書評:顧客思考の仕事術 AI時代はお客様に会いに行く人が生き残る
著者:田岡凌
出版社:クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
ISBN-10 : 4295411949
30秒でわかる本書のポイント
【結論】:AI時代において生き残るのは、データ上の「平均的な顧客」を相手にする人ではなく、「リアルな一人」に会いに行き、その深い課題(PAIN)を解決できる「顧客思考」を持つ人だけである。
【原因】:多くの企業や個人は、会議室の中で作られた「ペルソナ」という空想の顧客に向けた商品開発やマーケティングを行っており、結果として誰の心にも響かない「Better(少し良い)」止まりの提案しかできていない。 【対策】:ペルソナ思考を捨て、「WHO(顧客からはじめよ)」「GO OUT(顧客に会え)」などからなる「顧客思考 7つの大原則」を実践すること。一次情報を取りに行く泥臭い行動こそが、AIには代替できない最大の武器となる。
本書の要約
suswork株式会社代表の田岡凌氏による本書は、AIが台頭し、業務の効率化が進む現代においてこそ重要性を増す「顧客思考」を体系化した一冊です。AirbnbやUberなどの飛躍的企業や、山崎実業、UHA味覚糖といったヒットメーカーに共通するのは、徹底的な「顧客思考」であると説きます。「会議室を出よ」「ペルソナをやめよ」という強烈なメッセージとともに、WHO、PAIN、VALUE、CONCEPT、IMAGE、BARRIER、GO OUTからなる「7つの大原則」を提示。机上の空論ではない、現場で成果を出すための実践的フレームワークを解説します。
こんな人におすすめ
・「ペルソナ」を設定して企画を作っているが、手応えを感じていないマーケター
・AIに仕事が奪われるのではないかと不安を感じているビジネスパーソン
・会議室での議論ばかりで、実際のお客様の声を聞く機会が少ない経営者・リーダー
・「いい商品」を作っているはずなのに、なぜか売れないと悩んでいる商品企画担当者
・顧客の「本音」を引き出すヒアリング技術を身につけたい営業職
読者が得られるメリット
・「平均的な顧客」という幻想から脱却し、刺さる企画を生み出す思考法が身につく
・顧客ヒアリングの具体的な8つのステップと、本音を引き出す技術を習得できる
・「WHO(誰)」から思考をスタートさせる癖がつき、仕事の無駄がなくなる
・AI時代における自分のキャリアの差別化要因(武器)が明確になる
・明日からすぐに実践できる「顧客思考 7つの大原則」のフレームワークが手に入る

顧客思考の7つの大原則
顧客に会い、顧客の本音を考え、顧客目線で仕事をする。シンプルな言葉で、顧客を動かす。そうして圧倒的な成果を上げる。(田岡凌著)
会議室で「顧客理解を深めましょう」と合意しているのに、議論がなぜか前に進まないことがあります。ペルソナも資料も揃い、論点も整理されているのに、意思決定の瞬間に「結局、誰の何を解くのか」の解像度が低いまま、会議が空回りし、アクションを起こせないまま時間が過ぎていくのです。
顧客思考の仕事術 AI時代はお客様に会いに行く人が生き残るは、この停滞の正体を明らかにします。
本書の著者・田岡凌氏は、suswork株式会社代表取締役です。マーケティング/ブランド戦略の実務家として活動しながら、企業の顧客理解や事業開発を支援するコンサルタントでもあります。(田岡凌氏の関連記事)
前作のカテゴリー戦略では、ブランドが市場でどのように「想起」されるかを解き明かし、多くのマーケターから支持を集めました。出版時には、私が担当する大学講義にゲスト登壇いただいたことがあり、現場の具体から議論を組み立てる姿勢が印象に残っています。
本書にもその一貫性が見えます。 本書が指摘する痛烈な真実は、「誰も平均的なものを欲しがっていない」という点です。多くの現場で常套句のように用いられる「ペルソナ」は、便利であるがゆえに危うさも抱えます。
属性(例:30代女性、会社員で都内在住、趣味は旅行)を並べるだけでは、彼女の実際のライフスタイルやペインは分かりません。平均値が揃ったペルソナを見た瞬間に「理解した気になる」ことが、むしろ判断を鈍らせます。
