遊びと利他 (北村匡平)の書評

woman riding swing near trees

遊びと利他
北村匡平
講談社

遊びと利他 (北村匡平)の要約

利他を生み出す環境には、計画や管理を一部手放す「ゆるさ」と自由な発想を可能にする「あそび」の要素が欠かせません。偶然性を意識的に取り入れ、支援には宛先の匿名性や受け手の尊厳を守る仕組みを設けることが、創造性や多様性を豊かにし、人々のつながりや共生を深める基盤となるのです。

偶然性を意識的に取り戻そう!

いま、社会のいたるところで「偶然性」がなくなりつつあります。(北村匡平)

私たちの暮らしは、技術の進化によってこれまでにないほど効率化され、快適になりました。インターネットやスマートフォンの普及により、必要な情報はすぐ手に入り、目的地に迷うことなくたどり着けます。あらゆる物事が計画的に、そしてリスクを排除した形で進むよう設計されているため、生活の安定感は向上しています。

しかしその一方で、私たちはかつて日常の中で当たり前のように経験していた「偶然性」という要素を失いつつあると映画研究者・批評家の北村匡平氏は指摘します。

私は定期的に大型書店を歩き回り、新たな書籍との出会いをデザインします。目的の本を探している途中で、ふと目に留まった別の一冊に魅了されることがあります。そのような、思いがけない出会いを通じて新たな興味や知識が広がる瞬間は、何とも言えない喜びです。

しかし、この体験は、オンラインショッピングではなかなか再現できません。アマゾンの検索エンジンを使って必要な本を購入する方法は非常に効率的ですが、予想外の本との出会いを楽しむ機会を失わせてしまいます。

旅行においても同じことが言えます。スマートフォンを使って観光地や宿泊先、移動ルートをすべて計画することで、無駄のない旅を実現することができます。しかし、それは同時に偶然の発見や予期せぬ景色との出会いを奪うことにもなります。

例えば、何気なく立ち寄った道端のカフェや、迷い込んだ道の先で偶然見つけた美しい景色など――こうした偶然の積み重ねこそが旅の醍醐味でした。しかし、計画通りに進む旅では、その醍醐味が次第に薄れてしまいます。

最近の公園の遊具には使用回数や年齢制限が設けられ、自由な遊び方は制限されています。公園はかつて、子どもたちが想像力を膨らませ、自由に駆け回り、友達とぶつかり合いながら成長する場でした。しかし、今では過剰な管理により、トラブルや危険を排除するためのルールが優先され、想像力を働かせる余地がほとんど残されていません。

こうした状況は、効率的で安全な社会を作り出しているように見えますが、その裏で私たちから「予測できない楽しさ」や「新たな可能性との出会い」を奪っています。未知との遭遇や偶然性は、人間の想像力や創造性を育む重要な要素です。それが失われることで、私たちの生活が型にはまり、画一化されていく危険性を孕んでいるのです。

こうした時代において、偶然性を意識的に取り戻す試みが必要とされています。たとえば、目的地を決めずに散歩をしてみる。旅行先でガイドや計画に頼らず、直感に従って行動してみる。これは単なる気まぐれの行動ではなく、偶然性を取り入れるための重要な一歩といえるでしょう。

私は、旅の途中で目に入った神社に立ち寄り、その後、自分の直感に従って次の行き先を決めるという方法で偶然性を意識的に取り戻そうとしています。このような体験を通じて、効率的な社会の中で失われた「未知との対話」の時間を再構築しようとしているのです。

利他的行動に必要なこととは?

自分本位な考えから脱して、他なるものを歓待する力は、人間力を涵養し、他者との共生にも必要になる。他者を想像する力は、まず他者のことをよく観察することから始めなければならない。  

私たちの社会において、他者と共生する力を養うためには、他なるものを受け入れる姿勢が不可欠です。それは単に他者を受け入れるだけではなく、他者の視点や状況を理解しようと努め、自分本位の枠組みを超えて関わることを意味します。このような力を育むためには、観察し、想像し、対話を重ねることが必要です。

そして、そのような行動は人間としての成長を促し、豊かな社会の基盤となります。 遊びにおける「ミミクリ(模擬)」と「イリンクス(眩暈)」という概念は、この共生力を育む重要な要素です。

ミミクリは、ごっこ遊びや模倣を通じて、他者を演じたり虚構の世界を想像することを指します。これにより、見立てる力や他者を想像する力が鍛えられます。子どもたちが友達や周囲の大人を真似し、他者の役割を自分の中で再構成する遊びは、自己を超えて他者を理解するための初歩的な学びとなります。

一方、イリンクスは、眩暈を伴うような極限的な体験や挑戦を通じて、自らの限界を知り、その中で達成感を味わうことを指します。高い遊具に登る恐怖や、滑り台のスリルなど、身体を使った挑戦的な遊びがこれに該当します。このような経験は、危険を避けるだけでは得られない感覚であり、身体的にも精神的にもバランスを整える力となります。

そして、イリンクス体験を通じて得られる感覚や達成感は、他者との交流や社会的な関わりの中でも重要な意味を持ちます。 これら2つの遊びの要素には、脱自我という共通点があります。

