コトラーの起業家的マーケティング 伝統的手法から脱して創造性とリーダーシップ重視型アプローチへ(フィリップ・コトラー, ヘルマワン・カルタジャヤ, ホイ・デンフアン, ジャッキー・マセリー)の書評

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コトラーの起業家的マーケティング 伝統的手法から脱して創造性とリーダーシップ重視型アプローチへ
フィリップ・コトラー, ヘルマワン・カルタジャヤ, ホイ・デンフアン, ジャッキー・マセリー
朝日新聞出版

コトラーの起業家的マーケティング(フィリップ・コトラー)の要約

コトラーは、従来の縦割り型マーケティングの限界を指摘し、創造性と起業家精神を組み合わせた「起業家的マーケティング」の重要性を強調しています。マーケティングと財務、テクノロジーと人間性など、対立しがちな要素を統合的に捉え、部門を越えて価値を共創する姿勢が求められます。企業は柔軟性や共感力、迅速な意思決定力を備えた組織文化を育み、変化の激しい市場において持続的な成長を実現する必要があります。

起業家マーケティングが必要な理由

マーケティングの盲点とは、企業がマーケティング管理プロセスを適切に実行してきたものの、まだ接続できていない要素を認識していない状態と定義できる。マーケティングの実行における他の要素のダイナミクスについて、誰も考えていないのである。 その結果、これらの盲点は企業 の前進を妨げ、最終的には企業の競争力を失わせる。(フィリップ・コトラー)

現代の企業経営において、従来型のマーケティング手法では太刀打ちできない深刻な問題が顕在化しています。パンデミック後の世界では、デジタル環境の複雑化と急速な変化、そして価値観を重視した持続可能なビジネスへの転換が求められており、対応できない企業は次々と市場から姿を消しています。

特に、デジタル変革に乗り遅れた企業、顧客ニーズの変化を捉えられない組織、部門間の連携不足によって競争力を失った企業は深刻です。 多くの日本企業が依然として伝統的な「プロフェッショナル・マーケティング」に依存し、変化に適応する力を欠いていることが、グローバル競争での後退を招いています。

セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングといった基本技術は定着しているものの、現在求められているのは、柔軟で俊敏に変化へ対応できる戦略です。しかし現実には、戦略の切り替えに失敗している企業が大半です。

また、マーケティング部門がかつて抱えていた縦割り体制の弊害は、今日さらに大きな障害となっています。外部環境への無関心、マーケティングと財務の不整合、オンラインとオフラインの連携不足といった課題が、企業の成長を阻害しています。

部門ごとの独立性が高く、連携が不十分な状態では、市場変化への迅速な対応ができず、競争力の低下を招く結果となります。 このような状態を放置すれば、変化のスピードが増す市場において、企業は顧客の高まる期待に応えられず、成長機会を失い、最終的には淘汰されていきます。段階的なマーケティングではすでに限界があり、ダイナミックな要素を無視した戦略では、前進どころか、足を引っ張る結果になりかねません。

さらに、意思決定の遅れや情報共有の欠如、テクノロジー導入の遅れも深刻です。特に見過ごされがちなのが、人的資本への軽視です。創造性や情熱、起業家的なマインドを持つ人材を活かせなければ、組織のイノベーション力そのものが低下してしまいます。一度失った市場優位性を取り戻すのは容易ではなく、企業の持続的な成長基盤は大きく揺らぐことになります。

こうした課題に対して、フィリップ・コトラーは、新刊コトラーの起業家的マーケティング 伝統的手法から脱して創造性とリーダーシップ重視型アプローチへで画期的な解決策を提供しています。プロフェッショナル・マーケティングに加えるべきものが、機敏に動く「起業家精神」であると主張します。

現代の企業には、部門を超えた連携と共創によるイノベーションが求められています。縦割り構造では、変化のスピードに追いつけず、持続的な成長は望めません。多様な専門性が交差し、互いに学び合いながら新たな価値を生み出すことこそ、今まさに問われているのです。

コトラーはまた、「融合」の視点を強調します。感性と理性、創造と分析、テクノロジーと人間性、マーケティングと財務。こうした一見対立する要素を、対立ではなく共存の関係として捉え直すことが、イノベーションの出発点になると述べています。 象徴的なのがマーケティングと財務の関係です。

顧客視点や創造性を重視するマーケティングと、効率性や予算管理を担う財務は、これまで異なる言語を話す存在であり、二項対立の象徴とされてきました。しかし今、企業に求められているのは、互いの立場や価値観を理解し、共通のビジョンに向かって協働する姿勢です。

マーケティングが市場の声を具体的な施策へと落とし込み、それを財務が現実的な資源計画として支える。この一連のプロセスがスムーズに連動することで、企業は効果性と効率性の両立を可能にします。

