贅沢と欲望の経営史~あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか~(坂出健)の書評

書籍:贅沢と欲望の経営史~あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか~
著者:坂出健
出版社:光文社
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スタバとGAFAに共通する欲望の構造とは?『贅沢と欲望の経営史』から学ぶAI時代の意思決定とビジネス戦略

私たちはなぜ、安くて美味しいドトールではなく、あえて割高なスターバックスの行列に並んでしまうのでしょうか。あるいは、なぜSNSや動画プラットフォームに多くの時間を費やしてしまうのでしょうか。

京都大学経済学部教授の坂出健氏の『贅沢と欲望の経営史~あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか~』は、この身近でありながら本質的な問いに対し、「欲望の経営史」というユニークな切り口から答えを提示します。

本書の著者である坂出氏は、経営史・企業史を専門とする研究者です。特に消費社会やブランドの発展、近代資本主義の歴史に関する研究を行っており、「企業はどのように人々の欲望を発見し、それをビジネスへと転換してきたのか」というテーマを歴史的な視点から分析しています。

本書の特徴は、単なるマーケティング論や経営戦略論ではなく、数百年にわたる経済史・社会史・文化史を横断しながら、現代の消費行動を理解しようと試みている点にあります。 著者が示す重要な視点は、人類の歴史とは単なる生産技術の進歩の歴史ではなく、「欲望の進化の歴史」でもあったということです。 かつて贅沢品は王侯貴族だけが手にできる特権でした。

しかし産業革命と資本主義の発展によって、多くの人々が豊かさを享受できるようになると、企業は単なる機能や実用品を売るだけでは利益を生み出せなくなりました。 そこで生まれたのが、「記号価値」を売るという発想です。 コーヒーそのものの味だけであれば、必ずしも高価格である必要はありません。

しかしスターバックスはコーヒーを売っているのではなく、「サードプレイス」という居場所やライフスタイルを販売しています。 高級ブランドも同様です。バッグや時計の機能だけを考えれば代替品はいくらでも存在します。しかし消費者は、その商品が持つストーリーや世界観、そして「自分はこういう人間でありたい」という自己表現に対して対価を支払っています。

著者はこうした現象を、近代以降の資本主義が生み出した「欲望の産業化」として捉えています。

30秒でわかる本書のポイント

【結論】:現代ビジネスの勝者は、機能や価格ではなく、人間の自意識や承認欲求、物語への欲望を満たすことで利益を生み出しています。
【原因】:多くの商品が一定以上の品質を持つようになり、機能だけでは差別化しにくくなりました。消費者は合理性や効率性だけでは満足できず、特別感、憧れ、限定性、ブランドの世界観に価値を感じるようになっています。企業はそこに「魔法」や「贅沢の演出」を加え、商品を単なるモノではなく、意味ある体験へと変えています。
【対策】:重要なのは、この巨大な消費社会の劇場を批判するだけでなく、構造として理解することです。なぜ人は欲しくなるのか、なぜブランドに惹かれるのかを歴史や社会学から学ぶことで、自らの意思決定の質を高められます。企業は「何を売るか」ではなく、顧客の自己実現、承認、安心、所属意識のどれを満たすのかを明確にし、語りたくなる物語と体験を設計すべきです。

本書の要約

『贅沢と欲望の経営史』は、コーヒーや砂糖、ダイヤモンドといった古典的な贅沢品から、ユニクロ、ZARA、スターバックス、そしてGAFAまでを、「欲望の経営史」という一本の線で結びつけた刺激的な一冊です。

本書の面白さは、「実存のドトール」と「演出のスタバ」という対比にあります。ドトールがコーヒーそのものの価値を提供するのに対し、スターバックスが売っているのは「サードプレイス」や「自分らしさを表現できる空間」です。

著者は、スタバも高度に効率化されたシステムの上に成り立っているにもかかわらず、その合理性を感じさせない巧みな演出によって、「スタバにいる自分」という体験を提供していると指摘します。消費者はコーヒーを買っているのではなく、そこに付随する物語や自己表現を消費しているのです。

終盤では、GAFAに代表される巨大ITプラットフォームへと議論が広がります。SNSや動画サービスは、人間の承認欲求や虚栄心、好奇心といった根源的な欲望に働きかけ、膨大な時間と注意を引きつけています。私たちは便利なサービスを利用しているつもりでも、実は欲望を巧みに設計された巨大な仕組みの中に組み込まれているのかもしれません。

