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スタンフォード式人生を変える運動の科学
著者:ケリー・マクゴニガル
出版社:大和書房
本書の要約
運動、特にグループで行うエクササイズによって、幸福度がアップすることがわかっています。人に幸福感をもたらすエンドルフィンは運動によって増加します。このエンドルフィンは、高揚感とともに他人とのつながりを生み出すだけでなく、脳の鎮痛剤の役割も担います。
「集合的沸騰」によって幸福度が増す理由
一糸乱れぬ動きをすることで高揚感を覚える反応は、我々の遺伝子に深く組み込まれているため、我々はそうした高揚感を求めずにはいられない。これはコミュニティを築いて維持するために、我々が利用できるもっとも強力な方法なのだ。(ウィリアム・H・マクニール)
ケリー・マクゴニガルのスタンフォード式人生を変える運動の科学の書評を続けます。運動を習慣化することで脳の報酬系が活性化し、幸福な気持ちを味わえます。特に、集団で行うグループエクササイズによって、人のつながりが強化でき、幸せになれるのです。
フランスの社会学者エミール・デュルケームは、儀式や遊びや作業において、人びとが一体化して動くときに感じる自己超越的な高揚感を、「集合的沸騰」と表現しました。一体化した動きによって、人びとは互いのつながりや、自分より大きな存在とのつながり感じます。運動仲間やスポーツのチームを家族のように感じる理由もこの集団的沸騰によって、説明が可能です。
集合的沸騰によって喜びを感じる能力は、人間が生きていくために力を合わせる必要性に起因している。さらに、一体化した動きによって高揚感を引き起こす脳の神経作用には、他人同士を結びつけ、信頼感を生む効果もある。みんなで一緒に体を動かすと一体感が強まるのは、そのせいなのだ。
ブラジルのマラジョ島で行った地元の高校生たちへの実験によって、音楽や、みんなで同じ場所で動きを合わせて踊ることがもたらす心理的効果が明らかになりました。生徒たちは同じ場所で音楽に合わせて踊りますが、決められたステップを踊るグループと、ばらばらに踊るグループに分けられました。実験後、みんなでステップを合わせて踊ったグループのほうが、ばらばらに踊ったグループよりも、仲間意識が高まりました。
イギリスのサイレントディスコでもこの実験が行われました。見知らぬ他人同士が、ワイアレスヘッドフォンから聞こえてくる音楽に合わせて踊りましたが、やはり、みんなで同じステップを踊ったほうが、一緒に踊った人たちとのつながりを強く感じることができました。音楽も、体を激しく動かすことも、集団的な喜びを生み出す要素ですが、「シンクロニー(同調効果)」こそがもっとも重要だったのです。
人に幸福感をもたらすエンドルフィンは、ダンスなどの運動によって増加します。このエンドルフィンは、高揚感とともに他人とのつながりを生み出すだけでなく、脳の鎮痛剤の役割も担います。
サイレントディスコで踊った人たちが、どれほどの痛みに耐えられるかを測定したところ、動きを合わせて踊った人たちは、痛みへの耐性がもっとも高いという結果が出ました。しかし、参加者たちに対し、事前にエンドルフィンの作用を阻害するナルトレキソンを100ミリグラム投与した場合には、動きを合わせて踊っても、痛みへの耐性が高くなる効果は表れませんでした。この結果、エンドルフィンは集団的な喜びを引き起こす一因であることが確認されたのです。
人びとが動きを合わせることで一体感が生まれるのも、脳の同じ働きによるものだ。あなたが動くと、体の動きを伝える情報が筋肉や関節や内耳から脳に伝わる。それと同時に、ほかの人たちも同じ動きをしているのが目に入る。これらの情報が同時に到着すると、脳はそれを統合し、一体化した知覚として認識する。つまり、あなたが見ている他人の動作と、自分の体で感じている動作がつながることで、脳は他人の体をあなたの体の延長部分として認識する。こうした知覚の統合の度合いが高いほど、一緒に動いている人たちとのつながりを強く感じる。
ダンスと同じように、ヨガも社会的なつながりを生むことが明らかになりました。ある実験では、見知らぬ人たちが一緒にヨガをしたところ、つながりや信頼感が生まれたのです。さらに、ヨガのあとで経済ゲームをした人たちは、動きを合わせないスポーツのあとで経済ゲームをした人たちよりも、互いによく協力することがわかりました。集団でのエクササイズによって、コミュニティやチームをより強くできるのです。
集団的行動がうつを改善する?
2011年3月の東日本大震災によって、宮城県岩沼市は甚大な被害を受けました。太平洋沿岸にある市の面積の約半分が津波で浸水し、180名の住民が犠牲となりました。震災後、市民の15パーセントにはうつ病の症状が見られましたが、運動がうつの改善に効果的であることが明らかになったのです。岩沼市の職員たちは、復興へ向けた取り組みの一環として、市民たちが体を動かす機会を増やすため、運動プログラムを実施しました。その結果、グループエクササイズに参加した人ほど、うつ病になりにくかったのです。一人で散歩するのも効果がありますが、集団で運動する方がより効果があるのです。
人は体の動きだけでなく、あらゆる生理機能も同調するようにできています。私たちが人とのつながりを感じると心拍や呼吸だけでなく、脳の活動前が同じペースになっていきます。人と一緒に体を動かすことで、喜びが周りに伝染していきます。
人間は、ふだんは一人ひとり個別の存在として自分を認識していながら、ただ一緒に体を動かすという小さな行動を起こすだけで、互いを隔てる境界線をなくすことができるこれは驚くべきことだ。
どんなフィットネス・プログラムも、どれも似たような動きの要素の組み合わせで、集団的な喜びを経験できるようになっています。人とのつながりを求めるのが人間の本能であるかぎり、私たちは一緒に体を動かし、汗をかく場所を求めることを今後もやめないはずです。
みんなで動きを合わせ、運動することに魅力を感じる人は、人とのつながりを大事にします。他人の幸せを喜び、苦しんでいる人を進んで助けるような向社会的な人びとは、他者とすんなりと動きを合わせられます。そういう人たちは精神的あるいは生理的な特性によって、集団行動になじみやすく、体を共に動化すことに没頭できます。
この喜びを味わうには、傍観しているだけではだめなのです。実際に運動し、エンドルフィンが分泌され、鼓動が激しくなると突然、高揚感を得られます。共に体を動かすことで、人はつながりを強化でき、幸せになれます。コロナ禍の時代に、人と運動することは難しくなっていますが、たとえオンライン上でも共に体を動かすことで、幸福度を高められます。
人とのつながりを強化し、高揚感を得るために、グループエクササイズを行いましょう。当然、リアルな場所で、仲間と一緒に体が動かした方がよいのですが、コロナと共存する中で、気持ちを落ち込ませないためには、Zoomなどのテクノロジーの力を活用することも考えた方がよさそうです。
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