進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観(アラン・S・ミラー)の書評

silhouette photo of group people standing on grass

進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観
アラン・S・ミラー
パンローリング株式会社

進化心理学から考えるホモサピエンス(アラン・S・ミラー)の要約

進化生物学的に見ると、人間の配偶戦略の性差は生物学的制約に基づいています。男性は理論上多数の子をもうけられますが、女性は生理的制約から妊娠回数が限られます。この適応度格差により、男性はより競争的になり、若く健康な女性を好む傾向があります。これらは文化的な構築物ではなく、進化で形成された生物学的な基盤を持つのです。

進化心理学とはなにか?

進化心理学では厳密な定義がある。進化によって形成された心理メカニズムないしは心理的な適応(この二つはおおむね同じ意味)の全体が人間の本性である。人間の本性は、進化によって形成された心理的なメカニズムの総体であり、進化心理学は人間のもつそのような心理的な適応を一つひとつ明らかにしていく学問である。(アラン・S・ミラー)

進化心理学は人間の本性を扱うサイエンスです。この分野では、人間の本性を進化によって形作られた心理的な適応の総体として厳密に定義しています。進化生物学の知見を人間の行動に適用することで、私たちの心理や行動パターンの起源を解明しようとしています。

進化心理学の基本的な考え方は、人間も他の生物と同様に進化の法則に従う動物であるというものです。人間は確かにユニークな特徴を持っていますが、それはショウジョウバエがユニークであるのと同じ意味でユニークなのです。

社会生物学者のピエール・L・ファン・デン・ベルヘが指摘したように、あらゆる生物種は環境への適応を通じて独自の特徴を獲得してきました。この視点は、人間を特別視する従来の社会科学の考え方とは一線を画しています。

進化心理学では、脳を人体の他の器官と同様に進化の産物として見なしています。手や膵臓が特定の機能を果たすように進化してきたのと同じように、脳も生存と繁殖に有利な機能を獲得するように形作られてきたのです。つまり、私たちの思考や感情も、長い進化の過程で獲得された適応的な機能として理解することができます。

人間の本性は生まれながらのものであり、これは犬が生まれながらに犬であるのと同じことです。ウィリアム・D・ハミルトンが述べたように、人間の本性という書字板はまっさらではなく、そこには進化の過程で刻み込まれた文字が存在しています。

社会化や学習の能力も、実は生まれながらに備わった特性なのです。 人間の行動は、生まれながらの本性と環境の相互作用によって生み出されます。遺伝子は特定の環境下で機能し、環境が異なれば同じ遺伝子でも異なる表現型として現れます。

進化心理学は、遺伝か環境かという二者択一的な考え方ではなく、両者の複雑な相互作用に注目しています。 進化心理学における重要な概念として「サバンナ原則」があります。これは、私たちの脳が祖先の環境に存在しなかったものや状況に対して必ずしも適切に対応できないことを示しています。

例えば、テレビドラマの登場人物を実際の友人のように感じてしまう現象は、この原則によって説明することができます。現代社会における様々な心理的問題も、この観点から理解することが可能です。 進化には非常に長い時間がかかります。

人間の場合、性的成熟までに15~20年を要するため、進化の速度は比較的遅くなります。ショウジョウバエが1年間で50世代以上を重ねられるのに対し、人間が同じ数の世代を重ねるには1000年以上かかってしまいます。この事実は、人間の進化を実験的に研究することの難しさを示しています。

さらに、進化には安定した環境が必要です。例えば、気候が頻繁に変動する環境では、特定の適応が定着しにくくなります。寒冷な気候が何世代にもわたって継続すれば、寒さに強い個体が自然淘汰によって選択されますが、環境が短期間で変動する場合、そのような適応は起こりにくいのです。

農耕や文明の誕生以降、人間は急激な環境の変化にさらされており、これは自然淘汰が働きにくい状況を生み出しています。現代社会における様々な心理的・行動的な課題は、私たちの進化した心理メカニズムと現代の生活環境との間のミスマッチとして理解することができます。 進化心理学の知見は、人間の本質的な特性や行動パターンについて、より深い理解をもたらしています。

私たちの心理メカニズムは、数百万年にわたる進化の過程で形成されてきました。現代社会における様々な問題も、この進化的な視点から新たな解釈が可能となります。また、この理解は、教育や社会システムの設計において、人間の本質的な特性をより考慮したアプローチの必要性を示唆しています。

進化心理学から考える男女の特性

この1万年間ほどは、進化が追いつけないほど環境が急速に変化した。動く標的には、進化は手も足も出ない。それゆえ人間は1万年ほど前からほとんど進化していないのである。もっとも、太古の昔から今にいたるまで変わらないこともある。他の人間とうまく付き合っていかなければならないのは同じだし、配偶相手を確保しなければならないのも同じだ。したがって、社交性とか肉体的な魅力といった資質は、自然淘汰と性淘汰で選ばれつづけてきた。

