なぜ賃金は上がらないのか 日本経済30年の陥穽 (首藤若菜)の書評

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書籍:なぜ賃金は上がらないのか 日本経済30年の陥穽
著者:首藤若菜
出版社:講談社
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『なぜ賃金は上がらないのか』書評:実質賃金低下の構造的罠とAI時代のキャリア戦略 

日々のニュースには、「過去最高益」「春闘での歴史的な大幅賃上げ」といった景気の良い言葉が並んでいます。一見すると、日本経済はようやく長い停滞を抜け出し、賃金も上向き始めたように見えます。 しかし、私たちの生活実感はどうでしょうか。

スーパーやCVSで買い物をするたびに食品価格の上昇を感じ、光熱費の請求書を見るたびに、家計の余裕が少しずつ削られていることを実感している人は少なくないはずです。名目賃金は上がっている。企業業績も好調だと報じられている。それにもかかわらず、なぜ私たちは「豊かになった」と感じられないのでしょうか。

働く側は、日々の業務に追われながら懸命に働いています。企業側も、原材料費やエネルギー価格の上昇、人手不足への対応に追われ、生き残りをかけて努力を続けています。それでもなお、日本社会全体には、まるで誰も十分に報われていないかのような閉塞感が漂っています。

今回ご紹介する首藤若菜氏の『なぜ賃金は上がらないのか 日本経済30年の陥穽』(講談社現代新書)は、この切実な問いに正面から向き合った一冊です。本書は、賃金が上がらない理由を「個人の努力不足」や「日本人の生産性の低さ」といった単純な説明に回収しません。

労働経済学の視点から、企業行動、労使関係、価格転嫁、非正規雇用、国際競争、そして日本経済が歩んできた30年の構造変化を丁寧に読み解いていきます。

本書の魅力は、専門的なテーマを扱いながらも、読者を置き去りにしないわかりやすさにあります。賃金という身近な問題を入口に、日本経済の深層にある仕組みを可視化してくれるのです。なぜ働いても豊かになりにくいのか。なぜ企業が利益を上げても賃金に十分反映されないのか。なぜ賃上げのニュースが増えても、生活実感は改善しにくいのか。 本書は、その疑問に対して、データと構造分析で的確に答えてくれます。

本書は単なるマクロ経済の解説書や、現状を嘆くための本ではありません。「給料が上がらないのは近年のインフレや円安のせいだ」「日本人の労働生産性が低いからだ」という私たちが無意識に抱いている思い込みをロジカルに覆し、賃金停滞が「交易条件の悪化」や「労働を調整弁とする利益配分構造」による構造的欠陥であることを論理的に証明してくれます。

低賃金は個人の生活を圧迫するだけでなく、低消費、低価格、低利益、低投資、そしてさらなる低賃金という「経済の負の循環」を生み出します。日本企業が陥ったこの「罠」を構造的に理解することは、生成AIをはじめとするテクノロジーが業務を劇的に代替していくこれからの時代において、私たちが「自分の労働の価値」をどう守り、意思決定の質を上げていくべきかを考えるための、欠かせない思考の土台となります。

この記事でわかること

・名目賃金が上がっても生活が苦しい「実質賃金低下」の本当の理由と過去30年の歴史的推移
・実質賃金を決定づける「3つの要素(生産性・分配率・交易条件)」の掛け算メカニズム
・「時間当たり賃金は上がっているのに月給が増えない」統計のカラクリと労働市場の歪み
・賃金をマクロ経済の「調整弁(緩衝材)」として使ってきた日本の歴史的背景
・「低賃金の負の循環」が日本企業と経済全体の成長を止めている構造的要因
・AI時代において中位層の空洞化を乗り越え、適正な対価を得るための個人のキャリア戦略
・経営者やリーダーに求められる、株主至上主義からの脱却と「人への投資」を通じた付加価値創造