会議室の停滞は、メンバーの努力不足ではなく、顧客への向きあい方に起因すると、著者は言います。そしてAIが進化すれば、過去のデータに基づく「最適解」や「平均的な正解」は、誰でも数秒で生成できるようになります。資料はさらに整い、説明も滑らかになり、会議の”完成度”は上がっていきます。 しかし、その完成度は成果を保証しません。
平均的な正解が誰にでも手に入るなら、差がつくのは別の場所だからです。だからこそ人間がやるべきは、会議室を出て、顧客に会いに行くことだと、本書は主張します。 その人が抱える、まだ言語化されていない「不」や「痛み(PAIN)」を発見することが重要です。
顧客が語る言葉だけで理解しようとすると、どうしても顕在化した回答に引っ張られます。 実際には、言葉と行動がズレることもありますし、本人が課題をうまく言語化できないこともあります。
だからこそ、対話に加えて観察が必要になります。著者の田岡氏が定義する「顧客思考」とは、顧客を観察し、彼らすらも気づいていない潜在課題を見抜き、それを価値に変えることです。複雑な理論ではなく、誰でも使える、それでいて大きなインパクトをもたらす考え方です。
この顧客思考を実践できるかどうか、つまり言語化以前の摩擦に触れられるかどうかが、その他大勢の商品と一線を画す「Different」を生む起点になります。
著者は「顧客思考の7つの大原則」を紹介します。
特に印象的なのは、最後の「GO OUT(顧客に会え)」が、実はすべての起点であるという構造です。私たちはつい、デスクの上でWHOを定義しようとします。しかし著者は、現場での観察と対話なしにWHOは定義できないと言います。
一次情報は、WHOの輪郭を明確にし、PAINを特定し、VALUEを顧客主語に引き寄せ、CONCEPTを短く強くし、BARRIERを壊す判断材料になります。平均的な正解を誰もが出せる時代だからこそ、一次情報の質がそのまま成果の差に直結するのです。
私たちはつい、デスクの上で「WHO」を定義しようとします。しかし、著者は現場での観察と対話なしにWHOは定義できないと言います。AirbnbやUberといった破壊的イノベーションを起こした企業も、創業者が自ら現場に立ち、ユーザーの声を聞き続けたからこそ、既存の業界慣習という「BARRIER」を突破できました。
「顧客の一次情報」×「AIによる集約・分析」が勝利の方程式
顧客思考はすべてのビジネスパーソンに必要であるということです。例えば、採用の方にとっては学生や候補者が顧客です。広報の方にとってはメディアが顧客です。人事、経理、法務、情報システム部門の方々にとっては従業員が顧客です。そしていつもその先にいるのが、実際にあなたの企業の商品やサービスを購入している、利用している顧客です。その方々は直接的であれ、間接的であれあなたの顧客です。そういった意味では、顧客のいない仕事は存在しません。あなたにも必ず顧客がいるはずです。
価値を届ける相手がいる限り、顧客のいない仕事は存在しません。この前提に立つだけで、実務の視野は一変します。自分の仕事に顧客がいると認識した瞬間、視点が「何をやるか」から「誰の何を解くか」へと切り替わり、行動の優先順位が自然と定まっていきます。
顧客思考が日本企業の現場でも機能することを示す好例が、本書でも触れられている山崎実業とUHA味覚糖です。 創業100年を超える老舗メーカー・山崎実業は、顧客の収納における「諦め」こそが大きな市場であることを見抜きました。
多くの人が「どうせ片づかない」「狭い家だから仕方ない」と諦めていた収納の悩みに、正面から向き合ったのです。彼らが「tower(タワー)」シリーズで実現したのは、単なる収納用品の販売ではありません。「デッドスペース」を「有効なスペース」に変える、空間の再定義でした。「壁」と「空中」、そして「10センチメートルの隙間」——顧客が「そこには何も置けない」と思い込んでいた場所に、新たな価値を生み出しました。これこそが、顧客の潜在課題から「Different」を創り出した顧客思考の真骨頂です。
UHA味覚糖が開発した「グミサプリ」は、見た目も味も、お菓子です。水はいらず、噛むとフルーツの味が広がります。グミサプリを購入する入り口は「鉄分不足」や「ビタミン不足」といった機能的な課題解決、つまり顕在ニーズです。しかし、翌日からの継続を支えるのは、「美味しいからまた食べたい」という本能的な欲求、つまり潜在ニーズです。
