思い出せない脳
澤田誠
講談社
本書の要約
記憶は私たちの生活を豊かにし、成長に重要な要素を提供します。記憶を保管するネットワークは活性化されると、そのつながりが強化されます。逆に、あまり使われないネットワークのつながりは弱くなります。よく使う記憶は強化され、使わない記憶は劣化していくのです。睡眠の質を高め、好奇心を持って行動することで、記憶力を高められます。
記憶が未来をつくる!マインドセットを変えるのが鍵
もし、記憶が作られなければ、私たちは過去の経験を活かすことはできません。毎回、行き当たりばったりの判断しかできず、運命を確率に委ねることしかできません。私たちは日々、自分の記憶を使って未来を予測し、自分にとってより良い判断をしています。記憶はいわば、人生の財産です。良い財を築けるかどうか、そして、それを自在に引き出し自分の望む生き方をできるかどうかが、脳の中の記憶にかかっているのです。 (澤田誠)
脳科学者・澤田誠氏の新刊思い出せない脳は、記憶の仕組みや役割について深く掘り下げています。検索やAIのテクノロジーが進化しても、記憶力を軽視することは得策ではありません。著者は記憶力を強化することで、未来を明るくできると述べています。
私たちの脳は、生物的進化の過程で「記憶」という能力を発展させ、生存と繁殖に不可欠な要素として位置付けられてきました。テクノロジーが進化し、脳科学の研究が進む中で、私たちの判断や決定も脳内の記憶に基づいて行われることが分かってきました。
私たちは脳は、どんな情報を忘れ、何を保持するかという選択を日々行っていますが、それも脳内の記憶に依存しています。このような選択は、私たちが意識的に行う場合も無意識的に行う場合も、脳内の記憶によって影響を受けています。
ただし、脳内の情報の量は膨大であり、実際に意識的に認識できる情報量は、脳内で処理されている情報のごく一部にすぎないという考えも存在します。私たちの判断や決定は、この情報量の差異によって影響を受けているのです。意識的な意思決定ができる部分は限られています。
著者は「思い出せない脳」の仕組みに焦点をあてていきます。なぜなら、記憶は自在に引き出せて初めて活かすことができるからです。「覚えられない」もしくは「忘れてしまった」とあなたが嘆いているとき、脳の中にその記憶は存在しています。実際は、覚えている、あるいは忘れてはいないけれど、「思い出せない」だけの場合が多いのです。ふとした瞬間に、ふっと思い出すのが、脳の中からなくなっていない証拠です。
著者は思い出せないときに脳の中で起こっていることを5つのパターンに分類します。
①そもそも記憶を作ることができなかった。
②情動が動かず、重要な記憶と見なされなかった。
③睡眠不足で記憶が整理されなかった。
④抑制が働いて記憶を引き出せなかった。
⑤長い間使わなかったために、記憶が劣化した。
睡眠は、私たちの日中の経験を脳内で整理し、長期的な記憶の形成に関与します。睡眠中には、脳内で情報の再処理や統合が行われ、重要な情報が長期記憶に定着すると考えられています。また、睡眠不足は認知機能の低下や学習能力の低下、注意力の散漫化などにつながることが知られています。
脳に抑制が働いている状態では、思い出せない情報が存在することがあります。しかし、思い出せないときには、一旦その情報を意識的に脇に置いておくことも効果的です。このような状況では、脳が適切なタイミングで情報を再処理し、必要な時に思い出すことができるようになります。
ですから、私たちは良質な睡眠を意識し、日常生活で睡眠の重要性を認識することが重要です。充分な睡眠時間を確保し、良質な睡眠環境を整えることで、脳の健康と記憶力の向上につながるでしょう。また、情報を思い出せないときには、一旦意識から離れてリラックスし、適切なタイミングで思い出すようにすることも有効です。
記憶というのはただの情報の集積ではありません。脳は記憶を形成し、活用するために、情報の抽出、再編集、関連付けを常に行っています。脳の中の記憶はあなた専用にカスタマイズされた唯一無二の情報源なのです。 もっといえば、私たちは、それぞれ脳の中に外界を解釈するための、記憶をもとに作られた自分だけの世界を持っているのです。
私たちが何かを経験し、記憶すると、脳の中でつくられた世界=マインドセットが変化していきます。マインドセットとは、個人の考え方や見方、価値観などを形成する心の状態のことを指します。このマインドセットは、人が経験した出来事や記憶を通じて変化していくことがあります。
