その決定に根拠はありますか? 確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング(小川貴史、山本寛)の書評

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その決定に根拠はありますか?確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
小川貴史、山本寛
マイナビ出版

その決定に根拠はありますか?(小川貴史、山本寛)の要約

エビデンス・ベースド・マーケティングの手法を用いて、顧客の購買傾向を深く理解し、適切な想起のタイミングを特定することで、より効果的なマーケティング戦略を立案することが可能になります。このアプローチは、ブランドの認知度向上と市場シェアの拡大につながる可能性が高いと言えます。

ダブルジョバディの法則がなぜ重要なのか?

(ダブルジョバディの法則は)「市場浸透率(ある一定期間に当該ブランドを購入または利用した人の割合)が低いブランドはロイヤルティも低くなる。つまり二重の苦しみ(ダブルジョパディ)となる」という法則です。(小川貴史、山本寛)

日本企業のマーケティング戦略における課題が浮き彫りになっています。広告費に対するリサーチ費の割合を見ると、日本は4.7%にとどまる一方、米国では23.1%、英国では26.1%と大きな開きがあると言います。この数字が示すように、日本企業は広告に多くの予算を投じる傾向にあるものの、リサーチには十分な投資をしていないのが現状です。

日本企業が欧米企業と比較して、仮説の検証や市場の探索に有効なリサーチを十分に行えていない主たる要因として、「エビデンス」の作成方法とその戦略的活用法が広く知られていないと著者は指摘します。本書は、戦略構築に不可欠な「エビデンス」の作成方法と活用法を詳細に解説することで、日本企業のマーケティング手法の改善を目指しています。

注目すべきは、本書がデジタルマーケティングから得られる行動ログなどのデータ活用よりもインターネット調査などの定量データや、消費者理解を深めるためのインタビューといった定性データの分析に焦点を当てていることです。これらのデータを適切に洞察することで、より確かな戦略を構築するためのエビデンスを作り出す方法を詳しく解説しています。

著者らは「ダブルジョバディの法則」を重視します。ダブルジョパディの法則は、ブランドの市場浸透率とロイヤルティの間に存在する興味深い関係を示しています。この法則によると、市場浸透率が低いブランド、つまりある一定期間に購入または利用される割合が低いブランドは、同時にロイヤルティも低くなる傾向があります。

具体的には、市場シェアの小さいブランドは2つの面で不利な状況に直面します。まず、購入者の数が少ないという点です。これは低い市場浸透率を意味します。次に、その少ない購入者の中でも、再購入率が低いという点です。これは低いロイヤルティを示しています。

長年、マーケターたちは「既存顧客を大切にし、そのロイヤルティを高めることが最も効率的な戦略である」と信じてきました。この考えは直感的にも理解しやすく、多くの企業で実践されてきました。 しかし、最新の市場調査や消費者行動分析は、この通説とは異なる現実を明らかにしています。

各種の法則から、100%ロイヤルユーザーの多くはカテゴリーのライトバイヤーであり、市場浸透率の大きいブランドを利用する傾向があります。一方、カテゴリーのヘビーバイヤーほど複数のブランドを併用し、プランドスイッチにも貧欲であるため、囲い込むことが難しくなります。市場を創造または拡大する段階にあるブランドほど、浸透率の向上を目的とした戦略を選択すべきというわけです。

従来の「既存顧客重視」から「市場浸透重視」へのパラダイムシフトは、多くのブランドにとって戦略の大きな転換となります。この新たなアプローチは、急速に変化する市場環境において、持続可能な成長を実現するための鍵となる可能性が高いのです。 ブランドマネージャーやマーケティング担当者は、自社の置かれた状況を冷静に分析し、この新たな視点を取り入れた戦略の構築を検討する必要があります。

顧客重複の法則は、ブランドの顧客基盤が競合ブランドとどのように重複するかを説明しています。マーケットシェアが大きいブランドほど、他のブランドとの顧客共有率が高くなります。市場浸透率が高いブランドAを購入する場合、他の競合ブランドの購買客も同様にブランドAを購入する傾向があります。

