演繹革命 日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法(校條浩)の書評

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演繹革命 日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法
校條浩
左右社

演繹革命(校條浩)の要約

演繹思考は、未来志向のコンセプトを起点として論理を展開する思考法です。過去の単なる経験の積み重ねではなく、多様な知見を組み合わせて新しい価値創造の仮説を立てます。その仮説を実践的に検証しながら段階的に事業を発展させていく手法が、演繹思考の本質的な強みとなっており、イノベーションの起点になります。

演繹思考がイノベーションに重要な理由

既存事業を続けてきた人たちはイノベーションのビジョンや方策を議論する時に既存事業の価値観のメガネで新規事業の案を見てしまうことです。そこに見方の違いがあること自体も見えないのです。(校條浩)

シリコンバレーで30年以上にわたってイノベーションの最前線に身を置き、数々のスタートアップに携わってきた校條浩氏は、その豊富な経験を基に「演繹思考」を体系化しました。

AppleやGoogleといった世界を変えた企業に共通する思考法は、帰納ではなく、演繹になると著者は指摘します。まず、最初にコンセプトを立て、そこから仮説を導き出し、彼らは事業を組み立てます。

この仮説は前例がなくても構わず、出発点は個人の知識や経験から生まれます。経験は単なる前例の積み重ねではなく、異なる要素が掛け合わさったものです。仮説を立てたら、実験して検証し、結果が良ければ事業を具体化していくプロセスを進めます。

AppleのiPhoneは、既存の携帯電話の進化系として生まれたものではありません。「誰もが持ち歩けるコンピュータ」という壮大なビジョンに基づいて開発されたのです。

Googleの検索エンジンも同様に、「世界中の情報を整理し、誰でもアクセスできるようにする」という明確なビジョンが出発点となりました。これらの企業は、前例にとらわれず、未来を見据えたビジョンから逆算し、新たな価値を生み出してきたのです。

これに対し、日本企業は長らく「帰納思考」を基盤に成長してきました。帰納思考とは、過去の成功例を徹底的に分析し、そこから導かれる改善点を積み重ねるアプローチです。この手法は、日本の高度経済成長期に非常に有効でした。特に、品質の向上や効率化を図るうえで強みを発揮し、日本のものづくりは世界中で高く評価されました。

しかし、デジタル革命以降、技術革新が急速に進む現代において、帰納思考の限界が浮き彫りになっています。過去の成功が必ずしも未来の成功を保証しないこの時代、帰納的な改善だけでは競争力を維持することが難しくなっています。

演繹思考の大きな特徴は、未来の不確実性を恐れない点にあります。不確実性を逆に創造の源泉として積極的に活用し、新たな価値を生み出すための試行錯誤を重ねます。シリコンバレーでは、失敗は恐れるものではなく、学びの機会と捉えられています。

試行錯誤を通じて失敗を積み重ね、その結果を次の挑戦に活かす文化が、イノベーションを生む原動力となっているのです。つまり、演繹思考では、未来のビジョンを基に仮説を立て、そこから新しい価値を生み出していくのです。

一方で、帰納思考は過去のデータや実績を集約し、そこから導かれる改善案を基に事業案をまとめていきます。このアプローチは、実績に基づくため確実性が高く、短期的な成果を追求するには有効ですが、急速に変化する市場や技術の進展に対応しづらいという課題もあります。過去の成功例が必ずしも未来の成功を保証しないため、帰納的な改善の積み重ねだけでは、現在のイノベーション競争に勝つことは難しいのです。

演繹思考では、まず未来に向けた理想のコンセプトを描き、それを出発点として論理を組み立てます。「このコンセプトでこの方法を用いれば、新たな価値が生まれるだろう」という仮説を立て、そこから事業を構築していくのです。コンセプト自体はその人の知識や経験に基づいていますが、ここで重要なのは、その経験が単なる前例の蓄積ではなく、様々な条件や状況の中で得た知見が掛け算的に絡み合っていることです。

