書評 濱口秀司氏のSHIFT:イノベーションの作法

いま、企業の創造活動のあり方が問われている。企業の創造活動には、連続的な変化 (improvement:改善)と 、非連続的な変化 (innovation:革新)がある。後者はさらに二つに大別でき、従来の事業領域やメンバーで新たな商品・サービスを提供する 「SHIFT」と 、ほぼ起業のような形で既存事業から離れた新規ビジネスを起こす「JUMP」に分けられる。(濱口秀司)


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イノベーションを起こすためのSHIFTとは何か?

濱口秀司氏のSHIFT:イノベーションの作法が面白い。濱口氏はビジネスデザイナーとして活躍するイノベーターです。本書から著者が実践してきメッソドである「SHIFT」を学ぶことで、私たちもイノベーションを起こせるようになります。少し長くなりますが、今日は本書のエッセンスを切り出したいと思います。

イノベーションはJUMPとSHIFTの2つに分類されます。
■JUMP=いまある事業領域から飛び地のエリアで新規事業を始めること
■SHIFT=既存の事業領域や所属メンバーをコアにして商品やサ ービスのあり方を規定し直し、市場の新しい認知を得ることで事業価値を高める設計手法

SHIFTの概念はそれは矢印とベクトルで表現できます。ベクトルは「方向」と 「大きさ」という二つの要素で構成されます。 「どの方向に、どのくらいの大きさでずらすのか」──この二つの要素を、適切に設計することがポイントとなるのです。ベクトルの設定次第で、 JUMPのような既存事業から飛躍した事業創造も可能となります。

誰も思い付かない「方向」を見つけ出し、実現可能な、意味のある「大きさ」で設計する。それがビジネスデザイナーとしての私の仕事である。初めのアイデアからベクトルの大きさや変化の角度をデ・チューン(小さめに調整)するアプローチを採ることはよくあるし、反対に、ベクトルの大きさや変化の角度を増すことでアイデアのユニークさを際立たせることもある。

ビジネスの現場において革新を求められている人は、そのビジネスアイデアは新しい方向といえるかを問うべきです。そしてそれは、実現可能な提案だろうかを考えることで、商品やサービスをリリースできるようになります。

そもそも人間というのは、SHlFTを繰り返して進化してきた種といえるのではないか。SHlFTの希求こそ「人間を人間たらしめている」ように私には思える。ほぼすべての動物が武器を持たずに敵と戦うが、私たちの先祖の誰かが、たまたまそこに落ちていた石を投げ付け、相手を倒す。この経験により「石を投げる」という行為が有効な戦い方であることに気づく。これこそSHlFTの瞬間であった。

私たち人間は、従来の既成概念(バイアス)を打ち破ってきたのです。人間は驚くほど多くのSHlFTを繰り返して現在の姿となり、社会をつくり、生活様式を手に入れてきたのです。バイアスを破壊するために現代人は偶然の奇跡を待つ必要はありません。本書の濱口氏のフレームワークを活用し、考え続ければよいのです。

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SHIFTにおける3つの基本活動

イノベーションフェーズでは、みずからの企画チーム内に自然に形づくられた対象商品・サービスそのものや、また企画手法に対する認知を再形成しなければなりません。いままで通りの認知で、企画していては新しい発想は生まれません。また、新しい発想が生まれたとしても、それがさまざまな社内の認知フィルターを通り抜けられなければ、プロダクトは企画倒れで終わり、日の目を見ることはありません。リスク低減を志向する多くのマネジメント層を説得するためには、3つの基本活動が必要になります。

SHlFTにおいては特に社内向けマーケティング(インターナルマーケティング)の活動が重要となります。そして、対社外におけるマーケティング(エクスターナルマーケティング)でも同様に、市場の認知も再形成しなければ、その新商品が顧客に受け入れられることはありません。したがってSHlFTにおいては、この三つの基本活動「イノベーション」(I)、「インターナルマーケティング」(Mi)、「エクスターナルマーケティング」(Me)、をシステマティックに行う必要があるのです。

