宗教を学べば経営がわかる (池上彰, 入山章栄)の書評

person sitting on pew inside church

宗教を学べば経営がわかる
池上彰, 入山章栄
文藝春秋

宗教を学べば経営がわかる (池上彰, 入山章栄)の要約

経営と宗教には類似性があり、宗教を学ぶことは、経営者やビジネスパーソンにとって単なる知識拡大以上の意味を持ちます。経営哲学や組織運営の根本的な見直しにつながり、変化の激しい現代社会で活躍するあらゆる立場のビジネスパーソンにとって、大きな意義があるのです。 

宗教と経営が似ている理由

宗教をよく理解することは、現代のビジネスや経営を考える上でとてつもない学びとなる。いや、むしろこれからは変化が激しく、不確実性の高い時代だからこそ、経営者、管理職、一般社員、起業家、すべてのビジネスパーソンにとって宗教を学ぶことが不可欠とすらいえるかもしれない。(入山章栄)

現代のビジネス環境において、宗教への理解を深めることが経営に効果があると経営学者の入山章栄氏は指摘します。 本書のコンセプトは、宗教と経営の間に存在する意外な共通点を探ることで、双方の理解を深められるという主張にあります。

入山氏と共著者の池上彰氏は、変化が激しく不確実性の高い現代社会において、ビジネスパーソンは宗教から経営の様々な要素を学べると言います。この視点は、従来の経営学の枠を超えた新たなアプローチとして注目されています。

宗教とビジネス・経営の相互学習における3つの重要な切り口を入山氏は本書でまとめています。
①宗教と企業の本質的な共通点
両者は「人」「組織」「信念に基づく行動」を根幹に据えており、その類似性は見逃せません。宗教は本質的に、超自然的な何かを信じる人々が集まり、共に行動する組織体です。この定義は、現代の理想的な民間企業の姿と驚くほど重なります。

理想的な民間企業とは、共通の経営理念やパーパスを信じる人々が集まり、協働する組織なのです。 この観点から見れば、民間企業と宗教の間に本質的な差異はほとんど存在しません。実際、多くの優れた企業の経営者たちは、自社を「宗教のようなもの」と表現することがあります。

しかし一方で、理念やパーパスの社内浸透に苦心する経営者やビジネスパーソンも少なくありません。これは言い換えれば、自社を良い意味で「宗教化」できていないことを示しています。 ここに、宗教から学ぶ重要な機会が存在します。長年にわたり理念を浸透させ、成功を収めてきた宗教の手法や経験は、ビジネスパーソンにとって貴重な学びの源泉となりうるのです。

②経営理論を通じて宗教を理解する
経営理論は、組織や人間行動を科学的に分析するツールとして発展してきました。この理論体系は、宗教組織のメカニズムを解明する上でも極めて有効です。

経営学の知見を持つ者にとって、経営理論を用いて宗教を分析することは、新たな視座を提供する可能性を秘めています。このアプローチは、宗教の本質や機能を、より客観的かつ体系的に理解する助けとなります。

③宗教が経済・社会のオペレーティング・システムとして機能しているという認識
世界各地の経済・社会システムは、その地域の宗教的背景に深く影響されています。つまり、私たちのビジネスや経営の基本的な思考や行動様式には、知らず知らずのうちに宗教的な考え方が組み込まれているのです。

異なる国や地域でビジネスを展開する際、その土地の経済・社会的背景を理解することは不可欠です。そしてその背景には、必ずと言っていいほど宗教的な影響が存在します。したがって、グローバルなビジネス展開を目指す企業や個人にとって、宗教の理解は戦略的に重要な意味を持ちます。

これらの視点は、宗教とビジネス・経営の相互学習の可能性を強く示しています。両者の接点を探ることで、組織運営や人材マネジメント、さらにはグローバル戦略に至るまで、多岐にわたる領域での新たな洞察が得られる可能性があります。

この相互学習のアプローチは、単に企業経営の効率化や収益性の向上だけでなく、より深い次元での組織の在り方や、社会における企業の役割についても示唆を与えるでしょう。宗教と経営の対話は、持続可能な社会の構築や、人間性豊かな組織文化の醸成にも寄与する可能性を秘めています。

宗教とビジネス・経営の相互学習は、現代社会が直面する複雑な課題に対する新たな解決策を見出す可能性を秘めています。この両者の対話を通じて、より豊かで持続可能な社会の実現に向けた道筋が見えてきます。