自然独占の法則では、マーケットシェアの大きいブランドがカテゴリー内のライトバイヤーを引き付けやすいことを示しています。購入頻度の少ない消費者ほど、より大きなブランドを選択する傾向があります。

リテンション・ダブルジョパディの法則は、顧客の離反がコントロール不可能であり、その損失がマーケットシェアに比例することを説明しています。顧客数の多いブランドは多くの顧客を失いますが、その離反率は顧客数の少ないブランドと比べて相対的に小さくなります。

マーケティングの現場では、「顧客重複の法則」や「自然独占の法則」を理解せずに、非現実的な目標を立ててしまうことがよくあります。例えば、100%ロイヤルなユーザーを増やそうとするなどの無理な目標です。このようなアプローチでは、ブランドに関する有益な洞察を得ることは難しいと著者は指摘します。

代わりに、まず市場と顧客の構造を理解し、カテゴリーバイヤー(その商品カテゴリーの購入者)の傾向を把握することが重要です。これらを土台として、市場を創造または拡大するための戦略を考えます。その際、メンタルアベイラビリティ(消費者の頭の中で、そのブランドがどれだけ思い浮かびやすいか)を高めることを目指します。

このアプローチを取ることで、より現実的で効果的なマーケティング戦略を立てることができます。市場の構造や消費者の行動を深く理解することが、成功への近道となるのです。

消費者調査MMMとは?

消費者調査MMMとは、インターネット調査で取得したデータを解析して、興味のあるブランドが行っているTVCMやインターネット広告など各施策による売上貢献効果を金額として定量化できるものです。

本書で紹介されている「消費者調査MMM」は、ブランドのマーケティング効果を精緻に分析する手法として注目を集めています。この手法の特徴は、効果の推定を「結果」「施策」「要因」の3つの要素に分解して考察することです。

結果として注目するのは「浸透率」という指標です。これは消費者がどれだけそのブランドを受け入れているかを示す指標となります。一方、この浸透率に影響を与える要素として「施策」と「要因」を区別します。

施策は、ブランドが主体的に行うコミュニケーション活動を指します。例えば、テレビCMの放映やSNS広告の配信などが該当します。消費者の視点からすると、これらは受動的に接触する機会となります。ブランドとの最初の接点、いわばファーストアクションとして位置づけられます。

要因は、施策よりも購買に近い段階での消費者の行動を表します。店頭で商品を手に取るといった行為がこれに当たります。施策と比較すると、消費者がより能動的に関与する場面です。ブランドとの関わりにおけるセカンドアクションと捉えることができるでしょう。

消費者調査MMMの分析プロセスでは、「施策→要因→浸透率」という流れに沿って、各要素の増分を推定します。これにより、ブランドのコミュニケーション施策がどのような要因を介して売上に貢献しているかを明らかにします。さらに、売上への貢献金額が大きい経路を特定することで、効果的なコミュニケーション構造をブランドごとに把握することが可能となります。

この手法の利点は、マーケティング活動の効果を単に結果だけでなく、プロセスの各段階で評価できることです。例えば、テレビCMが視聴者の関心を引き、その結果店頭での商品接触が増加し、最終的に浸透率の向上につながるといった一連の流れを数値化して把握できます。

また、この分析によって得られた知見は、今後のマーケティング戦略の立案に活用することができます。効果的な施策と要因の組み合わせを見出すことで、より効率的な予算配分や、消費者の行動特性に合わせたアプローチの設計が可能となります。

消費者調査MMMは、複雑化するマーケティング環境において、ブランドのコミュニケーション戦略を最適化するための有力なツールとなっています。消費者の行動プロセスを詳細に分析することで、ブランドと消費者のより良い関係構築に貢献することが期待できそうです。本書のエナジードリンクや外食チェーンの手法を見るとMMM調査のステップと効果を理解できます。

「メディア」の利用にもダブルジョパディはあてはまり、浸透率が大きいメディアほどロイヤルティも高くなります。

ダブルジョパディの法則は、メディアの浸透度と利用時間の相関関係を示す重要な原理です。この法則を広告戦略に応用することで、効果的なマーケティングアプローチを構築できます。

