努力の地図(荒木博行)の書評

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努力の地図
荒木博行
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)

努力の地図(荒木博行)の要約

荒木博行氏の『努力の地図』は、努力を「4階層モデル」と「報酬の4類型」、さらに「9つの努力神話」として構造的に再定義することで、曖昧で感情的に語られがちな努力を論理的に整理し直す意欲作です。努力には非線形性と時間差があり、短期的成果で判断せず、自身がどの階層にいるのか、どの報酬型を目指しているのかを把握することが継続の鍵になります。

努力は4階建ての建物

努力は4階建の建物。(荒木博行)

私たちはしばしば、「努力は報われるべきものである」という価値観に基づいて行動します。「努力すれば報われる」という考え方は、長い間、労働や教育の現場で正しいものとして教え込まれてきました。日本社会では特に、その価値観が美徳として広く共有されています。 けれども、私たちの目の前にある現実は、そうした理想とはしばしば食い違っています。

夜遅くまで働き、休日も自己研鑽に費やすといった献身的な努力を続けても、成果が思うように現れないという場面は多々あります。そうした状況が続けば、達成感ではなく徒労感が蓄積され、心のエネルギーが徐々に摩耗していきます。

さらに、自分よりも努力していないように見える他者が、順調に成果を上げている様子を目の当たりにしたとき、私たちはしばしば感情的なジレンマに陥ります。「なぜ自分は報われないのか」「努力の意味とは何か」といった根源的な問いが浮かび上がり、自信や信念が揺らいでしまうのです。

こうした内的葛藤は決して例外ではなく、「努力は美徳である」という文化的前提が強く根づいた社会において、多くの人々が共通して抱える心理的なテーマでもあります。

前作独学の地図において、学びを構造化する試みを提示した荒木博行氏は、「学びは日常生活の中に存在し、年齢や立場にかかわらず、誰もが自己成長のために取り組める営みである」と説いてきました。日常の経験をラーニングパレットとして構造的に整理することで、従来の枠組みにとらわれない新たなキャリアの可能性が開かれることすらあるのです。学びは決して特別なものではなく、むしろ人生の中に溶け込んだ、自己変容を促す豊かな営みなのです。(独学の地図の関連記事

そして今回、荒木氏はそのテーマを「努力」へと拡張します。学びが自己成長の入口であるとすれば、努力はそのプロセス全体を支える持続力と方向性の問いであるともいえるでしょう。

荒木氏の新刊の努力の地図は、私たちが何気なく用いてきた「努力」という言葉を、より論理的かつ戦略的に捉え直すことを通じて、日常に潜む努力の構造を明らかにしようとする意欲作です。住友商事やグロービス経営大学院での実務・教育経験を経て、現在は株式会社学びデザインの代表取締役を務める著者が描き出すのは、努力という曖昧な概念に対する“地図”、すなわち構造的フレームワークです。

この地図は、私たちが自身の努力を冷静に点検し、戦略的に軌道修正していくための羅針盤として機能します。 本書の中心に据えられているのが、「努力の4階層モデル」です。荒木氏は、私たちが日常的に用いている「努力」という言葉が、実は異なる性質の行動を曖昧に混同している点に注目します。

これを4階建ての構造で整理することにより、読者が自らの努力の種類と水準を客観的に見つめ直せるよう工夫されています。

第1階層である「量の努力」は、目標達成のために定めた行動を繰り返し、回数を重ねて遂行することに焦点が当てられます。たとえば筋トレでいえば、決められた回数のトレーニングを着実にこなすことがこれに該当します。私たちが「努力している」と実感する多くの場面は、まさにこの量的側面に依拠しています。

第2階層の「質の努力」は、行動の結果や他者からのフィードバックを受けて改善を図る行為を指します。同じ筋トレでも、フォームを見直したり、より効果的な方法にアップデートしたりすることで、取り組みの効率や成果を高める段階です。単なる継続にとどまらず、「工夫と変化」を伴う努力だといえるでしょう。

第3階層の「設計の努力」では、目標達成のための手段や構造そのものを再考するフェーズに入ります。筋トレが健康維持を目的とするのであれば、運動のみならず、食事管理や休養の取り方も含めたライフスタイル全体の見直しが求められます。ここでは具体的な行動を俯瞰し、リソース配分を最適化する戦略的思考が必要になります。

第4階層の「選択の努力」は、そもそも目指している目標そのものを再検討するという、最も高次の努力です。社会的に当然とされるキャリアや成功のモデルを無条件に受け入れるのではなく、「自分は本当にその目標を望んでいるのか?」という根源的な問いを投げかけ、目標自体を再構成するという極めて創造的な行為です。

このように、努力を階層的に捉えることにより、「どれだけ頑張ったか」ではなく、「どの階層で躓いているのか」「どの段階が欠落しているのか」を可視化できるようになります。努力に対する不全感や焦燥感を単なる感情論で片付けず、構造的に診断し、より高次の努力へと接続していくためのヒントが本書には豊富に詰まっています。

