うつ病の症状は、人それぞれだ。極度の疲労感で朝起きられなくなる人もいれば、不安でたまらず、夜眠れなくなる人もいる。食欲が落ちて痩せる人もいれば、いくら食べても満腹感が得られず、急激に太る人もいる。うつ病には様々なタイプがあるが、すべての人に共通しているのは、計り知れないほどの苦悩を抱えていることだ。(アンダース・ハンセン)
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抗うつ剤と運動の効果はどっちが優れもの?
現代人は労働過多や人間関係などのストレスによって、心の病に陥る人が増えています。夜遅くまで働き続けることで不眠症になったり、朝、出勤する気持ちになれなくなるなど症状も様々だと言います。病院で診察を受けると医師から抗うつ剤を処方されますが、効果を感じない人もいます。逆に、薬によって症状が悪化する場合もあるなど、抗うつ剤に頼る処方には限界があります。
アメリカのデューク大学医学部の臨床心理学者ジェームズ・ブルーメンソールが156名のうつ病患者を集めて、大規模な実験を行いました。ブルーメンソールは、うつ病患者を3つのグループに分けました。一つはゾロフトという抗うつ剤を服用するグループ、もう一つは週に3回、30分ずつ運動をするグループ、最後は、運動と抗うつ剤の両方を取り入れるグループです。そして4か月後、被験者のほとんどは病状が劇的に改善し、もはやうつ病の症状は見られませんでした。驚くべきことにゾロフトを服用して回復した人の数と、運動をして回復した人の数が変わらなかったのです。
定期的な運動は抗うつ剤に匹敵する効き目があるというわけだ。
ブルーメンソールは4か月以降も運動の効果が続くのかどうかを見きわめるため、その後も調査を続けました。そして半年後、3つのグループに分かれた被験者を観察すると、じつに興味深い事実が明らかになったのです。そのときのグループは強制的に分けたものではなく、運動、セラピーセッション、抗うつ剤というように、患者が自分の好きな手段を選んだのです。
その結果もっとも効果が上がったのが、なんと「運動」でした。運動したグループには、うつ状態がぶり返した兆候はほとんど見られなかったのです。半年後にうつ病を再発したのは、わずか8%でした。いっぽう、抗うつ剤を服用したグループでは、再発は3人に1人を超え、グループ全体では38%となり、運動は薬よりも強力という結果が出たのです。
うつを整体とカウンセリングで治療している渕脇毅さんも薬だけでは限界があると指摘します。身体を動かすこと、人間らしく暮らすことがうつを改善する最適な方法だというのです。
一流の頭脳 [ アンダース・ハンセン ] |
BNDFの驚くべき効果
セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンは、専門用語で「神経伝達物質」と呼ばれる脳内の物質で、細胞から細胞へと信号を伝えている。それが、私たちの感情に影響をおよぼしている。 うつ病は、この3つの神経伝達物質が欠乏することと密接に関わっていると考えられ、抗うつ剤による薬物療法の多くは、これらを増やすものだ。
セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンは感情を左右するだけでなく、脳に多くの効果をもたらしています。これら3つは集中力や意欲、意思決定などの認知能力にとっても欠かせない物質なのです。セロトニンには鎮静作用があり、それが脳の活動をも調整しています。興奮した脳細胞を鎮めて脳全体の活動を抑制し、悩みや不安を和らげてくれています。心を落ち着かせ、冷静な判断や強い精神力をも促してくれるのです。そのためセロトニンが欠乏すると、私たちは機嫌が悪くなったり、不安に陥ったりします。
ノルアドレナリンは、やる気や注意深さ、集中力を促してくれます。これが足りなくなると疲労を覚えたり、気持ちが滅入ります。逆に、ノルアドレナリンが増えすぎると、興奮したり活動過多になり、落ち着きを失ってしまうのでし。ドーパミンは脳の報酬系で中心的な役割を果たし、意欲や活力を促す作用があり、集中力や意思決定にも関わっています。
そして、この3つの神経伝達物質とも薬や運動で、その量を増やすことができます。運動の場合、効果はたいてい運動を終えたときに感じられます。脳が良い状態は運動後1時間から数時間続くことがわかっています。
定期的に運動をすれば、分泌される量も徐々に増えていく。そして、効果も運動後の数時間にとどまらず、丸1日続くようになる。運動は抗うつ剤と変わらず、それどころか「ノーリスク」でセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンを増やせるというわけである。
そして、うつ病の症状を最終的に取り除いてくれるものが、奇跡ともいうべき物質「BDNF(脳由来神経栄養因子)」なのです。これこそ、脳内最強とも呼べる物質で、私たち現代人には欠かせない物質です。BDNFは、脳細胞がほかの物質によって傷ついたり死んだりしないように保護しています。通常なら、酸素やブドウ糖を取り込めなかったり、有害な物質の攻撃を受けたりすると、脳細胞が損傷するか壊死してしまいますが、その前にBDNFを受け取っていれば、そういった損害を避けられるのです。
だが、BDNFの仕事はそれだけではない。新たに生まれた細胞を助け、初期段階にある細胞の生存や成長を促すという役目も果たしている。また脳の細胞間のつながりを強化し、学習や記憶の力を高めている。 大人でも子どもでも、また高齢でも、BDNFは脳の健康にとって欠かせない物質である。
そして、このBDNFは、うつ病とも密接に関わっていることがわかってきました。うつ病を患っている人は、BDNFの分泌量が低いのです。実際に、自殺した人の脳を調べるとBDNFの値が低いことが明らかになったのです。 BDNFの値は、単にうつ病と関わっているだけでなく、私たちの人格形成にも大きな影響を及ぼしているのです
じつのところ、BDNFの生成を促進するのに、運動ほど効果的なものはないといっていいだろう。動物実験では、マウスやラットが運動すると脳がたちまちBDNFをつくりはじめ、運動をやめても数時間はその状態が続くことがわかっている。心拍数がある段階まで増えると、BDNFが大量に生成されるのである。 BDNFを増やせる活動は、有酸素運動だ。筋力トレーニングでは、同じ効果が得られないといわれている。BDNFを大量に増やしたければ、定期的に活発に身体を動かすことが好ましく、有酸素運動のうちでもとくに「インターバル・トレーニング」が適している。
インターバル・トレーニングとは、「60秒激しく動いて60秒休む」を1セットとし、それを10回繰り返すようなトレーニングです。ランニングやサイクリングなどのインターバル・トレーニングによって、心拍数を増やすとBDNFが増加します。
うつ病になると、脳が縮むスピードは加速すると言われています。これは脳に新しい細胞が生まれないことが原因になっています。脳の可塑性(脳細胞が成人してからでも増えること)が明らかになってきましたが、うつ病になると細胞の新生が阻害されてしまうのです。 最新の学説によれば、うつ病は脳細胞が充分につくられないために引き起こされると考えられています。
うつ病のせいで脳細胞がつくられなくなるのではなく、脳細胞がつくられないために意欲の低下が引き起こされるというのだ。この仮説は、かなり真実に近いと思われる。
脳細胞を新たにつくり、脳内細胞を強化するためにも有酸素運動が欠かせません。ウォーキングやランニング、サイクリングを習慣化し、BDNFを増やすようにしましょう。
まとめ
有酸素運動の習慣化が、抗うつ剤以上にうつに効果があることがわかっています。脳を活性化し、うつを防ぎたければ、ウォーキングやランニング、サイクリングを生活に取り入れるべきです。抗うつ剤に頼るのではなく、人間らしい生活を心がけ、自分の脳を守るようにしましょう。
参考図書 アンダース・ハンセンの一流の頭脳
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