経営教育 人生を変える経営学の道具立て (岩尾俊兵)の書評

a group of people in a room with a projector screen経営教育 人生を変える経営学の道具立て
岩尾俊兵
KADOKAWA

経営教育 人生を変える経営学の道具立て (岩尾俊兵)の要約

「価値創造のための三種の神器」は、業務改善や経営指導に活用できる思考フレームワークです。「未来創造の円形」「問題解決の三角形」「七転八起の四角形」の3つを活用することで、対立を建設的な議論へと変え、課題を解決しながら個人や企業の成長を促し、より良い未来を創り出すことができます。

経営学でみんなが苦しいという状況から脱却する方法

経営学には、神様のように上空数万メートルから世界を眺めて色んなデータを俯瞰しながら理論を作っていく視点と、この瞬間を現実に生きる私たちが何をすればいいのかについて具体的なアドバイスをする上空2メートル以下の目線の高さの視点との間を、「批判を恐れずに往復する」という特性があります。これによって、「みんなが苦しい」を分解できます。まず、「みんなが」苦しいという社会全体の分析をおこなうわけです。そして、現実に私が「苦しい」状態から抜け出すヒントにつなげることができます。(岩尾俊兵)

現代社会では、経営者も従業員も、高齢者も若者も、多くの人が「苦しい」と感じています。その苦しさには単純な原因があり、適切な対処法を知ることで克服できる可能性があります。特に、経営教育はこの問題を解決するための重要な手段となり得ます。

ベストセラーになった世界は経営でできている岩尾俊兵氏の新刊経営教育 人生を変える経営学の道具立ては、経営学の視点から新たな価値を創造し、現状を打破するための実践的な方法を提示しています。

本書は、仕事や人生、社会において即実践可能な「経営学の道具立て」として、「価値創造三種の神器」を解説し、読者が自らの力で問題を解決し、より良い未来を築くための指針を示しています。

岩尾氏によると、現代社会が抱える多くの問題(経営者の孤立、従業員の生活困窮、犯罪の増加、企業不正の横行など)の根本原因は、大きく2つに分類されます。

1つ目は、私たちの思考に染みついた「クセ」です。これは、無意識のうちに物事を捉える固定観念や偏った思考パターンを指します。

2つ目は、経営教育の欠如とその失敗です。リーダーやビジネスパーソンが適切な知識や視点を持たないことで、企業経営や社会の健全な発展が妨げられています。

特に注目すべきは、「有限な価値の奪い合い」という思考パターンが、人生・仕事・家庭・社会における苦しみの根底にあるとする分析です。これは「限られた資源を奪い合うゼロサム思考」が、多くの社会問題の根源となっているという視点です。

2010年以降、あるいは「失われた30年」と呼ばれる期間において、日本の給与が停滞していることは広く知られています。この問題も、上記の2つの要因と深く関係しています。 例えば、経営者が「従業員は気楽でいい」と考え、孤立してしまうと、賃上げという発想自体が生まれません。

さらに、「従業員はどうせサボる」という思い込みが強まると、監視の強化や管理コストの増大につながり、結果として従業員の負担が増し、社会全体の生活困窮へと発展していきます。 こうした問題を解決するためには、経営者の意識改革と健全な経営教育が不可欠です。

著者は、「奪い合いの構造」から脱却し、新たな価値を創造することが、社会の課題解決と苦しみからの解放につながると提言しています。これは経営学的視点から見ても示唆に富んだ解決策であり、実際に価値創造型の思考と行動を取り入れることで、社会全体の問題解決に大きく寄与すると考えられます。

一方で、「利害関係者はしょせん価値を奪い合う敵同士だ」という信念が根強い場合、この競争的な価値観がさらに強化され、対立が深まってしまう可能性があります。 これとは対照的に、社会をより良くするためには、価値観そのものを変えることが必要だと岩尾氏は指摘します。

つまり、出発点の利害関係者の捉え方を「価値を奪い合う相手」ではなく、「価値を創り合う仲間」と再定義することで、より持続可能で協力的な社会が実現できるのです。有限の価値の奪い合いを止めればよいのです。

出発点の利害関係者の捉え方を「価値を奪い合う相手」ではなく、「価値を創り合う仲間」と再定義することで、より持続可能で協力的な社会が実現できます。限られた価値を奪い合うのではなく、新たな価値を生み出す視点を持つことが重要です。

人口減少は、まさにこの考え方と深く関わっています。「価値あるものを他人から奪うことでしか豊かになれない」という思い込みが、社会全体に閉塞感をもたらしているのです。その結果、人々は未来に希望を持てず、子どもを持つことに対して前向きになれない状況が生まれています。

