アベノミクスは何を殺したか 日本の知性13人との闘論
原真人
朝日新聞出版
本書の要約
アベノミクスは、脱デフレを目指した安倍元首相が導入した経済政策でした。その評価には賛否があります。一方で、株価の上昇や企業の業績改善など、一部ではアベノミクスの功績として評価される声もあります。しかし、日本経済の持続的な成長を実現することはできず、デフレや格差の問題は改善されなかったとの批判もあります。
アベノミクスの功罪とは?
日本は「流動性の罠」に陥っている。その罠から抜け出すのは容易ではない。日本政府が取り組んできた財政政策や構造改革では難しい。ではどうすればいいか。唯一の方法は、ゼロ金利まで下げきって無効になってしまっている金融政策を有効にするために、マイナスの実質金利を生み出すことだ。(ポール・グールグマン)
ポール・グールグマンの「日本の罠」という提言から、歴史上類をみないほどの大規模金融緩和(アベノミクス)がスタートしました。日本経済はアベノミクスのおかげで復活したと言われて久しいですが、アベノミクスの評価は二分されています。
アベノミクスに賛成する人々は、株価の上昇やデフレからの脱却、雇用の改善などの実績を前面に押し出します。一方、反対する声も根強く、消費税の増税や公的債務の増大、格差の拡大など、その影響を懸念する声も少なくありません。
また、長期的な成果や持続性に疑問を投げかける意見も存在します。この政策の成功か失敗かを一概に判断するのは難しいですが、なにが成功で、なにが失敗だったかを明らかにすることは意味があることだと思います。
ポール・グールグマンがアベノミクスを権威づけすることで、日本で非主流派であったリフレ派が勢いづきます。逆にリフレに否定的な大多数の経済学者たちは、アベノミクスやリフレ論について表だった発言を控えるようになっていったのです。
なぜなら、公の場でリフレに批判的な発言をすれば、すぐに安倍政権を支持するネット右翼の攻撃対象になり、SNS上で炎上してしまうからです。また、シンポジウムなどの場でリフレ派学者から罵詈雑言を浴びることもあり、嫌な思いをする学者もいました。彼らは自身の仕事にも影響を及ぼしかねないことを懸念し、次第にこの問題にかかわらないようになっていきました。
その結果、リフレを賛美する論者たちばかりがメディアを席巻するようになりました。リフレ派の経済学者や安倍政権の支持者が積極的にメディアに登場し、彼らの意見が一方的に広まる状況が生まれました。一方で、リフレに否定的な立場を持つ経済学者たちは、自衛のために積極的な発言を避けるようになり、メディアの露出も減っていきました。
藤巻健史氏は円安が極端に進行したり、日銀の債務超過が海外の金融機関が当座預金を閉じて、日本市場から引き上げると警鐘を鳴らしています。結果、日本企業は日本で外国為替取引ができなくなり、日本経済が干上がるというのです。また、円の価値が毀損することで、やがてはハイパーインフレが起こるというのです。
ここまで極端なことが起こるかどうかはわかりませんが、日本の未来がネガティブだと考えたなら、円だけでなく、ドルやゴールドに資産配分行っておく必要があるかもしれません。
構成上、残念だったのは、本書に登場する人たちは、反アベノミクスの筆者なので、量的緩和には否定的で、バランスが取れていないように感じました。リフレ派の人の意見ももう少し紹介しても良かったのではないでしょうか?
私はリフレ派を支持しています。これは完全に私見ですが、 当時のアベノミクスの政策は、主に金融緩和の強化に焦点を当てており、そのため財政政策の充実が不十分だったと考えています。さらに、経済が徐々に持ち直してきた矢先の消費税増税は、コロナ禍との二重の打撃で、日本経済に大きなダメージを与えたと考えています。
なぜ、日本人は貧乏になったのか?