テクノロジーの進化もこうした融合を後押ししています。クラウドやAIの活用により、リアルタイムでのデータ共有や可視化、分析の自動化が進み、部門間の壁は低くなっています。知見やインサイトが組織全体に開かれ、意思決定のスピードと精度が飛躍的に向上しているのです。

企業は今、「生態系」のような組織へと進化を遂げつつあります。各部門が独立して動くのではなく、互いに補完し合い、相乗効果を生む存在へと再定義されていきます。この変化が、柔軟で創造力に富んだ組織文化を育み、変化への耐性を高めることにつながるのです。

自社のニーズに最も適したプロフェッショナル・マーケティングと起業家的マーケティングのバランスを見つけなければならない。

Googleの「20%ルール」やPwCの能力開発支援に見られるように、起業家的要素とプロフェッショナルな環境の融合は、企業にとって不可欠な競争優位の源泉となっています。

Googleでは従業員に裁量を与えることで、GmailやGoogle Mapsのような革新的サービスが生まれました。これは、個人の創造性が組織全体のイノベーションへと波及する好例です。

一方、PwCは柔軟な働き方と自己成長の機会を提供することで、高度な専門人材を引きつけています。単なる労働力としてではなく、価値を共創するパートナーとして従業員を位置づけるその姿勢は、エンゲージメントと定着率の両立にもつながっています。

共通点は、自由と統制、安定と挑戦を二項対立ではなく補完関係と捉えている点です。このバランス感覚こそが、創造性を育みながらも、組織としての一貫性を保つ鍵となります。

報酬だけでなく成長環境を重視する知的労働者の価値観に応えるためにも、起業家的な組織文化はもはやオプションではなく必須条件になりつつあるとコトラーは言います。組織にイノベーションと魅力を呼び込む力、それが内なる起業家精神なのです。

オムニハウス・モデルの2つのクラスターと5DとPDBトライアングル

オムニハウス・モデルは戦略を実行し、具体的な目標を達成するために使える枠組みである。このモデルの核は2つのクラスターに集約されている。1つのクラスターは起業家精神グループで、これは創造性(Creativity)、イノベーション(Innovation)、起業家精神(Entrepreneurship)、リーダーシップ(Leadership)の4要素(CI―EL)から成る。もう1つのクラスターはプロフェッショナリズム(専門性)グループで、生産性(Productivity)、 改善(Improvement)、専門性(Professionalism)、マネジメント(Management)の4要素(PI―PM)で構成される。 

オムニハウス・モデル(Omnihouse Model)は、戦略の立案と実行を一体化し、現代企業が直面する複雑な経営課題に対して体系的な解決策を提示する統合的なフレームワークです。理論にとどまらず、実務に活かせる実践的ツールとして設計されている点に大きな特徴があります。 このモデルは、企業内部における2つの主要なクラスターを軸に構成されています。

1つ目は「CI-ELクラスター」と呼ばれ、創造性(Creativity)、イノベーション(Innovation)、起業家精神(Entrepreneurship)、リーダーシップ(Leadership)から成り立っています。これは、企業が変化に対応し、成長を遂げるための推進力を担います。新しい発想を生み出す力、それを実行に移す能力、チャンスを見極めて挑戦する姿勢、そして組織を導く力が集約されています。

2つ目の「PI-PMクラスター」は、生産性(Productivity)、改善(Improvement)、専門性(Professionalism)、マネジメント(Management)で構成されており、企業の安定性と効率性を支える基盤となります。

限られた資源を効果的に活用し、継続的な成果を上げ、高度な知識と管理力によって組織全体を支える役割を果たします。 これら2つのクラスターは、独立して機能するのではなく、相互補完的に作用し合います。

また、企業を取り巻く外部環境の変化とも連動しており、この外部環境を読み解くために用いられるのが「5Dダイナミクス」です。5Dとは、①テクノロジー、②政治・法制度、③経済、④社会・文化、⑤市場の5つの領域を指し、それぞれが企業活動に直接的・間接的に影響を与えます。特に注目すべきは、これらの変化が個別にではなく、連鎖的・因果的に発生するという点です。

たとえば、技術革新が法制度の改正を引き起こし、それが社会や市場にまで波及するという構図が挙げられます。したがって、企業は単なるリスクチェックではなく、全体のダイナミズムを俯瞰的に把握する視点が求められます。

こうした外部環境の認識を踏まえたうえで、競争優位の構築を目指す企業にとって中核となるのが「PDBトライアングル」です。これは、Positioning(ポジショニング)、Differentiation(差別化)、Brand(ブランド)の3要素から構成されています。ポジショニングは顧客から見た市場における位置づけ、差別化は他社と異なる価値提案、ブランドは信頼と感情的つながりの構築を意味します。