より多くの人々に浸透しているメディアは、個々のユーザーの利用時間も長くなる傾向があります。つまり、人気のあるメディアは人々の日常生活により深く根付いているということです。この原理を広告戦略に活用すると、興味深い洞察が得られます。

複数のメディアで広告を展開する際、各メディアの広告在庫に対して同じ比率で広告を配信する場合、より高い浸透率を持つメディアほど、広告が目標とする層に到達する確率が高くなります。このことから、メディア選択の重要性が浮き彫りになります。

また、初回のリーチで顧客から高評価を得られるクリエイティブが理想的です。効果のないクリエイティブに多額の予算を投入するのは意味がありません。このアドバイスは、全てのマーケターが心に留めておくべき重要な点です。

効果的なメディア選択と印象的な広告づくりは、商品の認知度と関心を高める上で不可欠な要素です。これらの戦略を巧みに組み合わせることで、より多くの顧客に商品を購入してもらえる可能性が高まります。

しかし、これらの戦略を成功させるには、マーケターの深い顧客理解が欠かせません。顧客体験を向上させる視点があってこそ、コミュニケーションミックスやクリエイティブの質が向上します。顧客のニーズや行動パターンを深く理解することで、より効果的な広告戦略を立案し、実行することができるのです。

このように、ダブルジョパディの法則を理解し、適切なメディア選択と質の高いクリエイティブを組み合わせることで、より効果的な広告キャンペーンを展開できます。同時に、常に顧客視点を持ち、彼らの体験を向上させることを目指すことが、長期的な成功につながる鍵となります。

顧客との対話が重要な理由

市場(顧客)の変化を的確にとらえる マーケティング・コミュニケーションの実行段階では、時系列データ解析と消費者調査の双方のMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)を併用することで、自社が手掛けた施策によって起こる市場の変化を構造的かつ定量的に捉えます。

マーケティング・コミュニケーションを効果的に実行するには、市場と顧客の変化を正確に把握することが重要です。この課題に対して、時系列データ解析と消費者調査を組み合わせたマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)が注目されています。 このアプローチでは、自社のマーケティング施策が市場にもたらす変化を、構造的かつ定量的に分析できます。

特に、Meta社が公開しているオープンソースのMMMツール「Robyn」が、時系列MMMの分野で注目を集めています。 Robynは柔軟性と高度な分析機能を備えており、多くのマーケターから支持されています。さらに、このツールの機能が発展し、より複雑なマーケティングプロセスの分析が可能になりました。

具体的には、広告から指名検索、最終的な購買アクションに至る間接的な効果を考慮した最適化計算ができるようになりました。 これにより、マーケターは直接効果だけでなく、消費者の行動プロセス全体における広告の影響を把握できます。

例えば、テレビCMを見た消費者が商品名を検索し、最終的に購入に至るという一連の流れを、データに基づいて分析し最適化することができます。 Robynのもう一つの利点は、オープンソースであることです。これにより、多くのユーザーがツールの改善や拡張に貢献でき、マーケティング分析の手法がさらに進化していく可能性があります。

消費者の嗜好や行動パターンが絶えず変化する中で、リアルタイムに近いデータ分析と、それに基づく迅速な意思決定を採用することは企業を強くします。 企業はより効率的なマーケティング予算の配分や、効果的なコミュニケーション戦略の立案が可能となります。これは単に短期的な売上向上だけでなく、長期的なブランド価値の向上にもつながる可能性を秘めています。

ブランド戦略とマーケティングの世界では、顧客の行動や傾向を理解することが非常に重要です。しかし、その理解の仕方には誤解や非効率的な方法が存在することがあります。

著者は麺類を扱う外食チェーンのテレビCMを見て、妻と「食べたいね」と話しました。しかし、そのチェーン店が近所になかったため、同じカテゴリーの別の店舗に行くことになりました。これは一度や二度ではなく、何度か経験したことだそうです。このような行動は、実は「顧客重複の法則」から見ると、極めて自然なものです。

