ワイズカンパニー―知識創造から知識実践への新しいモデル(野中郁次郎, 竹内弘高)の書評


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ワイズカンパニー―知識創造から知識実践への新しいモデル
野中郁次郎, 竹内弘高
東洋経済新報社

本書の要約

リーダーは以下の5つを経営に取り入れることで、企業をワイズカンパニーに変えられます。①知恵 ②フロネシス(実践知) ③「場④持続的なイノベーション ⑤社会的なSECIスパイラル SECIスパイラルが上昇していくにつれ、知識のコミュニティが個人レベルから組織レベル、社会レベルへと広がり、それに伴って知識実践の規模と質が高まり、企業は持続的にイノベーションを起こせるようになります。

イノベーションを起こすためのSECIスパイラルとは?

過去に類例のないほどダイナミックで不安定な今の世界には、賢明な変革者の役割を果たせるワイズリーダーが求められる。それは何事にも文脈があることを踏まえて判断し、あらゆるものが変わることを踏まえて決定を下し、どんなことも成否はタイミングに左右されることを踏まえて行動を起こすリーダーである。ワイズリーダーは、社会にとって何がよいか、何が適切か、何が公正かを見きわめると同時に、絶えず変わり続けるビジネスの現場の状況も熟知していなくてはならない。(野中郁次郎, 竹内弘高)

世界的名著知識創造企業の著者の2人が、本書ワイズカンパニー―知識創造から知識実践への新しいモデルで、持続的なイノベーションを起こす方法を教えてくれました。

ワイズカンパニーは、知識を創造・実践するワイズリーダーに率いられる企業ですが、多くの企業は以下の3つの問題を抱えていて、ワイズカンパニーとは程遠い存在になっています。
問題① 正しい種類の知識が利用されていないということ(経営者は暗黙知より、形式知を重視しがち)
企業の幹部陣は形式知(言葉にでき、計量でき、一般化できる知識)を重視します。形式知を頼みにする企業は、変化に対処できないと著者たちは指摘します。理論を優先させた科学的で、演繹的な手法では、世界は文脈に依存しないと仮定され、普遍的な答えが探られます。

しかし社会現象(そこには経営や企業も、もちろん含まれる)は文脈に依存しています。人々の主観的な目標だとか、価値観だとか、興味だとか、あるいは、それらの相互依存的な関係だとかを考慮しなければ、社会現象の分析は何の役にも立たないにもかかわらず、経営者たちはそういうことを考慮していないのです。

問題② 未来を「創る」ということがなされていないこと
テクノロジーの進化が未来の変化を加速しています。科学者や技術者たちは、AIが人間の知能を上回る、農業ロボットが普及し、農業が変化するというような未来を、もはや「もし」ではなく「いつ」の問題と捉えています。
経営者やマネジャーは、自分がどういう未来を創造したいのかを問わなくてはなりません。

インサイド・アウトのアプローチによる戦略の研究によれば、企業の根本的な差は、思い描かれる未来像の違いから生まれることがわかっています。

企業のトップが実現したいと望む未来は、主観的な目標や、信念や、関心に根差しているべきである。その目標の下に全社員が団結して、互いの間に社会的な関係を築かなくてはいけない。社員一人一人が感覚や、気持ちや、見方を互いに共有し、自分が置かれている文脈を直観的に理解して、それに応じた適切な行動を取れるようにしなくてはならない。何より肝心なのは、未来の創造では自社が儲かりさえすればそれでよい、という発想はやめなくてはいけないということである。未来の創造とは、公益の追求でなくてはならない。

経営者は世の中をよりよくするために、的確な経営判断を下す必要があります。企業は社会的存在(社会に永続的な恩恵をもたらすという使命を帯びた存在)であるという自覚を持ち、未来をよりよくすべきです。

問題③ 時代にふさわしいリーダーを育成していない
持続可能な企業の運営方法を見出せるワイズリーダーが、今の世界には求められています。長期的に生き残れる企業の条件を理解し、それを実践できるリーダーを増やすべきです。
・ライバルには築けない未来が築ける。
・顧客に競合企業よりも大きな価値を提供できる。
・社会と調和できる。
・道徳的な目的意識を持っている。
・生き方として共通善を追求する。

以上の問題を克服するためには、以下の5つを経営に取り入れる必要があります。
①知恵
→知識を絶えざる実践を通じて知恵(wisdom)にまで高めなければなりません。
②フロネシス(実践知)
→リーダーに求められるのは、単なる知性よりも、フロネシス(実践知)を養うべき。リーダーは何を成すべきかを考え、それを実践すべきです。フロネシスは行動・文脈・善・目的に関わる知識です。
③「場
→知識は「場」を通じた人と人との相互作用の中で生まれます。
④持続的なイノベーション
→逆境を長期的に乗り越え続けるには、イノベーションを何度も何度も、絶え間なく繰り返す必要があります。
⑤社会的なSECIスパイラル
→SECIモデルをSECIスパイラルに上昇させる。SECIスパイラルでは、知識は絶えず創造され、拡大され、実践されるとともに、知識の創造と実践にかかわる人が次第に増え、知識創造・実践のコミュニティが拡大していきます。