この3要素は、単独ではなく相互に補完し合いながら機能するべきものです。 オムニハウス・モデルの革新性は、これらすべての要素を“融合”させて戦略を実行する点にあります。外部の変化はCI-ELクラスターを刺激し、それがイノベーションにつながります。

そして、PI-PMクラスターがそれを制度化し、全社的な仕組みとして定着させていきます。この連動構造こそが、持続可能な成果の実現につながるのです。

さらに、モデルでは時間軸における財務指標の役割も明確に整理されています。過去の成果を示す貸借対照表や損益計算書だけではなく、現在の行動──特に人材の専門性、起業家精神、リーダーシップとマネジメントの融合こそが、将来のキャッシュフローや企業価値に影響を及ぼすとしています。

マーケティング分野では、起業家的アプローチが重要です。ここで求められる能力は、「オポチュニティ・シーカー」としての機会を見出す力、「リスクテイカー」としての思い切った決断力、そして「ネットワーク・コラボレーター」としての協働能力です。これらは、変化の激しい市場環境で価値を創出するために不可欠なケイパビリティといえるでしょう。

また、モデルの根底には「ヒューマニティ(人間性)」の重視があります。従業員、顧客、社会といったステークホルダーとの関係を尊重することが、財務的成果と非財務的価値を両立させ、真の企業価値を形成する基盤となります。

このように、オムニハウス・モデルは「マーケティング×ファイナンス」「テクノロジー×ヒューマニティ」といった異なる要素を統合し、企業が保守的か先進的かを見極めながら、内外の環境を読み解き、変化と安定を両立させる戦略実行を支援するフレームワークなのです。

5Dで環境を捉え、PDBで勝ち筋を描き、人間性を重視しながら実行する──この一貫性こそが、現代のマーケティングと経営における核心なのです。

4Cダイヤモンドモデルでマーケティングを他部門と統合する!

現在および将来のビジネス環境では、4C(変化、顧客、自社、競合他社)ダイヤモンド・モデルの一部である顧客が主役になる。

コトラーは、現代のビジネス環境を捉えるための有効な手段として、「4Cダイヤモンド・モデル」の活用を提案しています。これは、Change(変化)、Customer(顧客)、Company(自社)、Competitor(競合)という4つの視点から、企業の立ち位置と戦略を多面的に再構築するためのフレームワークです。

そしてこの4つは単に並列する要素ではなく、相互に作用し合いながら、企業の意思決定に影響を与える“動的な構造”として理解されるべきものです。

まずChange(変化)について。近年、デジタル化の加速、気候変動への対応、ジェンダー平等の推進、SDGsの広がりなど、企業を取り巻くマクロ環境が急速に変化しています。

これらはもはや外部要因ではなく、企業が戦略に組み込まなければならない“前提条件”となっています。企業にとって重要なのは、これらの変化をただ受け入れるのではなく、自社の価値観や行動にどう結びつけ、社会と共鳴していくかという姿勢です。

次にCustomer(顧客)の姿も大きく変わりました。現代の顧客は、情報を受け取るだけの存在ではなく、SNSやレビューサイトを活用し、自分の価値基準で判断し行動する「能動的な選択者」へと進化しています。このような顧客に対しては、商品のスペックや価格だけでは響きません。企業の姿勢、理念、ストーリーといった「共感の軸」が、選ばれる理由としてますます重要になっています。

Company(自社)についても、再定義が求められています。企業が社会の中でどのような意味を持ち、どんな価値を提供するのか。そのミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を見つめ直し、表面的なスペック競争ではなく、“意味のある存在”として顧客とつながれるかどうかが問われています。

とりわけ、ブランドや組織文化、顧客との信頼関係といった「無形資産」をいかに活用できるかが、これからの競争力の源泉となります。

そしてCompetitor(競合)の捉え方も、業界の垣根がなくなる中で、大きく広がりつつあります。競合はもはや同業他社だけではなく、異業種、代替手段、さらにはプラットフォーマーまでもが対象になります。たとえば、ある生活習慣を支えるアプリやサービスが、別業界の製品に取って代わることも珍しくありません。競合の範囲を再定義することで、初めて「本当に戦うべき相手」が見えてくるのです。

こうした4つの要素は、それぞれ独立しているように見えて、実は深く関係し合っています。社会が変われば顧客の行動も変わり、顧客の期待が変われば、自社の提供価値も見直される。そして新たな競合が現れれば、市場全体のルールが書き換えられていきます。まさに「4Cダイヤモンド」の名のとおり、この構造を立体的に捉えることで、初めて戦略の本質が見えてくるのです。