AIによって知識や情報がコモディティ化する時代だからこそ、「顧客のどの欲望を満たすのか」「どんな物語を提供するのか」を考える力が重要になります。

本書は、人間の欲望の歴史を学ぶ本であると同時に、現代のビジネスモデルを読み解く本でもあります。そして何より、自分自身の消費行動や意思決定が、どのような欲望によって動かされているのかを客観的に見つめ直すきっかけを与えてくれる一冊です。

こんな人におすすめ

  • 価格競争や商品のコモディティ化に悩む経営者・マーケター
  • 人間の心理や行動経済学、欲望のメカニズムに関心がある人
  • 自社サービスの「価値」を再定義し、ブランド力を高めたい人
  • GAFAや巨大IT企業のビジネスモデルを構造から深く理解したい人

本書から得られるメリット

  • 価格競争から脱却し、「意味」や「物語」で選ばれる戦略のヒントが得られる
  • スタバやGAFAの成功要因を「欲望」という新たなレンズで分解できるようになる
  • 世間の思い込みに騙されず、自らの「判断の質」を上げるリテラシーが身につく
  • 歴史等教養とビジネスの実務を接続し、構造で考える思考力が養われる

「演出のスタバ」と「実存のドトール」

スタバが演出するこの優雅な舞台の裏側には、冷徹極まりない資本の論理が隠されています。その舞台裏は極めて現実的。店内の雰囲気から、あたかもバリスタが一杯一杯エスプレッソを淹れているという錯覚にとらわれますが、スタバのオペレーションはドトール以上にマクドナルド的です。全自動エスプレッソマシンでアルバイトの誰がボタンを押しても同じ味が出る「工場」なのです。スタバの悪魔的な発明は、その徹底的に効率化された工場システムに、巧みに「魔法」をかけ直したこと(再魔術化)にあります。(坂出健)

本書贅沢と欲望の経営史~あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか~の前半で展開されるスターバックスとドトールの比較は、マーケティングの本質を突く非常に鮮やかな考察です。

本書の著者である京都大学経済学部教授の坂出健氏は、私たちがなぜ安くて美味しいドトールではなく、あえてスターバックスを選んでしまうのかという身近な問いを入り口に、資本主義の歴史を「欲望」という視点から解き明かします。

本書は企業の成功事例を紹介する本ではありません。人類がどのように贅沢を大衆化し、企業がどのように欲望を発見し、ビジネスへと転換してきたのかを歴史から読み解くことで、現代の消費行動やビジネスモデルの本質を理解させてくれる知的刺激に満ちた一冊です。

スタバのオペレーションは、実はマクドナルド以上に徹底的に効率化された「工場」です。全自動エスプレッソマシンにより、アルバイトがボタンを押すだけで均一な味が出せる仕組みが構築されています。しかし、スタバの凄みは、その冷徹なシステムをあえて隠し、「魔法」をかけ直した(再魔術化)点にあります。

「ショート」「トール」「グランデ」といった日常性を排除したイタリア語交じりの呪文のようなサイズ呼称。スチームノズルの音が響くオープンスタイルのカウンター。

私たちは、たとえ中身が最高級のコーヒーであっても、ロゴのない真っ白な紙コップで渡されれば、スタバに行く意味の多くを失ってしまいます。重要なのは、コーヒーそのものの味だけではありません。「スタバのカップを持って街を歩く自分」「洗練された空間で仕事や読書をしている自分」という記号を消費し、それを周囲に向けて静かに発信することに価値があるのです。

これは、ピエール・ブルデューが論じた「贅沢の趣味」に近い消費行動だと言えます。人は単に必要を満たすために商品を選ぶのではなく、自分の階層意識やライフスタイル、他者との差異を表現するために商品を選びます。スターバックスが提供しているのは、単なるコーヒーではなく、「自分はこうありたい」という欲望を満たすための象徴的な舞台なのです。

一方、ドトールが提供しているのは、ブルデューの用語で言うところの「必要の趣味」です。ブ「必要の趣味」とは、限られた所得や環境の中で合理性を重視する消費行動です。

ドトールの明るい照明は、営業回りで疲れ果てたサラリーマンのスーツの皺や無防備な表情を隠すことなく露わにします。そこには自己演出という「演技」は入り込む余地がありません。

「他者からどう見られるか」という自意識の呪縛から解放され、ただ「安いコーヒーを飲んで休息したい」という剥き出しの「実存」として存在できる場所。それが「実存のドトール」の真の価値なのです。