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・日本の実質賃金低下は、2022年以降の突発的なインフレが原因ではなく、長年にわたり賃金を引き上げる力が弱まっていた「構造的欠陥」が可視化されたものである。
・実質賃金は「労働生産性×労働分配率×交易条件」の掛け算であり、日本ではこの3要素が同時に弱まるという異常事態が進行した。
・近年の賃上げは「大企業の正社員」と「最低賃金層」に偏り、中位層(中小企業や派遣・契約社員)が取り残される形で進んでいる。

【原因】
・バブル崩壊後、失業を防ぐために賃金を「調整弁」とし、企業内部でコスト増を吸収する「労働による吸収」が常態化した。
・パートタイム労働者の増加と就業調整が全体の平均労働時間を短縮させ、時間当たり賃金は上がっても「月収」を押し下げた。
・価格を据え置くことで「高く買って安く売る」交易条件の悪化を招き、低賃金→低消費→低価格→低利益→低投資のサイクルが固定化された。

【対策】
・「生産性が低いから」という自己責任論を捨て、負担の所在を見えなくしている「内部調整」の仕組みを疑い、マクロな構造問題として現状を正しく認識する。
・賃上げを単なるコスト増と捉えず、低価格・低賃金を前提とした既存の競争ルールを変えるための「起点」として位置づけ、適正な価格転嫁を行う。
・個人は、AIに代替されない独自の付加価値を生み出し、自らの市場価値を高めるための学び直し(リスキリング)を習慣化する。

本書の要約

本書『なぜ賃金は上がらないのか 日本経済30年の陥穽』は、物価高と人手不足が叫ばれる現代日本において、「なぜ私たちの給料は上がらないのか」を、労働経済学の気鋭の学者が精緻なデータとともに紐解いた一冊です。

著者は、実質賃金が「労働生産性×労働分配率×交易条件(-税・社会保障負担)」という複数の要素の掛け算によって決まることを提示します。日本ではこの3要素が長年にわたり同時に弱まり続けてきました。

とりわけ、グローバル競争のなかで国内価格を据え置いたことによる「交易条件の悪化」と、バブル崩壊以降に雇用を維持するために賃金を「調整弁(緩衝材)」として扱ってきた歴史的経緯が、深刻な影を落としています。

さらに、データ上で「時間当たり賃金」は上昇しているように見えても、非正規雇用の増加や就業調整によって全体の労働時間が短縮された結果、生活の基盤となる「月当たり賃金」は停滞を続けてきた事実を暴き出します。

企業が利益を労働者へ還元せず内部留保に回す「配分構造の変化」や、労使交渉の機能不全が、低価格・低賃金の負の循環を強固なものにしました。本書は、表面的なニュースに流されず、読者が自らのキャリアや自社の経営方針を構造的・戦略的に見つめ直し、新たな競争ルールへと移行するための極めて実践的かつ確かな視座を与えてくれます。

こんな人におすすめ

・毎日の生活で物価高を感じ、将来の収入やキャリアに漠然とした不安を抱えているビジネスパーソン
・「日本人は生産性が低いから給料が安いのだ」という自虐的な通説に違和感を持っている人
・従業員の待遇改善(賃上げ)と、原価高騰・価格転嫁の板挟みになっている経営者やマネジメント層
・昨今の賃上げの恩恵を十分に受けていない「中位層」に属しており、現状を打破する戦略を探している人
・生成AI時代に自分のスキルや労働価値がどう評価されるか、キャリアプランやリスキリングの方向性を根本から練り直したい人

本書から得られるメリット

・「賃金が上がらない理由」を感情論や自己責任論ではなく、労働経済学のデータに基づき論理的かつ構造的に説明できるようになる。
・実質賃金を決める「方程式」や、時間当たりと月当たりの「統計の乖離」を知ることで、経済ニュースの裏側にある本質を読み解くリテラシーが身につく。
・低賃金の「負の循環」と「調整弁としての歴史」を構造として理解することで、自社や自分の労働市場における立ち位置を客観視し、意思決定の質を飛躍的に向上できる。
・「コスト削減至上主義」から「付加価値の創造・人への投資」へ、経営やビジネスに対するマインドセットを根本から切り替えることができる。
・AI時代における「人間の労働の価値」について深く思考し、代替されない能力を磨くためのリスキリングの方向性を定める確固たる枠組みが手に入る。
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「近年のインフレが原因」という思い込みと、実質賃金を決める「方程式」の崩壊

