人材が定着する後継社長のための信頼型マネジメント
岩出優
BLA出版
人材が定着する後継社長のための信頼型マネジメント(岩出優)の要約
圧力型マネジメントの限界を指摘し、信頼を基盤にした組織運営への転換を提唱する本書は、後継社長が直面する課題に寄り添いながら、心理学や実践事例をもとにその意義と手法を丁寧に示しています。社員の自律性や内発的動機を引き出すための環境づくり、ビジョンの共有、傾聴による信頼構築など、共感と理論に裏打ちされた内容は、経営に携わるすべてのリーダーにとって実践的で示唆に富む一冊です。
組織を圧力型から信頼型へシフトしたほうが良い理由
事業承継の会社の支援でよく感じることとして、社員を動かす上で「圧力型」から「信頼型」への移行がスムーズにできていない、ということが挙げられます。(岩出優)
私が理事を務めている「一般社団法人2代目お坊ちゃん社長の会」のメンバーである岩出優氏が、このたび人材が定着する後継社長のための信頼型マネジメントを出版しました。
岩出氏は、2005年に社会保険労務士試験に合格後、印刷会社の健康保険組合で7年間、会計事務所グループ内の社労士法人で5年間勤務し、2019年には家業である会社を継ぎ、6代目として独立されました。
千葉県松戸市を拠点に、中小企業診断士・社会保険労務士としての専門知識に心理学的アプローチを融合させ、「ココロの性質から考える組織づくり」の支援を著者は行っています。経営者やリーダーに向けた組織マネジメント研修も多数実施されており、理論と実践の両面に深く根ざした活動を展開されています。
前職では、入社わずか9ヵ月で離職率100%の組織のリーダーに就任。業務知識が乏しい中で悩むなか、心の学びに出会い、それを組織運営に応用した結果、離職率を4年間連続で0%に抑え、業績もV字回復させることに成功したと言います。
事業承継を迎えた後継社長が真っ先に直面するのは、創業者との経営スタイルの違いです。多くの企業では、創業者が築いた圧力型マネジメントがそのまま残り、「上下関係」や「肩書き」が重視される文化が当たり前になってしまっています。部下との間に摩擦が生じ、結果として組織が息苦しくなり、活力を失ってしまう。まさにこの状況が、多くの2代目経営者の現実です。
私たち「2代目お坊ちゃん社長の会」では、月に一度の定例会を通じて、事業承継にまつわる多様な課題を実践的に学び合う勉強会を行っています。各メンバーがそれぞれの悩みや現場の実情を共有しながら、創業者とは異なる視点での経営スタイルを模索し、いかにして持続的な成長を実現するかをテーマに深く議論しています。
中でも、実際の成功事例をメンバー同士で共有することで、自分一人では得られない気づきや行動のヒントを得ることができ、大きな学びと成長につながっています。
著者の岩出氏も同様の課題感を持っています。長年にわたって多くの企業の事業承継を支援する中で、先代の威光に頼る圧力が強すぎて、マネジメントが「命令や権威」に偏りがちであること、その結果、社員の離職につながるという悪循環を何度も見てきたのです。
そこで本書では、圧力型から信頼型へのマネジメント転換がなぜ必要なのか、その意義と方法を丁寧に解きほぐしています。 信頼型マネジメントとは、まず部下の自律性を認め、チャレンジができる環境を整えることです。
失敗を恐れずに挑戦できることで、有能感が育ち、次第に自身で考えて動くようになります。そして、仲間との関係が良好であることが安心感を生み、風通しの良い組織文化へとつながっていきます。
また、親しみやすさや専門性、情報共有など、多角的な信頼を築くアプローチも重要です。これらすべては、命令や指示ではなく、相手の内面に働きかけ、自発的に動くようになるためのスタイルであり、まさに現代の多様な働き方にふさわしいものです。
組織力=人材力×ココロ×仕組み
先代の頃につくられた「圧力でやらせる空気感」をそのまま踏襲していては、今の時代、人や組織を動かすことは難しくなることでしょう。
顧客ニーズや価値観が多様化する現代においては、「物が売れればよい」「行動させておけば成果が出る」といった時代は終わりました。組織の中で信頼が醸成され、社員が「動きたくなる」環境こそが必要です。その環境こそが、多様なアイデアや高い市場適応力を生み出す源泉となります。
著者は「組織力=人材力×ココロ×仕組み」という独自の方程式を提示しています。この式は、単一の要素では組織の真の力は発揮されず、複合的かつ相互補完的な関係性の中で組織力が形成されることを意味しています。
まず「人材力」とは、社員の能力の高低のみならず、企業理念との親和性、組織文化への適応性、さらには職務との整合性といった、多面的な適材適所の実現度を含意しています。いくら能力が高くとも、その方向性が組織のビジョンと乖離していれば、かえって組織の一体感を損なう可能性があります。