イノベーションとは、突拍子もない、直感的な発想の持ち主から生まれるものと思われがちだが、実際は多くの場合そうではない。

イノベーションが生まれる現場で重要なのは、思考のモードを論理思考と非論理思考の中間に持っていかなければなりません。このイノベーションに適した状態を “strcture” (構造 ・論理)と “chaos” (混沌 ・直感)の中間にある 「ストラクチャード・ケイオス 」(structured chaos)と著者の濱口氏は定義します。イノベーションを起こすためには、アイデア出しの際に自分の思考モードだけでなく、チ ームのモードそのものがストラクチャード ・ケイオスの状態になるようにスタッフを配置する必要があります。

ビジネスデザイナーの仕事は、クライアントも、そのライバルも、ユーザーも驚くようなSHIFT、しかも実現可能でビジネスとして成功できるようなベクトルの方向性と大きさを見出すことにあります。そのためには、ビジネスを経験すればするほど個人と組織に構築されてゆく既成概念ともいえる”バイアス”を打ち崩すため、まずはそれを構造化し、可視化する必要があるのです。

「インターナルマーケティング」(Mi)とは文字通り、社内向けのマーケティングを指す。新しい顧客体験やテクノロジーやビジネスモデルの開発者は、何よりもまずそのコンセプトを社内に売り込み、マーケットに打ち出す意義について説得しなければならない。しかし、そのハードルはとてつもなく高い。皮肉なことに、顧客体験やテクノロジーやビジネスモデルがイノベーティブであるほど、社内説得のハードルは高くなる。

誰もが簡単に思い付くアイデアではイノベーションが起こせない一方で、誰も思いも寄らないイノベーティブな発想ほど、社内の壁を超えることができません。

イノベーションとインターナルマーケティングは、そんな「皮肉な相反関係」にあります。斬新なアイデアほどイノベーティブなレベルは上がりますが、同時に不確実性も高まります。なぜならバイアスの破壊度合いが大きいほどパラダイムシフトが起きて、いままでの常識や予測が通用しなくなるからです。

MBAで学んだロジカル思考の経営者に不確実性にあふれたイノベーションの実行を決断してもらうことは、ハードルが高く、困難が伴います。あなたの提案した製品・サービスやビジネスモデルが簡単に経営陣に承認されたとしたら、残念ながらそのアイデアがイノベーティブではないのです。

インターナルマーケティングのカギは、前述の”ストラクチャー型の人間”と”ケイオス型の人間”の接点を見つけることにああります。両者のコミュニケーションギャップを埋めることで、組織を一つにまとめられます。

「経営者は、不確実なものを意思決定するのが仕事だ」といわれ、それは理想的な姿ではある。しかし、多くの経営者はロジカルに意思決定することを鍛えられており、リスクが見えない状況での意思決定は苦手なのだ。この段階で私たち企画者がやるべきなのは、経営者が不確実性の程度を少しでも把握しやすいよう「経営陣でも受け入れられるレベルの材料」を揃えることである。

不確実性レベルを以下の4段階に分類しましょう。
①予見できる未来
②パターンごとに読める未来
③方向性だけはわかる未来
④まったく何もわからない未来
「①予見できる未来」と「②パターンごとに読める未来」はたいていの場合、確率を含めた数字やシナリオでロジカルに説明できるため、経営陣も理解を示してくれます。しかし、SHIFTやJUMPのようなイノベーションは非連続な変化の中で生まれ、ビジネスの不確実性をいっきに引き上げます。「③方向性だけはわかる未来」や「④まったく何もわからない未来」という不確実性な状況下でビジネスをスタートさせるためには、経営陣に強力なエビデンスを見せる必要があります。

