ソーシャルキャピタルとは複数の個人・集団の問に存在する、「善意」である。その源泉は、プレーヤー関係の構造や内容にある。ソーシャルキャピタルは、プレーヤー問の情報伝播、感染・影響、団結力などに影響をもたらす。(ポール・アドラー)
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入山章栄氏の世界標準の経営理論の書評を続けます。人と人のつながりは我々に様々な便益をもたらしてくれます。この便益はソーシャルキャピタルと呼ばれ、金融資本(fancial capital)、人的資本(human capital)に続く、人類が持つ「第3の資本」と言われるようになりました。
現代の経営学では、この広義のソーシャルキャピタルを大きく2つに分ける理解が主流になっています。
■「ブリッジング型のソーシャルキャピタル」(briding)
弱いつながりの強さ(SWT)理論とストラクチャル・ホール(SH)理論が提示する「便益」とは、「つながっていないプレーヤーの間を、第3のプレーヤーが媒介する」ことで生まれるもです。
■「ボンディング型のソーシャルキャピタル」(bonding)。
ボンディング型のソーシャルキャピタルはジェームズ・コールマンが1988年論文で提唱したものです。ボンディング型ソーシャルキャピタルを生み出すネットワーク構造は、実はブリッジング型の真逆でです。同質グループ内での閉じた結束が、ボンディング型社会の基本です。
SWT理論とSH理論の視点からは、この高密度で閉じたネットワークは、参加者に何のメリットももたらしません。しかし、実は閉じたネットワークだからこそ、得られる効能もあるとコールマンは考えました。それがボンディング型のソーシャルキャピタルです。
そのメカニズムは「信頼」「ノーム」「相互監視と制裁」の3つの軸で説明可能です。
①信頼(trust)
高密度で閉じたネットワークでは、互いのプレーヤーが「信頼関係」を醸成しやすいという特徴があります。 プレーヤー同士が互いに密に強くつながっており、交流する頻度も多いので、互いを信頼しやすくなります。強いつながりによる高密度で閉じたネットワークの方がより信頼が強くなります。
②ノーム(norm:暗黙の行動規範)
ノームは、ボンディング型ソーシヤルキャピタルの根幹を成す考え方です。
社会的ノームとは、どのようにそれぞれが振る舞うかについての、広く共有された考え方に根付いた、行動に関する強い基準のこと。(ロドルフ・デュラン)
ノームとは、「我々はこのように振る舞うべき」という規範が、ネットワーク上の人々の間で暗黙に共有されることでです。高密度で閉じたネットワークほど、ノームは形成されやすくなります。
その理由は2つあります。
■密につながった関係では、互いのプレーヤーに利害関係が生まれるので、その調整のために行動規範が必要になります。
■高密度で閉じたネットワークは「強いつながり」から形成されやすいので、「ノームをみんな遵守するだろう」という信頼が形成されやすくなります。
実際に法律等によるルールの明文化が難しい状況、例えば発展途上国や、新しい産業、デジタルの世界などでもノームが形成されていれば、人はそれに従うようになります。ルールがノームとして暗黙にシェアされ、人々はそれに従うことで、情報交換や取引がスムーズになります。
③相互監視(mutual monitoring)と制裁(sanction)
ボンディング型ソーシヤルキャピタルが成立するには、「公共財」(public good)の側面があることも理解する必要があります。公共財とは「参加者の誰もがその便益を享受できるもの」です。ネットワーク全体でみんなが出し合って貯まった知見・アイデア・コンテンツ・情報などは、つながった誰もがアクセスできるので、公共財の性質を持ちます。
ボンディング型ソーシャルキャピタルの維持コストはつながっている全員で負担すべきです。しかし、時に特定の者がそのコストを負担しなかったり、ソーシャルキャピタルを通じて蓄積された情報・知見・コンテンツを悪用したり、転用したり、独占する問題(フリーライダー問題)が起こりがちです。フリーライダーが横行すれば、ソーシャルキャピタルは維持されません。ボンディング型のソーシャルキャピタルを機能させるためには、「仮にノームを破る者がいたら、その者には十分な制裁が必ず加えられること」が、最低条件となります。