人間の性差について、生物学的な基盤と文化的影響の関係は、長年にわたって議論が続いているテーマです。特に注目すべきは、人間の行動や認知における性差が、誕生直後から観察されるという事実です。 新生児の段階から、男女には異なる行動パターンが見られます。この早期からの性差は、社会化や文化的影響が及ぶ以前から存在することを示唆しています。

さらに興味深いのは、これらの性差が文化を超えて普遍的に観察され、多くの場合、他の動物種でも類似したパターンが見られることです。 もし性差が純粋に社会的・文化的な慣行によって形成されるものであれば、異なる文化や社会において、男女の特徴や行動パターンは大きく異なるはずです。

しかし実際には、世界中のあらゆる人間社会において、ある一定の性差が共通して観察されています。 例えば、男性はより攻撃的で競争的な傾向を示し、危険を冒すことも多いとされます。一方、女性はより社交的で、養育的な行動を示す傾向があります。これらの特徴は、現代社会に限らず、歴史的な記録や考古学的な証拠からも確認されています。

注目すべきは、これらの性差が人間社会だけでなく、多くの動物種においても観察されることです。霊長類をはじめとする多くの哺乳類で、雄は雌に比べてより攻撃的な行動を示し、雌はより協調的で養育的な行動を示す傾向があります。 このような普遍性は、性差が単なる文化的な構築物ではないことを示唆しています。なぜなら、文化的な慣行は本質的に多様であり、社会によって大きく異なるからです。

文化を超えて普遍的に観察される現象を、文化的な要因だけで説明することは論理的に困難です。 ここで重要な原則が浮かび上がってきます。普遍的な現象は、同じく普遍的な要因によってのみ説明することができるという原則です。人間の性差に関して言えば、生物学的な基盤がその普遍的な要因として考えられます。

男女の脳には構造的な違いがあるのだ。男と女で生殖器官が異なるように、脳も異なる。ジェンダーの社会化は、男女の生まれつきの違いを際立たせ、固定化し、恒常化し、強化するが、違いを生みだすわけではない。言い換えれば、男女は違う育て方をされるから違ってくるのではなく、違っているから、違う育て方をされるということだ。ジェンダーの社会化は性差の原因ではなく、結果なのである。

人間の繁殖能力において、男女には決定的な違いがあります。男性は理論上、生涯にわたって何百人、場合によっては何千人もの子供をもうけることが可能です。一方、女性の場合は生理学的な制約により、一生のうちに妊娠できる回数は25回程度に限られます。この違いは、適応度のばらつきに大きな影響を与えています。

適応度格差、つまり理論的に可能な最大の子孫数と最小の子孫数の差は、男性のほうがはるかに大きくなります。この現象は、異形配偶(卵子と精子のサイズの違い)と、胎児が母体内で育つという事実に起因しています。

結果として、自然状態での人類の配偶関係は、一夫多妻制に傾きやすい特徴を持っています。 男性がより攻撃的で競争的な傾向を示すのは、この適応度格差に直接関係しています。男性は競争に勝つことで、繁殖において著しく大きな利益を得る可能性があります。競争に勝って多数の女性と配偶関係を結べば、数百人規模の子孫を残すことも理論的には可能です。

一方で、競争から逃避すれば、子孫をまったく残せない可能性も高くなります。 対照的に、女性の場合、競争による潜在的な利益は相対的に小さくなります。たとえ競争に勝って複数の男性と配偶関係を結べたとしても、生物学的な制約により出産できる子供の数は限られています。

また、競争に負けたとしても、まったく子供を持てなくなる可能性は男性より低いのです。そのため、女性にとって競争のリスク(負傷や死亡の可能性)は、得られる可能性のある利益に見合わないことが多くなります。

男性が若い女性を好む傾向も、進化的な適応として説明できます。女性の繁殖価(これから産める可能性のある子供の数)は初潮後に最も高く、年齢とともに低下し、閉経時にゼロになります。また、実際の出産率(多産度)は20代でピークを迎えます。このため、男性は若い女性により強く魅力を感じる傾向があります。これは現代社会の法規範とは無関係に、祖先の環境で形成された心理メカニズムの表れといえます。

また、胎児の健康な発育には母体の健康が極めて重要です。9ヶ月の妊娠期間と、その後の数年間の授乳期間を通じて、母親の健康状態は子供の生存に直接的な影響を与えます。そのため、男性は健康な女性を配偶相手として選ぶ傾向があります。 健康状態を判断する指標として、肉体的な魅力や髪の状態が重要な役割を果たします。

特に髪は、年間約15センチのペースで成長し、一度伸びた部分は過去の健康状態を記録として保持します。長い髪は過去数年間の健康状態を示す信頼できる指標となるため、男性は美しい髪を持つ女性に魅力を感じる傾向があります。また、金髪は若い女性の特権であるため、男性は金髪に惹かれると言います。

