NUDGE 実践 行動経済学(リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン)の書評

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NUDGE 実践 行動経済学
リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン
日経BP

本書の要約

NUDGE(ナッジ)とは 親ゾウが、子ゾウの背中を鼻でちょっと押すように、 強制や禁止をせずに本人の「よりよい選択」を後押しすることです。ナッジを上手に活用し、選択アーキテクチャーを正しく設計すれば、私たちはもっと豊かになれるのです。

私たちの暮らしをよくするナッジとは何か?

われわれのいう「ナッジ」とは、選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人びとの行動を予測可能なかたちで変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素のことである。 (リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン)

行動経済学が注目されるようになり、「NUDGE(ナッジ)」という言葉を見る機会が増えています。ナッジとは 親ゾウが、子ゾウの背中を鼻でちょっと押すように、 強制や禁止をせずに本人の「よりよい選択」を後押しすることです。

ナッジとは、選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人びとの行動を予測可能なかたちで変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素のことなのです。この理論を普及させたのが、本書の著者の一人のリチャード・セイラー氏で、彼は2017年にノーベル経済学賞を受賞しています。

人間の予測には欠陥があり、バイアスがかかっていることが、何千という研究によって確認されています。私たちの行動は完璧ではないのです。例えば、「現状維持バイアス(惰性)」によって、人は現状を維持するか、デフォルトの選択肢に従います。

私たちが完璧な選択をできないのだとすると、「選択アーキテクチャー」を少し変えれば、よりよい世界が実現できます。選択アーキテクチャーを正しく設計すれば、私たちはもっと豊かになれるのです。「本人が、自分にとって(ほんとうに)いい選択」を促す仕組みが増えれば、世の中はもっと暮らしやすくなるはずです。

有名なメキシコの空港のトイレの蝿マークが増えることで、トイレが綺麗になるように、ナッジをさまざまな分野で活用することを考えるのです。iPhoneが普及したのもデザインのよさだけでなく、UI/UXがよく、誰もが簡単に使えるように設計されていたからだと著者らは指摘します。

タクシーのクレジットカードのチップをデフォルトで15%以上に設定することで、現金で支払っていた時よりもドライバーが受け取るチップが増えたと言います。逆にチップのデフォルトの数字を高くすると「リアクタンス」が起き、チップを支払わない人が増えたのです。

私たちはサブスクの罠にハマってしまい、無駄な出費を続けています。クレジットカードを使うと、現金で払うよりも多額のお金を使ってしまいますし、支払いの痛みが軽減できます。サブスクの解約手続きが面倒くさいために、人は解約手続きを怠ります。サブスクサービス側は行動経済学の現状維持バイアスを利用して、わざと解約手続きを煩雑にしているのです。

私たちは利益を得られる状況では、利益を逃すリスク(=損失)を回避します。損失を被る状況では、リスクを負ってでも損失を回避しようとします。損得が分かれる場合には、利益を得ることより損失を被ることに敏感になる傾向があります。失う時の痛みは得る喜びの2倍になると言われています。

損失回避は公共政策にも活用できます。レジ袋の使用を減らしたいときには、
①少額のお金をわたしてエコバッグをもってきてもらうようにするべきだろうか?
②それと同じ金額を払ってレジ袋を買ってもらうようにするべきだろうか?

実は①のアプローチはまったく効果がありませんでしたが、②のアプローチはうまくいくことを示すエビデンスがあるそうです。レジ袋を有料化すると、レジ袋を使用する人はぐっと減るのです。わずかな金額であっても、人はお金を失いたくないのです。私もレジ袋が有料になって以降、エコバックをより積極的に使うようになりました。僅か数円の損失回避にために以前とは異なる行動をしていたのです。

エネルギー問題が深刻化するなか、省エネはいまでは大きな関心事になっています。以下の2つの情報キャンペーンを行う場合、どちらが効果的かを考えてみましょう。
①省エネ対策をすると、年間350ドル節約できます。
②省エネ対策をしないと、年間350ドル損します。
この場合は損失回避を訴求したB案が支持されると著者らは指摘します。 

ヒューマンは他のヒューマンに簡単にナッジされる?

ヒューマンはほかのヒューマンに簡単にナッジされる。それはどうしてなのだろう。一つには、私たちは他人にしたがうのが好きだからだ。

集団の意見が一致していると、最強のナッジを与えることができます。質問がやさしくて、ほかの人が全員まちがっていることがわかって当たり前のときでも、それは変わらないことがわかっています。その場の多くの人が間違った答えをしている状況下では同調圧力が働き、正しい答えを知っているのに、あえて間違った答えを支持してしまうのです。

社会科学者は「自信ヒューリスティック」を発見した。人は自信たっぷりに話す人は正しいと思う傾向がある。

民間部門、公共部門を問わず、首尾一貫した揺らぐことのない主張をする人は、集団や慣習を自分の思いどおりの方向に動かせます。

上司が若い部下たちの本音を知りたければ、1人ひとり個別に聞くようにすべきです。(同僚同士が影響を与え合わないようにする)当然、上司は先に自分の意見を言わないことがカギになります。

集団の判断が完全に自分のものとしてとり込まれて、自分自身の推定を伝えるときでも、それに固執するようになることもわかっています。時間が経過した1年後でもその考えを支持しますし、新しい集団に加わって、 そのメンバーが別の判断を示したときでさえ、自分の意見を変えません。

最初の判断は 〝世代〟を超えて影響を与えることも明らかになっています。新しい参加者が加わり、元の参加者が抜けて、集団の全員がはじめて会う人同士になったときでさえ、最初の集団の判断を誘導したメンバーがいなくなっているのに関わらず、 最初の集団の判断がいつまでも残る傾向が認められたのです。

伝統のなかにはまったく意味がなく、恣意的なものがあるにもかかわらず、 そうした多くの伝統が何十年も、あるいは何世紀も続いている理由がここにあるのです。

たくさんの集団が「集団的保守主義」と呼ばれるものに陥る理由もそうだ。 集団的保守主義とは、たとえ状況が変わっても、集団が確立されたパターンに固執する傾向をいう。

ネクタイをつける慣習のように、一度定着すると、たとえそうする理由がなくても、その慣習がずっと続くことがあります。今回のコロナパンデミック以降の日本のマスク問題もこれに当たります。日本では集団的保守主義が働きやすく、アメリカなどの他国とは異なる動きをしています。

一握りの人、場合によっては1人の小さなナッジから生まれたものが、たくさんの人から支持されたり、黙認されるのです。

その慣習が深刻な問題を生んでいることを示せれば、集団は方向を変えるかもしれません。それでも、疑いが不確かなものなら、これまでずっとしてきたことをやり続けると著者たちは指摘します。日本人はこのルールにしたがい、外出の際のマスクを「しきたり」にすることを選択したのです。  

本書は前作の改訂版(完全版)になりますが、最新の面白い事例も加わったため、古さを感じませんでした。内容が濃いため、何度かに分けて本書を紹介したいと思います。


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