ビジネスパーソンにとって、宗教への理解を深めることは、単なる知識の拡大にとどまらず、自身の経営哲学や組織運営の在り方を根本から見直す貴重な機会となるのです。 変化の激しい現代社会において、経営者、管理職、一般社員、起業家など、あらゆるビジネスパーソンにとって、宗教を学ぶことの意義は大きいといえます。

パーパス経営を実現するための腹落ち(センスメイキング理論)

入山氏は、「腹落ち」の概念が人を動かす上で重要であると指摘します。この概念は、現代の経営学において「センスメイキング」理論として知られ、組織変革や新しいアイデアの受容において重要な役割を果たすとされます。

著者たちは、この概念を通じて宗教と経営の接点を探り、ビジネスパーソンに新たな視座を提供しています。 変化が激しい時代には、同じ対象に対しても人々の解釈の違いが大きくなりがちです。例えば、「AIはどのようなものか」「気候変動は人類にどのような影響を及ぼすか」「この会社の存在意義は何か」といった問題に対して、多様な解釈が生まれます。

このような時代だからこそ、「組織の全員が解釈を揃え、納得しながら行動し、その行動から得た解釈がさらなる納得性を生む」というサイクルを作ることが重要です。これがセンスメイキング理論の骨子の一つと言えます。

変化の激しい時代において、腹落ちの弱い企業は生き残れないということです。人は腹落ちをしなければ本気で行動しないため、それが組織を動かす最大の原動力となります。

一方で、多くの日本企業が抱える課題は、社内で従業員や経営者までもが「この会社は何のために存在するのか」「どういう未来を作りたいのか」という点で多義的になり、全員が同じ方向で腹落ちしていないことです。

近年、「パーパス経営」が注目を集め、多くの企業がパーパスやビジョンを掲げるようになってきました。しかし、果たして社員全員が本当にその方向性に共感し、深く理解しているかは疑問が残ります。経営者は、掲げたビジョンやパーパスが単なる「額縁」に留まっていないか、常に確認する必要があります。そして、社員全員がそのビジョンやパーパスの実現に向けて行動するよう促すべきです。

実際には、パーパスの言葉だけが表面的に流布し、社員の多くが「義務だから」「評価が下がるのを避けるため」「給料のため」といった外発的動機のみで日々の業務に従事している企業も少なくありません。

こうした企業の多くは、遠い未来への「腹落ち」よりも、目先の数字の正確性を重視する傾向があります。需要予測や予算管理に奔走し、短期的な視点に縛られた中期経営計画を立てることに注力します。「企業を客観的に数字で分析すれば、課題を全員で共有でき、問題は解決する」という実証主義的な立場をとるのです。

しかし、先行きが不透明な現代において、深い納得のないまま数字だけに縛られていては、社員も経営幹部も効果的に行動することができません。このような状況では、企業の長期的な成長や革新的な取り組みが阻害される恐れがあります。 そこで重要になるのは、パーパスやビジョンを単なる言葉ではなく、組織の DNA として浸透させることです。これには、経営者自身が率先してパーパスを体現し、日々の意思決定や行動に反映させることが求められます。

また、社員一人ひとりがパーパスと自身の仕事のつながりを理解し、自分の言葉で説明できるようになるまで、継続的なコミュニケーションと対話が必要です。 さらに、パーパスに基づいた評価制度や報酬体系を構築することで、社員の内発的動機を高めることも効果的です。短期的な数字だけでなく、パーパスの実現に向けた行動や貢献も適切に評価されるべきです。

世界で成功するグローバル企業は驚くぐらい、この腹落ちを重視している。ユニリーバ、デュポン、ネスレなどはその代表だ。加えて、革新を引き起こす起業家も多くがこの腹落ちをさせる達人というのが、私の理解である。

例えば、アップルのスティーブ・ジョブズ、セールスフォースのマーク・ベニオフ、テスラのイーロン・マスクなどは、単なる利益追求を超えた大きなビジョンを掲げています。特にマスクの場合、「人類の滅亡を防ぐ」という壮大な目標を掲げ、火星への移住計画を推進しています。

このような大きな世界観(MTP)に共感し、腹落ちした多くの優秀な人材が、厳しい労働環境にもかかわらず、彼の下に集まっているのです。 著者たちは、このような宗教的とも言える強い信念と共感が、現代の企業経営にも必要なのです。