実際、多くの人が「経営者になっても孤立するだけ」「従業員として働いても生活が苦しい」「高齢者になれば批判の的になり、若者は搾取される」と感じています。さらに、男女間の対立や社会全体の犯罪増加といった不安が広がり、将来への不信感が強まっています。このような環境では、子どもを持つことに希望を見出すのは難しいでしょう。

しかし、人口減少という課題も、発想を転換することで解決の糸口が見つかるかもしれません。 日本は過去に3度の人口減少を経験しており、そのたびに社会システムの変革を遂げてきました。上智大学の鬼頭名誉教授の研究によれば、これらの変革こそが人口減少を乗り越える鍵となっていたと指摘されています。

著者は、この3度の社会システムの変革を経営学の視点から説明しています。その本質は、単なる価値の奪い合いから脱却し、新たな価値を創造する方法を見出したことにあります。

つまり、日本は人口減少という困難な状況の中でも、「価値を創り合う」という新たな発想を取り入れることで、持続的な発展を遂げてきたのです。この考え方こそ、現代の人口減少問題を解決するための重要なヒントとなるはずです。

「価値は限られている」と考え奪い合う世界と、「価値は無限に創れる」と考え共に創る世界。どちらが望ましいかと言えば、答えは明白で、価値無限思考を取り入れるべきです。

しかし、現実の世界では、価値無限思考だけでは一方的に奪われてしまうことも事実です。 そこで、より実践的なアプローチとして、「価値有限思考の相手には価値有限思考で防衛し、価値無限思考の相手には価値無限思考で協働する」という考え方が有効だと著者は指摘します。状況に応じて柔軟に対応しながら、価値の創造を促進する社会を目指すことが重要です。

価値創造のための三種の神器 未来創造の円形と問題解決の三角形

価値創造のための思考道具には「未来創造の円形」「問題解決の三角形」「七転八起の四角形」の3つがあります。

本書では、岩尾氏がTHE WHY HOW DO COMPANY株式会社で実践してきた「価値創造のための三種の神器」を紹介しています。この3つの思考スタイルは、誰もが活用できる形で整理されており、社内業務の改善や子会社の指導など、さまざまな場面で役立つツールとして提示されています。著者はこのフレームワークによって、長年赤字だった同社を短期間で黒字化させたと言います。

1. 未来創造の円形
未来を描き、価値を生み出す 「未来創造の円形」は、未来に向けた価値創造のためのフレームワークであり、希望に満ちた社会を実現するための思考ツールです。

この円形フレームワークの最大の特徴は、誰もが応援したくなるような未来を提案し、それを実現するための具体的なステップを設計する点にあります。未来は単なる予測ではなく、私たちの行動次第で形作ることができるものです。「未来創造の円形」を活用することで、個人や企業、社会全体が目指すべき方向性を明確にし、実現可能なプロセスを描き出せます。

このフレームワークでは、未来を構想し、実現へと導くために3つのステップを踏むことが重要です。
①自分の根源的な欲望に忠実になり、素直に欲望を書く
まず、自分が本当に求めているものを偽りなく書き出します。社会的な評価や他人の目を気にせず、純粋な欲求を明確にすることが出発点です。

②その欲望を「奪うから創るへ」と第一変換する
次に、書き出した欲望を「既存のものを奪う」のではなく、「新たな価値を創り出す」方向へと変換します。例えば、「お金が欲しい」という欲望を「社会に役立つサービスを生み出し、その対価を得る」といった形に転換します。

③第一変換したものを「利己から利他へ」と第二変換する
最後に、価値創造をより多くの人にとって有益なものへと発展させます。例えば、「成功したい」という欲望を「自分の成功を通じて、他者の成長を支援する」へと変換することで、より広範な価値を生み出せるようになります。

この3つのステップを通じて、個人の純粋な欲望を社会全体に貢献する価値創造へとつなげることができるのです。例えば、「豪邸を持つ」という欲求を「住宅地を増やす」「土地を有効活用する事業立案」と転換することで、世の中を豊かにできます。

このように、「未来創造の円形」は、企業戦略から個人の人生設計に至るまで幅広く応用できるのです。このフレームワークによって、売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしが実現できるのです。

2. 問題解決の三角形 
「問題解決の三角形」は、意見や利害の対立を建設的な議論へと変え、新たな価値を生み出すための思考ツールです。政治・経済・職場・家庭など、さまざまな場面で意見の衝突が発生しますが、これを単なる対立として終わらせるのではなく、解決策を生み出す機会へと変えることが重要です。このフレームワークを活用することで、対立の根本原因を理解し、分断ではなく創造的な解決へと導くことができます。

