
書籍:EXPERIENCE DESIGN 経験デザインのすべて
著者:アブラハム・バリクソン
出版社:かんき出版
ASIN : B0GYRCMYR9
『経験デザインのすべて』の書評:AI時代に顧客の心へナラティブを組み上げる経験のつくり方
機能やスペックだけではモノが売れない時代と言われて久しい現代。AIによる最適化が急速に進む中で、私たちは次に何を生み出せばよいのでしょうか。
アブラハム・バリクソン著『経験デザインのすべて』(かんき出版)は、その問いに対する明確な答えを提示しています。それは「もの」ではなく「経験」をデザインすることです。
あらゆる産業において「問題解決」や「利便性の提供」といった機能的価値は急速にコモディティ化しています。本書は、デザインの概念を根底から覆し、顧客の人生という広い文脈において、心を揺さぶる体験をいかに設計するかを説いた一冊です。
今回は、参加者の人生観を根底から揺さぶる「3つの没入」や、彼らの心の中に「ナラティブ(物語)」を組み上げるための相互作用、そして経験デザインにおいて決して避けて通れない「フェーズ・ゼロの倫理」を紐解きながら、顧客との関係の質を高めるヒントを探ります。
この記事でわかること
- 「経験デザイン」とは何か、従来のものベースのデザインとの決定的な違い
- 従来型の「形のち内容」から「経験のち内容のち形」へのパラダイムシフト
- 参加者の心にナラティブを組み上げる「相互作用的な設計手法」
- プロジェクトや人生における「フェーズ・ゼロ」の重要性とデザインの倫理観
- AI時代において、なぜ経験デザインが「希望」と「意味」をもたらす最大の武器になるのか
30秒でわかる本書のポイント
【結論】:これからのビジネスで最も重要なのは、完璧なプロダクト(形)を押し付けることではなく、参加者と共に「世界」を構築し、彼らの心の中にナラティブが組み上がるような、希望に満ちた深い経験をデザインすることである。
【原因】:効率化や機能性の向上はAIやテクノロジーによって容易に代替されやすく、「問題解決」から入る従来のアプローチでは、顧客の人生に意味をもたらす深いエンゲージメントを築くことが難しくなっているため。
【対策】:対象者を「消費者」ではなく未知の体験を共にする「パートナー」として捉え、フェーズ・ゼロで「どんな経験を作りたいか」を問い直し、相互作用的なナラティブと世界を変える余白を意図的に設計する。
本書の要約
本書『経験デザインのすべて』は、デザインの目的を「物理的なモノの創出」から「人間の体験や感情の動きの創出」へとシフトさせるための実践的なマニフェストです。
「ものベースのデザイン」は機能ばかりに目を向け、常に問題解決を図ろうとします。しかし著者は、経験とは解決すべき問題ではなく「人生そのもの」であると説きます。経験デザイナーは、従来型の「形のち内容(器を作ってから中身を考える)」をやめて、「経験のち内容のち形(どんな体験をさせたいかを決め、それに必要な要素を集め、最後に物理的な形に落とし込む)」というプロセスをとります。
その究極の目的は「関係性」の構築と、参加者の自我を解放する「世界構築」にあります。デザイナーは物語を一方的に語るのではなく、相互作用的な仕組みを用いて、参加者の心の中にナラティブが組み上がっていくよう設計しなければなりません。
すべては「どんな経験を作ろうとしているのか?」というフェーズ・ゼロの問いから始まり、それは本質的に他者の人生に介入する倫理的な行為となります。経験デザインの根底には「私たちはよいものを、さらによいものへと作り変えることができる」という楽観主義があり、暗い時代に差し込む希望の光として機能する新発想の羅針盤となる一冊です。
こんな人におすすめ
- 新規事業開発や商品企画に携わり、新たな付加価値を生み出したいビジネスパーソン
- マーケターやUX/UIデザイナーで、顧客の心を動かす本質的なアプローチを学びたい人