味や機能性、価格という合理的な指標だけで見れば、軍配は直火焙煎のドトールに上がります。しかし、現代の消費者は、あまりに合理的すぎるシステムには幻滅し、心地よく騙されるための「スタバ税」を喜んで支払うのです。

実存のドトール vs 演出のスタバ

指標 実存のドトール(必要の趣味) 演出のスタバ(贅沢の趣味)
提供価値 使用価値(安さ・早さ・機能性・休息) 記号価値(物語・自己表現・空間・自意識)
顧客の状態 「演じない場所」剥き出しの実存・休息 「演じる場所」洗練された自分を周囲に発信
システム 高い合理性、直火焙煎のクオリティ 裏ではマクドナルド化、表では「再魔術化」
価格帯 合理的(ブレンドS 280円など) 割高な「スタバ税」(ラテトール 約500円〜)

現代のビジネスにおいて、「機能が良くて安いもの」を作るだけでは容易にコモディティ化の波に飲み込まれてしまいます。商品やサービスの機能的価値の追求と同時に、顧客がそれを消費することで「自分がどういう人間であるか」を確認できるような記号価値の設計が、熾烈な競争から抜け出す最大の鍵となります。

本書が優れているのは、スターバックスを単なる成功企業として分析するのではなく、人類の長い「贅沢の歴史」の延長線上で捉えている点です。 私たちはつい、スタバや高級ブランド、SNSで映える商品を現代特有の現象だと考えがちです。

著者は、それらは決して新しいものではなく、人類が古くから繰り返してきた贅沢の進化の結果に過ぎないと指摘します。 かつて砂糖やコーヒーは、ヨーロッパの王侯貴族だけが楽しめる特権的な贅沢品でした。

しかし生産技術や流通網の発達によって一般市民にも普及すると、人々は新たな差別化の対象を求め始めます。つまり、贅沢とは固定されたものではなく、常に大衆化と差別化を繰り返しながら移動していく概念なのです。

特に印象的だったのが、ダイヤモンドをめぐる分析です。私たちはダイヤモンドの価値を「希少だから」と考えがちですが、著者はその常識に疑問を投げかけます。

ダイヤモンドの価値を支えているのは、単なる物理的な希少性だけではありません。むしろ、供給量を巧みに管理するデビアスの仕組みと、「ダイヤモンドは永遠の輝き」という強力な物語の存在こそが、その価値を生み出してきました。人々が購入しているのダイヤモンドはそのものではなく、永遠の愛や成功、憧れといった象徴的な意味なのです。

ラグジャリーブランドとZARA・ユニクロの戦略

私たちは、社会というシステムが提示する記号を編集して消費することで、実体のない「理想の自分」という疑似的な現実を生きているのです。

本書が描くのは、「ラグジュアリー」と「ファストファッション」は対立する存在ではなく、どちらも人間の欲望を満たすための異なる戦略だという事実です。

著者は、エルメスやLVMHに代表されるラグジュアリーブランドと、ユニクロやZARAのようなファストファッションを対照的に比較しながら、現代の消費社会の構造を読み解いていきます。 一見すると両者は正反対の存在に見えます。

しかし共通しているのは、人々の「少し良いものを手に入れたい」「今より魅力的な自分になりたい」という欲望に応えている点です。 ユニクロやZARAが成し遂げたのは、かつて一部の富裕層だけが享受していた価値の大衆化でした。高品質な素材や最新トレンドを、圧倒的なサプライチェーンとオペレーションによって誰もが手に届く価格で提供したのです。これはまさに「贅沢の民主化」と呼べるでしょう。

特にZARAは、「最新の流行」という特権を民主化した企業です。かつてパリやミラノのコレクションは、一部の富裕層だけが楽しめる世界でした。しかしZARAは、トレンドをわずか数週間で商品化し、世界中の消費者に届ける仕組みを構築しました。 現代において最も希少な資源は情報と時間です。

ZARAは「今この瞬間の流行」を手に入れるという価値を提供することで、ファッションを所有の贅沢から参加の贅沢へと変えました。顧客が買っているのは服だけではありません。「時代の最前線に参加している自分」という感覚なのです。

一方、ユニクロが提供している価値は異なります。 ZARAが「旬」を売る企業だとすれば、ユニクロは「安心」を売る企業です。必要なときに必要な商品が手に入り、品質も安定している。この当たり前を徹底的に追求することで、生活インフラに近い存在になっています。 言い換えれば、ZARAが「情報の贅沢」を提供するのに対し、ユニクロは「安心の贅沢」を提供しているのです。

