親切の人類史――ヒトはいかにして利他の心を獲得したか (マイケル・E・マカロー)の書評

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親切の人類史――ヒトはいかにして利他の心を獲得したか
マイケル・E・マカロー
みすず書房

親切の人類史(マイケル・E・マカロー)の要約

マカロー教授は人間の利他行動が生物学的には謎だと指摘します。自然選択では個体の生存に寄与しない行動は淘汰されるはずですが、人類は見知らぬ人のためにも自己犠牲を払います。人間の利他性は社会的な本能と論理的思考能力から生まれ、テクノロジーや科学、貿易の進歩により、人類は実際に他者を助ける力を獲得したのです。

人はどう親切になっていったか?

社会的本能と論理的思考能力は、わたしたちに他者を助けたいという欲求を授けた。だが、わたしたちが他者を助ける能力を獲得したのは、人類の3つの営み、すなわちテクノロジー、科学、貿易の進歩のおかげだと、わたしは主張したい。(マイケル・E・マカロー)

人間の利他性は、私たちの種の最も美しく、同時に謎めいた特徴の一つです。見知らぬ人のために自己犠牲を払い、遠く離れた他者の苦しみに心を痛める能力は、人類を他の生物から際立たせています。しかし、この特質はどのように発展してきたのでしょうか。

カリフォルニア大学サンディエゴ校の心理学教授マイケル・E・マカローは、人間の善良さについて、進化論、生物学、歴史、哲学の独特な要素を巧みに編み合わせ、『見知らぬ人への親切』について深掘りしています。

本書は、単なる学術的な探求を超えて、私たちの道徳性の起源と未来について深い考察を促す、刺激的な一冊です。マカロー教授は、豊富な科学的証拠と歴史的事例を織り交ぜながら、利他性が単なる生物学的本能ではなく、理性と社会的発展の産物であるという斬新な視点を提示しています。

マカロー教授は、利他行動が生物学的観点から見て一種の謎であることを指摘します。自然選択の原理に基づけば、個体の生存と繁殖に直接寄与しない行動は淘汰されるはずです。しかし、人類は他者を助け、時には見知らぬ人のために自己犠牲を払うことさえあります。 著者の主張によれば、人間の利他性は社会的本能と論理的思考能力の産物です。これらの能力は、私たちに他者を助けたいという欲求を与えました。

石器時代、私たちの祖先は見ず知らずの他人の福祉にあまり関心を持っていませんでした。よそ者を迎えるといえば、腕を広げて歓迎するより、槍と矢を浴びせるのが通例でした。この時代、思いやりの対象は主に血縁者や近しい集団内に限られていたのです。

農業革命と最初の都市の誕生により、社会構造が大きく変化しました。この時代、途方もない貧富の差が出現し、絶大な権力を持つ支配者たちは、孤児や未亡人の守護者として名声を築き、臣民の忠誠と感謝を取り付けました。これは、思いやりが政治的な道具として機能し始めた最初の例と言えます。

数千年後、枢軸時代と呼ばれる歴史時代を経て、人類は他人を助けることを推奨する、より平等的で万人に当てはまる理由を見出しました。それが黄金律です。「自分にしてもらいたいことを他人にもせよ」という黄金律は、深遠な精神性を備えながら、驚くほど使い勝手のいい思いやりの経験則となりました。

16世紀になると、思いやりはより世俗的で理にかなったものになりました。政治理論家たちは、貧者の救済が疫病、犯罪、暴動を抑える手段として、どんな政府にとっても合理的だと主張し始めたのです。

啓蒙主義時代には、すべての人は平等であり、尊厳や自然権を持つという新たな前提のもと、国家は市民の福祉に対して、また他国の人道危機の被害者に対して責任を負うという考え方が誕生しました。かつては避けられない悲劇、あるいは必要悪とみなされていた状況が、18世紀には激しい怒りを招くようになったのです。

19世紀までに、啓蒙主義的価値観は近代福祉国家の土台を築きました。国家が積極的に市民の福祉を保障する仕組みが整備されていったのです。 第二次世界大戦を経て、世界でもっとも幸運に恵まれた人々は、世界でもっとも不遇な人々が置かれた状況を改善することに、たゆまぬ努力を注ぐようになりました。

これは、思いやりがグローバルな規模で展開されるようになった証と言えるでしょう。 著者の分析によれば、この利他性の進化の背景には、テクノロジー、科学、貿易の発展がありました。テクノロジーの発展は、人間の生産性を飛躍的に向上させ、余剰資源を生み出しました。これにより、自分の生存に必要な以上の資源を他者と共有することが可能になりました。

科学の進歩は、世界の仕組みについての理解を深め、効果的な援助の方法を見出すことを可能にしました。貿易は、異なる集団間の相互依存関係を築き、見知らぬ人々への共感や協力の精神を育みました。 これらの要素が相互に作用し合うことで、人類の思いやりの輪は徐々に広がっていったのです。

過去一万年にわたり、人類の思いやりの範囲は着実に拡大してきました。現代では、地球の裏側で起きた災害にも心を痛め、援助の手を差し伸べることができるようになりました。この進化は、人類の叡智と努力の結晶であり、私たちの種の誇るべき特質の一つと言えます。