「健康のために我慢して飲む」という常識を、「美味しいから食べる、ついでに健康になる」に書き換えた瞬間、継続のハードルは消えました。これは製薬会社には決して作れない、菓子メーカーが長年培ってきた技術と新しい発想が生んだ「第3の選択肢」です。顧客が「健康」と「美味しさ」は両立しないと諦めていたトレードオフを同時に解決したことで、まったく新しいカテゴリーを創出しました。
この2社に共通するのは、会議室の議論からではなく、顧客の「諦め」と「本音」の中にこそ宝が眠っているという洞察です。本書が説く「顧客思考」の実践が、日本の現場でも確かに機能することを証明するケーススタディとして、読者の腹落ち感を大きく高めてくれます。
AI時代における「人間にしかできない仕事」も、本書の核心です。AIは大量のデータから平均的な最適解を導くことに長けています。しかし、一人ひとりの文脈を引き受け、言語化以前の潜在課題に触れ、関係性の中で理解を更新していくことは、現時点ではAIの守備範囲の外にあります。
効率化が進むほど、「わざわざ会いに行く」という行為は非効率どころか、他者との差を生む投資になります。AIと対話するだけでも、会議室の中で議論を重ねるだけでも足りません。実際に顧客のもとへ足を運び、対話し、観察し、ともに時間を過ごす。机上の仮説よりも、現場で得られる一次情報のほうが力を持つからです。
ただし、ここで重要なのは、現場を神格化しないことです。現場だけが正しく、会議の内容が間違いという単純な二項対立ではなく、順序の問題です。一次情報を取りに行かないまま言葉を整えると、仮説が先に固定されます。固定された仮説は、顧客を理解するための道具ではなく、顧客を当てはめるための型に変質します。
本書がGO OUTを起点に据えるのは、この本末転倒を未然に防ぐためです。 AI時代こそ、顧客の一次情報から仮説を組み立てる「顧客思考」の価値が高まります。
「顧客の一次情報」×「AIによる集約・分析」。この掛け算によって、スローガンではなく、組織の実体ある「OS」として機能し始めます。 顧客思考は顧客理解×AIこそ、あらゆる企業が今すぐ取り組むべきテーマです。
生成AIがどれほど進化しても、「この人のために、この瞬間に、会いに行く」という判断と行動は、人間固有の領域として残り続けます。
本書を通じて気づかされるのは、顧客思考が「顧客を理解しよう」という心構えではなく、顧客を観察し、潜在課題を見抜き、それを価値に変えるための実務の型だという点です。特別な才能も大きな予算も前提とせず、正しい順序と具体的な行動で成果へ近づける構成になっています。「今日、自分は誰の課題を解いているのか」と問い直すところから、顧客思考の実装は始められます。
コンサルタント徳本昌大のView
私は長年、多くの企業のマーケティングやブランディングに関わってきましたが、成果が出ないプロジェクトに共通しているのは「顧客不在」です。社内の論理や競合の動向ばかりを見て、肝心の「お客様」を見ていないケースが驚くほど多いのです。
本書が説く「GO OUT」は、単なる市場調査の推奨ではありません。ビジネスを「機能の提供」から「人間理解と課題解決」へと再定義する態度そのものです。広告会社で働いていた時の私のボスも、自ら現場に赴き、誰も気づいていない本質的な課題をえぐり出していました。「答えは現場にある」——この言葉を、私は当時の上司の背中から学びました。
AIツールを使えば、それっぽい企画書はすぐに作れます。しかし、そこにリアルな顧客の痛みに対する「共感」はあるでしょうか? AIが平均的な答えを量産する時代だからこそ、一次情報から生まれる「本物の洞察」が最大の差別化の武器になるのです。
顧客思考とは「お客様を第一に」という単なるスローガンではなく、「現場に行き、見て、聞く」という行動の積み重ねです。そして最も強力な組み合わせが「顧客の一次情報」×「AIによる集約・分析」という掛け算です。
現場で得た生の声や感情をAIで素早く構造化し、次の仮説へと転換する。この循環が回り始めたとき、顧客思考は組織の実体ある「OS」として機能し始めます。 もしあなたが「最近、仕事が作業になっている」と感じているなら、ぜひ本書を手にとってください。そして読み終えたら、最初の一人のお客様に会いに行きましょう。
















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