世界の本当の仕組み:エネルギー、食料、材料、 グローバル化 、リスク、環境、そして未来
バーツラフ・シュミル
草思社
世界の本当の仕組み(バーツラフ・シュミル)の要約
バーツラフ・シュミルは、エネルギー転換には長期間を要すると冷静に分析し、楽観論に警鐘を鳴らします。未来は私たちの行動次第であり、個人や企業の責任ある行動が重要だと強調しています。私たちが地球環境を意識し、適切な行動を積み重ねていけば、持続可能な未来を実現することは可能なのです。
現代社会の複雑な仕組みを理解しよう!
現代の世界が複雑であるというのが、わかり切った理由の1つだ。人々は絶えずブラックボックスとやりとりし、比較的単純な出力を受け取っている。そのアウトプットを得るためには、ブラックボックスの内部で起こっていることは、ほとんど、あるいはまったく理解する必要がない。(バーツラフ・シュミル)
カナダのマニトバ大学特別栄誉教授のバーツラフ・シュミルは、科学者としての視点から、私たちの多くが日常生活を支える基本的な技術や過程について驚くほど無知であることを指摘します。
現代社会の複雑さは、私たちの日常生活のあらゆる側面に浸透しています。多くの人々は、複雑なシステムやテクノロジーと絶えずやりとりしていますが、その内部で何が起こっているかをほとんど、あるいはまったく理解していません。
これは、スマートフォンやノートパソコンといった日常的なデバイスから、新型コロナウイルスのワクチン接種のような大規模な公衆衛生の取り組みに至るまで、幅広く当てはまります。
私たちは、これらの「ブラックボックス」に対して簡単な入力を行い、望む出力を得ることができます。例えば、検索エンジンに単純なキーワードを入力するだけで答えが得られたり、ワクチン接種では腕を差し出すだけで済んだりします。
知識の範囲が拡大し、専門化が進む一方で、様々な事象の基本的な仕組みに対する理解が浅くなり、時には完全に欠如してしまうという現代社会のパラドックスに起因しています。つまり、私たちは高度に発達した技術や制度の恩恵を受けながら、その根本的な仕組みや原理についての理解を失いつつあるのです。
例えば、小麦の栽培方法、鉄鋼の製造過程、そして電力がいかに私たちの生活の隅々まで浸透しているかについて、多くの人々が十分な理解を持っていないことを問題視しています。 著者の分析の特筆すべき点は、複雑な数値データを理解しやすい情報に変換する能力です。中国が2018年と19年のわずか2年間で生産したセメントの量が、アメリカの20世紀全体の生産量にほぼ匹敵するという事実は、読者に強烈なインパクトを与えます。
本書の中核を成すのは、現代文明の化石燃料への依存度の高さと、その代替が容易ではないという現実的な分析です。シュミルは、再生可能エネルギーなどの代替エネルギー源が完全に発展し、現在の化石燃料の役割を置き換えるには数十年という長い時間が必要であると指摘しています。
気候変動の影響が日々顕著になる中、「このことは私たちの文明が滅びることを意味するのか?」という重要な問いを著者は投げかけます。彼は、劇的な表現や極端な予測を避け、実際的かつ具体的な解決策に焦点を当てています。
シュミルは、現代世界を作り上げたエネルギーへの依存を着実に減らすよう、継続的な努力が必要だと主張します。
私たちに求められているのは、現代世界を作り上げたエネルギーへの依存を着実に減らすよう、努力し続けることだ。この来るべき転換の詳細の大半はまだわかっていないが、1つだけ変わらずに確実なことがある。すなわちこの転換は、化石炭素の突然の放棄によっても、使用量の急激な削減によってさえもなされることはないし、また、なされえない。むしろ、緩やかな減少という形をとるだろう。
この来るべき転換の詳細の大半はまだ不明確ですが、一つだけ確実なことがあります。それは、この転換が化石燃料の突然の放棄や使用量の急激な削減によってなされることはなく、むしろ緩やかな減少という形をとるだろうということです。
この見方は、短期間での劇的な変化を期待する楽観論者たちに対する重要な警告となっています。同時に、環境問題に対する取り組みが長期的な視点と粘り強さを必要とすることを示唆しています。
さらに、シュミルは従来の環境問題に関する議論で見落とされがちだったテーマにも光を当てています。例えば、食料生産システムの脆弱性や、グローバル化が環境に与える複雑な影響など、これまで十分に議論されてこなかった問題にも踏み込んで分析を行っています。
シュミルは現代の食料生産システムが化石燃料に深く依存していることを指摘しています。農作業、輸送、食品加工の機械に必要な鉄の製錬、窒素肥料の合成、電気の生産など、食料生産のあらゆる段階で化石燃料が利用されています。