 ●共同化プロセス(Socializaiton)
暗黙知を暗黙知として伝える段階。個人同士が直接的な相互作用により暗黙知を共有します。直接的な相互作用を通じて、組織の各メンバーが環境についての暗黙知を獲得します。この局面で、個人は知的にだけではなく、身体的、感情的にも、互いに理解を深め合い、結果、互いの考えを共有し合うようになります。

●表出化プロセス(Externalization)
暗黙知から形式知へと変化する段階。暗黙知を対話(ダイアローグ)や共同思考によって引き起こし、それを言語や図式化していきます。帰納法や演繹法といった論理思考も形式化の有力な方法論です。個人がチームレベルで、共同化によって積み重ねられた暗黙知を弁証法的に統合します。この統合により、暗黙知のエッセンスが概念化され、暗黙知が言葉やイメージやモデルを用いた修辞やメタファー(隠喩)という形で形式知に変換されます。

●結合化・連結化プロセス(Combination)
形式知が組織の内外から集められ、組み合わされ、整理され、計算されることで、複合的で体系的な形式知が組織レベルで築かれるようになります。このフェーズにより、従業員のもつ潜在的な暗黙知が組織財産として活かされるようになります。

●内面化プロセス(Internalization)
形式知が従業員の知識として内面化され、新たな暗黙知へと変化します。内面化とは、形式知を暗黙知へ体化(身体化)するプロセスです。行動による学習と密接に関連したプロセスです。形式化されたナレッジが、新たな個人へと内面化されることで、その個人と所属する組織の知的資産となります。連結化によって増幅した形式知が実行に移され、個人が組織や環境の文脈の中で行動を起こします。行動学習と同じように、実際に行動することで、最も関連のある実用的な暗黙知が豊かになるとともに、その個人の血肉となっていきます。

SECIスパイラルは以下の点で、SECIプロセスを拡大していきます。
・知識が絶え間なく創造され、増幅され、実践される。
・知識ベースが水平方向に広がる。
・より多くの知識が行動に移される。
・知識実践の規模と質が増幅される。
・その増幅によって、イノベーションの促進につながる行動が増える。
・知識の創造と実践にかかわる人が増える。
・知識ベースが次第に垂直方向に広がる。
・ある次元で創造された知識が、より高次の存在論的な次元へとスパイラルに上昇する。
・そして、それにより知識創造・実践のコミュニティが大きくなる。

SECIスパイラルが上昇していくにつれ、知識のコミュニティが個人レベルから組織レベル、社会レベルへと広がり、それに伴って知識実践の規模と質が高まり、企業は持続的にイノベーションを起こせるようになります。イノベーションだけでなく、企業再建にもこのSECIモデルは使えます。(詳細は本書のシマノ・エーザイ=イノベーション=JALの企業再生のケーススタディ参照)

ワイズリーダーになるための6つの条件

われわれは実践知を備えたリーダーを「ワイズリーダー(賢慮のリーダー)」、ワイズリーダーに率いられた企業を「ワイズカンパニー(賢慮の企業)」と呼んでいる。宗一郎と藤野は、どちらもワイズリーダーの例である。

ホンダはピストンリングからオートバイ、自動車、飛行機という4つの産業で持続的なイノベーションを成し遂げてきました。4つのステージでイノベーションを推進する中で、ホンダの知識ベースは拡大していったのです。イノベーションが回を重ねるごとに、さらに多くの知識が創造され、浸透し、行動に移されました。知識の量が増えるだけではなく、同時に知識の質も高められ、それによってさらなる行動が生まれたのです。

ホンダの成功の理由
①創業者である本田宗一郎のいつかは飛行機を飛ばしたいという夢
ホンダが創業者の夢をいつまでも忘れなかった結果、やがてその夢が意図して、 または意図せずして実現したという考え方

②藤野道格(ホンダエアクラフトカンパニー社長)と、藤野が夢の実現のために長年続けた「いま・ここ」での行動

夢を持つことはビジネスの成功に不可欠だが、それだけでは十分ではない。誰かがそれを実現させる必要がある。

藤野はプラグマティストに徹すること、「いま・ここ」での遂行力で、ホンダジェットの夢を実現させました。「いま・ここ」での遂行力である。藤野は失敗を重ねたときに、スミソニアン博物館へ行き、そこに展示されているシビックを見て、自分の夢を再確認したと言います。

本田宗一郎と藤野の考え方には根本的な部分で数多くの共通点があります。
・二人とも物事を成し遂げるためには直接的な経験と、人と人との相互交流が重要だと固く信じていることである。