対照的に、エルメスやフェラーリといったラグジュアリーブランドは、まったく異なる論理で動いています。 一般企業が「どうやってもっと売るか」を考えるのに対し、ラグジュアリーブランドは「どうやって売りすぎないか」を考えます。 供給を限定し、価格を下げず、熱狂的な顧客だけを相手にする。ブランドの歴史や職人技、創業ストーリーを守り続ける。短期的な売上よりも、「手に入りにくさ」や「特別感」を維持することを優先するのです。

ラグジュアリー戦略の本質は、商品ではなく距離感を管理することにあります。 人は手に入れやすいものには憧れません。少し遠く、簡単には届かないからこそ価値を感じます。ラグジュアリーブランドが守っているのは製品そのものではなく、「選ばれた人だけの世界」という物語なのです。

この考え方は、フランスが築き上げたブランド文化にも通じます。 産業革命でイギリスやドイツのような大量生産競争に勝てなかったフランスは、「モノの機能」ではなく「意味」を売る戦略へ活路を見出しました。パリコレクション、ラグジュアリーブランド、ワインのテロワールなどは、その象徴です。 つまりフランスは、商品そのものではなく、「その商品を持つ意味」を売ることで世界的な競争力を獲得したのです。

そして本書は、この流れをフランスの社会学者ジャン・ボードリヤールの消費社会理論へと接続します。 私たちは、商品を機能だけで選んでいるわけではありません。ボードリヤールは、人々が商品を買うのは、それを使うためだけではないと指摘しました。私たちが本当に消費しているのは、商品に付与された「意味」や「イメージ」、つまり記号です。

ユニクロのTシャツもラグジュアリーブランドのTシャツも、体を覆うという機能は同じです。しかし消費者が購入しているのは、機能だけではなく、その商品が持つ意味や物語です。

お金持ちであることの演出、センスの良さ、知的さ、ミニマリストとしての暮らし、環境への意識。私たちは商品を通じて、こうしたアイデンティティを表現しています。商品は単なるモノではなく、「自分はこういう人間でありたい」という意思を示す記号として機能しているのです。

だから消費とは、単なる買い物ではありません。自分の価値観やライフスタイル、社会の中での立ち位置を表現する行為なのです。

本書を読むと、日本企業の強みも見えてきます。日本は、アメリカ的な効率性やオペレーションを取り入れながら、そこにフランス的な物語性や美意識を巧みに組み合わせてきました。

機能だけでは差別化できない時代に、企業が問われるのは「何を売るか」ではありません。「顧客にどんな意味を提供するか」です。

エルメス、ZARA、ユニクロ。まったく異なる企業に見えても、いずれも人間の欲望を深く理解し、商品を通じて意味を設計しています。本書はその比較を通じて、現代ビジネスの本質が「欲望の設計」にあることを鮮やかに教えてくれます。

GAFAと「7つの大罪」:テクノロジーによる欲望のハッキング

GAFAはこれまでの消費の歴史をすべて飲み込み、私たちの「ポケットの中」で、フランス的な「自己表現の欲求(インスタグラム)」とアメリカ的な「即時・利便性の欲求(アマゾン)」を同時に管理・包摂しています。グーグルは検索エンジンというツールで、GAFAの活動をバックヤードから支えるフィクサーになりました。他方アップルは、自身が一つのラグジュアリ・ブランドに転身しました。

本書の視点は、飲食やアパレルという物理的な商品を扱う産業にとどまらず、現代社会を支配するIT業界の巨人、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)へと鋭く切り込みます。

シリコンバレーのスタートアップ界隈で語り継がれる有名な金言があります。LinkedInの共同創業者であり、Googleの初期投資家としても知られるリード・ホフマンは、「成功するサービスは、人間の『7つの大罪』に訴えかけるものだ」と指摘しました。

人間の理性的で高尚な理念よりも、本能の奥底に潜むネガティブな欲望に直接アクセスするサービスこそが、強烈なエンゲージメントを生み出し、巨大なビジネスになり得るという、投資家ならではの冷徹な真理です。