つまり、ある麺類チェーンの顧客は、他の麺類チェーンの顧客でもあるという可能性が高いのです。この法則を理解することは、ブランド戦略を考える上で非常に重要です。 しかし、多くの企業がこの法則を十分に理解せず、自社ブランドの顧客に特有の傾向を探そうとする傾向があると著者は指摘します。

インターネットで行われるブランドイメージ調査では、統計的に有意とは言えないほどの小さな差異を「自社顧客固有のポジティブな傾向」として捉えようとする試みがよく見られます。 これは、非常にニッチなブランドを除いては、効果的なアプローチとは言えません。顧客重複の法則から考えると、自社顧客に特有の大きな傾向差が現れることはほとんどないからです。

では、企業はどのようなアプローチを取るべきでしょうか?まず行うべきは、ブランドユーザーの特性探索ではなく、カテゴリーバイヤー全体の傾向理解です。例えば、麺類チェーンであれば、麺類を好む消費者全体の特徴や行動パターンを理解することが重要になります。 しかし、このアプローチを徹底できている組織は多くありません。

その理由の一つは、このような分析を行うためのデータ収集が困難だと考えられていることです。確かに、カテゴリーバイヤー全体の傾向を把握するためにアドホックな調査を行うことは、時間とコストの面で非効率的です。 そこで推奨されるのが、消費者パネルデータの活用です。

ブランド戦略を考える上では、自社ブランドだけに注目するのではなく、カテゴリー全体を見渡す視点が重要です。そして、その分析には、アドホックな調査よりも、豊富なデータを含む消費者パネルデータの活用が効果的だと著者は指摘します。これらの理解と実践により、より効果的で効率的なマーケティング活動が可能になるのです。

エビデンス・ベースド・マーケティングの手法を用いて、顧客の購買傾向を深く理解し、適切な想起のタイミングを特定することで、より効果的なマーケティング戦略を立案することが可能になります。このアプローチは、ブランドの認知度向上と市場シェアの拡大につながる可能性が高いと言えます。

顧客理解こそがマーケティングのキモになるという考え方が本書の主題です。消費者理解の新しいパラダイムを取り入れることで、企業はより洞察に満ちた戦略的決定を下すことができ、結果として持続可能な成長を実現できるのです。相手に喜んでもらうことをエビデンスをベースに考えることが重要です。

マーケティング担当者や経営者にとって、本書は単なる理論書ではなく、実践的なガイドブックとしての役割を果たすことが期待されます。日本企業が長年築き上げてきた直感や経験に基づく意思決定に、科学的なアプローチを融合させることで、より強固なマーケティング戦略の構築が可能になるでしょう。

なお、本書には私の投資先のnat株式会社の若狭僚介氏のインタビューが掲載されています。同社はB2B向けの建設系3Dアプリを開発していますが、最近マーケティング戦略を変更したことが語られています。

デジタルプロモーションのテストもしましたが、デジタルメディアでそうした夕一ゲットの方をセグメントしてコミュニケーションをすることはなかなか難しいと感じ、今は時期早尚と判断しました。プロの方は実際にサービスを現場で使ってみて馴染む感覚がないと導入しないことがよくわかってからは、マーケティング予算を営業交通費やリアルイベントなどに使うことのほうが生産性は高いという思考になりました。そこから自分も営業統括の役割を担ったほか、人員を増員してプロの方に会いに行くことに注力し、現場の方にサービスを理解いただくことに注力する方針に転換しました。(若狭僚介)

この戦略変更は、マーケティングの本質である新規顧客の創造という観点から見ても、現状では適切な判断だと評価できます。実際、この方針転換後、同社の成長速度が加速したことが報告されています。

今後、事業領域が拡大するにつれて、マーケティング戦略のさらなる進化が予想されます。若狭氏が本書のアドバイスに従い、顧客のニーズと業界の特性を深く理解し、柔軟に戦略を変更し続ければ、今後も成功を収める可能性が高いと考えられます。natの事例は、業界特性に応じた適切なマーケティングアプローチが重要であることを示唆しています。

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