このように「信頼」「ノーム」「相互監視と制裁」のいずれもが、ボンディング型ソーシャルキャピタルの形成には欠かせません。高密度で閉じたネットワークでボンディング型ソーシャルキャピタルが醸成されれば、そこでは、そうでなければ取引できないようなモノ・情報・コンテンツが、ノームに基づいてやり取りされるようになります。それらが蓄積し、「公共財」になることで、参加者全員のメリットになり、強いビジネスが生まれます。
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ボンディング型ソーシャルキャピタルの7つに事例
本書にはボンディング型ソーシャルキャピタルの7つの事例が紹介されています。
①ユダヤ商人の「ダイヤモンド取引」
ニューヨークのユダヤ人ダイヤモンド商人のコミュニティでは、取引時にダイヤの質を鑑定するため、取引相手からダイヤを一時的に預かる習慣があります。ダイヤを預ける側にとって、これは一見大きなリスクでになりますがこの商人コミュニティですり替えが起こることはありません。
このコミュニティが高密度で閉じた関係にあり、商人同士が互いに監視しながら密に交流し、信頼関係が築かれているからです。「ダイヤを他人から預かっても、けっしてすり替えない」というノームが醸成されているため、ダイヤの鑑定と取引がスムーズに行えます。
②ご近所付き合いや、地域コミュニティの「安心」
ご近所付き合いもボンディング型ソーシャルキャピタルの代表例です。ご近所付き合いは高密度の閉じたネットワークであることが多く、結果として「他人の子どもでも見守る」というノームがインフォーマルに形成され、「安心」というソーシャルキャピタルが生まれているのです。
③イタリアン・マフィアの「団結」
もっともわかりやすく信頼関係が強いボンディング型ソーシャルキャピタルはイタリアのマフィアです。マフィアは互いに「相手を裏切らない」という強い信頼があり、暗黙のルール(=ノーム)を徹底させなければ、機能しません。相互監視と制裁によって、マフィアの行動はコントロールされ、組織が維持されるのです。
④専門家コミュニティの「集合知」
研究者、エンジニア、クリエイターなどの専門家コミュニティも、ボンディング型ソーシャルキャピタルがないと機能しません。こういったコミュニティでは、互いに自身の知見を披露し合うことで、コミュニティ全体の知見が蓄積されていきます。(「集合知」collective wisdom)だ。
一方でこの仕組みは、自身が披露したアイデア・知見が、そのまま盗用されるリスクがつきまといます。「人のアイデアをそのまま盗用しない」というノームがなければ、このコミュニティは機能しませんHECパリのジアーダ・ディ・ステファーノらが2014年『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』に発表した、イタリア料理人コミュニティの一連の研究を読むとノームの価値がわかります。
プロの料理人にとって自身のレシピを公開することは、そのアイデアがそのまま他の料理人に盗用される可能性があるから、死活問題です。一方で、プロの料理人同士がレシピを公開し合わなければ、イタリア料理全体の発展もしません。したがって料理人の間には、「依頼されたらレシピを公開する」というノームが醸成される必要があります。
ジアーダ・ディ・ステファーノらは、2009年にイタリアの『ミシュランガイド』に掲載されたレストランのシェフ534人に対してフィールド実験を行いました。その結果、やはり「イタリア料理界のノームを遵守するシェフほど、料理レシピ公開の依頼を受け入れる傾向がある」ことがわかりました。ノームを守るシェフは一般に、「料理界で名声が高く、またその行動が目立ちやすい人」であることも、論文は明らかにしています。名声がある人、目立つ人ほど監視されやすいので、ノームを守る必要があるのがその理由です。
⑤企業の従業員・マネジャーの「知識・情報の移転」
ボンディング型ソーシャルキャピタルが企業の競争力の源泉であると主張したのは、ロンドン・ビジネススクールのスマントラ・ゴシャールらが1998年に『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』に発表した論文です。
