ストラクチャル・ホール(SH)理論で、ビジスを加速できるのか?入山章栄氏の世界標準の経営理論の書評

そもそもストラクチャル・ホール(SH)理論は、「商売の基本」とすらいえるかもしれない。(入山章栄)


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ストラクチャル・ホール(SH)理論とは何か?

入山章栄氏の世界標準の経営理論書評を続けます。今日は、ソーシャルネットワーク理論の続編を書こうと思います。「弱いつながりの強さ」(strength of weak ties:SWT)理論とストラクチャル・ホール(structural hole:SH)理論が、ソーシャルネットワークの二大理論と言われています。後者のストラクチャル・ホール(SH)理論は、シカゴ大学のロナルド・バートが主導した理論で、これを活用すれば、ビジネスをより強く、より広くできます。

SWT理論は、「弱いつながり」のようなネットワークの質的特性を基礎にしながら、スモールワールドのような包括的なネットワークの現象を説明できます。「ミクロの関係性をベースにして、マクロ現象を説明する」ことが可能になるとマーク・グラノヴェッター(SWT理論の提唱者)も述べています。

SH理論は、そのミクロとマクロの中間レベルのネットワークを解き明かす理論です。 人と人は、広範なネットワークの中でつながっている一方、周囲の人々との「つながり方」は、人それぞれで異ります。「自分中心のネットワーク視点」は異なるため、これをエゴ・セントリック・ネットワーク(ego-centric network)と呼びます。

このエゴ・セントリック・ネットワークの大きな関心は、「人は自分の周囲のネットワーク構造により、損得が違う」ということです。エゴ・セントリック・ネットワークは、その人のパフオーマンス、出世できる確率、イノベーション創出力などに影響を及ぼす可能性が多いことがわかっています。

そのメカニズムを明らかにするのが、このSH理論なのです。 ソーシャルネットワーク上の2人をつなぐルートが一つしかない場合、それをブリッジと呼びます。AはCとつながっていて、BとCもつながっていて、AとBはつながっていない場合、AとBをつなぐルートはA-C-Bの一つありません。このルートがブリッジになります。

エゴ・セントリック・ネットワークの視点で考えた場合、一番得をする人はCになります。なぜなら、Cは「AとBの間をつなぐ唯一の人」だからです。この時Cは以下の2つの意味でAやBより優位になります。
①情報の優位性
Cは唯一AとBの両者にアクセスできますから、AとBの両者が発信する情報をともに手に入れられます。もちろんAもC経由でBの情報を、BもC経由でAの情報を手に入れることは可能ですが、もしCがAの(Bの)発信する情報をそこで止めてしまえば、その情報はBには(Aには)伝播しません。したがって、Cだけが最も効率的に、多くの情報を手に入れられるのです。バートはこれを「information benents(情報の優位性)」とネーミングしました。
②コントロールの優位性
さらに、Cはネットワーク全体の情報伝播をコントロールできます。例えば、CはAとBとつながっていますから、実は両者の間に潜在的なビジネス取引の機会があることを知っているかもしれません。一方でAとBは直接つながっていないので、両者はその機会を知りません。そうであれば、CがAとBの発信する情報を制御しつつ、両者の仲介に立って取引を進めて、何らかの利益を得られることになります。バートは、これを「コントロールの優位性(control benents)」と呼びました。

ソーシャルネットワーク上で、Cはネットワーク全体に流れる情報を最も効率的に手に入れながら、しかもその情報をコントロールして利用できるのです。結果、CがAとBよりもはるかに優位に立てます。このように、ソーシャルネットワーク上で「つながっていないプレーヤー同士の媒介となり、それを活かして優位に立つ」ことを、ブローカレッジ(brokerage)といいます。

Cがブローカレッジの便益を得られる理由はAとBがつながっていないからです。すなわち、ネットワーク上でAとBの間にすき間(hole)があり、それがCに便益をもたします。これを、ストラクチャル・ホール(構造的なすき間:SH)と呼びます。

SHに囲まれてブローカレッジを活用できる位置にいるプレーヤー(この場合はC)を、ブローカーといいます。 ストラクチャル・ホール(SH)に恵まれた人は、情報の優位性・コントロールの優位性により、様々な面で得をすることが多くの実証研究で示されています。

