世界視点で読む 企業戦略とアート
上坂真人
光文社
本書の要約
日本はアートビジネスの後進国です。アートとビジネスを連携させるためには、長期的な視点での教育の底上げが必要になります。 日本のアート市場にはまだまだ未開の可能性が広がっています。アートへの理解と関心を高めることで、その魅力をより多くの人々に届け、市場の活性化につなげることが期待されます。
なぜ、日本はアートをビジネスにできないのか?
日本にはアートを「ビジネス」「事業」にする発想自体が決定的に欠けているということです。(上坂真人)
私は月に1度は美術館に行きますが、アート作品を買う頻度はそれほど多くありません。多くのビジネスパーソンも私と同じなのではないでしょうか?
日本におけるアートの購入層の狭さは、文化的背景や価値観の違いからくるものかもしれません。また、地域のアートイベントに地元住民が参加しづらいのも、アートに対するアクセスの難しさや理解の不足が影響しているかもしれません。日本のアート業界は、国際的には「周回遅れ」指摘されています。
日本の美術展の人気や国際的な経済力を考慮すると、アート市場の潜在的な可能性は大いに秘められています。著者はアート市場においては日本はいまだに江戸時代だと指摘します。
残念ながら、アートマーケットにおいては、日本は世界を知らない「江戸時代」です。しかし時代の必然で、明治維新は必ずやってきます。
海外の多くの企業では、アートが経営戦略やブランドイメージを強化する資産として位置づけられています。経済活動の中でアートの重要性が増してきた結果、世界中の有名な美術館、公立・私立を問わず、資金調達や営業活動に特化した専任スタッフが充実しているのが一般的です。
これらのスタッフは、美術館の運営を支えるための資金を税金だけに頼ることなく、CFOを中心に資金調達を積極的に行なっています。多岐にわたる営業戦略やマーケティング活動を行い、税金に頼らない資金獲得を行なっています。
パーティを開催し、富裕層から寄付を募る、企業主催のイベント、スポンサーシップの取得、特別展の企画、レストランによるアートフェアの開催、グッズの販売促進、会員特典・メンバーシッププログラムの拡充など、さまざまな方法で収益を上げる試みが行われています。
このように、アートとビジネスの連携は、文化活動の持続可能性を高めるだけでなく、地域経済や観光産業への貢献も期待されています。
日本企業はアートに関する情報発信をほとんどしていません。アートマーケットにおける日本の影響力は限定的と言わざるを得ません。具体的には、日本からのアート情報が世界に伝わりにくく、逆に、世界のアート情報も日本に十分に流入していない状態です。
海外の多くの金融機関やコンサルティング企業は、アートに関する情報を活発に共有しています。これに対し、日本の企業の多くはアート情報の発信で遅れを取っている状況です。この情報の非対称性を解消することが、優先課題と言えるでしょう。
日本には多数の富裕層が存在しています。彼らがアート投資を増やすことで、国内のアート市場は確実に活気を帯びるでしょう。この巨大な潜在的市場を見れば、日本のアート市場には莫大な成長の機会が広がっていることがわかります。
アート先進国になるために必要なこと
(海外には)アートマーケットがあり、それに対応するサービスや教育があり、それゆえにアートの消費者が一流に育っていく。欧米だけではなく、アジアでもそうなりつつある。その事実さえ知らずにいるのが日本です。
日本のアート市場は、海外のそれに比べてまだ拡大の余地があると言えます。クリスティーズやサザビーズのような国際的なオークションハウスは、2022年にそれぞれ85億ドル、80億ドルという巨大な売上を記録しています。 対照的に、日本のアート市場はこれらの大手オークションハウスの売上にはまだ届いていないのが実情です。
日本のアート界には、消費者の教育の不足や市場情報の欠如など、さまざまな課題が存在します。これらの問題を解消し、世界の市場に追いつく、あるいはそれを超えるためには、日本のアート業界と企業の連携が求められます。
海外では富裕層がアートを投資するのが当たり前です。子どものころから、アートとの関わりを深めることは、感受性や価値観を豊かにします。アートを「見る」ことで視野が広がり、「聞く」ことで心の琴線に触れ、「集める」ことで自分のセンスを磨き上げることができます。そして、それを「語り合う」ことで、人とのつながりや新しい視点を得ることができます。