ゴシャールらによると、ソーシャルキャピタルは、企業内の情報・知識の移転に欠かせないと言います。
重要な顧客情報、ベストプラクティス、コンプライアンスに関わる情報などは、企業内で共有される必要があります。しかし、大きな組織になるほど、社内の人脈が分断し、社内を横断する高密度ネットワークがつくれません。加えて、一般に大企業の従業員は自分の知見・経験を提供したがりません。自身の知見・経験が出世のライバルである同僚に無償で使われれば、それは彼らを利する(=フリーライダーになる)可能性があり、自分にマイナスかもしれないからです。
「会社にとって重要な情報は、互いにすべて出し合う」というノームが高まらず、情報が社内で回らなくなります。中国のファーウェイは、ノームの醸成に注力し、このフリーライダー問題を解決していると著者は指摘します。同社は「シェア」という企業内ノームの形成に多大な労力を割いているそうです。ファーウェイは世界170力国のほぼすべてに進出し、現地企業と様々な協業関係を築いていいます。そこで得た知恵・経験を従業員それぞれが、深圳の本社に持って帰り、社内で共有しています。結果、同社内では大企業でありながら従業員同士が互いに互いを見合うことで、知見・経験をシェアした人を評価するノームが醸成されており、このシェアの文化が同社の競争力の源泉の一つとなっているのです。
⑥ソーシャルファイナンスの「出資と返済」
ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌスによって設立されたグラミン銀行など、いま発展途上国で注目されているソーシャルファイナンスも、その基本原理はボンディング型ソーシャルキャピタルです。例えばグラミン銀行は、途上国農村部の貧しい人々に無担保の融資をし、それを元手にビジネスを開始させることで、彼らの経済的自立を促しています。
驚異的なのは、無担保でも返済率がほぼ100%を誇ることです。その仕組みは、融資の単位を地域における5人1組として、連帯責任(連帯保証ではない)を取らせることにあります。1人が返済を終えないと、次の人が融資を受けられない仕組みのため、5人の問で相互監視が働き、「仲間に迷惑をかけられないから返済しよう」というノームが形成されることで、ソーシャルフィナンスが実現できたのです。
⑦江戸時代の株仲間制度
株仲間とは、同業の問屋が一種のカルテルを形成することを指します。この仕組みは、「互いが互いを裏切らない」という信頼関係がなければ機能しません。そのために株仲間で行われていたのは「互いの台帳を公開し合うこと」でした。濃密な関係性の中で、メンバー同士が台帳を公開し、監視すれば、台帳記録を公開しなかったり不正に書き換えても、すぐに露呈します。仲間から追放の憂き目に遭ってしまいます。このボンディング型ソーシャルキャピタルの仕組みを意図的につくったからこそ、株仲間は機能し、中期江戸時代の経済発展に寄与したのです。
広義には同じソーシャルキャピタルでも、ボンディング型の効能は、ブリッジング型とはまったく異なります。両者は、ある意味で正反対の効能とさえいえます。
デジタル時代のソーシャルキャピタルの便益
IT時代でも、人と人がつながることで便益が得られることの本質は変わりません。ボンディング型ソーシャルキャピタルのメリットの一つは、人と人がつながることで知見や考えをシェアし、集合知が高まることにありますが、現代のデジタル化がそれを加速させています。デジタル上の集合知は、ネット上でつながっている人なら誰もがアクセスできる公共財なのです。
デジタル上のつながりは圧倒的に速い。したがって極めて遠くまで、多様な人々がつながり合う。すなわちリアルなつながりよりも、はるかにその密度は低く、開かれたネットワーク構造になっているのだ。ボンディング型のソーシャルキャピタルが提示するところの「高密度で閉じたネットワーク」の、真逆なのである。ここに、デジタル時代のコミュニティサービスの矛盾と課題がある。
現在の多くのデジタルサービスは、あらゆる人がつながり、そこで情報やモノを提供し合う(シェアする)ことで知識や体験が得られるボンディング型ソーシャルキャピタルになっています。一方で、そのネットワークはあまりにも広いため、高密度で閉じたものになりにくく、ブリッジング型の「希薄なネットワーク」になりやすいという特徴があります。