例えば、自分の失敗や成功体験は、その人のマインドセットを変えることができます。そして、マインドセットが健全かつ豊かな状態であれば、自分が望む未来に向かって行動しやすくなると言われています。 一方で、マインドセットが乏しく偏っている場合、その人の行動や判断は決まったパターンから抜け出せず、合理的な選択をすることができなくなってしまう可能性があります。
例えば、マイナス思考や、成功体験以外の経験に固執することも、マインドセットを偏らせる原因になります。 そして、マインドセットを形成する基礎となるのが、人が経験した出来事を記憶することです。つまり、自分がどのような出来事を経験し、どのようにその出来事を捉えたかが、その後のマインドセットを形成することにつながります。
このように、私たちの記憶や経験が、マインドセットを形成する基礎になっていることがわかります。そして、自分がどのように経験を捉え、どのように記憶するかが、マインドセットを育てる上での大切なポイントとなってきます。
情動が記憶を左右する理由
環境に適応し、敵から逃れ、食物を得ながら生き抜いていくためには、大量の情報を記憶として保管し、うまく利用しなくてはいけません。しかし、何でもいいから片っ端から脳に情報を詰め込めばいいわけではありません。あとで取り出して生存戦略に役立てるためには、生存のために必要な情報を選択し、重要という目印を付けておく必要があります。この選別基準となるのが「情動」です。
情動が動かず、重要な記憶と見なされなかったとは、どういうことなのでしょうか?
感情は、身体反応を伴い、刺激に対して湧き起こる心や身体の反応のことであり、快・不快や喜怒哀楽、愛憎などを含みます。一方、気分は何となく楽しかったり不安だったりする感覚であり、比較的長期間続く心の状態を指します。情動は、脳がどの情報を重要であると判断するかを決定するための基準として機能しています。
扁桃体は、主に恐怖や不安などの不快な感情を制御しています。これらの負の感情は、動物が生き残るために重要な役割を果たしています。恐怖を感じない場合、危険から逃れることができず、命を失う可能性があります。実際の実験では、扁桃体が損傷されたサルは、通常なら近づかないヘビに対して躊躇せずに近づいたり、手で触ったりすることが報告されています。ヘビはサルにとって危険な存在ですが、自然界でこのような行動をするサルは生き残ることが困難でしょう。
一方、側坐核は、快感に関連した情動を制御する役割を担っています。この領域は、神経伝達物質であるドーパミンの影響を受ける部位であり、報酬を期待する感情に深く関与しています。この感情はわくわくしたり興奮したりするような気持ちであり、モチベーションを高める効果があります。
また、喜びや満足、性欲などの快感や意欲にも関連しています。 大脳辺縁系は、進化の過程で大脳新皮質よりも原始的な脳領域です。扁桃体や側坐核など、情動を制御する領域がここに位置していることから、人間が人間らしくなる以前から情動が重要な役割を果たしていたことがわかります。また、海馬という記憶を担当する領域とも関連しています。
扁桃体や側坐核の活動は、海馬に重要な影響を与えます。これにより、情動が記憶を制御する仕組みが形成されます。 具体的には、扁桃体や側坐核が活発になることで、海馬の活動も変化します。情動に関連する刺激や出来事が起こると、扁桃体は情動の処理を担当し、側坐核は快感や報酬を関与する役割を果たします。
この情動に関連した刺激は、海馬によって記憶と結び付けられます。 海馬は、新たな情報を取り込み、長期的な記憶の形成に関与する重要な脳の領域です。情動が絡んだ刺激は、海馬によって優先的に処理され、記憶の強固さや再生を促進します。
この情動と記憶の結びつきは、私たちが感情的な出来事をより鮮明に覚える理由の一つです。ポジティブな情動を増やすことで、幸せな時間を過ごすだけでなく、よい記憶を強化できます。
脳は、重要性を見分けるために、情報を編集し、取捨選択して保存します。脳は、情動に基づいて情報の重要度を決めています。具体的には、強い情動を引き起こす経験をすると、情動を生み出す神経細胞が強く活動し、情報の記憶を強化するために、神経細胞のつながりを強化します。したがって、情動は脳の学習に深く関与しています。
このことから、情動的な体験や重要な出来事を経験した際には、可能な限り多くの感情を味わうことが有効です。その結果、記憶の強化が行われることが期待できます。 一方で、感情は記憶の再生にも影響を与えることがあります。本書によれば、過去の経験を思い出す際には、その場面で感じた感情を再現することが重要だとされています。
実際、特定の感情が伴わない状態で記憶を思い出すと、その記憶が欠落しているように感じることがあるようです。 したがって、記憶の強化や再生には感情が大きく関係しているということがわかります。