組織の中で異なる解釈(多義性)を減らし、全員が同じ方向を向いて腹落ちすることで、組織は予想以上の力を発揮できます。この「腹落ち」の概念は、単なる経営手法を超えて、組織の一体感を生み出し、困難な環境下でも前進し続ける力を組織にもたらす可能性があります。

企業はパーパス(目的・存在意義)がまず大切だ、と言うことですね。つまり、「お金のためだけじゃないんだ」と。たとえば気候変動への対処とか、世界の栄養問題を解決するとか、根底では社会的な目的の実現のためにその手段としてビジネスをすることが、企業経営の本質なんだという意見が広がり始めているんです。

また、プロテスタントや松下幸之助のように「働くのはお金のためじゃない、社会をよくするため」であるという考えが、パーパス経営を促進するのです。

パーパス経営は、特に不確実性の高い現代において、企業が持続的に成長し、イノベーションを生み出すための新たな視点を提供しています。数字だけでなく、人間の感情や信念にも焦点を当てることで、より強靭で適応力のある組織作りが可能になるのです。

スタートアップと宗教の共通性とは?

最高のスタートアップは、究極よりも少しマイルドなカルトと言っていい。(ピーター・ティール)

起業家・投資家のピーター・ティールベンチャー企業を「究極よりも少しマイルドなカルト」とは言います。ベンチャー企業は、新しい技術やアイデア、ビジネスモデルを社会に提供するために誕生します。その規模の小ささと革新性から、宗教用語で言う「セクト」や「カルト」に例えられることがあります。

イノベーティブであればあるほど、その時代の主流派と対立する傾向があり、結果として社会から正当な評価を受けにくくなります。これはまさに、新興宗教団体が直面する状況と似ています。

では、このような「カルト」的なベンチャー企業や新興宗教団体は、どのように成長し、進化していくのでしょうか。経営学には、この過程を説明する「エコロジーベースの進化理論」があります。この理論は、ノースカロライナ大学チャペルヒル校の経営学者ハワード・オルドリッチらによって確立されました。

「エコロジーベースの進化理論」は、生物生態学のアナロジーを企業分析に応用する領域から生まれました。この理論では、生態系における生物進化の過程のように、特定業界のベンチャー企業も一定のプロセスで進化すると考えます。 生物の特徴の一つは、一度生まれると死ぬまでDNA配列(ゲノム)を変えないことにあります。

これを企業に当てはめると、一度生まれた組織は、ある程度その形が形成されると、以降その本質は大きく変化できないということになります。実際、企業組織には硬直性があり、企業内のビジネスのやり方には慣性があります。 したがって、一度生まれた企業が業態を大胆に変え、全く違う業種に変わるのはきわめて難しいのです。

例えば、自動車メーカーが銀行業で成功することは非常に困難です。スーパーマーケットが飛行機を作るのも、ほぼ不可能と言えるでしょう。 このように企業を1つの硬直性のある「生物種」と捉えると、ダーウィンの進化論が応用できることになります。結果、業界内における企業進化のプロセスが見えてくるのです。

この進化のプロセスは、VSRSプロセスと呼ばれ、4つのフェーズに分かれます。
①Variation(多様化)
新しい組織形態や戦略が生まれる段階です。

②Selection(選択)
環境に適応した組織や戦略が生き残る段階です。

③Retention(維持)
成功した組織形態や戦略が維持され、模倣される段階です。

④Struggle(苦闘)
資源をめぐって組織間で競争が起こる段階です。

このVSRSプロセスを通じて、ベンチャー企業や新興宗教団体は成長し、進化していきます。最初は「カルト」的な存在であっても、時間の経過とともに社会に受け入れられ、主流となっていく可能性があるのです。 この理論は、ビジネスの世界だけでなく、宗教や社会運動の発展過程を理解する上でも有用です。

VSRSプロセスの「選択」の段階で、ベンチャー企業が社会から選ばれるためには、生物種の進化とは異なる重要な側面があります。それは、社会的正当性、すなわち「レジティマシー」の獲得です。

ベンチャー企業は、その革新的な性質ゆえに、しばしば社会から異質なものとみなされがちです。新しく生まれたばかりの企業は、既存の秩序や常識に挑戦する存在として、時にカルト宗教のように見られてしまうこともあります。このような状況下で成功を収めるためには、単に優れた製品やサービスを提供するだけでは不十分です。

