教育は遺伝に勝てるか?
安藤寿康
朝日新聞出版
教育は遺伝に勝てるか? (安藤寿康)の要約
遺伝は人生を完全に左右するわけではありません。遺伝的特性は一部の側面を示すに過ぎず、個人の能力や性格を完全に定義するものではありません。この理解は、「親ガチャ」=人生は生まれた環境で完全に決まってしまうという最近の風潮に対する反論となり得ます。遺伝と環境の相互作用を考えることで、人生の可能性が広がります。
遺伝と環境の関係とは?
行動遺伝学的視点に立つと、ヒトはどんなときでも、環境の言いなりに生きる存在ではなく、遺伝の影響を受けながら環境に対して能動的に自分自身をつくり上げている存在であることがわかります。だからこそ子育てをする親にとっても、子どもが内側に秘めた遺伝の影響を考えることが必要なのです。
科学的研究により、遺伝が知能、性格特性、さらには特定の行動傾向に強い影響を与えることが示されています。たとえば、双生児研究は、遺伝が個人の知能や性格に大きな役割を果たすことを示しています。双子の兄弟は同じ遺伝子を持って生まれてきますが、異なる環境で育てられる場合もあります。しかし、彼らの知能や性格の類似性は、遺伝的な要素によるものが大きいと考えられています。
行動遺伝学の専門家である安藤寿康氏は、遺伝の影響を受ける能力、パーソナリティ、行動についての科学的事実を研究し、子育てについて考えることを重視しています。安藤氏は行動遺伝学の第一原則である「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」という科学的事実に従って、子育てについて考え、本書を執筆しています。
この原則は、私たちが生まれつき持っている遺伝子が、私たちの能力や性格形成に大きく関与していることを示しています。遺伝子によって、私たちの脳の発達や神経伝達物質の働きが制御され、それが知能や性格特性に影響を与えます。 しかし、遺伝の影響は全てではありません。
環境も私たちの能力や性格に影響を与えます。例えば、適切な刺激や教育が与えられれば、遺伝的な素質を最大限に引き出すことができます。逆に、適切な環境が与えられなければ、遺伝的な素質を活かすことができない場合もあります。
遺伝に関する一般的な先入観として、「遺伝は環境によって変えられない、生まれつき決まったもの」という考えが根強く存在します。このため、遺伝の影響を一方的に否定する傾向があるか、逆に「遺伝だから仕方がない」という言い訳に用いられることがあります。しかし、遺伝子の働きはこれほど硬直的なものではありません。
実際には、遺伝子は生存と進化の過程で、環境に適応するように進化してきました。遺伝子はその構造内で、環境の変化に柔軟に対応する仕組みを持っています。
遺伝的特性は一部の側面を示すに過ぎず、個人の能力や性格を完全に定義するものではありません。この理解は、「親ガチャ」=人生は生まれた環境で決まってしまうという最近の風潮に対する反論となり得ます。遺伝と環境の相互作用を考えることで、より広範な視野で個人の可能性を見ることができるのです。
行動遺伝学から考えた親の役割
子どもは、そしてどの年齢の人間も、それぞれが自らの内にもっていつも持ち運んでいる遺伝の影響を受けながら、時々刻々変化する環境に適応しようと脳を働かせ、体を動かし、自らの人生をつくり上げています。
子どもは、そしてどの年齢の人間も、それぞれが自らの内にもっていつも持ち運んでいる遺伝の影響を受けながら、時々刻々変化する環境に適応しようと脳を働かせ、体を動かし、自らの人生をつくり上げています。
人間の行動は、遺伝と環境の両方からの影響を受けています。遺伝的な要素は、個々の特徴や傾向を決定する役割を果たしています。一方、環境は日常の生活や社会的な関係など、外部からの刺激や影響を提供します。
特に子どもの発達においては、遺伝と環境の双方が重要な役割を果たしています。遺伝的な要素は、身体的な特徴や傾向、病気のリスクなどに影響を与えます。一方、環境は子どもの成長において大きな影響を持ちます。家族や地域社会の状況、教育環境、社会的なサポートなどが子どもの発達に大きな影響を与えるのです。
行動遺伝学のエビデンスによれば、子どもが自分の家庭で育ったり、養子に出されたり、児童養護施設で育ったりしても、育成環境が「まっとう」であれば、子どものパーソナリティに大きな違いは生じないとされています。ここでいう「まっとう」とは、極端な貧困でなく、虐待がなく、活動が極端に制限されていない、社会に対して開かれた環境で育つことを指します。この条件下では、子どもの育成場所が異なっても、パーソナリティの発達には大きな差はないということです。
もし、子どもが特定の時点で魅力的な個性や才能を示した場合、その才能をより豊かに発展させるための教育環境を提供することが重要です。そのために、可能な限りのサポートを提供することが親としての役割になります。
特に、子どもが何か特定の分野に情熱を持ち、自分の道を切り開こうとする場合は、その決意を尊重し、その道を進むための支援をすることが大切です。子どもが自分の才能や情熱に従って成長することを応援し、その過程で必要な支援を提供することが、親としてできる最善の行動です。
たいがい諦めるときは、少なくともその時点で万策尽きたときでしょう。ちょっとしかやらず、すぐには成果が出ず、最初は全然面白みを見出せないことなど、どんな学習でも日常茶飯事です。そこで早々諦めさせるのは、そのときほかにもっとやった方がよいものがない限り、時期尚早です。しかししばらくやってみて、つまずいて、それでもやり方をいろいろ工夫をして変えても突破口が見出せなくなったとき、そこで諦めることは行動遺伝学的に正当化できると私は考えています。
遺伝を理由に諦めることが、その子にとって最善である場合は、行動遺伝学を利用するのがよいと著者は言います。しかし、諦めきれない思いがあるなら、その感情自体にも遺伝的な根拠がある可能性があります。そのような無念さを大切に心に留めておくことが重要です。その子には他の能力があり、時が経てばその能力を別の形で発揮するかもしれません。
また、後に再挑戦して成功することもあれば、結局は困難に直面することもあります。行動遺伝学は、こうした未来の予測や保証はできないのです。
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