過去の成功例に依存せず、未来に向けた仮説を立て、その仮説を検証していくことが、演繹思考の大きな強みです。 仮説検証のプロセスも、演繹思考においては重要な役割を果たします。実際に事業を展開して仮説を検証し、結果が良好であれば次の段階に進みます。

逆に、仮説に修正が必要な場合は、その結果を踏まえて再度仮説を練り直し、さらに検証を重ねていくのです。もし仮説が失敗した場合も、その失敗から学び、仮説の修正を行うことが求められます。このような試行錯誤の過程を通じて、最終的に成功へと導かれるのです。

日本のVCと証券会社の問題点とは?

現在確立している日本のエコシステムは、その中身が鶏と卵のような関係で成り立っています。

日本のVCエコシステムは、小規模な上場規模と低いリターンが特徴的な悪循環に陥っています。典型的な日本企業の上場時の調達額は20億円程度にとどまり、アメリカの500億円規模と比較すると極めて小さい状況です。この結果、VCは投資収益を確保するために、失敗リスクを極小化する保守的な投資姿勢を取らざるを得ません。

そのため、スタートアップ企業は早期の収益化を強く求められ、長期的な視点での成長戦略を取ることが難しくなっています。 例えば、初期段階で売上を追わず、まずはユーザー基盤の拡大やプラットフォームの構築に注力するような戦略は、日本では実現が困難です。

このような長期戦略には、収益化までの継続的な資金調達が必要ですが、日本のVCは収益の見えない段階での投資に極めて消極的だからです。

VCは将来の大きな成功よりも、早期の収益確保を重視します。そのため、事業規模が小さくても早期の上場を促す傾向があります。しかし、上場時の企業価値が低いため、スタートアップ企業は保守的な経営を強いられ、大きなリスクを取れなくなります。

結果として、革新的なチャレンジが減り、小規模なベンチャー企業ばかりが増えていく状況が続いていると著者は指摘します。

VCの根本的な動機は、スタートアップ企業(ベンチャー企業)を通して世界を変えるような新しい事業や産業を創造したい、という根源的な欲求です。動機は儲けや利益ではないのです。世界を変えるような事業を創造すれば、巨万の利益はあとからついてくると考えます。成功のバロメーターは儲けですが、儲けが動機ではないのです。

一方、シリコンバレー型のVCには、ビジョンやパーパスがあります。彼らは世の中を変えるスタータアップを生み出すために、大胆な仮説に基づく演繹的アプローチを取り、高リスク・高リターンの投資を積極的に行っています。この投資スタイルは、 グローバルなイノベーション創出の主流となっていますが、日本のVC業界では依然として少数派です。

米国のVCの特徴的な点は、投資先企業に対する長期的な視点です。売上が即座に伸びなくても、1〜2年は粘り強く支援を続けます。成長の変曲点を超えた企業には、追加出資や、より規模の大きいVCの紹介など、積極的な支援を行います。

さらに、仮説・検証のプロセスを複数回クリアし、確実な成長軌道に乗った企業には、売上計画の策定を求めるなど、帰納的アプローチも組み合わせて大きな成功へと導きます。

一方で、期待通りの成長を示せない企業に対しては、追加出資は行わず、自力での再生を期待します。しかし、そのような場合でも、ポートフォリオ管理の観点から、すでに投資分を帳消しとして扱い、次の投資機会に備えます。 日本の現状は、確実性を重視する帰納的アプローチが支配的で、これが革新的なビジネスモデルの創出を阻害しています。

グローバルな競争力を維持するためには、日本のVC業界も、より大胆な投資判断と、失敗を許容する文化への転換が求められます。そうでなければ、世界のイノベーション潮流から取り残される懸念が深刻です。

この状況を打破するためには、VCの投資規模拡大、上場基準の見直し、そして何より投資家の意識改革が不可欠です。新しい価値創造には必然的にリスクが伴いますが、そのリスクを受容し、挑戦を支援する投資環境の整備が、日本の産業競争力回復への鍵となるでしょう。