- AIには代替できない「人間ならではの深い没入体験」を経営や組織に実装したいリーダー
- 顧客をパートナーとして捉え、自らのサービスの質や倫理観を深めたいプロフェッショナル
本書から得られるメリット
- 「問題解決型のモノづくり」から「人生に介入し、世界を構築するコトづくり」へのパラダイムシフトが起きる
- 「経験のち内容のち形」という、本質的な価値から逆算して構造で考える力が身につく
- 顧客の心の中にナラティブ(物語)を組み上げ、圧倒的な共感を生む相互作用の手法がわかる
- デザインやビジネスにおいて「倫理」と「希望」がいかに現状を打破する強力なツールになるかを理解できる

「問題解決」から脱却し、人生の文脈に介入する
経験は、解決すべき問題ではない。それは人生そのものだからだ。経験デザイナーは、観客と手を携えて予測不可能なことや未知のものに取り組み、可能性と関係性を生み出す。(アブラハム・バリクソン)
すべてのデザインは本来「経験」を生み出すためのものです。しかし、「ものベースのデザイン」は往々にして具体的な仕組みや機能ばかりに目を向け、常に「問題解決(アフォーダンス)」を図ろうとしがちです。機能が優れていること、問題がスムーズに解決されることはもちろん重要ですが、それだけでは現代の消費者の心に深く刺さることはありません。
経験デザイナーのアブラハム・バリクソンは、EXPERIENCE DESIGN 経験デザインのすべてで、もののデザイナーが強調する「アフォーダンス(デザインによって何ができるようになるか)」の限界を鋭く指摘します。
例えば、カップホルダーのアフォーダンスは「カップを固定すること」ですが、経験デザインの視点はそれだけにとどまりません。車に温かいコーヒーを持ち込み、心地よい長距離ドライブを楽しみながらインスピレーションに満ちたオーディオブックを聴く。
あるいは、同乗者と熱い議論を交わすためのリラックスした空間を提供する。そんなドラマチックで予測不可能な「経験的な可能性」を顧客に提案するのです。
椅子もただ座るための道具ではなく、祖母愛用の椅子といったユーザー固有の文脈や思い入れと強く結びついています。それはモノ単体で完結するのではなく、ユーザーとの協力によって実現する「人生という連続体への介入」なのです。
私たちの身近にある最高の経験デザインの一つが「贈り物」です。 経済学的に考えれば、相手の好みがわからないモノを選んで贈るより、同じ金額の現金を渡したほうが合理的かもしれません。
しかし、私たちが贈りたいのはモノそのものではありません。そのモノを通じて生まれる体験や感情です。 贈り物には、「あなたのことを考えて選びました」というメッセージが込められています。何を選ぶか、どんな言葉を添えるか、いつ渡すか、どう包むか。その一つひとつが、相手への理解と配慮を形にしたものです。
特に本を贈る行為は、とても難易度の高い贈り物だと言えます。本は読んでもらうまで評価が決まらず、相手の興味や価値観を読み違えれば期待外れになることもあります。 だからこそ、その人にぴったりの一冊を贈ることができたときの価値は大きいのです。
「自分のことを本当に理解してくれている」という実感が生まれ、単なるプレゼントを超えて、二人の関係を象徴する特別な存在になります。
贈り物の本質は、モノの価値ではありません。相手を深く理解しようとする姿勢への敬意であり、その気持ちが信頼や感謝を生み、人と人とのつながりをより強くしていくのです。
これからのAI時代において、ビジネスパーソンは経験デザインを意識すべきです。効率的な機能提供や問題解決はAIが担います。私たちが考えるべきは、思い込みに騙されず、リスクを取ってでも相手の人生の文脈にどう深く介入し、関係性を築くかということ。それこそが、真の価値創造の起点となるのです。
経験デザインのステップとは?