我々は顧客に何が起こっているか、その現象は自社にとって初めてのことか、それとも長年続いていることかに、絶えず注意を払わなければならない。顧客が他社にスイッチするかをモニターしたり、既存顧客の満足度やロイヤルティを測定したりする必要がある。

近年の顧客は、企業が期待に応えられなければ、すぐに離れてしまいます。一度きりの感動では不十分で、「このブランドを選んでよかった」と何度も実感してもらえるような体験の積み重ねが必要です。信頼は偶然に生まれるものではなく、継続的な誠実さと一貫した姿勢によって築かれていきます。

こうした状況のなか、先進的な企業は顧客との関係を単なる取引から、共に価値を生み出す“共創”へと進化させています。感情的なつながりを大切にし、ユーザーとの対話を通じてブランド体験そのものを磨き上げていく。必要なリソースすべてを自社内で抱え込むのではなく、外部の知見や技術を柔軟に取り入れながら、パートナーシップを通じて新たな価値を創出しているのです。

このような姿勢が、企業の柔軟性と持続可能性を高める原動力となっています。 また、接続性が重視される現代においては、顧客理解と関係構築の鍵として「コミュニティ」の存在がいっそう重要になっています。オンライン・オフラインを問わず、顧客と深い関係を築くことで、企業は顧客をより効果的に支援できるようになります。

顧客はブランドと交流するだけでなく、同じブランドを愛する者同士がつながり合い、互いに影響を与えながら豊かな体験を共有するようになるのです。

そして、2030年という大きな節目が迫っています。これは単なるカレンダー上の区切りではありません。AI、ロボティクス、ナノテクノロジー、ゲノム工学など、さまざまな領域で技術革新が同時多発的に起こりつつあります。

未来学者レイ・カーツワイルが「収穫加速の法則」として指摘したように、テクノロジーの進化は加速度を増し、人間の知性と人工知能の融合——いわゆるシンギュラリティへと向かう流れは、すでに始まっています。 このような大きな変化の渦中で、企業に求められるのは、「これまで通り」でいることではありません。変化の中で学び、柔軟に動き、自らの役割を進化させていくこと。

その上で、顧客と心の距離を縮め、共に未来をつくるパートナーとして信頼を築いていく。そうした姿勢こそが、2030年以降の時代において、企業が真に選ばれ続けるための礎となるのです。 企業の存続と成長を確実なものにするためには、従来のマーケティング手法からの根本的な転換が不可欠です。

コトラーが提示する起業家的マーケティングの理論的枠組みを自社の状況に合わせて適応させ、組織全体での実践を開始することが急務となっています。まず重要なのは、現在のマーケティング活動における盲点を特定し、部門間の連携強化から始めることです。

マーケティングを財務と、またテクノロジーを人間と融合させることは不可欠であり、従業員、顧客、社会といったステークホルダーを包含するヒューマニティという概念を中心に据えた組織運営が求められます。次に必要なのは、顧客との関係性を人間中心の視点で見直し、感情的つながりを重視したコミュニケーション戦略を構築することです。

同時に、最新のデジタル技術を活用したデータ収集・分析体制を整備し、アジャイルなマーケティング実践を可能にする組織体制を構築することが重要です。 創造性と改善を堅固な起業家精神とリーダーシップというマインドセットを併せ持つ人々によってマネジメントし、強固な専門性とマネジメントで下支えする体制を整えることで、企業を前進させることができるのです。

オムニハウス・モデルが示すように、組織の様々な機能が一体となって財務的結果と非財務的結果に繋がる行動を下支えすることで、企業は将来のパフォーマンスを向上させ、市場での競争力を確実に強化することができるでしょう。二項対立の融合という革新的な発想により、企業は新たな価値創造の可能性を見出し、持続可能な成長への道筋を確立することができるのです。

持続可能への4段階と起業家マーケティングのリーダーシップ

変化は頻繁に起こるため、組織は常に変化する用意をしておく必要がある。

現代のビジネス環境において、多くの企業が持続的成長を志向しながら、実際にはそのプロセスで挫折してしまう現象が頻発しています。その根底には、企業の成長には段階的なフェーズが存在するという事実に対する理解の欠如があると考えられます。企業の成長過程は体系的にフェーズ0から始まり、段階的に進化するプロセスを経ます。

フェーズ0は「潜在力のある企業」あるいは「敗者企業」とも言える段階です。組織には本質的に潜在力が備わっているものの、過度な硬直性や組織慣性によって、環境変化への適応が阻害されると、その潜在力は実現されることなく競争から脱落してしまいます。この段階における失敗は、戦略の選択ミスというよりも、根本的な組織能力の欠如を反映しています。