大罪(英語) 対応する主要ITプラットフォーム・サービス ビジネス上のハック手法
憤怒(Wrath) X(旧Twitter) 感情的な対立や炎上によるエンゲージメントの最大化
強欲(Greed) Amazon ワンクリック購入、無限の品揃えによる所有欲の刺激
エゴ(Pride/Ego) Facebook つながりと承認欲求、自己顕示の場の提供
嫉妬(Envy) Instagram 他者の煌びやかな生活の可視化と、それによる憧れ・嫉妬
怠惰(Sloth) YouTube 無限スクロール、自動再生による時間の消費
暴食(Gluttony) Uber Eats 即時的な食欲の充足、利便性による依存
色欲(Lust) Pornhub 本能的欲求のデジタル化による強力なマネタイズ

アップルやアマゾンの成功は、単に優れたテクノロジーを持っているからではありません。本書を読むと、彼らが実はラグジュアリーブランドと同じように「欲望」を設計していることが見えてきます。

特にアップルの戦略は、エルメスやシャネルといったラグジュアリーブランドの発想に非常によく似ています。 アップルが提供しているのは、スマートフォンやパソコンという機械だけではありません。洗練されたデザイン、創造性、先進性、そして「アップルを使う自分」というライフスタイルです。

毎年の新製品発表会は世界中の注目を集めるイベントとなり、高価格帯を維持しながら値引き販売に依存しない。直営店を通じてブランド体験を統一する姿勢も、ラグジュアリーブランドの戦略そのものです。

ラグジュアリーマーケティング研究の第一人者であるジャン=ノエル・カプフェレ教授が指摘するように、アップルはテクノロジー企業でありながら、ラグジュアリーブランドの論理を巧みに取り入れています。その結果、アップル製品は単なるガジェットではなく、「創造的で洗練された人」という自己イメージを表現する記号として機能しているのです。

一方、アマゾンはまったく異なる方法で人間の欲望に応えています。 人間には「選びたい」という欲求がある一方で、「選ぶのは面倒だ」という矛盾した性質があります。アマゾンはこの矛盾を見事に解決しました。 膨大な商品群を揃えながら、閲覧履歴や購買履歴を分析し、「次に欲しくなりそうな商品」を先回りして提案する。

さらにワンクリック購入、迅速な配送、簡単な返品、豊富なレビューによって、購入時の不安や手間を極限まで取り除いています。 つまりアップルが「憧れ」を売っているとすれば、アマゾンは「便利さ」と「安心」を売っているのです。

しかし両者に共通するのは、人間の欲望を深く理解している点です。 そして著者は、この構造がさらに進化した姿としてGAFAのビジネスモデルを分析します。

FacebookやInstagram、YouTubeが提供しているのは単なるサービスではありません。その背後には、人間の承認欲求、比較意識、好奇心といった根源的な欲望を刺激する精巧な仕組みがあります。 Facebookは「認められたい」という欲求を満たし、Instagramは憧れや比較意識を生み出します。YouTubeやTikTokは終わりのない動画視聴を可能にし、私たちの注意力を引きつけ続けます。

私たちは便利なサービスを利用しているつもりですが、同時に時間や感情、関心という貴重な資源を提供しているとも言えます。 著者はこの状況を、人々が自ら進んで入り込み、快適さゆえに抜け出せなくなる「電子監獄」と表現します。

検索履歴、購買履歴、クリック、滞在時間、位置情報。プラットフォームはこうした膨大なデータから私たちの関心や欲望を学習し、「次に見たくなるもの」「次に欲しくなるもの」を予測して提示します。

デビアスは希少性によって欲望を生み出し、フランスの百貨店は華やかな売り場で購買意欲を刺激しました。スターバックスは「第三の場所」という物語を提供しました。 それに対してGAFAは、データとアルゴリズムを活用し、一人ひとりに最適化された欲望をリアルタイムで設計しています。

私たちは商品そのものを消費しているのではありません。その商品に付与された意味やイメージ、つまり「記号」を消費しています。

SNSの投稿、フォロワー数、レビュー評価、レコメンドされた商品。それらはすべて記号の交換です。私たちはモノを買うことで、自分の価値観やライフスタイル、社会的な立ち位置を表現しているのです。 さらに現代では、その「好き」という感情さえアルゴリズムによって予測されるようになりました。 私たちは自由に選んでいるつもりですが、実際には提示された選択肢の中から選んでいるだけかもしれません。