これまでの複数の実証研究で「人脈上でSHを豊かに持つ人の方が、昇進が早く、給料も高い」傾向が示されています。例えばバートが1997年に『アドミニストレイティブ・サイエンス・クォータリー』(ASQ)に発表した研究では、米電子部品メーカーのエグゼクティブ層170人に対する質問票調査を使った統計解析から、「SHを豊富に持つエグゼクティブほど、昇進が早くなる」傾向が明らかになっています。SHに恵まれていれば、社内外の多様な情報が人脈を通じて効率的に入るので、それを活用・コントロールして自身の成果を高められるからです。

バートは2000年にも『オーガニゼーション・サイエンス』(OS)で似たような研究を発表しています。この研究では、米国とフランスのシニアマネジャー230人のデータを使った解析を行い、米国でもフランスでも人脈上でSHが豊かなシニアマネジャーほど年収が高くなる傾向が見えました。

現代の日本の総合商社も SHの代表格です。商社の機能はまさに「つないで」ビジネスを生み出すことになります。商社は、多様な業界や取引先とつながっており、一方でその取引先同士は直接つながっていないからこそ(=商社の周辺にSHが豊富にあるからこそ)、その間に立ってブローカレッジを発揮できます。

個人同様に、取引関係・提携関係などを通じた企業間ネットワーク上でSHに囲まれた企業は、ネットワーク全体の情報を豊富に手に入れ、コントロールできるからだ。

歴史を振り返れば、中世のシルクロードを往復する商人も、西洋と東洋というクラスターの間のSHを活用したブローカーでした。17世紀に西洋と東洋をつないだ世界初の株式会社、東インド会社もSH理論で説明がつきます。

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SH理論は、「企業と企業のつながり」にも応用可能

一般に「SHを豊富に持つ人や企業の方が、イノベーションを起こしやすい」傾向もまた、経営学者のコンセンサスとなっていると言っていいだろう。

イノベーションの源泉の一つは、「既存知と既存知の新しい組み合わせ」にあります。知と知の組み合わせに、SHの豊かな(ブローカーの)位置が向いています。SHの位置に入れば、そこにはネットワーク全体からの情報が、効率的に豊富に入り、結果として新しい知と知の組み合わせが試せて、創造性が高まります。

SHにいることで革新を起こしている企業の代表格は、デザイン企業のIDEOです。スタンフォード大学のロバート・サットンは、IDEOの内部に入り込んで丹念な定性調査を行いました。その結果、「IDEOはSHの豊かなブローカーの位置にいるからこそ、創造的な成果が出せている」ことが明らかになりました。

IDEOは、様々な業界のクライアントのデザイン案件を引き受ける一方、そのクライアント業界同士は(デザインという意味では)つながっていません。結果として、同社には様々な業界とつながり、様々な案件を抱えたデザイナーがいて、社内ブレーンストーミングなどを通じて知見が共有され、「デザイン知の新しい組み合わせ」を起こせるのです。サットンのASQ論文では、IDEOの生み出すデザインのほとんどが「異なる業界のデザインの組み合わせ」であることが示されています。

しかし、SHには制約もあり、以下の2点に気をつける必要があります。
①どのようなプレーヤーとつながるか
SHでは、同じタイプではなく、異なるタイプのプレーヤー(クラスター)間の結節点になることが重要です。そもそもブローカーの優位性は、ソーシャルネットワーク上の多様な情報・知見が入ってくることにあります。同質のプレーヤーとつながっていては、 多様な情報が入りにくく、アイデアはここからは生まれずらいのです。

コロンビア大学のマティス・デ・ファーンらが2015年にAJSに発表した研究では、ゲーム開発者13万9727人のキャリアデータを使った統計分析から、ゲーム業界の異質なコミュニティの結節点(SHのある位置)にいる開発者は創造性の高いゲームを開発できることを明らかにしています。一方、同質なコミュニティの結節点にいる開発者はそのようなゲームがつくれないことがわかりました。

また、同質なプレーヤーでブローカレッジを行うと、ネットワーク上の他プレーヤーとの信頼関係が損なわれる可能性があります。ミシガン大学のゴータム・アフージャは2000年にASQに論文を発表しました。彼は世界の化学メーカー97社の問の企業間提携(アライアンス)をもとに各社のSHを計算して、イノベーション成果との関係を統計解析しました。