経験デザイナーは、従来型の「形のち内容」のプロセスをやめて、「経験のち内容のち形」のプロセスをとる。
人生への介入を成し遂げるため、経験デザイナーはプロセスの完全な逆転を行います。従来の「ものベースのデザイン」では、まず目に見える「形」から作り始めます。「立派なオフィスビルを建てよう(形)」と決めてから、「中にどんな部署を入れようか(内容)」を考え、その結果として「社員が働く(経験)」というプロセスをたどります。
しかし、この「形のち内容」のアプローチでは、最終的な経験が器の制約を受けてしまいます。コミュニケーションを活性化させたいと後から願っても、閉鎖的な個室ばかりのオフィス(形)を作ってしまえば、望む経験は得られません。
経験デザイナーは「経験のち内容のち形」というプロセスをとります。家づくりを例に挙げれば、フェーズ・ゼロ(初期段階)で問うべきは、「どんな家を建てたいか?(形)」ではなく、「どんな人生を築きたいか?(経験)」です。経験としての家には、そこに住む人の生活、コミュニティの一体感、快適性がまるごと含まれます。
「週末に友人を招いて料理を振る舞い、絆を深める人生を送りたい(経験)」と定義すれば、おのずと「広々としたアイランドキッチンと大きなダイニングテーブル(内容)」が必要になり、それを包み込む「オープンな間取りの家(形)」が導き出されます。
この根源的な問いからスタートし、構造で考える力を持つことこそが、私たちの判断の質を劇的に向上させるのです。
経験デザインにおける究極のアプローチ、それは参加者を当事者として引きずり込む「世界構築」です。私たちは決して単一の「消費者」ではなく、家では親、職場ではマネジャー、店では客と、移動する世界に合わせて役割を変えています。経験デザインとは、参加者を新しい世界へ招き入れ、新しい役割と居場所を提供することです。
参加者が自ら世界に関わり、新しい自我に没入するためのステップとして、優れた経験デザインは以下の3つのレベルで没入をもたらします。
- 身体的な没入:五感を通じて空間や体験に直接関与すること。
- 心理的な没入:感情が動き、他者や物語に対して強い共感や反発を抱く状態。
- オントロジー(存在論)的な没入:経験を通じて、参加者自身の「自己認識」や「世界に対する見方」が根本から変容してしまう状態。
この「オントロジー的な没入」への土台作りに、遊びやゲームを用いた「身体的・心理的な没入」が大きな役割を果たします。
本書で紹介される経験デザイン・グループ「スイム・ポニー」の1カ月間のプロジェクト『ジ・エンド』は、謎解きのような探求から楽しく始まり、徐々に参加者を「人間は誰でもいつか死ぬ」という現実に直面させます。
最後には自分の死を悼むパーティーに参加し、メメント・モリ(死を忘れることなかれ)というオントロジー的な関与へと引きずり込み、参加者の人生観をアップデートさせました。新たな自我が芽生えたとき、人は自分がいる現実の「世界」にも変化を起こそうとするのです。
顧客の心にナラティブを組み上げる「4つの相互作用」
ナラティブは次々と積み重なり、あるものは表面に浮かび、あるものは沈みながら、やがて想像を超えるほど深く、複雑なものになっていく。ひとつのナラティブが、別のナラティブを呼び起こし、また別のナラティブによって理解される。目に見えるストーリーと、目に見えないストーリーは、互いに影響を及ぼし合っている。経験という観点から見れば、ナラティブの生成は常に相互作用的なものだ。
では、参加者が自ら世界に介入し、深く没入できるような経験はどのように設計すればよいのでしょうか。重要なのは、デザイナーがメッセージを直接的に押し付けるのではなく、「読者の心の中に、数多くの要素からナラティブが組み上がっていくよう設計しなければならない」ということです。
著者は、参加者と経験との「相互作用的なナラティブ」を、大きく以下の4つのタイプに分類しています。
- ナラティブの発見を通して構築される世界:空間に散りばめられた断片的な情報(場所、美、歴史など)を参加者が自ら探し出し、つなぎ合わせることで世界観が立ち上がるタイプ。
- 観客の参加によって進行していく直線的なプロット:観客が特定の行動を起こさない限り、次の展開へ進まないタイプ。
- 観客の選択に応じて分岐していくナラティブ:参加者の意思決定によって物語の展開や結末が変わるタイプ。
- 観客の相互作用や即興的な共同作業によって生まれるナラティブ:デザイナーが用意した「余白」の中で、参加者同士が協力し合い、即興で物語を紡ぎ出していくタイプ。
完璧にコントロールされた世界を押し付けるのではなく、参加者が「自ら介入し、世界を変えられる余地」を残すこと。これにより、顧客は単なるストーリーの「消費者」から、自ら意味を見出し物語を構築する「参加者」へと変わります。
他者の人生観を揺さぶるほどの力を持つ以上、そこには重大な責任が伴います。経験デザインは、「あなたは、どんな経験を作ろうとしているのか?」という倫理的な問いから逃れることはできません。