藤野は宗一郎が掲げた「現場」「現物」「現実」からなる三現主義をすべてホンダエアクラフトで実践し、誰もがデザインの歴史に残ることを何度もしようとする有機的な組織を築いたのです。

・未来を築くことにこそテクノロジーの役割があると考えていた
藤野は人々の移動手段を変え、それにより将来、新しい文化を創造したいと考えました。

ホンダの役割は、新しい技術を世界に提供することによって、未来の暮らしをよりよいものにすることです。このテクノロジーが未来の人々から求められているなら、ホンダにはそのニーズを満たす責任があります。(藤野道格)

③高次の目的を持つリーダー
2人とも、自社の儲けのためだけではなく、共通善のためにイノベーションを起こしたいと考えていまし。企業の存在意義とは社会に貢献すること、ひいては世界の住み心地をよくすることだという強い信念が二人にはあったのです。

ホンダの事例からワイズリーダーが導き出せる3つの教訓。
1、企業の長期的な存続のためには、使命や、ビジョンや、価値観を明確にする必要があるということ。またそれ以上に重要なのは、実際にそれらに従って行動するということ。

2、持続的なイノベーションが欠かせないということ。夢を描くだけでは足りない。夢の実現のためには、行動、積極的な関与、実践が求められる。

3、リーダーシップが肝心であるということ。誰かが夢を実現させなくてはならない。

ホンダの持続的なイノベーションは、絶えず新しい知識を創造し、社内に浸透させ、行動に移し、さらにその行動からまた新しい知識を創造するという繰り返しによって保たれてきました。その結果、ホンダの知識ベースは拡大し、知識の規模と質は増幅し、知識の創造と実践にかかわる社員の数が増えたのです。さらにその知識の創造と実践のプロセスは個人から組織へ、コミュニティへ、社会へと、スパイラルに波及していきました。

ワイズリーダーは、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分で、実践知を活用する必要があります。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識です。リーダーが組織全体で実践知を育むとき、その組織は新しい知識を創造するだけでなく、優れた判断を下せるようになるのです。

企業が生き残るためには、顧客に価値を提供する、他社には築けない未来を築く、道徳的な目的を持つ、社会と調和する、生き方として共通善を追求するということが絶対に欠かせない。

SECIが次のサイクルに進むたび、知識は存在論的次元でもスパイラルに上昇します。その結果、知識ベースは時間をかけて次第に垂直方向にも広がるのです。知識ベースが垂直方向に広がるにつれ、個人によって創造・実践された知識は、「相互作用のコミュニティ」によって増幅されます。相互作用のコミュニティは組織内、組織間の境界を超えて拡大し、コミュニティレベルないし社会レベルへと上昇します。

■ワイズリーダーになるための6つの条件
1、何が善かを判断する
→ワイズリーダーは、自社や社会にとって──株主にとってばかりではなく──何がよいことかを見極めます。
2、本質をつかむ
→ワイズリーダーは本質を素早くつかみ、出来事や人の真の性質を見抜きます。
3、「場」を創出する
→ワイズリーダーは交流を通じて新しい意味を生み出します。
4、本質を伝える
→ワイズリーダーはメタファーや物語や歴史的構想力を使います。
5、政治力を行使する
ワイズリーダーは政治力で人を束ね、行動を促します。
6、社員の実践知を育む
ワイズリーダーは徒弟制度やメンタリングで社員の実践知を伸ばします。

これらを習慣化することで、知識の創造と実践を一層充実させられます。ワイズリーダーは6つの条件を意識し、実践知によって、組織を率いるべきです。

自社の使命や価値観を社員に説くことが、認識論的な意味で社員のフロネシスの能力を育むうえでは欠かせない。リーダーが共通善に貢献することの大切さを身をもって示すとともに、人間性についての基本的な考え方を貫き通すなら──言い換えると、なりたい自分になろうと努力を続けるなら──社員は、自分たちがこれまでにしてきたことや、これからすることに意味を見出せるだろう

ワイズカンパニーのビジネスリーダーの多くは、ミドルマネジャーや現場の社員に全幅の信頼を持つだけでなく、なりたいものになり、したいことをする幅広い自由を与えているのです。この実践知が企業を強くします。

生き方としての経営を実践するためには、以下の質問をする必要があります。
・自社が何を象徴するか?
・どういう世界に生きたいと思うか?
・そのような世界をどのように実現するか?
・どういう方向に進むか?
・どういう未来を築きたいか?
・どういうレガシーを残したいか?
・どのように社会に貢献できるか?

よりよい未来を実現できるのは、自分たちにどういう使命が与えられているかを理解し、ひたすら正しく生きようとし、終わりのある一生の中で常に自らを磨き続けるときであると著者たちは指摘します。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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