「SHの豊かな位置にいる企業の方が、むしろイノベーション成果が低い」という真逆な結果が生まれました。 アフージャはこの結果を、サットンらのIDEOに関する研究と比較しました。彼の考察は、「IDEOの場合は、異なる業界にまたがるクライアント間のSHが豊かだったので、その間のブローカーになればネットワーク上のすべてのプレーヤーに便益があったのです。一方、化学業界だけのアライアンスを使った研究では、ネットワーク上でつながる企業が『競合相手』でもあるので、SHの豊かな企業がそれを利用して自分だけが得をすると、むしろ周囲との信頼関係を失い、自身のパフォーマンスも落としてしまったのです。

②「SHを維持するか・埋めるか」の選択も深く検討する必要がある
IT化などの進展で、SHを挟んでプレーヤーが直接つながり始めていますが、実は「イノベーションを実現する上では、みずからが積極的にSHを埋めた方がいい」と主張する研究も出てきました。カリフォルニア大学アーバイン校のデイビッド・オブズフェルドが2005年にASQに発表した研究によると「ブローカーの位置にある人材(例えば)が、異なる知見を持つAとBを直接つなげてしまい、そこに自身(C)も入り込むことで、高いイノベーション成果を上げられる」と主張しました。

「これまでつながっていなかった人と人をあえてつなげて、価値創造する」方は多いのですが、それによりみずからのSHを埋めて、自分自身の優位性を失わせてしまうこともあります。SHを維持するか?埋めるか?どう活かすか?は「SHから我々が何を得たいか」に直結します。

一般に、自身のみの便益(private benentと呼ばれる)を優先するなら、SHは埋まらない方がいい。ブローカレッジの優位性を保てるからだ。一方、あえてSHを超えて人と人をつなげれば、それはつながった人たちに便益をもたらす。ひいてはネットワーク上のメンバー全体のメリット(public benentと呼ばれる)にもなりうる。しかしこの場合、SHは埋まってしまうから、ブローカー自身の便益は減退する。SHの活用でどちらを優先するかは、この両者のどちらを重視するかを見極めながら考える必要があるということだ。

「SHがあるからこそ実現しうるメリット」を明確にし、自分へのメリットを選択するか、社会に貢献するかを選べばよいのです。

1970年代頃、ハーバード大学のマイケル・タッシュマンやマサチューセッツ工科大学のデボラ・アンコナらがバウンダリー・スパナー(boundary spanner)という概念を提示しました。

バウンダリー・スパナーとは、組織の境界で行動する人々であり、組織に必要なタスクを遂行し、そして(境界を超えて)組織内部と外部の要素をつなげる役割がある。

バウンダリー・スパナーとは、 企業と企業、組織と組織、部門と部門、地域と地域などの「境界を超える」人のことです。ジョエル・ポドルニー、レイ・リーガンズといった社会学ベースの経営学者が、SHやブローカレッジなどのソーシャルネットワーク理論を応用し、その精緻化を進めました。

バウンダリー・スパナーは、「SHを活かす条件」当てはまります。経営学でバウンダリー・スパナーは、企業イノベーションを創出するため、「部門間で異なる言語、価値観をうまく翻訳しながら、部門間の調整やコンフリクトの解消を実現する役割」として、注目されています。

バウンダリー・スパナーは、①異なるプレーヤーをつなぎ、②自身のメリットだけではなく、ネットワーク全体のpublic benentを追求する役割を果たしています。著者の入山氏はこのような能力を持つ人を「H型人材」と呼んでいます。

H型の越境を促す仕掛けが、大企業から、スタートアップ企業から、NPOから、政府機関から、さらには地方から、海外から数多く出てくるだろう。そこで越境を実現する人々は、クラスターとクラスターの結節点になり、ブローカーとなり、SHを活用し、時にSHを埋めて、新しい価値を生む。

これからの社会を動かす人の多くはブローカーの位置にある企業であり、バウンダリー・スパナーであり、H型人材だと著者は指摘します。そして、その根拠としてSH理論をあげているのです。

まとめ

ネットワークの隙間を埋めるブリッジ型の人材が一番得をするというのが、ストラクチャーホール(SH)理論です。SHを豊富に持つ人や企業の方が、ネットワークを活用でき、出世をしたり、イノベーションを起こしやすい傾向にあります。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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