未来が思いやりにあふれる社会になるために必要なこと

思いやりの拡大に貢献したと考えられる、進化が形成した本能がふたつある。ひとつめは、互恵性を好む本能だ。自然淘汰はわたしたちに、たとえ自分自身がコストを負うとしても、助けた相手からのちに恩返しをしてもらえる見込みがあるという理由で、非血縁者を援助したがる欲求を授けた。

人類の思いやりの発展には、進化が形作った2つの本能が大きく寄与したと考えられます。これらの本能は、私たちの社会的行動の基盤となり、他者への配慮や援助を促す重要な要因となっています。

1つ目は互恵性を好む本能です。自然選択によって、非血縁者を助けたい欲求が私たちに備わりました。これは、将来恩返しをしてもらえる見込みがあるため、たとえ自分にコストがかかっても援助しようとする傾向です。この本能は、原始的な社会から現代に至るまで、人々の協力関係を支える重要な要素となっています。

ダーウィンが指摘したように、石器時代の祖先たちの社会生活において、厚意は通常厚意で返されるため、誰かを助ければ通常はお返しが得られるということを素早く学習したと考えられます。この互恵性の原則は、現代社会においても人々の行動に大きな影響を与え続けています。

2つ目は、人助けをすることで徳の高い人物と見られたいという欲求です。この欲求は、社会的評価や地位に関わる重要な動機付けとなっています。他者から良い評判を得ることは、個人の生存や繁栄にとって有利に働くため、この欲求も進化の過程で強化されてきたと考えられます。

しかし、これらの本能だけが思いやりの歴史で中心的役割を果たしたわけではありません。実際には、より重要な推進力がありました。これらの本能は人類誕生以来ずっと存在していましたが、他者への思いやりの歴史は大集団での生活が始まってから本格化しました。

大規模な社会の形成により、人々は互いに依存し合い、協力の必要性が高まったのです。 歴史を通じて、他者を援助する理由は3つのタイプに分類できます。これらの理由は、時代や文化によって異なる形で表現されてきましたが、基本的な構造は一貫しています。

1、あからさまな自己利益に訴えるもの。
将来の恩返しや称賛を期待して援助します。これは最も直接的な動機であり、多くの人々にとって理解しやすいものです。例えば、隣人を助ければ、自分が困ったときに助けてもらえるかもしれないという期待がこれに当たります。

2、集団としての利益に焦点を当てるもの。
疫病のない都市や繁栄した世界になることで、個人の利益と社会全体の利益が密接に結びつきます。例えば、教育や医療への投資は、社会全体の生産性と安定性を高めることにつながります。

3、拡張された意味での自己利益に関係するもの。
著者は一貫性や誠実さなど、道徳的原則に基づいて行動することの重要性を説きます。これは、個人の内面的な満足や自己実現と結びついており、より高次の動機付けとなります。 理性は重要ですが、個人で考えるよりも集団で考えるときにより強力になります。議論を通じて、人々はより良い見解にたどり着くことができます。

この過程では、異なる視点や経験が共有され、アイデアが洗練されていきます。 社会心理学者や認知心理学者が指摘するように、個人の思考には確証バイアスなどの落とし穴があります。しかし、集団での議論は、これらのバイアスを克服し、より客観的で包括的な理解に到達する機会を提供します。

テクノロジー、科学、貿易の進歩により、効果的な援助を提供する手段が増えました。これにより、単なる同情を超えて実際的な支援が可能になりました。例えば、医療技術の発展は、遠隔地でも効果的な治療を提供することを可能にしました。また、情報技術の進歩は、援助を必要とする人々と支援者をより効率的につなぐことを可能にしています。

21世紀の「成果の時代」には、効果的利他主義者や慈善資本主義者が登場し、限られた資源でより大きな影響を与える方法を追求しています。彼らは、社会科学の方法論を活用し、ランダム化比較試験や費用便益分析を通じて、慈善活動の効果を最大化しようとしています。

寛大さと利他主義を学ぶ価値は、それらが個人と社会に多くの利益をもたらすからです。感謝と栄誉を得られ、貧困の副作用から守られ、経済を成長させ、人生の意味を見出せます。

さらに、他者を助けることで得られる満足感や充実感は、個人の幸福度を高める重要な要因となります。 思いやりの理由について議論し、理解を深めることが重要です。そうしなければ、この問題に関する対話は表面的なものになってしまう恐れがあります。リベラルと保守の両方の立場からの議論を通じて、より包括的で現実的な思いやりの概念を構築することができます。

わたしたちが他者を思いやるべき理由を忘れたら、将来世代はわたしたちの「思いやりの黄金時代」を、こう振り返ることになる。記憶が薄れ色あせたいまならわかる、あの輝きはただの金メッキだった、と。

私たちは将来世代のために、思いやりの価値を忘れないよう努める必要があります。現代の「思いやりの黄金時代」が単なる一過性のものではなく、人類の発展の重要な一部であることを認識し、この価値観を継承していくことが重要です。そうすることで、より公平で思いやりのある社会を築き、次の世代に引き継ぐことができるでしょう。ロボティクスやAIなどテクノロジーが進化する中で、思いやりの心の重要性が高まっています。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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