努力の4つの報酬

失敗すら報酬になり得るというエジソンの姿勢からわかるのは、結局、報酬は私たちの認識次第だということだ。報酬を丁寧に定義することができれば、私たちもエジソンと同じように「努力の娯楽化」という理想状態を維持できるのかもしれない。

さらに本書では、努力の結果としての「報酬」そのものも再定義されています。荒木氏は努力のアウトプットとしての報酬を「目標との距離」と「時間軸」の掛け合わせによって4つに分類しています。「即達成型報酬」「即サプライズ型報酬」「ゆっくり達成型報酬」「ゆっくりサプライズ型報酬」という枠組みです。

達成型は当初の目標通りの報酬を意味し、サプライズ型は当初の目標から外れた報酬、つまり副産物を指します。そして「即」と「ゆっくり」は、報酬が得られるまでの時間を表しています。 この分類は、「努力が報われる/報われない」といった単純な二項対立の枠を超え、報酬という概念に多様性と奥行きを与えるものです。

そして同時に、努力とは決して均一なものではなく、報酬の感じ方や受け取り方も人それぞれであるという現実を突きつけてきます。この分類が重要なのは、報酬の定義が人それぞれ異なるからこそ、「努力は報われる」「報われない」の議論がいつもすれ違ってしまうという現実を明確にしているからです。

荒木氏は本書の中で興味深い概念として、「努力の娯楽化」という視点を紹介しています。たとえば、あるサッカー少年が日本代表選手に憧れ、毎日遅くまでボールを蹴り続けているとしましょう。周囲の大人たちはそれを「努力」として称賛するかもしれませんが、当の本人はそれを努力だとは感じていません。なぜなら、練習を重ねるほどに技術が向上し、上達という報酬が得られ、その過程自体が楽しくて仕方がないからです。

このように、努力が主観的に「娯楽」として捉えられている状態は、極めて理想的であり、本人にとっては継続が苦にならない持続可能な努力のかたちといえるでしょう。

しかし、この状態には思わぬ落とし穴が存在します。それは、動機の純度が変化する瞬間です。つまり、「サッカーが上手くなりたい」という内発的な動機が、「収入を得たい」「注目されたい」といった外発的な動機に置き換わったとき、努力の娯楽化は終焉を迎えてしまうのです。努力が外的報酬に依存し始めた瞬間、それまで内側から湧き出ていた楽しさは減退し、義務感や焦燥感に取って代わられることになります。

ここで重要となるのが、「報酬」に対する認識の再構築です。トーマス・エジソンが「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ」と語ったように、失敗すらも報酬として肯定的に受け止める姿勢から私たちが学ぶべきは、報酬とは決して絶対的な尺度ではなく、主観的な認知によって形成されるという事実です。報酬をどう捉えるかによって、私たちの努力の体験はまったく異なる質を帯びるのです。

この観点から言えば、私たちがもし、自分にとって意味のある報酬とは何かを丁寧に定義し直すことができれば、努力そのものを娯楽化し、継続的な成長の源泉へと変えることも可能になるでしょう。

実際、「好きで努力している人」、すなわち努力を娯楽化している人には、他者が競争的に勝ることは容易ではありません。そのような状態を維持できるかどうかが、努力を一時的な熱意ではなく、持続可能な自己成長へと結びつける鍵となるのです。

9つの努力神話

本書で特に興味深いのは、努力(インプット)と報酬(アウトプット)の間のプロセスを構造化している点です。荒木氏はこの中間プロセスを「神話」と表現し、「9つの努力神話」を紹介しています。「努力は報われるのか」という問いには、インプットとしての「努力」、プロセスとしての「神話」、アウトプットとしての「報酬」という3つの変数が含まれています。

荒木氏は縦軸に努力と報酬の相関の強さ、横軸に不確実性を置き、9つの神話を分類しています。「自動販売機型努力神話」は努力量に比例して確実に成果が得られるという考え方です。「ガチャガチャ型神話」は努力すれば何かしらの成果は得られるものの、その内容は予測できないという前提ですが、ワクワクできるというメリットがあります。

「農業型神話」は種まきから収穫まで時間がかかるが、天候などの外的要因に左右されるという考え方を指します。どれだけ努力しても人は自然の前では無力な存在です。しかし、環境変化への対応を先延ばしし、努力を諦めるとアップルに敗れたノキアのようになるという著者の指摘に共感を覚えました。

「段階型神話」は一定の努力を積み重ねることで段階的(ジグザグ型)にレベルアップするという発想で、ドラゴンボールの悟空の成長物語をイメージすると良いでしょう。段階型神話は挫折をポジティブに捉え、飛躍への力を与えてくれます。

しかし、がむしゃらに頑張っていれば停滞を経て、次の段に上れるというわけではありません。踊り場で立ち止まったら、過去の成功や失敗から学び、より高次元の努力の機会を探らなければなりません。それなくして、階段を上り切ることはできないのです。

「ホッケースティック型神話」は最初は成果が見えないが、ある地点を越えると急激に伸びるという考え方です。いつ努力が報われるのかがわからないリスクがありますから、周りからのフィードバックをもらうなど、努力と報酬について注視しなければ、時間を浪費することになります。