特に、若手アーティストの作品を早い段階で「購入」することは、彼らの才能を初めて認める者として、特別な喜びを感じることができます。アーティストとともにその成長を見守ることは、単なる物の購入以上の、深い意味を持つ投資となります。
アートをキーにしてセンスある富裕層を囲い込むことは、音楽やスポーツをテーマにして、そういう趣味・嗜好を持つ消費者にアピールし、売り込み、顧客リスト化するのと同じ発想です。そのためには、企業が自らアートイベントを開催し、美術館の寄付者に接近し、アートフェアへ参加する。これらが世界での常識です。
アートは、単に美的価値を持つだけでなく、社会やビジネスとのつながりの中で新たな意義を持つことができます。例えば、音楽やスポーツを通じて、特定の消費者層にアピールするのと同様に、アートを中心としたイベントや活動は、富裕層やセンスを重視する層の注目を集める力があります。
世界的に見ると、多くの企業がアートを取り入れることで顧客との深い絆を築いています。アートイベントの主催、美術館への寄付やアートフェアへの参加は、企業のブランドイメージを高めるだけでなく、アート愛好者とのネットワークを構築する機会となります。 日本においても、このアプローチが広まることで、アートがもつ多面的な価値を日常の中で享受する文化が根付く可能性があります。
特に、アートフェアの開催は、日本のセンスある消費者を魅了する大きな機会となります。アートフェアは、その場所を訪れるだけで、最先端のアートや国際的な文化を体感できる場となります。
アートフェアへのスポンサーシップやパートナーシップは、企業にとってブランディングやマーケティングの手段として非常に価値があります。特に、アートとビジネスの結びつきを強化することで、消費者の心をつかみやすくなります。
例えば、スポンサー企業がフェアで特別なプライベートイベントや体験を提供することで、そのブランドのファンや顧客に対する独自性や価値を高めることができます。 海外の成功事例を学び、それを日本の文化や市場の特性に合わせて適用することで、アートフェアを事業戦略の一部として取り入れることができます。
日本でも三菱地所や三井不動産、森ビルなどがアートを意識したまちづくりを行なっています。これは、センスのある消費者や富裕層を引き寄せるなど、アートが大きな差別化要因となっています。
また、地方でもアートを活用したまちづくりが進んでいます。例えば、東川町はアートフォトによって、地方再生に取り組んでいます。東川町では「写真の街=写真文化首都」を標榜し、世界的なアートフォトコレクションを所有、地域の魅力を発信しています。
アートを取り入れたまちづくりは、街の魅力を高めるだけでなく、地域の発展や経済の活性化にも寄与しています。今後もさまざまな地域でアートを活用したまちづくりが進むことでしょう。その際、地域住民を巻き込むことで、アートがその地域に根付くようになります。
そして、アートへの投資は、物質的なリターンだけでなく、社会的な評価やアーティストとの深い関わりを持つ喜びとして感じられるようになるでしょう。 このビジョンを実現するためには、アートのエコシステムの確立と啓発が不可欠です。欧米における成功事例を参考にしつつ、日本独自の文化や背景を考慮した取り組みで、アートを身近に感じられる社会を築いていくことが求められます。
海外のようにアートのあるオフィスが増えれば、ビジネスパーソンの意識も変わります。オフィスの壁には、単なる装飾としてではなく、明確な価値を持つアート作品が飾られている「日常」を実現することで、社員の創造性を刺激し、ビジネスの発想を豊かにする要素として機能します。
一方、マーケティングではアートの題材が独自の価値を提供する手段として取り入れられています。 このように、ビジネスとアートは、互いに深い関連性を持ちつつ共存しているのです。
アートは単なる美的要素だけでなく、ビジネスの成果を高めるツールとしても利用されています。そして、ビジネスの中でアートを取り入れることで、ブランドの価値や企業の文化、そして顧客との関係をより深化させることができるのです。
アートとビジネスを連携させるためには、長期的な視点での教育の底上げが必要になります。学校でのアート教育の強化や、地域のアートイベントを増やして参加しやすくするなどのアプローチが考えられます。 日本のアート市場にはまだまだ未開の可能性が広がっています。アートへの理解と関心を高めることで、その魅力をより多くの人々に届け、市場の活性化につなげることが期待されます。
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