アベノミクスの10年を経て、今もなお、お金のバブル状態は基本的に終わっていない。その間に日本人の相対的な豊かさは後退したように見える。一つのデータとしては、1人当たりGDPの世界ランキングの著しい下降がある。アベノミクス前の2012年に14位だった世界順位は、アベノミクスを経て22年に30位となった。
OECDの公表する平均年収の統計によると、2021年の日本の平均年収は3万9,711ドルで、38カ国中24位となっています。特にG7の国々の中で、日本は最下位に位置しています。アメリカやスイス、オランダなどの国々には大きな差をつけられており、他のG7の国々に比べても低いです。
さらに、2000年の時点でも日本はG7で最下位でしたが、問題の核心はその後の伸び率です。2000年から2021年の間に、日本よりも平均賃金が低かった国々が日本を追い抜く上昇を見せています。
例えば、アイルランドやイスラエル、スウェーデン、ニュージーランド、韓国などは2000年の時点で日本よりも低い平均年収でしたが、それ以降の伸び率で日本を上回りました。 日本の賃金上昇率は2000年から2021年の間でわずか2.29%に過ぎませんでした。
対照的に、アメリカやオランダ、ドイツなどはそれよりもはるかに高い伸び率を示しています。この結果、日本は賃金の伸び悩みを続け、他国に取り残され、国民が貧しくなっています。
ウクライナ危機の影響を受けた物価上昇に加え、最近の円安の進行が日本の経済環境を厳しくしています。これらの要因が組み合わさり、多くの日本人の生活負担が増しているのが現状です。インフレに賃金上昇はおいつていないのが現状です。
特に、輸入依存度が高い食品やエネルギーの価格が上昇し、日常の生活コストが増加しています。このような背景の中で、消費者の購買力の低下や家計へのプレッシャーが高まっています。また、給与の伸び悩みや企業の賃金上昇の遅れが、生活の実感としての物価上昇を一層強くさせており、経済の先行きに対する不安感も広がっているようです。
海外を旅すると、日本の物価の良心さに気づかされます。 多様なサービスと高品質な商品が、驚くほど手頃な価格で手に入るのです。 飲食やホテルの魅力に引き寄せられ、多くの人々が日本を訪れます。 しかも、安さだけでなく、サービスの質や商品の品質も世界トップクラスになっています。
海外では、能力やスキルによって収入に大きな差が生まれることが多いのに対し、日本では優秀な人材が低賃金で働いていることも少なくありません。今後は海外への日本人の人材流出も心配されます。
日本の1人当たりGDPがなぜ30位まで落ちたかと言えば、それは日本人の美徳のようなものによります。1人当たり家計純資産は世界ベスト10に入っているほど金持ちなのに、贅沢にどんどんお金を使わないという国民性のせいです。つまり日本人は大金持ちなのにモノを買わなくなったので、長期不況になっているということです。 でも過度に悲観する必要はないと思いますよ。日本の1人当たりGDPの水準はフランスとほぼ同じくらいです。生活を楽しむ力のあるフランス人と同じくらいだというのは、ある意味で相当いいのだと思います。 (小野善康)
本書にはさまざまな識者の見解が紹介されていますが、小野善康氏の見解には少し違和感を覚えました。日本人がお金を使わなくなったのは、非正規雇用の増加で贅沢したくてもできない人が増えているのと、多くの人が未来に不安を感じているからではないでしょうか?
近年、日本では非正規雇用の割合が増えています。非正規雇用の労働者は安定した収入を得ることが難しく、贅沢をする余裕がありません。また、多くの人が将来の不安を抱えています。高齢化社会や少子化の進行により、年金や医療費の負担が増え、生活に不安を感じる人々が増えています。 さらに、消費税の増税も日本人の消費意欲を減退させる要因となっています。増税により、生活費が増え、消費を控える人々が増えました。
賃金が上がらない中、円安が加速することで、日本は貧しい国になっていることは間違いありません。輸入品、ガソリン、電気・ガス代が上がる中、賃金の上昇がそれに追いついていません。最近では、海外旅行も高嶺の花となり、楽しめなくなっています。
歴史上まれに見る累積赤字をため込みながら大規模なカネのばらまきを続け、一方で成長戦略と称して生産効率化、労働市場の自由化、流動化を進め、生産能力を拡大してきました。その結果、デフレが続き、消費は増えませんでした。 政策論争で本当に必要なのは、カネをばらまくかどうかではありません。モノやサービスへの政府需要を増やすか減らすかです。
逆に小野氏のこの考えには共感を覚えました。日本の金融経済政策はアクセルを踏みながら、同時にブレーキを踏んでいるようなものです。今しばらくは金融政策と財政政策の両輪を回し、日本経済の底上げをはかることが必要なのではないでしょうか?消費税の減税や賃金を上げるなどの政策が望まれます。
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