実質賃金は、2024年も2025年もプラスに転じなかった。名目賃金は上がっているものの、生活が楽にならないという感覚は、広く共有されている。(首藤若菜)

私たちは昨今の生活の苦しさを、「2022年以降の急激なインフレや円安のせいだ」と短絡的に考えがちです。しかし、立教大学教授の首藤若菜氏は豊富なデータを用いてその思い込みを明確に否定します。

過去30年を振り返ると、円高の時期であっても、デフレの時期であっても、日本の実質賃金が持続的に上昇した局面は確認できません。デフレ下では物価が下がっているため実質賃金はマイナスになりにくいはずですが、なぜ私たちの生活は一向に豊かにならなかったのでしょうか。

この謎を解き明かすために、本書では極めて重要な「実質賃金の方程式」が提示されます。それは、「実質賃金=労働生産性×労働分配率×交易条件(-税・社会保障負担)」という掛け算のメカニズムです。 実質賃金は、どれか一つの要素が弱ければ、他が改善しても全体として押し下げられてしまいます。

第一の要素である「労働生産性」は、日本では長期的には緩やかに上昇してはいるものの、その伸び率は鈍化しています。

第二の「労働分配率」は、企業が生み出した付加価値のうち、どれだけが労働者に還元されたかを示す指標ですが、日本ではこれが長期的に低下傾向にあります。

そして最も見落とされがちなのが、第三の「交易条件」の悪化です。これは、同じだけ働いて得た付加価値で、海外から輸入するエネルギーや食料、原材料を買える量が減っていく(国としての購買力が弱まる)という深刻な現象です。 日本では、この三つの要素が同時に弱まるという異常事態が進行しました。

日本企業は「値上げすればシェアを失う」という恐怖から国内価格を据え置き、輸入価格が高騰しても輸出価格や国内価格を引き上げず、「高く買って、安く売る」状態にとどまりました。これが企業のコストを押し上げて賃上げ余力を削り続けました。つまり、現在の私たちの苦境は、突発的なインフレによって引き起こされたのではなく、長年にわたって蓄積された構造的欠陥がインフレを契機に「可視化された」に過ぎないのです。

本書が提示するもう一つの衝撃的な視点は、「時間当たり賃金」と「月当たり賃金」の乖離がもたらす統計の罠です。 実はデータを見ると、1995年から2024年にかけて、GDPデフレーターで調整した「時間当たり実質賃金」は約2割も上昇しています。これだけ見れば「日本の賃金は低迷していない」と評価する識者がいるのも頷けます。

しかし、同じ30年間で、日本の総実労働時間は1910時間から1643時間へと、実に14%(267時間)も減少しているのです。 この労働時間の減少は、私たちが「ワークライフバランスを重視して自由な時間を選んだ」というポジティブな結果ではありません。

労働時間の短いパートタイム労働者の比率が14.4%から30.9%へと2倍以上に跳ね上がり、さらに「一定の年収水準(いわゆる年収の壁)を超えないように労働時間を抑える」という就業調整が社会全体で蔓延した結果です。

逆にトラックドライバーなどの一部の職種では、時間単価が低いため、収入が不足すれば目標額に達するまで長時間働くという現象が起きています。つまり、日本の労働時間は「働き方の選好」ではなく、「賃金や制度のもとで収入を維持するための調整手段」へと成り下がってしまったのです。 時間当たりの賃金は上がっていても、労働時間が短くなっているため、生活の基盤となる「月当たりの収入」は一向に増えません。

この指標間の乖離が、賃金動向に対する認識をあいまいにしています。 さらに追い討ちをかけるのが、近年の賃上げの偏りです。春闘による賃上げは主に「大企業の正社員(上)」に及び、最低賃金の引き上げは「パートタイムなどの低賃金層(下)」を押し上げました。