心を動かさずに生活をしていると、記憶は作られにくくなります。年を取ると、月日が経つのが早く感じるのは、関心を向けるものが少なくなって記憶がしっかりと作られていないからかもしれません。
好奇心と前向きな心持ちは、私たちに喜びや驚きをもたらし、思い出を増やし、豊かなマインドセットを育てるために極めて重要です。子供の頃や若い時のドキドキした体験を思い出し、日々心を動かす経験を積むようにしたいと思います。
また、自分自身の感情をコントロールすることを意識することで、失敗も防げます。たとえば、ダイエットをしている場合、甘いものを食べたくなる衝動に駆られることがあります。このような場合、冷静に考えるようにしましょう。
私たちの脳は、生存を目的とした進化的プログラムの残りからこのような欲求を生み出すことがあります。しかし、現代社会では食べ物を手軽に入手することができ、このような情動に流されることは避けるべきです。自分の内側の感情を観察し、脳がそのような欲求を生み出すメカニズムを理解することで、情動をコントロールする力を身につけることができます。
これらの意識を持ちながら、健康的で豊かな人生を送りましょう。常に心を開いて新しい経験に挑戦し、興味を持ち続けることで、人生はより充実したものになるでしょう。また、自己統制と情動管理に取り組むことは、精神的な健康と幸福感を高めるのに役立ちます。
記憶は、神経細胞が形成する複雑なネットワークによって保管されます。刺激によってこのネットワークが活性化されることで、記憶を思い出すことができます。大脳新皮質は記憶を保管する役割を果たしており、海馬は記憶の呼び起こしに重要な役割を担っています。記憶は断片的な情報から構成されており、海馬はこれらの情報を統合して意味を与えます。
思い出すことによって、海馬は過去の断片的な情報を再結合し、保持していた記憶を再現します。このプロセスにより、思い出されたネットワークは再び活性化され、より強固な記憶として定着すると考えられています。
記憶を保管するネットワークは活性化されると、そのつながりが強化されます。逆に、あまり使われないネットワークのつながりは弱くなります。よく使う記憶は強化され、使わない記憶は劣化していくのです。非常に合理的な仕組みです。
脳の生存戦略が私たちの未来を明るくする理由
記憶を維持するには、定期的な思い出しや再学習が欠かせません。この積極的な復習や思い出しは、記憶を強化し、その劣化を防ぎます。同様に、新しい情報や経験を吸収することは、既存の記憶を更新し、拡充するために貢献します。 これは、記憶を構築する上で必要な要素の考察です。
脳は私たちにとって非常に重要な役割を果たしています。生きている限り、私たちは多くの情報や経験を得ることができます。しかしながら、私たちが日々の生活で得る情報や経験は、その全てを記憶することができません。脳は、私たちがそれぞれの状況で本当に必要な情報を選別して、記憶に残すことができます。そのため、私たちは過去に得た経験を振り返り、良い経験は記憶に残し、悪い経験は消去することで、より良い選択をすることができます。
人間の脳は膨大な量の情報を取り込み、それを整理して記憶する能力を持っています。この記憶は、未来に役立てるための貴重なデータベースであり、私たちの生存確率を少しでも上げるために不可欠なものです。
過去に経験した出来事を記憶しておくことで、同じような状況に遭遇した際に、より適切な判断や対応ができるようになります。 しかし、記憶を単純に保管するだけでは、未来に役立てることができません。脳は、取捨選択して情報を整理し、有用な情報を抽出して記憶として保管しています。そのため、過去の経験から得た学びや知見が、未来の様々な場面で役立つことができるのです。
古い記憶を変えることや新しい情報を取り入れることは、私たちにとって生活環境の変化に順応するために必要不可欠です。古い記憶を新しい情報と見比べ、解釈を更新することで、新しい記憶を形成できます。この過程の中で、古い記憶も変容していきます。収まりのない記憶は、忘れられていき、脳のシナプスは他の記憶に再利用されます。また、新しい記憶と過去に似た記憶を関連づけることで、記憶間の干渉が起こり、より効率的な記憶へと変化が生じます。
このような変化を通じて、脳は生存競争に勝つための戦略を発揮しています。私たちも同様に、柔軟性を持ち続けることが重要です。古いやり方に固執するだけでは、時代の足元に取り残されてしまう可能性があります。一方、新しいものに飛びつきすぎて古いものを捨ててしまうと、進歩を阻害することにもつながります。