私もスタートアップへの個人投資を行っていますが、その際、グローバルに行けるのか?を基準に行っていますが、本書のVCに関するアドバイスはとても参考になりました。

演繹思考で組織を変える5つのステップ

演繹思考の取り組みが進み、大きな流れが確立して来ると、既存の帰納思考の活動と対立してくるような状況が生まれてきますその時、対立が深まる前に、成長曲線に乗った演繹組織が既存の帰納組織を取り込んでいくのが理想です。

1,経営トップの意識を変える
経営トップの意識改革が、まず変革の第一歩となります。演繹思考の取り組みが進展し、大きな潮流となってくると、既存の帰納思考による活動との間に軋轢が生じてきます。この段階で、成長曲線に乗った演繹組織が既存の帰納組織を円滑に取り込んでいくことが理想的です。

特に、AIの急速な普及により既存業務の変化が加速する中、帰納活動から演繹活動への移行は予想以上に早く訪れる可能性があります。そのため、演繹思考による新しい組織体制の構築は急務となっています。

2.両利きの個人を見つける、育てる
次に重要なのは、両利きの人材の発掘と育成です。演繹思考の世界観は、すべての人が容易に理解できるものではありません。自ら課題を発見し、解決のための仮説を立て、検証を重ねていく作業は、帰納思考で育った人材には馴染みにくいものです。

そのため、即戦力となる人材を探すのではなく、その素質を持つ人材を見出すことが重要です。既存組織で頭角を現し、必要に応じて上司に対しても建設的な反論や逆提案ができる、そんな個性的な人材が適任となる可能性が高いです。

このような人材には、小規模でも自由裁量のある環境で活動する機会を提供することが効果的です。経営者的な視点で事業を捉え、独自のビジョンやコンセプトを構築できる人材は、演繹思考の能力を急速に伸ばすことができます。

3.演繹思考の箱をつくる
第3のステップは、演繹思考の組織体制の確立です。イノベーション推進室や新規事業部といった演繹思考の組織は、既存の帰納思考の運営体系から明確に分離する必要があります。

具体的には、予算や人事面で独立した組織として構築することが望ましいです。 続いて、未来を見据えた帰納組織の変革が求められます。

4.未来へ向けて帰納組織を変革する
演繹組織は日本企業にとって新しい価値観を持つ組織体制です。当初は既存の帰納組織との関係構築に試行錯誤が続くと予想されますが、早期にこれを実践し経験を積んだ企業が、今後の大きな転換期において優位性を確立することになります。

5.箱の成果を検証し、古くなった帰納組織を徐々に吸収していく
最後に、新組織の成果を検証し、従来の帰納組織を段階的に統合していく過程があります。演繹思考での事業展開を進め、急成長期を迎えて演繹思考の人材を積極的に採用するというSカーブのプロセスを通じて、両利きの人材が徐々に増加していきます。同時に、演繹思考の活動に適応した帰納思考の人材も増えていきます。このようなプロセスを継続的に実行することで、組織は常に新鮮な視点で事業を成長させることが可能となります。

この変革において重要な役割を果たすのが、演繹リーダー、演繹プレーヤー、演繹サポーターという三つの人材層です。演繹リーダーは初期の立ち上げを主導しチームを牽引し、演繹プレーヤーはリーダーの理念に共感してチームに参画し、演繹サポーターは既存組織に所属しながら演繹思考の活動を理解し支援する役割を担います。これらの人材が相互に作用することで、組織全体の変革が促進されていくのです。

日本企業が演繹思考を取り入れることで、これまでの帰納思考と組み合わせた新たなイノベーションの可能性が開かれます。未来を大胆に描き、そこから逆算して行動する演繹思考は、デジタル時代における競争優位性を生み出すための重要な鍵です。これにより、日本企業は急速に変化する世界のイノベーション競争で再びリーダーシップを発揮し、新たな成長を遂げることができるでしょう。

最強Appleフレームワーク


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