食べ物でたどる世界史(トム・スタンデージ)の書評

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食べ物でたどる世界史
トム・スタンデージ
楽工社

食べ物でたどる世界史(トム・スタンデージ)の要約

ジャーナリストのトム・スタンデージは、食べ物を通じて世界史を新たな視点で捉え直しています。食が交易とイノベーションを促進してきた過程を詳細に描写し、人類の歴史における食の重要性を浮き彫りにしています。著者は、食が過去から現在、未来にわたって人類に与える影響を明らかにしています。

食べ物が権力を形成した?

古代世界においては、食べ物は富であり、食べ物の支配はすなわち権力だった。農耕牧畜を採択したことで、食料生産における諸変化とそれに伴う社会構造の変容が同時に起きたのであり、しかも両者は密接に絡み合っていた。(トム・スタンデージ)

ジャーナリストのトム・スタンデージ食べ物でたどる世界史は、人類の歴史を食べ物という独特の視点から捉え直した画期的な著作です。「エコノミスト」誌の副編集長としての豊富な経験を活かし、スタンデージは食べ物が人類の歴史において果たしてきた重要な役割を鮮やかに描き出しています。

スタンデージによれば、狩猟採集民と初期の農耕牧畜民の社会では、富の分配が比較的平等で、共同体のメンバーが似たような生活を送っていたといいます。この時代、食べ物は人々を結びつける要素として機能していました。共に食事をすることや、同じ文化の料理を共有することが、社会的つながりを強化する役割を果たしていたのです。

しかし、農耕牧畜の採用に伴い、食べ物の役割は大きく変容しました。古代世界において、食べ物は富そのものであり、食べ物を支配することが権力を意味するようになったのです。この変化は突然起こったわけではありません。スタンデージは、狩猟採集ライフスタイルから農耕牧畜への移行が、個人が物を蓄積し、社会的な尊敬を集める能力に対する制約を取り払ったことを指摘しています。

この社会変革のプロセスは、長い時間をかけて進行しました。メソポタミア、中国、南北アメリカ大陸のいずれにおいても、単純な村落から複雑な都市社会への移行には数千年を要しました。この緩やかな変化の過程で、食べ物の支配が権力の源泉となっていったのです。

食べ物は初期諸文明の中を貨幣のかたちで流通し、物々交換に、そして賃金や税の支払いに用いられていた。食べ物はまず、農民から上級支配層へとさまざまなかたちで上って行き、そこから上級民の諸活動を支えるための賃金および配給として再分配された。

余剰食料の生産と蓄積は、支配階級に大きな力をもたらしました。彼らは専任の書記官、兵士、専門工芸職人を養うことができるようになり、また大規模な建築プロジェクトのために労働力を動員することも可能になりました。これらはすべて、食料の安定供給があってこそ実現できたものです。

スタンデージは、この余剰食料の存在が、所有者に新たな可能性を開いたことを強調しています。食べ物は単なる栄養源を超えて、社会を動かし、文明を形作る力となったのです。この視点は、私たちが日常的に口にする食べ物が、実は何千年もの人類の歴史と密接に結びついていたと著者は指摘します。

スタンデージによれば、初期文明において食べ物は貨幣の役割を果たしていました。物々交換の手段として、また賃金や税の支払いに用いられるなど、経済活動の基盤となっていたのです。これは、現代の私たちが想像する以上に、食べ物が社会の隅々にまで浸透し、人々の生活を規定していたことを示しています。

特に興味深いのは、食べ物の流通が社会階層を反映していた点です。農民から上級支配層へと食べ物が上昇し、そこから再び下層へと再分配されるという流れは、社会構造そのものを表現していたといえます。この再分配システムは、建築工事、行政管理、戦争などの社会活動を支える基盤となっていました。

さらに、著者は余剰農産物の献上が初期文明に共通する原則であったことを指摘しています。これは単なる慣習ではなく、文明の発生と維持に不可欠な要素だったのです。余剰食料の占有こそが、複雑な社会構造を可能にし、文明の発展を促進した根本的な要因だったというわけです。 各文明によって具体的な制度設計は異なっていたものの、食べ物が社会機構の中心にあったという点では共通していました。

誰のために働くのか、どこから生活の糧を得るのか、そして誰に忠誠を尽くすのか―これらの社会の根本的な問いに対する答えは、すべて食べ物によって定義されていたのです。 このような視点は、私たちに食べ物の持つ力を再認識させます。現代社会においても、食料生産と分配のシステムは依然として社会構造や権力関係と密接に結びついています。

著者のこのような分析は、食べ物を通じて人類の歴史を見直す新たな視点を提供しています。それは同時に、現代社会における食料生産や分配の問題、さらには食べ物と権力の関係についても、深い洞察を与えてくれるものです。

本書では、米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモなどの身近な食材が、単なる栄養源を超えて、文明の発展や国家間の関係、さらには世界規模の出来事にまで影響を与えてきたことが示されています。古代文明の成立から現代の国際関係に至るまで、食べ物が歴史の転換点で重要な役割を果たしてきたことが明らかにされています。

イノベーションは食から起こる!