現代社会において、私たちには新しいアイデアや情報を受け入れ、古い方法だけにこだわらず比較検討する柔軟な姿勢が必要です。このような姿勢は、古い知識と新しいものを対比させ、良い点を取り入れて判断基準を変えることができるため、非常に重要です。この柔軟性こそが、私たちの脳の最大の強みです。脳は意図的に変化を選ぶことで、想定外の環境変化に対応する能力を発揮します。
現代社会で生きる私たちは、数万年前の脳の設計図を持っていますが、それでもなお、柔軟に変化し、新しい環境に適応することができます。これは、我々もまた、古い方法に固執するのではなく、脳のように変化に対応する柔軟な姿勢を持ち、新しい世界に適応することが求められているのです。
何を記憶するかを選ぶことは、何を忘れるかを選ぶことでもあります。私たちの脳が、何を思い出せないのかを知ることは、私たちが生き延びるために必要なものを知ることにつながります。忘れるというのは、私たちが長い人生を生きていくために不可欠な働きです。
確かに、何を記憶するかを選択することは、何を忘れるかを選択することでもあります。脳は情報の処理に限りがあり、全ての情報を保持することは不可能です。そのため、私たちは必要な情報や生存に重要な知識を選択的に記憶する必要があります。 脳が引き出せない情報や忘れてしまう情報を認識することは、私たちが生き残るために重要な役割を果たします。
これにより、より重要な情報や学びを優先的に取得することができます。例えば、危険な状況や重要な決断をする際に、脳が以前の経験や学習から引き出せない情報を認識することで、適切な行動をとることができます。 忘却は私たちが健康的な人生を送るためにも不可欠な機能です。
過去の経験や情報を全て保持し続けることは、脳のリソースを過度に消費し、混乱を引き起こす可能性があります。忘れることによって、私たちは新たな情報や経験を受け入れ、柔軟な思考や成長を促すことができます。 重要なのは、私たちが自らが忘れる情報を認識し、それが生存にとって重要なものであるかどうかを判断することです。時には、過去の情報や経験が今の状況には適さない場合もあります。
このような場合には、新たな情報を学び、変化に適応するための知識を得ることが重要です。 私たちの脳は、情報の選択と忘却の機能を通じて、生存に必要な知識を獲得し、健康的な人生を送るためのバランスを取ります。そのため、私たちも自らが忘れる情報を認識し、適切な選択を行いながら、柔軟に変化し、成長し続けることが大切です。
確かに、辛い思いをするとその記憶は薄れていくことがあります。しかし、逆にその記憶を何度も思い出すことやネガティブなことに執着することは、その記憶を強く刻み込む可能性があります。私たちの脳は、経験した出来事や思考パターンに反応し、それらを強化する傾向があります。 ですから、辛い記憶やネガティブなことに対しては、分析して教訓を得た後はできるだけ考えないようにすることが重要です。
もちろん、適切な処理や感情の表現をすることも大切ですが、その後は新たな経験やポジティブな思考にフォーカスすることが良いでしょう。時間が経つにつれて、忘れ去られることもあります。
また、脳のマインドセットも重要です。ネガティブな物事に対して強く反応するマインドセットを持っていると、ネガティブな出来事や感情に囚われやすくなります。そのため、ポジティブなマインドセットを育てることが記憶の処理や心の健康に良い影響を与えます。
自分自身に対しても、ポジティブな言葉や思考を持つことで、より良い方向に向かうことができます。 辛い出来事を経験したら、それを適切に処理し教訓を得た後は、意識的にそれを忘れるようにしましょう。新たな経験や学び、ポジティブな思考に集中することで、より健康的で前向きな心の状態を保つことができます。
記憶は私たちの一部ですが、過去の出来事に囚われずに前に進むことで、より充実した人生を築くことができるでしょう。
ここまで見てきたように、記憶は、私たちの生活を豊かにし、成長に重要な要素を提供するため、適切なケアや意識的な取り組みにより、その力を高めることが重要です。
本書で紹介された方法を実践しながら、日ごろから意識的に自分の体験や思い出に対して感情的にアプローチすることで、より効果的な記憶の強化や再生を実現することができるでしょう。好奇心を持って行動することが脳にも良い影響を与えてくれます。
本書を読むことで記憶のメカニズムが理解できます。著者のアドバイスに従い、行動や習慣を変えることで、思い出せない脳を思い出せる脳に変えるための応用的な知識を身につけたい方には、オススメの書籍です。
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