つながっている人同士の距離は遠く、互いの相互監視・制裁が難しいために、信頼関係も築けず、デジタルネットワーク上でノームが形成しにくくなります。そのため、ネット上に貯まった情報、知見、コンテンツなどを、本来は有償でも無償で使ったり、盗用・転用したり、コピーをつくったりという、フリーライダー問題が至る所で続発します。
このデジタル上のフリーライダー問題を巧みに解消している企業が今、躍進しています。こういう企業・サービスは、ブリッジング型の便益を広くユーザーに提供しながらも、様々な仕掛けでボンディング型の便益をも提供したからこそ「公共財」としての場を提供できているのです。以下の3つ事例を見れば、ブリッジング型とボンディング型の便益んも両方を提供する方法を学べます。
①SNS
SNSは主にブリッジング型の便益を提供する一方で、SNS内で密なコミュニティが生まれれば、そこではボンディングの便益も提供できます。フェイスブック・グループやメッセンジャーではデジタル上でも高密度な関係が形成されますから、そこでは信頼や相互監視のメカニズムが機能し、結果としてプライベートまで含んだ様々な情報を安心して交換できます。
フェイスブックなどのSNSサービスでは、「希薄なネットワーク」と「高密度なネットワーク」が混在しうるのです。実際、フェイスブック上でのブリッジング型とボンディング型のソーシャルキャピタルを比較した研究があります。ミシガン州立大学のニコール・エリソンらが2007年に『ジャーナル・オブ・コンピュータ・ミディエイテッド・コミュニケーション』に発表した研究では、米国のフェイスブックユーザー286人への質問票調査による統計解析から、5段階評価でブリッジング効果が3.81、ボンディング効果が3.72という結果が出ました。
実名型のフェイスブック上で密に人と人がっながっていれば、互いが互いを監視する閉じたコミュニティがそれなりにできるので、そこで誰かが相手を出し抜こうとすれば、制裁が加えられるため、フリーライダー問題が発生しにくいのです。
②C2Cマーケット・プレイス、シェアリングエコノミー
一般のユーザーとユーザーをつないで、その間でモノ・知見を売り買いするC2Cマーケット・プレイスや、ウーバー、エアビーアンドビーに代表されるシェアリングエコノミーサービスも、ボンディング型ソーシャルキャピタルがその機能性に影響します。こういったサービスでは、大量の人がつながり、その間で信頼・ノームを基礎にして取引が行われています。
メルカリは、プロ転売業者の参入を巧みに抑え、一般ユーザーだけの間での取引を保証することで、「素人の参加者」同士での安心感・信頼感を醸成し、顔を合わせない者同士の円滑な取引を可能にしています。メルカリの出品者と購入者の評価の仕組みが、互いの相互監視機能に寄与しています。ウーバーも、自動車のドライバーとユーザーが互いに評価し、監視しあえるからこそ、「不正なことはしてはならない」というノームが働くのです。
③ブロックチェーン
ブロックチェーン技術を使ったサービスは、まさにボンディング型のソーシャルキャピタルそのものです。ブロックチェーンは「分散ネットワーク上で情報をセキュアかつ改ざんなく共有することができる技術」ですから、サービスを使うすべての人が、P2P(ピア・ツー・ピア)でネットワークのような相互監視機能が、世界レベルで働きます。
ボンディングの強い組織とブリッジングの強い組織を行き来し、ネットワーク効果を最大化することで、ビジネスはうまくいきます。ボンディングとブリッジングという相反する流れの最適なバランスを取ることが、ネットワーク時代を勝ち抜く鍵だという著者の指摘に納得しました。
まとめ
現代の勝ち組企業はボンディングの強い組織とブリッジングの強い組織を行き来し、ネットワーク効果を最大化しています。ボンディングとブリッジングという相反する流れの最適なバランスを取ることで、ユーザーがメリットを得ながら、フリーライダー問題を防止する仕組みを作り、マネタイズに成功しています。
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