現代都市社会ではしかし、金銭が代わりにそうした役割を担う。金銭はより柔軟な富のかたちであり、蓄蔵および変換が容易で、スーパーマーケットや商店、カフェやレストランで簡単に食べ物と交換できる。食べ物は有史の大半においてそうだったように、それが乏しいとき、あるいは高価なときにだけ、富と同等に扱われる。

著者は、現代都市社会では金銭が食べ物の役割を多くの面で代替していることを指摘しています。金銭は食べ物よりも柔軟な富の形態であり、蓄積や変換が容易で、様々な場所で簡単に食べ物と交換できるため世界中で使われるようになったのです。

しかし、スタンデージは食べ物が完全にその経済的重要性を失ったわけではないと主張します。食べ物が乏しい時や高価な時には、今でも富と同等に扱われる傾向があります。確かに、先進国では食べ物は比較的豊富で安価になっていますが、それでも食べ物と富の関連性は完全には消えていません。

著者は、現代社会においても、食べ物が過去に担っていた経済の中心的役割の名残が言葉や習慣の中に多く見られることを指摘しています。例えば、英語では家族の稼ぎ手を「パンを獲ってくる人」と表現したり、金銭をパンに例えたりすることがあります。これらの表現は、食べ物と富の深い結びつきが言語の中に残っていることを示しています。

さらに、食事の共有が今でも重要な社会的通貨の一つであることも強調されています。豪華な夕食会に招かれれば、同等の豪勢さで返礼する必要があるという社会的規範は、食べ物が依然として富や社会的地位を表す手段であることを示しています。

今日、先進世界の人々が一般に特定の職業──弁護士、機械工、医師、バス運転手などなど──に就いている状態は、過去数千年にわたる農業生産性の継続的上昇によって生じた食料余剰の直接的な結果の一つだ。富者と貧者、強者と弱者という区分けも然りであり、これもまた急増した食料余剰の当然の結果だ。

貧困の定義において、食べ物は重要な要素となっています。多くの国では、最低限の食料を購入するための収入が貧困線の基準となっているのです。

つまり、貧困とは、食べ物を確保する権利や手段が十分でない状態を指しています。 反対に、富とは、次の食事を心配せずに済む状態を意味します。食べ物が人間の基本的なニーズであり、それを安定して得られることが経済的な安定の指標であることを示しています。

スタンデージの分析によれば、現代社会では食べ物の経済的な役割は減少したものの、その象徴的や社会的な重要性は依然として大きいといえます。富や貧困の概念自体も、農業の発展や文明の進化が生んだものなのです。この視点から、私たちが当たり前だと考えている社会や価値観も、歴史的な過程で形作られたものだということがわかります。

この視点は、現代の食料問題や経済格差を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。グローバル化が進んだ現代社会でも、食料の確保は依然として人々の生活の質を決定する重要な要素であり、その分配の不平等は社会問題の根源となっています。

スパイスは当時の定義では高価な輸入品のことだった。そしてそれこそが、その魅力をさらに増す一つの要素だった。スパイスを派手に消費することはその人物の富と権力、度量を明示する手段だった。

著者は、食べ物を一種の「技術」として捉えています。つまり、食べ物は人類の進歩の方向性を変える道具として機能してきたのです。それは文明を形成し、構造化し、世界中の文明をつなぎ合わせる役割を果たしました。さらに、帝国の建設や産業化を通じた経済発展の急激な進展にも貢献しています。

古代ギリシャ時代からスパイスは、単なる調味料ではなく、富と権力を象徴する存在でした。高価な輸入品としてのスパイスは、その入手困難さゆえに一層の魅力を持ち、豊かさを誇示するための手段となっていました。スパイスを豪勢に使うことは、その人物がどれほどの財力と影響力を持っているかを示すものであり、しばしば贈答品として用いられ、場合によっては通貨の代わりさえ果たしました。

このようなスパイスや貴重な食材を求める交易は、大航海時代を引き起こし、ヨーロッパの専制国家が世界各地に支配を拡大していく要因となったのです。 コロンブスの中南米探検はその始まりに過ぎませんでした。ヨーロッパ列強は続々とアフリカや中南米に進出し、支配を広げていきました。特に中南米においては、砂糖の生産が重要な経済基盤となり、その労働力として奴隷貿易が活発化しました。