「予選・本選型神話」は努力の段階が明確に分かれており、予選の通過までは努力と報酬は相関するが、本選では不確実性が高くなるという考え方で、その際は心を落ち着かせ、割り切りが必要になります。

「空型神話」は努力しても報酬が得られない場合があると考え、努力と報酬は別物だと捉えて努力を重ね、執着を手放すという姿勢です。「職人型神話」は長期間の修練を通じて技能を磨き、報酬は自分で決めるという考え方で、自らのうちなる報酬を糧に研鑽を続けます。「宝くじ型神話」は努力の量や質に関係なく、運や偶然によって大きな成果が得られるという考え方です。

なかでも、自動販売機型努力神話、すなわち「頑張った分だけ確実に成果が返ってくる」という思考は、多くの人が無自覚に抱きやすい危険な信念です。この思考に囚われると、成果が見えないときに自己否定に陥りやすくなり、努力の継続すら困難になるリスクを孕んでいます。

自動販売機型努力神話をホッケースティック型神話に書き換えたり、努力の娯楽化を行うことで、努力を継続できるようになります。現実には、量をこなせば右肩上がりに報酬が返ってくるという単純な関係ではありません。報酬は返ってくるものの、きれいに比例せず、その大きさはランダムで予想がつきにくいという前提を置く必要があります。

現実には、量をこなせば右肩上がりに報酬が返ってくるという単純な関係ではありません。報酬は返ってくるものの、きれいに比例せず、その大きさはランダムで予想がつきにくいという前提を置く必要があります。 重要なのは、私たちは文脈によって採用する神話を無自覚に変えているということです。だから努力を語るのは難しいのです。

私たちは複雑な努力の要素をかなり雑につなげながら話していることに気づいたはずだ。これだけの要素が混在しているものに対して、努力が報われるかどうかなどひと言で語れるはずがない。

これだけの要素が混在しているものに対して、努力が報われるかどうかなどひと言で語れるはずがありません。 努力とは本来、比例的ではなく非線形的なプロセスであるという前提を、私たちはもっと意識すべきなのかもしれません。本書の中核的な価値は、「努力」という感情的・精神的に語られがちなテーマを、論理的・構造的に再定義した点にあります。

特に、4階層モデルや報酬の4類型、9つの努力神話といった整理手法は、抽象的で扱いにくい概念を視覚的・認知的に理解可能なモデルへと昇華させており、読者にとって大きな思考の支柱となるでしょう。努力をフレームワークで可視化・構造化するというアプローチ自体が斬新であり、知的刺激に富んだ試みです。

さらに本書では、努力に行き詰まる3人の架空ケースが紹介され、それぞれの「努力の階層」や信じ込んでいる「神話」に対する診断と修正のプロセスが丁寧に描かれています。読者は、自身の状況と重ねながら、実践的にフレームワークを応用することが可能になります。

SNSの普及により、他者の成功が日常的に可視化されるようになった現代において、「自分のほうが努力しているのに、なぜ報われないのか」という感覚は、ますます強まりがちです。著者の荒木氏は、そうした比較がそもそも同じ土俵で成り立っていない可能性に目を向けるべきだと指摘します。

実は私自身、この書評ブログを書き続けるという目標のために、日々読書というインプットと著者との対話を積み重ねています。そしてその努力が報われたと実感できるのは、読者の方からフィードバックをいただいたときです。

書き始めたころはほとんど反応がありませんでしたが、あきらめずに書き続けたことで、ビジネスにも良い影響を与えています。いまでは多くの方から温かいコメントや評価をいただくようになりました。これは、成果があるとき急激に跳ね上がる「ホッケースティック型神話」に通じる経験かもしれません。報酬の型を理解し、自らの努力を信じて継続することの重要性を、私はこの実践の中で日々学び続けています。

特に「努力が報われていない」と感じている方にとって、本書は自分の現在地を確認し、方向を見直す“地図”として機能するでしょう。順調なときには気づかない思い込みも、成長が停滞したときには浮かび上がります。その瞬間に思考を止めるのではなく、自分がどのような「神話」や「報酬モデル」に縛られていたかに気づくことこそ、転機となりうるのです。

努力には階層があり、報酬にはタイムラグがある。この事実を踏まえれば、目に見える成果が出ていないからといって、それまでの努力を否定する必要はありません。むしろ重要なのは、自分が今どの階層の努力をしているのか、そしてどの型の報酬を期待しているのかを冷静に見極める視点です。

特に「行動の努力」だけでなく、「設計の努力」や「選択の努力」へと視点を引き上げていくことで、長期的な成長が可能になります。成果を短期で判断せず、時間をかけて実を結ぶ努力の形を認識していくことが、継続の鍵なのです。

成長とは単に能力が向上することではなく、世界の見方が深まっていくプロセスです。以前は単純に思えた事象が多層的に見えるようになり、新たな問いや視点を獲得していく。この変化こそが、努力を続ける価値であり、非線形な報酬プロセスを受け入れるための力になります。 努力の階層と報酬の型を理解し、自分自身のペースで歩むこと。そこにこそ、持続可能で豊かな成長の可能性があるのです。

最強Appleフレームワーク


この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
株式会社INFRECT取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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