現代農業の高い生産性は、光合成の効率改善によるものではなく、品種改良、適切な養分と水の供給、雑草や害虫の管理など、人為的介入の結果です。これらの介入はすべて、大量の化石燃料の投入を必要としてきました。 シュミルは、たとえグローバルな食料システムを現実的に考えうる限り迅速に変えようとしても、私たちは今後何十年にわたって、化石燃料を変換したものを食べ続けることになるだろうと結論づけています。
この分析は、食料生産システムの変革が長期的かつ複雑なプロセスであることを示しています。しかし同時に、段階的な改善の重要性も強調しています。食品廃棄物の削減、より持続可能な農業慣行の採用、そして個人の食生活の見直しなど、私たち一人一人ができることから始めることが重要です。
シュミルは、より持続可能な食料システムへの移行が、技術革新だけでなく、社会全体の意識と行動の変革が欠かせぬことを明らかにしています。
現代の文明の4つの柱から考える!私たちが未来にすべきこと
私が「現代文明の4本柱」と呼ぶもの、すなわち、セメント、鋼鉄、プラスティック、アンモニアだ。
さらに、シュミルは「現代文明の4つの柱」として、アンモニア、プラスチック、鉄鋼、セメントを挙げています。これらの物質は、私たちの日常生活や社会インフラを支える基盤となっていますが、その生産は化石燃料に大きく依存し、エネルギー集約的なプロセスを必要とします。
これらの素材の生産は、世界の一次エネルギー供給量の約17%を消費し、化石燃料の燃焼による二酸化炭素排出量の25%を占めています。シュミルは、今までに確立された生産工程に取って代わる商業的に実現可能で大規模な代替プロセスは存在しないと指摘しています。
特にアンモニアの生産は、現代の食料システムにとって極めて重要です。中国では、作物に与えられる養分の約60%が合成アンモニア由来であり、世界平均でも約50%に達します。つまり、現在の食生活や農業慣行を前提とすると、世界人口の半分が合成アンモニア肥料なしでは生存できない状況にあるのです。 シュミルは、この依存度が不変のものではないことも強調しています。
例えば、富裕国が肉食を控えめにしたインドのような食生活に移行すれば、アンモニアへの依存度は低下する可能性があります。一方で、全世界が現在の中国や特にアメリカの食生活を採用すれば、依存度はさらに高まります。
また、食品廃棄物の削減や肥料の効率的利用によっても、窒素肥料への依存を軽減できる可能性があることも指摘されています。 しかし、シュミルは、現代の各国経済が今後も莫大な素材の流れと直結し続けることを強調しています。これは、食料生産のためのアンモニアベースの肥料だけでなく、新しいインフラや機械、さらには再生可能エネルギー技術の製造に必要な素材にも当てはまります。
特に重要なのは、これらの素材を採掘・加工するエネルギーがすべて再生可能エネルギーに由来するようになるまでは、現代文明はこれらの不可欠な素材の生産において、根本的に化石燃料に依存し続けるだろうという指摘です。
シュミルの分析は、私たちの社会が直面している持続可能性の課題の深刻さを浮き彫りにしています。技術革新や代替プロセスの開発は進んでいますが、既存の生産能力を完全に置き換えるには数十年という長い時間が必要です。
この現実は、環境問題や持続可能性に関する議論において、しばしば見落とされがちな側面です。シュミルは、AIやデジタル技術の進歩だけでは、この根本的な依存関係を変えることはできないと警告しています。
前進と後戻り、一見克服できない困難と奇跡に近い進歩の取り合わせであることを私たちは知っている。未来は相変わらず、既定のものではない。その成り行きは、私たちの行動次第なのだ
その上で著者は、再生可能エネルギーなどの代替エネルギー源が完全に発展し、現在の化石燃料の役割を置き換えるには数十年という長い時間が必要であると指摘しています。この冷静な見方は、短期間での劇的な変化を期待する楽観論者たちに対する重要な警告となっています。
著者の最も重要なメッセージは、未来は私たち自身の手で形作られるということです。環境問題や持続可能性の課題に対する解決策は、誰かが与えてくれるものではありません。私たち一人一人が、自分の行動に責任を持ち、より良い未来を作り出すための主体的な役割を果たす必要があるのです。
この見方は、私たちに大きな責任を感じさせると同時に、希望も与えてくれます。確かに、課題は大きく、解決には時間がかかります。しかし、適切な行動を積み重ねていけば、持続可能な未来を実現することは可能なのです。
リスクをどう捉えるか?