18世紀の7年戦争によって、プロイセンからロシアやオーストリアの兵士たちがジャガイモを持ち帰ったことが、ヨーロッパの社会と経済に大きな変化をもたらしたと指摘しています。 当時のヨーロッパは度重なる飢饉に苦しんでいたため、ジャガイモの普及は各国の食料事情を劇的に改善したと言います。ジャガイモは栄養価が高く、比較的栽培が容易で、単位面積あたりの収穫量も多いため、急速に主食として普及していきました。

食糧は戦争においても決定的な役割を担ってきました。フランス軍が兵糧対策として保存の効く缶詰を開発したことは、その一例です。戦争という特殊な状況が、缶詰という食品保存技術の革新を促しました。これは単なる食糧供給を超え、戦争における持久力や戦略を左右する重要な要素となりました。保存技術の進歩が、兵士たちに安定した食糧を提供し、戦時下での生活を支えたのです。

また、アメリカ南北戦争においては、鉄道という新しい輸送手段が食糧や物資の運搬に革命をもたらしました。北軍は、この鉄道網を活用することで迅速に食糧や軍需品を前線に送り届けることができ、その戦略的優位性が勝利の一因となりました。

食糧や物資の供給が滞ることなく行われたことが、長期戦においては戦局を左右する重要な要素となり、鉄道の役割はますます大きなものとなっていきました。 こうした食糧供給に関する技術革新や輸送手段の進歩は、戦争における兵站(ロジスティクス)の重要性を示し、戦争の勝敗を分ける鍵となったのです。

食の交易路が多様なイノベーションを起こしてきた!

交易路を伝って流れるのは品物に限らない。新たな発明や言語、芸術様式や社会的慣習、宗教思想もまた、物理的な諸物と同様、交易商人らに連れられて世界中を巡った。

著者は、交易路が文化や知識、技術を広める重要な媒体となり、それによって文明の発展が大きく促進されたことを強調しています。 交易商人たちは、物理的な商品だけでなく、新しい発明や言語、芸術様式、社会的慣習、さらには宗教思想までを世界各地に広めました。この文化的交流は、単なる物品の交換以上に、人類の文明の発展に深く寄与したのです。

スタンデージは、具体的な例を挙げてこの点を説明しています。例えば、西暦1世紀にワインとその製造技術が中近東から中国へと伝わったことは、シルクロードを通じた交易活動の結果でした。逆に、麺の製法が東から西へと伝わり、ヨーロッパや中東の食文化に大きな影響を与えました。

さらに著者は、紙や磁気コンパス、火薬といった画期的な発明も、交易路を通じて世界中に広まったことを指摘しています。これらの発明は、それぞれの地域の生活様式を一変させ、技術や産業の発展に多大な影響を与えました。

例えば、紙の普及は知識の蓄積と伝達を容易にし、教育や文化の発展を加速させました。磁気コンパスは海上航行に革命をもたらし、大航海時代の幕開けを支える一因となりました。火薬は戦争のあり方を劇的に変え、後の軍事技術の発展にも繋がっています。

アラビア数字の伝来も、交易路を通じた文化交流の興味深い事例です。スタンデージは、アラビア数字が実際にはインドで発祥し、アラブ商人たちによって西方に広められたことを説明しています。この数字体系の普及は、数学や商業の発展を促進し、特に計算の効率化に大きく貢献しました。私たちが今日当たり前のように使用している数字の背景には、このような交易活動と文化交流の歴史があったのです。

スタンデージの分析は、交易が単なる物品の取引以上の意味を持っていたことを明らかにしています。交易路は、異なる文明が交わる場となり、そこで技術や思想が融合し、新たな発展を生み出す触媒となりました。この視点は、私たちに交易の歴史をより広い文脈で捉え直すことを促します。 さらに、この分析は現代のグローバル化した世界にも重要な示唆を与えています。

情報技術の発達により、アイデアや文化の交流はさらに加速し、新たな革新を生み出しています。 本書は交易路を通じた文化交流が、時代や場所を超えて、私たちが今日享受している多くの技術や思想の基盤を築いてきたことを示しています。

スタンデージのアプローチの特徴は、遺伝学、考古学、人類学、民族植物学、経済学など、多岐にわたる分野の知見を統合していることです。この学際的なアプローチにより、食べ物を中心とした人類の変遷の物語が、非常に奥行きのある、満足度の高いものとなっています。 特に印象的なのは、狩猟採集民と農耕民の生活の質に関する考察です。

本書は、食べ物を通じて人類の歴史全体を俯瞰するという野心的な試みであり、読者に歴史を見る新たな視点を提供しています。日々の食事が実は何千年もの歴史的プロセスの集大成であり、現代のグローバルな課題とも密接につながっているという指摘は、私たちの食べ物に対する認識を大きく変えるきっかけをつくっています。 

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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