多くの人は、問題解決の三角形において左側の「問題の三角形」しか見えていません。そのため、対立が発生すると、「あれか、これか」という二者択一の思考に陥り、柔軟な発想ができなくなります。結果として、権力を持つ側や声の大きな側が自分の意見を押し通すか、あるいは対立する相手を徹底的に排除するという結論に至ることが少なくありません。この状態では、対立が解決されるどころか、むしろ分断を深めてしまいます。

ここで重要なのは、「問題の三角形」を「解決の三角形」へと変換することです。単なる対立の構造を抜け出し、創造的な解決策を見出すためには、まず問題の三角形の右側に解決の三角形を書き出し、視点を変えることが求められます。「手段」ではなく「究極の目的」に注目することで、対立する選択肢同士(たとえば「値上げする」「値上げしない」)が両立できないように見えても、根本的な目的を掘り下げることで新たな解決策を見つけることが可能になります。

たとえば、「利益率を維持する」「常連客を逃さない」という究極の目的に目を向ければ、どちらかを犠牲にするのではなく、両立できる方法を模索することができます。「値上げする」「値上げしない」といった表面的な選択肢に縛られるのではなく、本質的な目的を基準に考えることで、新たなアイデアが生まれるのです。

本書のおでん屋の事例では、「値上げせずに、ネット広告をすべて削減し、広告の代わりに常連客にSNS拡散を手伝ってもらう」という解決策を見出しました。この方法により、広告費を削減しながら集客力を維持し、結果的に利益率を確保することに成功しました。

このように、手段の対立ではなく究極の目的への貢献に焦点を当てることで、柔軟な発想が生まれ、創造的な解決策を導き出すことができるのです。

価値創造のための三種の神器 七転八起の四角形 

3. 七転八起の四角形 
「七転八起の四角形」は、失敗や挫折を乗り越え、それを未来に活かすための思考フレームワークです。日常生活や仕事の中で思い通りにいかないことに直面したとき、重要なのは失敗そのものではなく、それをどのように受け止め、次の行動へつなげるかという点です。

このフレームワークは、経営学者ピーター・ドラッカーの考えを基に、岩尾氏が小学生でも理解できるように整理したものです。「出来事のプラスとマイナスの両面を認識し、マイナスを打ち消すための次の一手を考える」というシンプルな構造で、困難に直面しても前向きに対処する力を養います。

「七転八起の四角形」では、次の4つのステップで解決策を導き出します。
・出来事 – 何が起こったのかを客観的に整理する
・出来事のプラスの側面 – その出来事から得られるメリットや可能性を見出す
・出来事のマイナスの側面 – その出来事によるデメリットやリスクを認識する
・出来事への対処 – プラスを活かし、マイナスを克服するための具体的な行動を考える

例えば、ある企業でエース級の人材が転職してしまった場合、「七転八起の四角形」を活用すると、新たな視点が生まれます。まず、出来事として「エース人材が転職してしまった」という事実を整理します。通常、このような出来事は組織にとって大きな痛手と捉えられがちですが、その影響を冷静に分析することが重要です。

この出来事のプラスの側面として、エース人材が抜けることで、その存在が組織にどの程度影響を与えていたのかを実測できる点が挙げられます。また、重要なポジションが空くことで、新たな人材育成の機会が生まれ、次世代のリーダーを育成するチャンスにもなります。さらに、それまで特定の個人に依存していた業務が見直され、属人的な仕事のあり方から組織全体で支え合う仕組みへと進化するきっかけとなるかもしれません。

一方で、出来事のマイナスの側面も無視できません。エース人材の退職によって、業務の遂行が滞り、仕事が回らなくなる可能性があります。さらに、その人材が築いてきた取引先との信頼関係が揺らぎ、企業の業績や評判に悪影響を与えるかもしれません。このようなリスクを認識し、適切に対応する必要があります。

そこで、出来事への対処として、まずはエース人材の業務をチーム全員で分担し、組織の底力を上げることが求められます。また、退職者の仕事の進め方を分析し、それを業務の標準化やマニュアル化につなげることで、同様のリスクを未然に防ぐことができます。

このように、「七転八起の四角形」を活用することで、ネガティブな出来事を成長のチャンスへと転換できます。過去の出来事にとらわれるのではなく、未来に向けて前向きに行動する力を養うためのフレームワークなのです。