次のフェーズ1では、企業は「意味を持つ存在」としての位置づけを目指す必要があります。硬直性が比較的低い企業であれば、内部に存在する二項対立的な要素を柔軟に統合し、外部の競争環境に対する視野を広げることが可能となります。ただし、その融合の整合性を保てなければ、企業は再び後退し、あるいは急速に衰退するリスクを孕んでいます。

フェーズ2では、組織は「生き残る企業」、あるいは「勝者企業」としての水準に到達します。この段階にある企業は、二項対立の融合を維持しつつ、より広いビジネス・エコシステムに目を向けます。そのエコシステムはアナログ的、デジタル的に相互接続されており、共に競争しながら価値を共創する複雑な構造を形成しています。ここで相対的に高いパフォーマンスを発揮できれば、企業は交渉力のある主体としても機能するようになります。

最終段階であるフェーズ3では、「持続可能な企業」としてのあり方が問われます。硬直性や慣性を最小限に抑え、既存の融合を維持しながら、新たな変革を内発的に推進できる組織体制が求められます。経営陣は、マクロ環境、ビジネス・エコシステム、競合企業、顧客といった多層的要因に対する全体的な視野を持ち、戦略的に行動することが不可欠です。

結果として、そのような企業は環境変化に対する高い適応性と交渉力を有し、持続的成長を実現することが可能となります。

変化は常に予測不可能な形で訪れます。ある調査では、企業が過去3年間に平均5回もの全社的変革を経験しており、今後の数年間でその頻度がさらに増加する見通しが示されています。

多くの企業がこの成長フェーズで失敗する原因は、段階ごとの移行を可能にする決定的な要素、すなわち組織変革を支える内的ドライバーを見落としている点にあります。単なる技術や戦略ではなく、対立を統合し、組織を統率する力が問われているのです。

とりわけ、デジタル時代においては、従来の専門性偏重のアプローチが限界を迎えつつあります。マーケティングに関する最新の調査では、ビジネス・インパクトの大半が専門スキル以外の要素によってもたらされていることが明らかになりました。この傾向は不確実性の時代においてさらに顕著となり、全社を横断する顧客中心の統率力が企業の競争力を左右しています。

マーケティングにおけるリーダーシップは、顧客にソリューションという形で価値を提供する上で、極めて重要な役割を果たすということである。

企業経営の現場では、従来型のトップダウン指示命令システムから、価値創造型リーダーシップへの移行が急速に進行しています。この潮流は、単なるマネジメント手法の刷新にとどまらず、企業の存在意義そのものを再定義する根本的な変革として捉えるべきでしょう。いま、私たちはまさに経営のパラダイムシフトの只中にいるのです。

真のリーダーシップとは、企業の核となる価値観を明確に定義し、それをポジショニング戦略や差別化の構造、ブランド構築の根幹に据える能力にほかなりません。重要なのは、その価値観が理念として掲げられるだけでなく、日常的な事業活動――セグメンテーション、ターゲティング、マーケティング・ミックス、販売活動、顧客サービス、業務プロセスなど――のすべてに浸透しているかどうかです。

戦略的な方向性と実務のアクションが、矛盾なく連動しているか。その言行一致の構造こそが、リーダーの真価を問う最も本質的な基準となります。 リーダーの役割は、単に命令を下すことではありません。マネジメント・チームを統率し、組織の方向性を示し、メンバーの内発的な動機を引き出して、戦略に向けて全体のエネルギーを集約することにあります。それは管理監督型マネジメントとは異なる、人間味と共感性を備えた知的統率力であり、リーダーの在り方そのものが企業文化の土台となり、市場における信頼や投資家の共鳴を生み出していくのです。

特に注目すべきは、起業家的精神を基盤にした革新的リーダーシップの効果です。組織の士気と自信を高め、従業員のエンゲージメントとコミットメントを高い水準へ引き上げる力を持つだけでなく、創造性の発現を促し、優秀人材の定着率にも好影響を与えています。

こうしたリーダーは、コーチングやメンタリング、実践的な学習機会の設計を通じて、未来の価値を生み出す人材の育成に力を注いでいます。単に業績を上げるのではなく、人を育て、組織の成長と未来を担保する存在なのです。

現代のマーケティングにおいては、専門的スキルだけでは競争優位を維持できない局面が明確になっています。実際、マーケティング成果の55%以上がリーダーシップに起因するという調査もあり、もはや数字がこの事実を証明していると言っても過言ではありません。

限られたリソースをいかに配分し、それをどのように顧客価値へと転換するか。この変換装置のような思考と行動が、リーダーに求められているのです。 特に、予測不能な変化が加速する時代においては、部門の壁を超えて統合的に組織を束ねる能力が不可欠です。

