イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学(牧兼充)の書評

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イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学
牧兼充
東洋経済新報社

本書の要約

ベンチャー企業の成功には、スターサイエンティストと呼ばれる研究者の存在が大きく影響していることが明らかになってきました。スターサイエンティストの論文などの研究結果を活用するだけでなく、彼らと直接の関係を持たないと、ベンチャー企業の業績は向上しません。彼らとの関係を強化した企業が勝ち組になりそうです。

スターサイエンティストの存在がベンチャーの業績を左右する?

科学技術とアントレプレナーシップの知見を深めることは、イノベーションを担う役割を持つ、すべてのビジネスプロフェッショナルの方々にとても重要になっています。(牧兼充)

科学技術政策とアントレプレナーシップという2つの相反する分野を別物と見なさず、両方を研究する学者が注目を集めています。科学技術政策とアントレプレナーシップの2つを融合することはきわめて重要で、両方の知見を深めることで、ベンチャーの成功法則を明らかにできます。

アントレプレナーシップ研究で有名なジェフリー・ティモンズは、アントレプレナーのマインドセットを明らかにしています。
・勇気
・リーダーシップ
・機会の認識
・コミットすること
・リスクや不確実性への耐性
・クリエイティビティ
・卓越性をめざすこと

スタンフォード大学のティナ・シーリグは、アントレプレナーシップを以下のように定義します。

アントレプレナーシップとは、問題を自分で定義して、希少性の高いリソースを集めて活用することによって、その問題を解決していくプロセス。(ティナ・シーリグ)

アントレプレナーシップ、新たな事業や企業を生み出す原動力になります。新たな事業が生まれれば、当然、新たな雇用も創出されます。アントレプレナー自身も、成功することで自分のパーパスやビジョンを実現できます。

スターサイエンティストの概念を作り出したのは、UCLA教授のリン・ザッカーとマイケル・ダービーです。 ザッカーとダービーは、バイオテクノロジーの分野で、1989年までに遺伝子配列の発見に特に大きく貢献した研究者の特性を分析しました。

実際に、遺伝子配列の発見で結果を出した研究者は327人いました。この分野の研究者全体の0.7%にも関わらず、論文数で見ると全体の17.3%を占めていました。こういった他の研究者とは明らかに一線を画す優秀なサイエンティストを、ザッカーとダービーは「スターサイエンティスト」と名づけました。

スターサイエンティストを特定したところで、2人はこの優秀なサイエンティストたちがビジネスの創造にどう影響するかを調べ始めました。最初に、1994年頃までにベンチャーの成功の指標ともいえるIPO(新規株式公開)を達成したバイオテクノロジーのベンチャー10社を対象に、スターサイエンティストとの関わりを調べました。

その結果、この10社のうちの4社 で、327人のスターサイエンティトの数名が経営チームに参加していたことがわかりました。特に、成功したバイオテクノロジー分野のベンチャー企業の成功には、スターサイエンィストの存在が大きく影響していることが推測されます。

彼らはトップの大学と共同研究などもベンチャー企業の成功に与している可能性があると考え、ハーミード大学やスタンフォード大学といったトップの112大学を対象に、同様の比較を行いました。

その結果、80%のベンチャーで、トップ112大学のサイエンティストが経営チームに参加していました。また、トップ大学のサイエンティストとの共著があるベンチャー企業は90%にのぼっていました。

スターサイエンティストがベンチャー起業に及ぼす影響とは?