濱口氏は状況を打開するための「β100」という手法を紹介しています。これは不確実性を下げるために試行される、極めて現実に近い、購買意向調査です。既存のインタビュー型の調査手法とは異なり、「こういうふうに買うはずだ」というコンセプトをつくり、それに基づいたプロトタイプを実際につくってしまうのです。疑似店舗を用意して、値段もつけ、想定されるメディアコミュニケーションのプロトタイプも準備したうえで、被験者100人に日常の買い物とまったく同じシチュエーションで買い物をしてもらうのです。コストをかけずに、リアルな状況をつくり上げ、説得力のある数字を経営陣に見せることで、経営陣も意思決定を行えるようになるのです。

「エクスターナルマーケティング」とは、一般に”マーケティング”として理解される活動を指します。イノベーションを起こしマーケットで成功を収めるには、この分野においても従来とは異なる進化した方法論が必要になります。

広告の原則としては、メディアが異なる場合も、同じ商品については同一メッセージを発することがいまだに守られている。”繰り返しの強さ”が刷り込みに有用だ、という理屈からである。つまり、「人間にどういう価値を与えるか」というプッシュ型のマーケティングだった。しかし今後は、「人間はどのように価値を認識しているのか」という地平に立った、新たなマーケティングが開発されうるだろう。

実はマーケティングの基本は「誰に」「なにを」「どのように」働きかけるかを決めることなのですが、広告業界では未だに同一メッセージで顧客にアプローチしています。この呪縛から抜け出すことが、今の企業には求められています。このエクスターナルマーケティングについては、別途ブログに書こうと思います。

SHIFTが起こる3つの領域

新しい商品・サービス開発や収益改善策などさまざまなケースでSHlFTを検討する際、その方向と大きさを考える以前に、それを「どこで起こすのか」という夕ーゲット領域を念頭に置く必要があります。
SHIFTが起こる領域は、次の3つに分類できます。
①ビジネスモデル(B)
②テクノロジー(T)
③コンシューマーエクスペリエンス(C)
イノベーションはひとくくりにされることが多いのですが、夕ーゲット領域として「B・T・C」の3つがあることを覚えていくと、SHlFTの設計や議論がしやすくなります。そして、成功企業はこの「B・T・C」の3つを複合さえることで、競合との差別化を図っています。

アップルが強い理由もこの複合という視点で説明できます。iPodやiPhoneはT=テクノロジー面が新しかっただけでなく、iTunesを絡めることで「音楽の売り方」というB=ビジネスモデルでも変化を起こしたのです。さらには、「ダウンロードによって曲を買い、何万曲も携帯する」「タッチ・アンド・スワイプでアプリを操作する」という行為の変容や、徹底的にデザインされた商品や梱包の体験、GeniusBarを含めたアップルストアの展開など、さまざまな側面で新たなコンシューマーエクスペリエンス(C)を提供しました。

アップルはトリプルSHIFTによって、顧客に新たな価値を与え、唯一無二の存在となったのです。しかし、時代を経るとともに、より強力で複合的なSHIFTでなければインパクトを与えることが難しくなってきています。「B・T・C」の3つでベクトルを変え、複合化させることを意識しなければ、インパクトを顧客に与えられなくなっています。

濱口氏のフレームワークを凡人がいきなり全て実践することは不可能ですが、それを少しづつ真似ることで小さなイノベーションの起こせます。SHIFTは人間が長年行ってきた進化のための手法です。私たちにもSHIFTすることは可能です。その際、偶然の力に頼るのをやめ、濱口氏のフレームワークを活用することで、時間や労力を短縮できます。SHIFTのフレームワークを身につけることで、私たちは世の中を変えることができるようになるのです。

まとめ

誰も思い付かない「方向」を見つけ出し、実現可能な、意味のある「大きさ」で設計することでイノベーションを起こせるようになります。SHIFTというフレームワークを武器にすることで、競合に優位性を発揮でき、自分を唯一無二な存在に変えられます。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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