この考え方と同じようなことを、私は新堀進さんのコーチングを通じて実践していました。新堀さんの指導では、シンプルながらも強力な4つの質問を繰り返すことで、思考と行動を変える方法を学びました。

「今週うまくいったことは何か?」と問い、自分の成果を振り返ることで、自信を持つことができます。「今週うまくいかなかったことは何か?」と考えることで、課題や改善点を明確にします。さらに、「そこから学んだことと、次に何をするか?」を考えることで、単なる反省ではなく、前向きな変化につなげます。そして、「それをいつ実行するか?」を自分に問いかけることで、具体的な行動へと移すことができます。

このようなプロセスを繰り返すことで、成長のサイクルを生み出し、日々の行動がより良い方向へと変わっていきます。優れた上司は、指示を出すのではなく、適切な質問を投げかけることで、部下が自ら考え、行動するよう促します。コーチングの本質はまさにここにあり、「七転八起の四角形」と同じく、失敗を学びの機会とし、未来へ向けた前向きな行動を促す重要な手法なのです。

T型思考とT型教育を実践しよう!

日本に価値が足りないなら創ればいいのです。あるいは、イノベーションは起こせばいい。そのために必要な思考道具は無償で配っていけばいいだけです。この論理であれば、反対の余地はないでしょう。答えはもう見えているのです。

T型思考を身につけることで、私たちは「T字の結節点」だけにとらわれる狭い視野のもったいなさに気づくことができます。結節点とは、専門分野の知識(Tの縦の線)と幅広い知見(Tの横の線)が交わる地点を指しますが、もしそこだけに意識を集中してしまうと、可能性を大きく制限してしまうことになります。

視野を広げるためには、「他者の発見」と「人類史」の二つの軸で思考を広げることが重要です。他者が生み出した新しい知識や視点を取り入れたり、人類の歴史を振り返ることで、これまでにない発想が生まれます。このようにして、多様な知識を組み合わせながら他者と協力し、価値を創り合う生き方が見えてくるのです。

T型思考は、個人の成長だけでなく、社会全体のイノベーションや持続可能な発展にも貢献する力を持っています。自分の専門性を活かしつつ、異なる分野の知識や歴史の学びを組み合わせることで、新たな価値を生み出す可能性が無限に広がるのです。

価値創造三種の神器は、未来・現在・過去の問題を価値創造の発想で捉え、問題設定と解決を行うための思考ツールです。この考え方はT型思考における歴史観とも深くつながっています。ただし、ここでの時間軸は人類史のような壮大なものではなく、個人や組織の寿命の範囲内での価値創造を指します。こうして、自分自身の人生経験に基づいた価値創造の実践を積み重ねていくことが重要です。

しかし、自分の経験だけでは限界があり、他者の経験に基づいた知識を必要に応じて取り入れることも欠かせません。教科書で学ぶ内容も、歴史上の人物伝に登場するエピソードも、すべて他者の経験の蓄積です。経営学もまた、過去の経営者たちの経験を抽象化し、応用可能な知識として体系化したものにほかなりません。

こうして、自分の経験を土台にしながら、他者の知識も活用することで、より広い視野での価値創造が可能になります。 価値創造思考と価値奪取思考の使い分けができ、それを知行合一できるようになったなら、次に求められるのは教育者としての役割です。

価値創造の「経営教」育は、家庭や職場、組織全体など、さまざまな場面で実践できるだけでなく、社会全体にとっても必要なものです。価値創造の民主化を実現するためには、誰かがその教育を担わなければなりません。かつての日本では、親や先輩、経営者がその役割を果たしていました。

しかし、現代においては、すべての人が価値創造の教育者となることができます。家庭で子どもに伝えることも、職場で後輩や同僚と共有することも、一つの価値創造の教育です。価値創造の考え方を広め、より良い社会を築いていくことこそが、これからの時代に求められる大切な役割だと著者は指摘します。

本書の魅力は、単なる理論書にとどまらず、読者が経営学の知識を日常生活に活かし、問題解決に役立てる具体的な方法を提供している点にあります。経営者だけでなく、従業員や高齢者、若者といったあらゆる人々にとって、「苦しい」現状から抜け出すためのヒントが詰まった一冊と言えるでしょう。

現代社会の「苦しさ」を乗り越え、新たな価値を創造することで、より良い未来を築くことができるというメッセージを力強く伝えています。 経営教育は、私たち一人ひとりの人生を変える力を持っています。本書を手に取ることで、経営学の知識を実践に活かし、それを他者に共有することが重要です。

最強Appleフレームワーク


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