自分の内面や欲求に閉じこもるのではなく、他者や未知なるものに向き合い、挑戦することで得られる経験が、私たちを利他へと導いてくれます。特に、ミミクリの中で他者を演じる力や、イリンクスの中で自分の限界を知る力は、他者を理解し、受け入れる土壌を育むものです。 こうした遊びの視点は、日常生活や社会の中にも取り入れることが可能です。

自分本位な考えから脱して、他なるものを歓待する力は、人間力を涵養し、他者との共生にも必要になる。他者を想像する力は、まず他者のことをよく観察することから始めなければならない。  利他が生まれるには、その空間があるだけではなく、やはり人間の主体性が必要である。

現代社会において、偶然性や未知との出会いが失われつつある中で、それを意識的に取り戻すための取り組みは、私たちの生活を豊かにするだけでなく、人と人とのつながりを深める重要な鍵となるものです。

その一例が、小林せかい氏が運営する「未来食堂」に見られます。この食堂では、翌週のメニューを来店客のリクエストによって決定し、その背景を共有する仕組みを取り入れています。

自分がリクエストした料理が後日メニューに並ぶことや、今食べている料理が他の誰かのリクエストであることを知ることで、客同士が直接顔を合わせずとも、見えないつながりを感じることができます。このような取り組みは、単なる食事の提供にとどまらず、他者を想像する契機を生み出します。

同様に、子どもたちの遊び場にも偶然性を取り戻す工夫が求められます。現在、多くの遊び場では過剰なルールや安全性の確保が優先され、自由に駆け回ったり、創造力を発揮して遊ぶことが制限されています。

しかし、こうした環境では子どもたちが互いに譲り合いや衝突を経験する機会が減少し、他者との関わり方や自分自身の限界を知る感覚が育まれにくくなっています。遊びの中で偶然性や挑戦があることは、子どもたちの創造力や共感力を養う重要な要素です。

何が起こるかわからない状況に身を置くことで、子どもたちは自ら考え、行動し、他者と協力する力を育むことができます。 こうした偶然性や不確定要素を取り戻す取り組みは、子どもの遊び場や食堂だけに限りません。

たとえば、「チロル堂」の活動もその一例です。チロル堂では、困難な環境にいる子どもたちに食べ物を提供する仕組みが巧妙に設計されています。この仕組みの独創的な点は、単に支援を受ける子どもたちに「恵まれない」というレッテルを貼るのではなく、あくまでガチャガチャという「運」で、食べ物を手に入れるという環境を整えていることです。

支援が直接的ではなく、「チロる酒場」からの大人たちの寄付と間接的な形で行われるため、子どもたちは他者からの支援を意識せずに食べ物を受け取ることができます。このような仕組みは、子どもたちの自尊心を守りながら利他的な社会を形作る優れた例と言えます。

利他を生み出す環境を作るには、余白を組み込むことで偶発性を高め、計画・管理を半ば手放した「ゆるい」設計を目指すこと、そして何より「あそび」の要素を忘れないことである。

偶然性を取り戻すためには、日常生活の中に「余白」を意識的に設けることが必要です。それは、必ずしも便利さや効率性を犠牲にすることを意味するわけではありません。

むしろ、便利さの中に偶然性を巧みに織り交ぜることで、私たちは多様な価値観や新たな視点を得ることができるのです。未知や偶然との出会いがもたらす感動や驚きは、私たちの感性や創造性を刺激し、社会全体の多様性を育む原動力となります。

利他を生み出す環境を構築するためには、余白を意識的に組み込み、偶発性を高める設計が求められます。それは、すべてを計画や管理の枠内に収めるのではなく、あえてその一部を手放す「ゆるさ」を持ったアプローチです。さらに、このような環境をデザインする際に「あそび」の要素を取り入れることが重要です。

あそびとは、決められたルールに従うだけではなく、自由な発想や創造性を働かせる余地を意味します。このような「ゆるさ」と「あそび」が、偶然性を取り入れた空間を形作り、利他の精神を育むきっかけとなるのです。

また、与える側と受け取る側の間に流動性を持たせることも、利他の実現において重要なポイントです。施す側にとっては宛先の匿名性が確保され、施される側にとってはその尊厳が守られる仕組みが理想的です。

このようなシステムは、支援を受ける人々が自らの価値を感じながらサポートを受けることを可能にし、社会全体としての支え合いの基盤をより強固にします。

テクノロジーの進化により、現代社会は効率化や安全性が格段に向上しましたが、その一方で、未知との遭遇や偶然性が排除されつつあります。これにより、社会が画一化され、多様性や創造性が失われる危機に直面しています。

しかし、偶然性は私たちの生活に予期せぬ喜びや発見をもたらし、人々のつながりを深める重要な要素です。それゆえに、偶然性を生活の中に再び取り戻すことは、私たち自身の感性や創造性を蘇らせるために欠かせない挑戦だと言えるでしょう。

このチャレンジを続けることで、私たちは他者とより深くつながり、多様性に満ちた豊かな未来を築くことができるはずです。偶然性を生活に取り入れ、他者との関係性を育む努力を怠らないこと。それが、人と人とが支え合い、共生する力を高めるための第一歩となるのです。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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