次に「仕組み」とは、経営理念や戦略、制度設計など、組織を支える構造的要素を指します。人事制度や就業規則といった運用面もここに含まれ、組織行動を制度的に支える役割を果たします。優秀な人材を抱えていたとしても、仕組みが整っていなければ、個々の能力が分散し、組織全体としてのパフォーマンスには結びつきにくいのです。
そして最後に、著者が最も重視するのが「ココロ」です。これは組織内における感情的・心理的要素、すなわち組織文化や対人関係の質、動機づけの仕方、コミュニケーションのあり方などを含みます。著者は、心理的安全性の有無や、挑戦を許容する文化か否かといった“目に見えない空気”が、組織の活力と結束を決定づけると指摘します。つまり、「ココロ」は制度や人材を媒介し、それらの機能を最大化するための触媒的要素として機能するのです。
この3要素のうち、どれか一つでも欠ければ、組織はバランスを失い、本来持ちうる力を発揮できません。とりわけ現代のように、個人の内発的動機が重視される時代においては、「ココロ」の質が組織の推進力に直結することを、著者は強く訴えかけています。
現代における人間関係の構造は、かつての「会社と家庭」に限定されたタテのつながりから大きく様変わりしました。スマートフォンやSNSの普及により、社員は常に社外の多様なネットワークと接続されており、職場内の上下関係に依存することなく、ヨコの関係――つまり社外とのつながりを自由に構築できるようになっています。
こうした変化により、社員は組織に対する違和感や不満を感じたときに、それをすぐに表明したり、他の選択肢を模索することが可能になっています。
かつてのように「辞めるのはリスクだ」「外には行き場がない」といった認識は薄れ、むしろ自分に合う環境を自ら選ぶという意識が強まっているのです。
このような時代背景においては、従来の圧力や命令によるマネジメントでは、社員の心をつなぎとめることは困難になります。組織の中に「ここで働きたい」と感じさせる信頼の空気があるかどうか――すなわち「ココロ」に根ざした文化があるかどうかが、組織力の存続を左右する決定的な要因となります。
著者が強調する「信頼型マネジメント」は、まさに社員が自らの意思で「この会社で働きたい」と思えるような環境をつくるために必要な考え方であり、現代の変化にしっかり対応した、実践的で有効なマネジメント手法だと言えるでしょう。
経営者がまずするべきことは、安心感を与え、共感を示し、承認することで信頼関係を築くことです。もちろん、部分的に圧力や統制を使うこと自体は必要ですが、それだけでは人はついてきません。
これからの時代の経営者像とは?
信頼で人を動かす経営には、カリスマ型の社長よりも現代的な社長のほうがフィットしていると言えます。
人は本来、「自分で動きたい」「面白そうなことに挑戦したい」という内発的な動機を持っています。だからこそ、現代の経営において重要なのは、社員が「この人のもとで働きたい」と思えるような信頼関係を築くことです。経営者やリーダーが、安心感を与え、共感し、承認する。そうした積み重ねが、社員のやる気や自発性を引き出す土壌になります。
もちろん、組織としての統制も必要です。しかし、圧力や命令だけでは、もはや人は動きません。「北風と太陽」の話のように、必要なのは状況に応じた影響力の使い分けです。時に厳しさを見せつつも、最終的には人としての信頼とつながりで動かすことが、これからのマネジメントに求められます。
影響力には、大きく6つのタイプがあります。①報酬(インセンティブを与える)、②強制(罰則をちらつかせる)、③正当(肩書きや立場に基づく命令)の3つは、古くから使われてきた「外発的動機」に基づく力です。しかし、これらだけでは人の心には響きにくくなってきました。
一方で、④準拠(人としての魅力)、⑤専門(知識やスキルへの信頼)、⑥情報(有益な知見の提供)といった「内発的動機」に働きかける力は、今の時代において特に重要です。これらは、社員が「この人を信じたい」「この人に学びたい」と思えるような関係性から生まれる力です。だからこそ、リーダーには“信頼される存在”であることが、何よりの条件になります。
このように見ていくと、信頼を基盤にした組織運営においては、従来のように強烈なカリスマ性で引っ張る社長像よりも、誠実で共感力があり、社員に寄り添える現代的なリーダーの方がむしろ適しています。圧倒的なカリスマで周囲を服従させるのではなく、一人ひとりと丁寧に信頼を育て、自然と人が集まるようなスタイルこそが、これからの時代にフィットする経営者像だと言えます。