だからこそ本書は、GAFAを批判するための本ではありません。 むしろ重要なのは、「なぜ自分はそれを欲しいと思ったのか」を問い続けることです。 なぜこの広告が表示されたのか。なぜこの動画を見続けてしまうのか。なぜ今、この商品に惹かれているのか。 その背後にある仕組みを理解することは、情報と誘惑が溢れる時代において極めて重要な教養です。

本書が最終的に問いかけるのは、「スタバかドトールか」という話ではありません。 私たちは本当に自分の意思で選んでいるのか。 それとも、欲望を巧みに設計する資本主義という巨大な劇場の中で、知らず知らずのうちに選ばされているのか。

本書は人類の贅沢と欲望の歴史をたどりながら、その本質的な問いを読者に静かに突きつけます。

コンサルタント 徳本昌大のView

私たちが日常的に何の気なしに繰り返している消費行動。その裏側には、冷徹な資本の論理と、人間の心理を緻密に計算し尽くした「欲望の演出」が隠されています。

坂出健氏の『贅沢と欲望の経営史』は、単なるコーヒーチェーンの成功物語という枠を軽々と超え、現代資本主義という巨大な「劇場」の舞台裏を鮮やかに暴き出してくれる、極めてスリリングで実践的な一冊です。

コンサルタントとしての視点から強調したいのは、現代のビジネスパーソンや企業は、自らが提供するプロダクトやサービスが「実存のドトール」を目指すのか、それとも「演出のスタバ」を目指すのかを、骨の髄まで意識して明確に定義しなければならないということです。

「徹底した合理性で生理的必要を満たす究極の実用」か、「物語や記号を付加して自己表現の場を提供する贅沢」か。この両極のどちらにも振り切れない中途半端なポジショニングは、早晩コモディティ化の濁流に飲み込まれ、価格競争という出口のない泥沼に陥るだけだからです。

自社のビジネスは、顧客の「機能的な欠乏」を埋めているのか、それとも「承認欲求や自意識」を満たしているのか。この問いに明確に答えられる企業だけが、強いブランドを構築することができます。

さらに踏み込んで言えば、B2BであれB2Cであれ、成熟した現代市場においては「意味づけ」のスキルが勝敗を分けます。単なるスペックの羅列ではなく、その商品を選ぶことが顧客にとってどのような「洗練された選択」であるかという文脈を作ること。これが、スタバが私たちに教えてくれる「再魔術化」のビジネス応用です。

ただし、それは決して顧客を欺くことではありません。高い品質というベースがあった上で、それをどうパッケージングし、心地よい体験として届けるかという「健全な演出」の設計力なのです。

最後に、一人の消費者・ビジネスパーソンとしての自己防衛の観点にも触れておきます。AIが私たちの無意識の好みや弱点を完璧に把握し、最適化された快楽だけをレコメンドしてくるこれからの時代において、自らの「本当の意思」を保つことは至難の業です。私たちが無自覚なままでは、GAFAの築いた「電子監獄」の中で、7つの大罪を延々と刺激され、時間と集中力を搾取されるだけの存在になってしまいます。

だからこそ、時にはデジタルデバイスから距離を置き、本書のような歴史や哲学を横断する書物を読み込む時間を持つべきです。社会を「構造」として捉え直す知的作業は、アルゴリズムの波に飲み込まれそうな私たちの「実存」をつなぎ止め、自らの人生の舵を自らの手に取り戻すための強力な盾となります。ぜひ本書を熟読し、ビジネス戦略の再構築と、自分自身の意思決定の質を高めるための羅針盤として活用してください。

FAQ

Q1: この本の提供価値は何ですか?

A: 本書は経営史と哲学を交えたビジネス教養書です。しかし、「なぜそのビジネスが儲かっているのか」を欲望という切り口で紐解いているため、実務の戦略立案に直結する抽象度の高い視座が得られます。

Q2: なぜ今「欲望の経営史」を学ぶ必要があるのでしょうか?

A: AIやアルゴリズムが私たちの欲望を先回りし、消費を促す時代だからです。その構造を客観的に理解していなければ、無意識のうちに時間やお金を搾取されてしまいます。思い込みに騙されず、意思決定の質を高めるために今こそ読むべき内容です。

Q3: スターバックスとドトール、経営戦略としてどちらが優れているのですか?

A: 本書は優劣をつけているわけではありません。ドトールは生理的欲求を満たす「必要の趣味(実存)」、スタバは自己表現を満たす「贅沢の趣味(演出)」というアプローチの違いです。重要なのは、自社のビジネスがどちらの土俵で戦うかを明確に決断することです

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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