男性は思春期に入ると競争心が著しく高まり、それは第一子が生まれるまで続くことが観察されています。この時期の男性は、暴力的な行動や窃盗、あるいは創造的な活動に強く駆り立てられる傾向にあります。

男性が競争をやめるタイミング

競争のコストは第1子(さらに、それに続く子供たち)の誕生とともに急速に増大する。たしかに、競争には依然としてメリットがある。最初の相手に子供を産ませたのちも、競争によって、さらに多くの配偶相手を引きつけられる可能性があるからだ。しかし、コストを考えれば、競争に向けるエネルギーと資源を、すでに生まれた子供を保護し育てることに費やすほうが得策だろう。言い換えれば、子供の誕生によって、男の繁殖努力は、配偶相手の獲得から子育てにシフトするのである。

男性は子供が生まれると、それまでの衝動的な行動が急速に収まり、より安定した生活を志向するようになります。この変化は本人にも意識されないほど自然なものですが、これは進化の過程で形成された心理メカニズムの働きによるものと考えられています。

人類の進化の歴史において、繁殖の成功は遺伝子の未来を決定する重要な要因でした。現代を生きる私たちは、過去に繁殖に成功した個体の子孫であるという事実は、現代人の心理メカニズムを理解する上で重要な示唆を与えています。

私たちの祖先の中で、まったく子供を残せなかった個体の遺伝子は、現代には受け継がれていません。さらに注目すべきは、現代人の大多数が、繁殖において著しい成功を収めた個体の子孫であるという点です。この事実は単純な数学的原理によって説明できます。

例えば、12人の子供を残した男性の遺伝子は12人に受け継がれますが、1人しか子供を残せなかった男性の遺伝子は、たった1人にしか受け継がれません。

そして、子供を全く残せなかった個体の遺伝子は、完全に消失してしまいます。 このことから、現代の男性が持つ心理メカニズムは、過去の繁殖競争における「勝者」の特性を強く反映していると考えられます。配偶相手を得るために競争し、成功を収めた男性たちの心理的特徴が、現代の男性に受け継がれているのです。

一方で、競争に敗れて子孫を残せなかった男性たちの心理メカニズムは、現代には伝わっていません。 この視点は、現代社会における男性の行動パターンを理解する上で重要な示唆を与えています。

例えば、ビル・ゲイツのような実業家や、ポール・マッカートニーのような音楽家、さらには犯罪者に至るまで、一見まったく異なる人生を歩む男性たちの行動の根底には、共通する心理メカニズムが働いている可能性があります。

セックスが男性の選択でできるなら、文明など生まれず、美術も文学も音楽もなく、ビートルズもマイクロソフトもなかっただろう。男たちは女たちに自分の能力を誇示し、イエスと言ってもらいたいがために、文明を築き、破壊してきた。すべては女のためなのである。

これらの男性たちの行動は、異なる形で表現されているものの、その根底にある動機は類似しています。それは、女性からの選択を受けるために、何らかの形で卓越性や優位性を示そうとする傾向です。この傾向は、過去の繁殖競争で成功を収めた男性たちから受け継がれた心理メカニズムの現代における表現と考えることができます。

戦争による領土の征服、交響曲の作曲、文学作品、詩作、アート、ロック音楽、イノベーションなど、その活動は多岐にわたります。

これらの活動の多くは、女性からの承認と好意を得たいという原初的な欲求に動機づけられていると考えられるのです。 一方で、現代の自由な資本主義社会では、職業選択における興味深い現象が観察されています。アメリカやイギリスなどでは、個人の適性に基づいた職業選択が可能になっています。

バロン=コーエン仮説によれば、人間の脳には「共感型(タイプE=女性脳)」と「システム化型(タイプS=男性脳)」という二つの傾向があり、これが職業選択に大きな影響を与えているとされています。

共感に優れた脳を持つ男性や、システム化に長けた脳を持つ女性も少なからず存在し、そのため男性の看護師や保育士、女性の神経科学者や技術者も増加しています。しかし、統計的に見ると、システム化能力を必要とする職業では依然として男性が多数を占め、共感性が重視される職業では女性が多数を占める傾向が続いています。

このような現象は、生物学的な性差と社会的な要因が複雑に絡み合って生じていると考えられます。進化の過程で形成された心理メカニズムは、現代社会においても私たちの行動選択に大きな影響を及ぼし続けているのです。ただし、これは決定論的なものではなく、個人の自由な選択や社会的な機会の平等と両立し得るものとして理解する必要があります。

こうした知見は、人間の行動の本質的な理解に貢献するとともに、より効果的な社会システムの構築にも示唆を与えています。個人の多様性を認めながら、それぞれの適性を活かせる社会を作っていくことが、今後ますます重要になってくるでしょう。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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