しかし、その間に位置する中小企業の正社員や派遣・契約社員といった「中位賃金層」での賃上げは極めて限定的です。この「中位層の取り残し」こそが、社会全体にやり場のない閉塞感をもたらしている大きな要因と言えます。

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雇用維持の代償:「調整弁」と化した賃金と「労働による吸収」の歴史

低賃金→低消費→低価格→低利益→低投資→低賃上げという循環が形成される。賃金が上がらないという問題は、単に労働者の生活が苦しくなるというだけでなく、経済全体が成長できないメカニズムそのものを意味している。

では、なぜ賃金はここまで構造的に上がりにくくなってしまったのでしょうか。その背景には、日本特有の歴史的経緯と労使の「合理的な選択」がありました。

バブル崩壊後の長期停滞期において、日本社会は「失業者を増やさないこと」を最優先課題としました。雇用を守るためであれば、賃金を抑制することは労使双方にとってある種の合理的な選択として受け入れられてきたのです。コスト増などの外部ショックが起きた際、日本では生産の縮小や価格の引き上げを行うのではなく、同じ労働時間のなかに含まれる業務量と責任を増やすことで均衡を保とうとしました。

著者はこの仕組みを「労働による吸収」と呼んでいます。 賃金や労働条件が企業の業績変動を吸収する「緩衝材(調整弁)」として機能し続けた結果、負担は社会から見えにくい形で個人の日常に埋め込まれました。短期的には雇用の安定を得られたものの、それは負担を消し去ったのではなく、未来へ先送りしたにすぎません。

その帰結が、企業の投資停滞と成長余地の縮小、そして今日の「実質賃金の長期低下」として現れているのです。 さらに、企業部門の利益配分構造も大きく歪みました。法人企業統計などを見ると、売上が横ばいであっても企業の経常利益は増加傾向にありましたが、その利益の増加分は賃金(人への投資)や設備投資には回らず、内部留保や配当(株主への還元)に厚く配分されるように「ルールが変わってしまった」のです。

かつての日本企業は、生み出した付加価値を従業員に手厚く分配することで分厚い中間層を形成し、それが国内の旺盛な消費を支えていましたが、過度なコスト削減至上主義と株主偏重のガバナンスが、その好循環を断ち切ってしまいました。

経済成長を止める「低賃金の負の循環」を断ち切る「賃上げ」の真の意味 このような状況下で、企業に単に「賃上げせよ」と叫んでも根本的な解決にはなりません。なぜなら、日本経済はすでに「低賃金→低消費→低価格→低利益→低投資→低賃上げ」という強力な負の循環に陥っているからです。

賃金が上がらないという問題は、個人の生活苦にとどまらず、マクロ経済全体が成長できないメカニズムそのものを意味しています。 著者は、賃上げを単なる目的やコスト増と捉えるのではなく、この負の循環を断ち切り、低価格・低賃金を前提としてきた「既存の競争ルール」から脱却するための「起点(入り口)」として位置づけています。

賃金決定が企業内部の事情(社内のやりくり)だけで行われている限り、負担の所在は見えにくく、賃金は調整弁のままです。分配をめぐる交渉が機能するためには、負担の所在が認識され、それが争点となり、その結果が「競争の前提条件」として広く社会で共有される必要があります。

最低賃金の引き上げや春闘を通じた相場形成は、低賃金を前提とした過度な価格競争を成り立たなくさせることで、適正な価格交渉(価格転嫁)を可能にする環境を整える役割を持っています。

賃上げを起点として、価格の見直し、利益率の回復、そして投資と生産性の向上へとつなげる。この新しい循環を生み出せるかどうかが、日本経済の未来を左右するのです。

本書が解き明かした構造的欠陥と「中位層が取り残される」厳しい現実は、これからのAI時代において私たちがどう生き残るかというキャリア戦略に直結する、極めて重要な示唆を含んでいます。 企業がコスト削減を優先し、労働者への配分を絞り続ける社会において、生成AIをはじめとするテクノロジーの劇的な進化は、ホワイトカラーの業務、特に「中位層」の定型業務を直撃します。