現在、マーケティング・リーダーが経営中枢に加わり、取締役会やIRの場において実質的な発言権を持つようになってきたのは、その象徴ともいえる変化です。マーケティングはもはや、販促の一部門ではなく、企業戦略そのものであり、リーダーはその指揮者としての役割を担うべき存在なのです。

そのリーダーシップを機能させるには、9つの基本要素――ポジショニング、セグメンテーション、ターゲティング、差別化、販売、マーケティング・ミックス、ブランド、サービス、プロセス――を一貫した論理のもとで運用できる構造が求められます。これらの要素を単独で扱うのではなく、音楽のように全体を調和させる統合思考が必要とされています。

市場機会を捉えて持続的競争優位を築くためには、戦略・戦術・価値という三層構造の整合性を見極める判断力が重要です。この際、PDB三角形――ポジショニング・差別化・ブランド――が、9要素を包括的に接続する軸として機能します。ブランド・アイデンティティの獲得、インテグリティ(誠実さ)、そして、信頼性の構築には、この三角形の各要素が互いに連携し、矛盾のない関係性を保つ必要があります。

整合性なき戦略は、持続可能な成果をもたらしません。 そして今、リーダーには従来にない統合的な能力が問われています。データと情報を戦略的意思決定と直結させる構造的思考、多元的な知識を現場へ落とし込む応用力、そして変化の中でも決して揺るがぬ判断の軸。これらを同時に保持できる人物こそが、真に未来をデザインできるリーダーであり、企業の方向性を定める羅針盤としての役割を果たしていくのです。

変化の波を読み、環境の不確実性を前提として動的に戦略を運用する力。そうした能力を備えたリーダーこそが、次世代のビジネスを切り拓く中心となるでしょう。時代は、命令を下す管理者ではなく、未来を描く指揮者を求めています。その姿こそが、これからの企業が目指すべき「真のリーダー」のあり方なのです。

ウォーレン・ベニスの言葉を借りれば、リーダーシップとは「ビジョンを現実に変える能力」であり、実際にはビジョンを目標へ、目標を戦略へ、そして戦略を実行プランへと転換するプロセスを主導する力量が求められるのです。

ハーバード・ビジネス・スクールのデイビッド・ガービンが提唱した通り、戦略の実行とは「不測の事態を含め、計画された事柄を期限内に、予算内で、期待される品質を保ちながら達成する」ことに他なりません。

このような戦略実行の基盤を支えるのが、PDB三角形に基づく9要素、すなわちポジショニング、セグメンテーション、ターゲティング、差別化、販売、マーケティング・ミックス、ブランド、サービス、プロセスという構成要素であり、これらは顧客管理、製品管理、ブランド管理という3つの機能的中核に統合されます。

企業の価値観を戦略的・実務的に落とし込む能力は、リーダーシップの成熟度を端的に示しています。実際、優れたリーダーシップは、無形価値の増大を通じて企業の市場価値にも貢献します。アナリストの見解によれば、上級リーダーシップ・チームの効果性は、収益性分析を凌駕する企業評価基準とされつつあります。

ただし、リーダーシップの有効性が業種によって異なる点には十分留意すべきです。 最終的に、強いリーダーシップは、企業のマーケティング9要素に集中と整合性をもたらし、社内の共有価値を経営戦略と結びつける触媒として機能します。このような統合的なアプローチこそが、持続可能な企業成長を実現するために不可欠であり、未来志向の経営におけるリーダー像の中核を成すのです。

そして見落とされがちなのが、企業の採用プロセスの初動に潜む盲点です。多くの企業がいまだに「命じられたことを確実にこなす人材」を評価基準に据えていますが、それはもはや時代遅れの発想です。創造性が乏しく、自発性を欠いた人材は、変化の激しい現代の企業においては機能しません。

個人としても、組織の一員としても、人間こそが競争力をはるかに高いレベルに押し上げ、現在および未来の破壊を生み出す潜在的な源泉なのである。

求められるのは、仕事に情熱と愛を持ち、創造的でありながら生産性にも優れ、大胆な改善に取り組む意志を持った人物です。9時から5時までしか働く気がなく、職務記述書以外の業務を敬遠する「従業員メンタリティ」からの脱却が、企業の成長には不可欠だとコトラーは指摘します。

人事部門の役割も、単にポジションを埋める作業から、企業の性格や価値観に合致し、組織の未来を形づくる人材を選抜する機能へと進化しなければなりません。有能で情熱を持つ人材こそが、これからの企業を牽引するエネルギー源となるのです。

つまり、持続可能な企業を築くためには、マーケティングの枠を超えた、全社的なリーダーシップと人材観の見直しが不可欠であるということです。これからの企業は、戦略を語るだけでなく、それを体現する人間を内側から育て、外部から惹きつける存在でなければなりません。未来を切り拓く鍵は、組織の中にあるのです。

起業家精神を育む!

