟支配力企業」チェックポイント
・ミッション、ビジョン、バリュー、パーパスの提示だけでなく、付加価値を追う「固有のカルチャー(企業文化)=仕事のやりかた、姿勢」があるか?
・経営層は、「価格決定権は自社にある」と決意しているか?
・現状に甘んじず、価格決定力を向上させる挑戦を続けているか?
・お客様を、我々のファンにする気概があるか?

WHO 自社の「価格〝無〟支配力企業」チェックポイント
・顧客インサイトの発見、特定、検証をマーケティングの中核に据えているか?
・高い付加価値を認めてくれて、ファンになってくれる顧客を深く理解しているか?
・数値や売上で顧客を把握しているだけでなく、深い顧客像を語ることができるか?
・ペルソナは感性のみで作文された「疑似ペルソナ/なんちゃってペルソナ」ではなく、顧客クラスターの特徴の根拠となるファクトが、定量/定性調査から得られているか?
・顧客のカスタマージャーニーマップは調査結果を踏まえて活用しているか?
・顧客が「怒り」と「幸せ」を感じるポイントを理解しているか?
・顧客ターゲットが明確に区切られ、TAM・SAM・SOMが論理的に定義されているか?

WHAT 自社の「価格〝無〟支配力企業」チェックポイント
・イノベーションに対する正しい解釈を全社で共有しているか?
・マーケティング・イノベーションのうち、どのレベルを中心にフォーカスしているかを答えられるか?
・試行錯誤を繰り返してでも、イノベーションを起こす意志があるか?
・ブランドは「その企業の存在価値そのものである」と認識しているか?
・ブランド力の向上のために、打ち手を試みているか?

HOW 自社の「価格〝無〟支配力企業」チェックポイント
・顧客インサイトから、顧客のペインを解消する価値を創造しているか。またはゲインを達成しているか?
・価格の策定は、①自社コスト ②競合対比 ③顧客の言いなりではなく、顧客価値創造を念頭におこなっているか?
・プライシングを科学的に分析するノウハウと、必要に応じて価格決定に有益な調査(コンジョイント分析、PSM分析、ポケットプライス分析など**)を有効に活用しているか?
・コミュニケーションとコンビニエンス戦略を統合してビジネスモデルの具体的な変革に挑戦しているか?
・価格支配力を支える自社特有の文化・仕組みがあるか?
・価格決定の責任者を個人名で指摘できるか?
・特に商品単品レベルでの収益管理システムが存在し、関係者が同じ数値を共有して高い収益目標に挑戦する土壌があるか?

イノベーションで、PRICING POWERを創造

イノベーションと価格支配力は密接な関連があります。企業が革新的な取り組みを行うことで、その独自性や付加価値を顧客に示すことができます。その結果、価格競争のみならず、独自の価値で市場を牽引する力が強まるのです。
・プロダクト・イノベーション
新しい製品やサービスを開発し、これまでの市場に存在しなかった価値を生み出します。これにより、顧客からの認知と価値評価が向上します。

・プロセスイノベーション
製造やサービス提供の方法を革新することで、コスト削減や効率の向上を図ります。これにより、高品質な商品やサービスを低コストで提供することができ、競争力を向上させます。

・マーケット/コマーシャル・イノベーション
新しいマーケティング手法や顧客との接点の創出により、市場の拡大や新しい顧客層の獲得を目指します。

・サプライチェーンイノベーション
供給過程の効率化や最適化を行い、迅速な対応や高い品質を保ちつつコストを抑えることが可能となります。

・組織イノベーション
企業の文化や組織構造を変革し、より柔軟で迅速な意思決定や革新的な取り組みを支えます。

これらのイノベーションの組み合わせにより、企業は市場での独自性を高め、顧客からの信頼と満足度を向上させることができます。そして、これが価格支配力を高める最も強力な要因となるのです。

成功を収めるための戦略として、マーケティング・イノベーション・マトリクスを使用することは、多角的な視点から市場の動きや自社の位置を考える手法として非常に有効です。

1. 分散化・売り手市場
これは市場の中で「ハイエンド・ブランド商品の希少性」を前面に打ち出す戦略です。一般的には、希少性の高い商品は、消費者の欲求を刺激し、高い価格支配力をもたらします。(ルイ・ヴィトン、スノーピーク、フェラーリ)

2. 集約化・売り手市場
「エントリーバリア商品」の戦略は、市場参入の障壁を高く設定することを目指します。これは、特許や独自技術、規制、許認可、ネットワーク効果などを利用し、他社の参入を困難にすることで、市場を寡占するアプローチです。(キーエンス、ニンテンドースイッチ)

3. 分散化・買い手市場
「ピンポイントニッチ商品」は、非常に特定の顧客層に特化した商品やサービスを提供する戦略を指します。これにより、競合との差別化を図ることができる。(小林製薬)

4. 集約化・買い手市場
「マス高付加価値商品」の戦略は、競合が多い市場においても、高い付加価値を持つ商品を提供することで、顧客の心を掴むアプローチです。このような市場環境では、STPB(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング、ブランディング)の戦略が効果的となります。(アパホテル、テスラ)

マーケティング・イノベーション・マトリクスを効果的に使用することで、市場の動きや競合状況に合わせて、柔軟かつ戦略的に自社の立ち位置を調整することができます。本書のスノーピーク、キーエンス、小林製薬、アパホテルの事例からマーケティング(ファン化戦略)、イノベーション、価格戦略の重要性を学べます。

自社のパーパスを明らかにし、顧客をファンにする最適なマーケティング戦略によって、市場での競争力を高め、成功への道を切り開くことができるようになります。



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