つまり、社員が自ら進んで動きたくなる組織づくりには、信頼をベースにした“人を動かす力”の設計が不可欠です。影響力をどのように組み合わせ、どのように発揮するか――それが、現代のマネジメントにおけるリーダーシップの本質なのです。
そのうえで、傾聴姿勢を持つことが大きな効果を発揮します。自分の話を丁寧に聴いてくれた相手に対して、人は自然と信頼を抱きます。こうした信頼によって動かされる組織こそが、合理的かつ民主的に意思決定を行える組織へと成長するのです。感情的な圧力ではなく、分析と共感にもとづく指示が、今の後継社長に求められています。カリスマ的経営者よりも、共感と信頼を軸にする現代型の社長が、むしろ時代にフィットするのです。
さらに、人事制度や評価制度の導入・運用も、信頼型マネジメントの上に成り立つべきだと著者は説いています。圧力のみで制度を運用しても、成長実感は得られませんし、不満が生まれてしまいます。むしろ、自らがまず信頼を土台にしたマネジメントに徹してから制度を運用すれば、部下の納得感と制度効果は劇的に高まります。
読書好きとの岩出氏が書いた本だけあって、本書にはマーティン・セリグマンの「学習性無力感」や、アルバート・バンデューラの「自己効力感」といった心理学の理論がわかりやすく紹介されています。これらの理論が単なる引用にとどまらず、信頼型マネジメントの実践と見事に結びついている点に、本書の深い洞察と実践性を感じました。
まずセリグマンの「学習性無力感」とは、何をしても状況が変わらないという経験が続くことで、人が「どうせ無理だ」と思い込み、行動する意欲を失ってしまう心理状態を指します。圧力型マネジメントが長く続いた組織では、社員が意見を出しても受け止められず、「言っても無駄」「評価されない」といった思考が蔓延し、組織全体の活力を奪ってしまいます。
本書では、このような無力感の連鎖を断ち切るために、経営者がまず信頼関係を築き、社員の声を受け止める姿勢を持つことの重要性を説いています。
一方で、バンデューラの「自己効力感」は、「自分ならできる」という感覚が人の行動や学習の動機を高めるという考え方です。信頼型マネジメントにおいては、部下に挑戦の機会を与え、小さな成功体験を積ませることがこの自己効力感の醸成につながります。
本書では、部下の成長を支える上司の関わり方や、フィードバックのあり方についても具体的に示されており、理論と実践の橋渡しがなされています。 こうした心理学の知見を背景にした本書の構成は、読む側に深い納得感を与えてくれます。単なる経験則ではなく、科学的根拠に基づいたアプローチで語られているからこそ、読者の信頼を得ることができるのです。
会社のリーダーである社長が明るい未来を社員に示すことで、そこに向けて行動しよう、という気持ちが生まれます。社長が示す明るいビジョンこそが、やりがいと信頼につながっていくのです。
会社のリーダーである社長が明るい未来を社員に示すことは、組織の動力源になります。社長の描くビジョンが明確であればあるほど、社員はその未来に共感し、「自分もそこに向けて動いていきたい」と思えるようになるのです。ビジョンがあるからこそ、日々の業務に意味が生まれ、働くこと自体がやりがいや信頼につながっていきます。
私たち「2代目お坊ちゃん社長の会」でも、定例会の中でビジョン・ミッション・バリューに関する議論を深めています。特に、ビジョンやパーパスを社内にしっかりと提示することで、多くの2代目社長が自らのリーダーシップを発揮し、社員を巻き込みながら組織を前に進めています。
こうしたビジョン共有のプロセスは、信頼型マネジメントの実践にも直結しており、組織全体の成長を加速させる原動力となっています。 ビジョンを持ち、社員とともに未来を見据えること。その姿勢が、リーダーとしての信頼を高め、組織を一枚岩にしていくのです。
圧力ではなく、共感と信頼によって導く経営こそが、これからの時代に求められるスタイルだと、私たちも日々実感しています。
書評家として多くのビジネス書を読んできた私にとっても、本書は非常に完成度が高く、理論と実践の両面において深い示唆に満ちた一冊だと感じました。信頼型マネジメントの本質をこれほどまでに明快に、しかも後継経営者の視点に寄り添って語った書籍はそう多くありません。
まさに、これからの時代に必要とされる「信頼」を軸にした経営の教科書として、多くの2代目社長に手に取っていただきたい一冊です。 「信頼」をテーマに据えた本書は、これからの経営に必要な視点を提示するとともに、圧力型の限界に悩む多くの2代目社長に対して、現実的かつ希望の持てる道筋を示してくれます。組織の未来を、信頼という揺るぎない土台の上に築き直したいと願うすべての経営者に、お薦めしたい一冊です。
コメント