企業に必要なのは、起業家的メンタリティを持つ人材である

現代のビジネス環境において、企業が持続的な成長を遂げるために最も重要な要素は何かと問われれば、それは間違いなく起業家精神を持つ人材の育成であると断言できます。市場の変化は日々加速し、イノベーションこそが競争優位の鍵となる今、従来型の管理志向だけではもはや限界が明らかです。

多くの企業が直面している課題の一つに、従業員の受動的な姿勢と創造性の欠如があります。指示待ち文化が根を張り、新たな挑戦やアイデアを避ける傾向が、組織全体の停滞を招いています。この状況を放置すれば、企業は変化する市場の波に乗り遅れ、競合に後れを取る未来が見えてしまいます。

顧客のニーズは日々移ろい、テクノロジーの進化もとどまることを知りません。このような環境下で生き残り、さらには成長を目指すためには、組織全体が起業家的思考を備え、自ら価値を創造していく姿勢が求められます。

では、理想的な起業家精神を持つ人材とは、どのような特性を備えているのでしょうか。コトラーは本書で、それを明らかにしています。

まず、彼らは資源配分に長けています。知識を基盤とし、限られたリソースを的確に使いこなし、自らの強みと弱みを見極めながら、組織に実質的な価値をもたらします。

次に、機会に対する鋭い嗅覚と情熱があります。旺盛な好奇心を携え、変化を前向きに受け入れ、既存の枠組みに満足することなく、新たな学びを自ら追い求める姿勢が根付いています。

また、リスクに対して前向きであることも彼らの大きな特徴です。失敗を恐れず、実験精神をもって果敢に挑戦し、その過程で得た教訓を次のステップに活かします。損失を最小限にとどめながらも、リスクを機会に変える冷静な判断力と実行力を併せ持っています。

彼らの行動は、報酬や命令に依存しない自発性に支えられています。情熱に突き動かされ、明確な目的意識を持って行動するその姿は、まさに起業家精神の体現です。

さらに、他者とのネットワークを大切にし、協働の力を最大化する能力も見逃せません。多様な才能と連携し、共通の目的に向かって協力しながら価値を創出していくのです。

このような人材を育むために、企業は明確な姿勢を持って環境整備を進める必要があります。まず求められるのは、実験を奨励する文化の構築です。従業員が新しいアイデアを試すことを歓迎し、成功も失敗も学びとして積み重ねられるよう、組織として支援を惜しまない姿勢が求められます。

プロトタイピングを通じて市場や顧客と対話しながら実践的な検証を行うことは、社員の勇気と創意工夫を育てます。 加えて、学びを日常の一部として根づかせることも重要です。本や資料からの学習にとどまらず、顧客との会話や実体験を通じた学びを積極的に評価し、あらゆる接点を成長のチャンスとして位置づけていくことが、組織の知的資産を高める鍵となります。

そして、学習機会をすべての従業員に等しく提供することで、多様性に基づく成長を実現できます。 当事者意識を高める取り組みもまた効果的です。自社株の付与やプロジェクトの主導権を委ねることで、従業員の主体性を引き出し、企業との一体感を強化できます。目標設定においては従業員の参画を促し、過度な干渉を避けながらも、成果に対しては適切な評価を行うバランスの取れた管理が求められます。

成果を発表する場を設けることで、モチベーションの維持と組織への貢献意識を育むことができます。 さらには、部門を越えた協働体制の構築が組織力を一層高めます。

異なる専門性を持つチーム同士が連携し、物理的な距離を超えて協力できるテクノロジーの活用も、今後の組織運営において欠かせない要素となるでしょう。 起業家精神の醸成は、短期間で完了するものではありません。しかし、今すぐにでもその第一歩を踏み出すことで、確実な変化が生まれます。

従業員一人ひとりが考え、行動し、学び続ける組織こそが、これからの時代において真の競争優位を手にすることができるのです。 変化を恐れず、挑戦を楽しみ、失敗から学ぶ。このシンプルで力強い姿勢こそが、未来を切り拓く企業の条件です。

未来を築く企業へ──利益と良心を両立する経営戦略

企業が従業員と良好な関係を維持し、顧客から望ましい組織とみなされ、社会から深く尊敬されていれば、ステークホルダーからの尊敬と支援を得ることになる。これ以上素晴らしいことがあるだろうか。従業員、顧客、そして社会というステークホルダーは、企業を前進させる推進力として機能する。結局、企業のマーケティング努力の目標は、社会のためになることなのだ。