企業は、自らの存在と活動が社会的に正当であると広く認識させる必要があるのです。 レジティマシーの獲得は、ベンチャー企業の成功において極めて重要な要素です。これは、企業の活動が社会の規範や価値観と一致していると認められることを意味します。

レジティマシーを得ることで、ベンチャー企業は様々な利点を得ることができます。例えば、社会的に正当と認められることで、顧客や投資家からの信頼を得やすくなります。また、正当性を持つ企業は、資金調達や人材獲得がしやすくなり、政府や規制当局からの理解や支援を得やすくなる可能性もあります。

さらに、製品やサービスが市場で受け入れられやすくなるという利点もあります。 ベンチャー企業がレジティマシーを獲得するためには、いくつかの戦略が考えられます。

まず、企業活動が社会問題の解決に貢献していることを明確に示すことが重要です。また、企業の活動や意思決定プロセスを積極的に開示し、透明性を確保することも効果的です。既存の業界基準や規制を遵守していることを示すことも、社会からの信頼獲得につながります。

さらに、信頼性の高い既存企業や機関との協力関係を築くことや、企業の理念や目標を社会に分かりやすく伝えるコミュニケーションの強化も重要な戦略です。

ベンチャー企業の経営者は、イノベーティブなビジョンを持ちつつも、それを社会の文脈の中でどのように位置づけ、正当化していくかを常に考える必要があります。 このように、ベンチャー企業の成功には、優れた技術やビジネスモデルに加えて、社会的正当性の獲得が不可欠です。

レジティマシーを得ることで、企業は「カルト」的な存在から、社会に受け入れられ、尊重される存在へと進化していくことができるのです。これは、ビジネスの世界における一種の「成熟」プロセスとも言えるでしょう。 ベンチャー企業にとって、イノベーションを追求しつつ社会的正当性を獲得するバランスを取ることは、常に挑戦的な課題です。

しかし、この課題に成功裏に取り組むことができれば、企業は持続的な成長と社会的影響力を獲得することができるでしょう。結局のところ、真に革新的なアイデアは、社会に受け入れられて初めて、その真価を発揮することができるのです。

ベンチャーの社会的正当化のプロセスには、皮肉にも革新性の喪失という代償が伴うことがあります。社会規範に適合するにつれ、企業はその斬新さや挑戦的な姿勢を徐々に失っていく傾向にあります。これは宗教団体の発展過程にも類似した現象が見られます。

当初は「カルト」として扱われた新興宗教が、時を経て「デノミネーション」へと変化し、最終的には広く受け入れられた「チャーチ」へと進化していく過程と酷似しています。 この進化の過程で、その時代の社会環境に最もフィットした特徴を持ち、社会的正当性を獲得した企業や宗教団体のみが生き残り、繁栄を享受します。

社会環境の変化に対する適応能力と、革新性の維持のバランスをいかに取るかが、企業と宗教団体の双方にとって重要な課題となっています。この観点から、両者の発展過程を比較分析することで、組織の持続可能な成長に関する新たな洞察が得られる可能性があります。

以前、広告会社のBBDOの創業者のブルース・バートン誰も知らない男 なぜイエスは世界一有名になったかをこのブログで紹介しましたが、バートンはイエス・キリストを優秀なマーケターとして捉えました。これは宗教と経営の接点を見出す先駆的な試みでした。(ブルース・バートンの記事はこちらから

しかし、入山氏の主張はこの視点をさらに発展させ、より包括的な観点を提示しています。入山氏は宗教を単にマーケティングの観点からだけでなく、経営全般に適用可能だと捉えています。

世界の若い人たちは、実際にこうやって自律分散的に動き出しているんです。  イスラム教も、やはり『コーラン』という強力なものが中心にあります。そして階層型の教団はそもそも存在しない。信仰を同じくする人たちが、世界中で緩やかに連帯している。実はある意味で、これからの時代にとてもフィットした宗教なのだと思います。

入山氏は経営学を「人と組織が何をどう考え、どう行動するか」を考える学問と定義し、従来の枠を超えた斬新な視点を提示しています。イスラム教徒とティール組織の類似性の指摘など、宗教研究と経営学の境界を越えた組織発展の普遍的原理の探求を試みています。

このアプローチは、人間の精神性や文化的背景が組織に与える影響を考慮し、宗教団体と企業の成長過程の類似性から組織の本質を理解しようとするものです。これにより、経営学は単なる効率や利益追求を超え、人間協働の本質に迫る幅広い学問として再定義されます。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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