情報収集、データ分析、基本的な文章作成やプログラミングの補助に至るまで、これまで人間が時間をかけて調整の負担を引き受けていた作業が、瞬時に自動化されつつあります。

「価格を抑え、無理な条件を飲み込み、内部で調整を引き受ける能力」が競争力とみなされてきた日本の労働環境において、もし私たちがこれまでと同じように「時間と労力を提供する対価」として賃金を得ようとすれば、コスト効率で圧倒するAIに駆逐され、さらなる賃金低下の圧力に晒されることは火を見るより明らかです。

実質賃金が構造的に上がりにくいシステムの中で個人が豊かさを手にするには、「社会や企業のせい」にして立ち止まるのではなく、自らの手で交渉力(市場価値)を取り戻すことも欠かせません。

AIには代替できない「本質的な問いを立てる力」「人間同士の複雑な合意形成」「現場での実体験に基づく創造的な問題解決」といった独自の付加価値を生み出すこと。そして、その価値を正当に評価してくれる環境へと自ら移動する、あるいは組織内で絶対的なポジションを築くための「学び直し(リスキリング)」を日常の習慣に組み込むことが不可欠です。

また、本書を読みながら強く感じたのは、転職市場における年齢による扱いの差です。若い世代では、転職によって給与が上がるケースが増えています。これは労働市場が少しずつ流動化し、人材の価値が企業内の年功序列だけでなく、市場で評価され始めている証拠です。

しかし、問題はミドル世代以上です。経験や専門性を積み重ねてきたにもかかわらず、転職時に給与が下がることを当然視する空気がまだ残っています。これでは、人材がより成長できる場所へ移動しにくくなり、企業側も必要な経験人材を十分に活用できません。

これからの日本に必要なのは、若手だけでなく、ミドル世代以上の転職でも給与を下げないという社会的な合意です。年齢ではなく、経験、専門性、成果創出力で人材を評価する市場をつくることが、労働移動の質を高めます。 人手不足が深刻化する時代には、人材を安く買い叩く発想ではなく、適正に評価し、より高い付加価値を生み出せる場所へ移動してもらう発想が欠かせません。

ミドル世代の転職が「キャリアの下降」ではなく、「経験を活かした再配置」として機能するようになれば、日本の賃金構造も大きく変わっていくはずです。

同時に、経営者やマネジメント層に突きつけられている課題も深刻です。非正規雇用を活用した人件費の抑制(コストカット)や賃金を調整弁とするアプローチは、完全に限界を迎えました。実質賃金が下がり続け、従業員が生活防衛のための就業調整に追われる環境から、画期的なイノベーションなど生まれるはずがありません。

経営層に求められているのは、偏った「株主至上主義」からの脱却であり、人への投資こそが最大の成長戦略であると再定義することです。

賃金が上がる国とは、特別に豊かな国や大きな成功を収めた国に限られるわけではな い。増えたコストが見えないまま誰かに黙って押し付けられるのではなく、その所在が認識され、交渉が行われ、その結果が社会全体に広がる国である

物価上昇や適正な人件費を販売価格へ堂々と転嫁し、社会全体でお金を回すサイクルを取り戻す決断が求められています。自社の製品やサービスの「真の価値」を顧客に問い直し、選ばれ続けるための付加価値創造へと大胆に舵を切る。それこそが、日本経済30年の罠から抜け出し、企業を持続的な成長軌道に乗せるための唯一の道なのです。

コンサルタント 徳本昌大のView

本書の価値は、賃金停滞を4つの視座から立体的に理解できる点にあります。 私自身、長年ブログを通じて数多くのビジネス書をレビューしてきましたが、『なぜ賃金は上がらないのか』は、現代の経済社会を生き抜くビジネスパーソンにとって、極めて示唆に富む一冊だと評価しています。本書の価値は、次の4つのキーワードで整理できます。