リスク評価についても、やはり言い古されたことが当てはまる。私たちは、お馴染みの自発的なリスクを日頃から過小評価する一方、馴染みのない非自発的なリスクへの曝露はたびたび誇張する。いつもきまって、最近の衝撃的な経験に端を発するリスクを過大評価するが、人々や組織の記憶の中で薄らいでしまった事象のリスクは過小評価する。
シュミルは、人々のリスク認識には偏りがあることを指摘しています。私たちは日常的で自発的なリスクを過小評価する一方、馴染みのない非自発的なリスクを過大評価する傾向があります。また、最近の衝撃的な出来事に関連するリスクを重視し、時間とともに薄れた記憶のリスクを軽視しがちです。
この認識の偏りは、テロ攻撃やパンデミックなどの脅威に対する社会の反応に影響を与えています。例えば、アメリカでは銃による暴力が多くの命を奪っているにもかかわらず、テロ攻撃に比べて対策が十分になされていない現状が指摘されています。
まず、シュミルは人生からリスクを完全に排除することは不可能だと認識しています。しかし同時に、リスクを最小限に抑えようとする努力こそが、人類の進歩を推し進める重要な原動力になってきたと指摘しています。この見方は、リスクと向き合いながら前進してきた人類の歴史を的確に捉えています。
次に、シュミルは人類の基本的な生存ニーズ、すなわち呼吸、水分摂取、食物摂取について分析しています。彼の見解によれば、これらの面で近い将来に破局的な事態が必然的に起こるわけではありません。 特に、呼吸に必要な酸素については、当面の間、十分な供給が確保されると考えられています。一方、水や食料の供給に関しては確かに課題が存在します。
例えば、水不足や食料生産の持続可能性などの問題があります。 しかし、シュミルはこれらの課題に対して悲観的な見方はしていません。むしろ、これらの問題が明確に認識されているからこそ、適切な対策を講じることが可能だと考えています。つまり、水資源の管理や持続可能な農業の推進など、具体的な解決策を実行に移すことで、破滅的な危機を回避できるという見方です。
しかし、化石燃料への依存を完全になくすことは困難であり、気候変動への対応が大きな課題となることを指摑しています。 シュミルは、気候変動対策において、非現実的な目標を掲げるのではなく、実行可能な方策を着実に進めることの重要性を強調しています。
例えば、エネルギー効率の改善、再生可能エネルギーの導入拡大、消費の抑制などが挙げられています。 著者は、技術革新の可能性を認めつつも、短期間で劇的な変化が起こることは期待できないと冷静に分析しています。特に、エネルギーや素材生産の分野では、既存のシステムを急速に置き換えることの困難さを指摘しています。
2100年の世界人口予測について、極端な2つのシナリオがありますが、このどちらが正しいのでしょうか。一方は150億人を超える高成長シナリオで、これは2020年の人口のほぼ2倍に相当します。他方は48億人まで減少する低成長シナリオで、現在の総人口の半分近くが失われることを意味します。
中位推計ではそれぞれ109億人と88億人となっていますが、シュミルは20億人の差も決して無視できないと強調しています。 この人口予測の幅広さは、未来予測の困難さを如実に示しています。たった1世代後の人口ですら、これほど大きな不確実性があるのです。
この不確実性は、経済、社会、環境に関する将来の道筋に大きな影響を与えます。例えば、人口増加は食料需要やエネルギー消費の増大につながり、環境への負荷を高める可能性があります。
一方、人口減少は労働力の縮小や経済の縮小をもたらす可能性があります。 シュミルは、人口動態以外にも、パンデミックの可能性について言及しています。新型コロナウイルスの経験を踏まえ、21世紀中にさらなるパンデミックが発生する可能性は高いと指摘しています。
過去のパンデミックの発生頻度から見て、2100年までに少なくともあと2、3回のパンデミックが起こる可能性があると著者は述べています。 こうした不確実性は、私たちの未来予測能力に大きな制約を課します。しかし、シュミルはこの不確実性を悲観的に捉えるのではなく、人間の境遇の本質的な部分として受け入れるべきだと提言しています。
シュミルは自身を「悲観主義者でも楽観主義者でもなく、科学者だ」と位置付けています。この立場は、偏見のない客観的な視点で世界を理解しようとする彼の姿勢を表しています。彼は、過去と現在を現実的に把握することが、不確かな未来に取り組むための最善の基礎になると主張しています。
未来の不確実性が高いからこそ、私たちは柔軟性を持ちつつ、持続可能な未来に向けて着実に行動を積み重ねていく必要があるのです。環境問題は避けて通れない課題であることは、著者は様々なアプローチで明らかにしながら、私たちに行動の改善を求めているのです。
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