現代企業が直面している最大の課題は、単なる利益追求を超えた“持続可能な価値創造”をいかに実現するかという点にあります。

技術革新のスピード、社会的価値観の変化、地球規模の環境問題――これらが企業活動に深く影響を与える中、もはや従来の経営戦略だけでは持ちこたえられない時代が到来しています。それにもかかわらず、多くの企業は変革を先送りにし、目先の業務効率や短期的利益に縛られたままです。

しかしこの“先延ばし”こそが、企業の存続基盤を静かに、しかし確実に侵食する最大のリスクとなっているのです。 経営者やマーケターの中には、「どこから着手すればよいのか」「何を優先すべきか」と悩み、足を止めてしまう人も少なくありません。

多様なステークホルダーの期待にどう応えるか。Z世代の価値観の変容、メタバースの台頭といった社会変動にどう向き合うか。それらは単なる流行ではなく、企業の存在理由を問う根本的な変化です。 こうした時代において、今こそ企業が選ぶべき道は明確です。ステークホルダーとの信頼構築を軸に据えた、誠実かつ開かれた経営スタイルこそが未来を切り拓きます。

従業員との敬意ある関係、顧客からの揺るがぬ支持、社会からの信頼――これらが組織の土台となり、企業の真の強さへと結びついていくのです。 その実現を支えるのが、テクノロジーの力です。

報酬管理システムは職場に公平性と透明性をもたらし、クラウド環境は柔軟で創造的な働き方を可能にします。地理的な制約を超えるコラボレーション、データに基づく人的資源の最適化。これらはもはや“先進的な施策”ではなく、“持続可能な組織運営の条件”となりつつあります。

起業家精神を持つマーケターたちは、ここにチャンスを見出しています。従業員のエンゲージメントをデザインし、テクノロジーをブランド体験の中核に据え、環境・社会課題への取り組みを“差別化の源泉”へと昇華させているのです。

もはや製品を売るだけでは不十分です。企業は世界観を語り、共感を築き、未来を共に創造していく存在でなければなりません。 VRやARを活用した学習環境の革新、3Dプリンティングによるプロトタイピングの高速化、ロボティクスやIoTを駆使した業務の最適化――これらは企業の競争力を飛躍的に高める手段として定着しつつあります。

顧客体験の領域でも、パーソナライズされたサービス、24時間対応のバーチャルアシスタント、セキュリティと快適さを両立させる顔認証技術などが、ブランドロイヤルティを築くための強力な武器となっています。

環境面でも、企業には選択肢ではなく、責任が求められています。再生可能エネルギーの活用、サステナブルな素材調達、グリーンマニュファクチャリングの実践――これらは社会的評価を高めるだけでなく、企業の未来の収益構造を根底から強化する戦略でもあるのです。

Googleが示すように、イノベーションと環境配慮の統合こそが、これからの企業像です。同社のデータセンターは業界標準の半分のエネルギーで稼働し、10億ドル以上の再エネ投資はその本気度を物語っています。Gmailによる紙使用の削減もまた、単なる利便性の向上にとどまらず、環境への配慮という新しい価値の提示なのです。

組織文化も問われています。人材を部門に閉じ込めるのではなく、横断的なエコシステムの一員として活躍できる環境こそが、企業の適応力を高め、持続可能な競争優位を生み出す鍵です。革新と安定、効率と創造性、競争と協調――かつては対立すると思われていた要素を統合する戦略眼が、これからの時代において不可欠です。

利益と社会的責任は、決して対立するものではありません。両者を高度に融合させた先にこそ、真に持続可能な成長があるのです。サステナビリティを経営の中核に組み込むことで、企業は収益を生む組織から未来を築く存在へと進化します。

今、企業に求められているのは、勇気ある選択です。テクノロジーを活用し、ステークホルダーとの信頼を構築し、地球と共に成長する視点を持つ。その一歩一歩が、競争を超えた共創のフィールドを広げていきます。

市場の波に流されるのではなく、意思と良心をもって未来を設計する。そこにこそ、企業が社会とともにあり続けるための答えがあります。 「どのように勝つか」から、「なぜ存在するか」へ。 この視座の転換こそが、現代企業が手にすべき、最も本質的なイノベーションなのです。

本書は非常にボリュームがあり、書評記事も長くなってしまいましたが、それだけに内容は刺激的で、何度も読み返す価値のある一冊です。コトラーが提案する「起業家的マーケティング」は、単なる理論ではなく、実践を通じて初めて意味を持ちます。そしてこの起業家マインドは、マーケターだけでなく、経営者やリーダー自身が体得しなければ、これからの成長は望めないという強いメッセージが込められていると感じました。

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