第一は、経済を見る解像度です。 本書の最大の功績は、「日本人の生産性が低いから賃金が上がらない」という自虐的な自己責任論を、データとロジックによって相対化している点にあります。賃金停滞の背景には、個人の能力不足だけではなく、交易条件の悪化、価格転嫁力の弱さ、そして賃金を景気変動の調整弁として扱ってきた企業行動があります。本書を読むことで、給与明細の数字の背後にある日本経済の構造が見えてきます。

第二は、いま読む必然性です。 物価高と賃上げラッシュが同時に語られるいま、多くの人は「なぜ賃金が上がっているはずなのに、生活は楽にならないのか」という違和感を抱いています。本書はその疑問に対し、時間当たり賃金と月当たり賃金、名目賃金と実質賃金の違いという視点から、冷静な補助線を引いてくれます。ニュースの表面的な数字に振り回されず、経済の実態を読み解くために、まさにいま読むべき一冊です。

第三は、経営を変える実装知です。 経営者やマネジメント層にとって、本書は「コスト削減至上主義」の限界を突きつけます。人件費を抑えることで利益を守る経営は、人口減少と人手不足の時代には通用しません。これから必要なのは、適正な価格転嫁を行い、人材に投資し、付加価値を高める経営です。賃上げは単なるコストではなく、優秀な人材を惹きつけ、生産性を高めるための戦略投資として捉える必要があります。

第四は、市場価値を高める視座です。 マクロな構造として賃金が上がりにくい仕組みを理解することは、会社への過度な依存を手放すきっかけになります。AI時代には、ただ組織に所属しているだけでは市場価値は高まりません。自ら学び直し、専門性を磨き、変化する産業構造の中でどこに身を置くべきかを考える必要があります。

本書は、読者に「構造で考える力」を与え、自分のキャリアを主体的に設計するための視座を提供してくれます。 つまり本書は、賃金問題を単なる経済ニュースとしてではなく、経営、働き方、キャリア、国家戦略をつなぐテーマとして理解させてくれる一冊です。

目の前の給与明細に一喜一憂するのではなく、その背後にある構造を読み解き、自分と組織の行動を変える。そのための実践的な知恵が、本書には詰まっています。

FAQ

Q1: 「日本人は生産性が低いから給料が安い」というニュースをよく見ますが、事実は違うのですか?

A1: はい、異なります。本書ではデータに基づき、日本の労働生産性は諸外国と比べれば伸びは鈍いものの、長期的には緩やかに上昇していることを示しています。賃金が上がらない本当の理由は生産性の低さではなく、生み出された利益が労働者に配分されず、株主配当や内部留保に極端に偏っている「配分構造のルールの変化」や、交易条件の悪化によるものであると論理的に解説されています。

Q2: 昨今は「春闘で満額回答」「賃上げラッシュ」と連日報じられているのに、生活が苦しいのはなぜですか?

A2: 大きく2つの理由があります。1つは、近年の賃上げが「大企業の正社員(上)」と「最低賃金層(下)」に偏っており、多くの中小企業や派遣・契約社員といった「中位層」が取り残されているためです。もう1つは、時間当たり賃金が上がっても、非正規化や税制の壁による就業調整によって全体の労働時間が短縮され、生活を支える「月当たりの収入」自体が増えていないという統計上の乖離があるためです。

Q3: 経営者や人事担当者ではなく、一般の会社員がこの本を読む意味はありますか?

A3: もちろんです。むしろ働く個人にこそ、強く一読をおすすめします。なぜいくら頑張っても自分の手取りが増えないのかという「社会のマクロな構造」を知ることで、会社への過度な依存や期待を手放すことができます。その上で、生成AI時代に向けて自分の市場価値をどう高め、どうリスキリングしていくべきか、またどのような環境へ身を置くべきかといったキャリアの意思決定が、より戦略的かつ主体的に行えるヒントがもらえます。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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