「スターサイエンティストやトップ大学が関わっているベンチャーは、成功する(IPOに至る)確率が高い」 という「現象」は説明できますが、スターサイエンティストや大学が、ベンチャー企業の成功にどの程度寄与しているかは証明されていません。

そこで、ザッカーとダービーは、スターサイエンティストの関与が、ベンチャー企業のパフォーマンスにどのように影響しているかを、より詳しく、回帰分析によって証明しようとしました。

説明変数は、スターサイエンティストに関するものを3つ用いています。
①そのベンチャー企業と結びつかない地域内の論文総数。
②スターサイエンティストがその会社に関与し、なおかつ論文を書いているということ。
③そのスターサイエンティストと、そのベンチャー企業の研究者が共著論文を書いているということ。

この3つの説明変数と特許の数の関係を見ると、3つ目の「スターサイエンティストがベンチャー企業の研究者と共著論文を書いている」場合のみ、両者の関係に正の統計的有意差があることがわかりました。係数は0.0237という値が示されています。

そして、ここでもまた、大学との比較が行われています。具体的には、トップ112の大学のサイエンティストとベンチャー企業の研究者の共著論文がある場合に、ベンチャー企業の特許の数に影響があるかを見ています。この係数も正の統計的有意差がありますが、数値は0.0099で、圧倒的にスターサイエンティストの場合の0.0237 のほうが数が大きく、影響力が強いことがわかります。

さらに、ベンチャーキャピタル(VC)の影響も検討されました。VCの1990年時点での投資額が、ベンチャー企業の特許の数にどのくらい影響するかです。これもプラスに有意となっていますが、係数は0.0028でした。

ここから、ベンチャー企業のパフォーマンス(特許の数)に最も大きく影響するのは、大学との共著論文でもVCの存在でもなく、スターサイエンティストとの共著論文があるか否かだということが明らかになりました。

また、そのベンチャー企業が立地する地域にいるスターサイエンティストの、その企業の研究者との共著論文ではない論文数です。優秀な研究のアウトプットがあれば、そのアウトプットはその地域に波及し、周りのベンチャー企業の業績にプラスの効果がある、というスピルオーバー効果は存在していない、ということを示しています。あくまでスターサイエンティストと直接の関係を持っていないと、ベンチャー企業の業績は向上しないのです。

スターサイエンティストの影響は、トップ112大学との協働やVCの存在よりもはるかに大きいのです。そして、特許数に限らず現在開発中の製品数、実際に市場に出た製品数などの、別のベンチャー企業のパフォーマンスの指標を使っても、同様の結果が見られました。

スターサイエンティストの時間は有限ですから、企業との共同研究といっても、何社とも関わることはできません。したがって、スターサイエンティストの近くに、より多くのベンチャー企業が立地するようになるのです。

シリコンバレーにハイテク産業がサンディエゴにバイオ産業が集積するのもスターサイエンティストのネットワークが影響を及ぼしています。特にシリコンバレーの中でもメロンパーク、パロアルト、マウンテンビューあたりが起業の質が高くなっています。

オープンイノベーションの時代になり、大企業は今まで以上にイノベーションの源泉としてのベンチャー企業との連携が重要となっています。そのためには、起業活動が集積するクラスターを有効活用することが重要です。 大企業からベンチャー企業のスピンオフを率先して起こしていくことで、地域のクラスターは活性化します。また、たとえ競合企業であっても、ネットワークのつながった人材が多種多様な企業に増えていくことは、自社がイノベーションを取り込むための大事なステップにもなりうるのです。

イノベーションの活動を定量的に測ることで、それぞれの分野ごとに強いクラスターを見極めることができるのですから、会社を設置する場所をこういうデータから検証することで、成功確率を高められます。

クラウドファンディングは、世界中からの資金を集められますが、確実に資金を調達するためには、近距離の家族・友人の力を活用すべきです。

クラウドファンディングで資金調達を行うプロセスは、まず(近距離にいることの多い)家族や友人が投資します。この投資によってある程度の資金調達額を達成することができて、それがプロジェクトのシグナリング(質の保証)となります。そのシグナリングが結果的に、家族・友人以外の投資の呼び込みとなるのです。クラウドファンディングで資金を得たければ、強い紐帯から弱い紐帯という順番で、コミュニケーションを行うべきです。


 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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