プロジェクトにも、キャリアにも、人生にも、必ずこの「フェーズ・ゼロ」が存在します。意図を持って他者の人生という連続体に介入する以上、自らの仕事が社会にどのような意味をもたらすかを内省することが、これからのビジネスパーソンには求められます。
生成AIの台頭により、「課題に対して最適な論理的解決策を提示する」という領域において、人間はAIに勝てなくなりつつあります。しかし、AIは論理的な最適解を提示できても、「さらによい世界を作りたい」という切実な希望を抱いたり、他者と倫理的な痛みを分かち合いながら、人生に意味を見出すような空間を泥臭く構築することはできません。
本書を締めくくるのは、極めて力強いポジティブなメッセージです。経験デザインの出発点には、「私たちはよいものを、さらによいものへと作り変えることができる」という楽観主義があります。
行動を促す呼びかけであり、暗い時代に差し込む希望の光なのです。機能的価値がコモディティ化する時代において、ビジネスの主戦場は「謙推なパートナーとして顧客と互恵的な関係を築き、共に希望に満ちたナラティブを紡ぐこと」へと移行しています。
経験デザインは、まさにこのAI時代において人間が人間らしくあろうとするための、最も強力な生存戦略なのです。
コンサルタント 徳本昌大のView
『経験デザインのすべて』は、単なるデザイン手法を紹介する本ではありません。私たちが他者とどう関わり、ビジネスを通じてどのような価値を届けるのかを、根本から問い直す一冊です。
私はコンサルタントとして、IPOを目指すベンチャー企業の経営支援に関わり、iU(情報経営イノベーション専門職大学)ではフレームワークを教えています。その中で痛感するのは、どれだけ精緻な事業計画やシラバスをつくっても、それだけでは人の心は動かないということです。
本当に大切なのは、「この事業は社会にどんな影響を与えるのか」「学生や顧客にどんな経験を届けたいのか」という最初の問いです。形を整える前に、まず経験を設計する。そのうえで内容を組み立て、最後に形へ落とし込む。この順番が欠かせません。
従来のデザインは、多くの場合「形」から始まります。建物、商品、サービス、制度といった器を先につくり、そのあとで中身を考える。しかし、この方法では、人の体験が最初につくった形に縛られてしまいます。
経験デザインは、この順番を逆転させます。最初に問うべきは、「何をつくるか」ではありません。「人はそこでどんな時間を過ごし、どんな感情を抱き、どんな関係性を育むのか」です。
たとえば家づくりでも、「どんな家を建てたいか」ではなく、「どんな人生を送りたいか」から考えます。週末に友人を招き、料理を囲みながら語り合う暮らしを望むなら、広いキッチンや大きなダイニング、人が自然に集まる開かれた空間が必要になります。 つまり、形は目的ではなく、経験を実現するための手段にすぎません。
経験を起点にすれば、必要な内容が明確になり、最後にふさわしい形が見えてきます。この考え方は、建築だけでなく、事業づくり、組織づくり、教育設計、地域活性化にも応用できます。
ホテルでの滞在も同じです。私は仕事柄、月の半分ほど全国を移動し、さまざまなホテルに泊まります。その中で記憶に残り、また泊まりたいと思うのは、設備が完璧なホテルだけではありません。スタッフとの何気ない会話、その土地の歴史や空気に触れ、自分の中にその街の物語が立ち上がってくるような体験です。
AIが論理的な最適解をすぐに出してくれる時代だからこそ、人間に求められるのは、「そもそも何のために行うのか」「誰にどんな経験を届けたいのか」を問い直す力です。
本書は、ビジネス、空間デザイン、人間関係において、価値を生み出す順番を教えてくれます。形から入るのではなく、経験から考える。その視点を持つことで、意思決定の質は高まり、他者との信頼関係もより強くなっていくはずです。
FAQ
Q1: 「形のち内容」と「経験のち内容のち形」の違いは何ですか?
A: 店舗作りを例にすると、「立派なハコを作り(形)、メニューを決め(内容)、客に食べさせる(経験)」のが従来のアプローチです。対して、「客同士が語り合える温かい時間を創る(経験)」と先に決め、「シェアできる大皿料理を用意し(内容)」、そのために「大きな丸テーブルを置く(形)」と逆算するのが経験デザインのアプローチです。
Q2: 「オントロジー(存在論)的な没入」とは具体的にどういうことですか?
A: 単に「楽しかった」という心理的な変化を超えて、その経験を通じて「自分は何者なのか」「どう生きるべきか」という人生観や世界観そのものが根本から書き換わってしまうような、深く長期的な没入状態を指します。
Q3: AI時代において、なぜ経験デザインが「希望」になるのでしょうか?
A: AIは論理的な「完璧な答え(形)」を生成することは得意ですが、「人間社会をよりよくしたい」という意志や、不完全な余白を共有して他者と共に物語を紡ぐことはできません。人間同士が相互作用を通じて人生に意味を見出し、未来を変えようとする経験デザインのプロセスそのものが、効率化だけでは埋められない人間の希望の源泉となるからです。
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