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トーキング・トゥ・ストレンジャーズ~「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと~
著者:マルコム・グラッドウェル
出版社:光文社
本書の要約
見知らぬ人とのコミュニケーションで、私たちはデフォルトで人を信用し、トラブルに巻き込まれることがあります。著者はデフォルトで信用すること、透明性の嘘、結びつき(カップリング)などの理論を知ることで、初対面との相手との予期せぬトラブルを減らせると指摘します。
「良く知らない人」とのコミュニケーションに気を付けろ!
そもそも人間にはデフォルトで信用する傾向があるため、詐欺師は必然的に有利なスタートを切ることができる。(マルコム・グラッドウェル)
世界的ベストセラーを送り出してきたマルコム・グラッドウェルの新刊は、人はなぜ見ず知らずの相手とわかりあえないのか?を問う一冊で、様々な理論やケーススタディが紹介されています。アメリカでは黒人への警官の暴行から抗議デモ「ブラック・ライヴズ・マター」が続いていますが、まさに歴史は繰り返すで、黒人と白人の間には、昔から似たようなトラブルが起こり続けています。冒頭の黒人女性サンドラ・ブラントの事件から、見知らぬ人とのコミュニケーションに関する著者の謎解きが始まります。
第二次世界大戦前に英国のチェンバレンはヒトラーとの対話を繰り返しますが、ヒトラーの悪意を見抜けずに、ドイツの侵略を許してしまいます。ヒトラーは一般的に信じられている嘘つきのイメージと合致していなかったために、多くの政治家が騙されてしまったのです。他にも金融業界の有名詐欺師に長年騙され続けた投資家や酩酊状態で暴行された女性の事件の真実を著者が明らかにしていきます。
著者は良く知らない人、見知らぬ人とコミュニケーションをするときに、もっと人は注意すべきだと言います。その際、以下の4つの理論を心がけるとトラブルを減らせます。
■デフォルトで信用すること
■透明性の嘘
■近視理論
■結びつき(カップリング)
人は相手を信用するよう初期設定されているというトゥルース・デフォルト理論、人の感情は表情に如実にあらわれるという”透明性”の嘘を暴くフレンズ型の誤謬、飲酒によって眼のまえの経験が見えなくなる近視理論 、行動と場所が密接に関連しているという結びつき(カップリング)理論を展開しながら、著者は見知らぬ人とのコミュニケーションの本質を明らかにしていきます。
■デフォルトで信用すること (トゥルース・デフォルト理論)
人には、デフォルトで他人を信用してしまうという性質(真実バイアス)があります。 私たち、人間は、基本的に最初から他人を疑うようには、出来ていないのです。人は見知らぬ他人を信用する能力を獲得し、その結果、他人同士の協力が可能となり人類は繁栄してきました。
■透明性の嘘 (フレンズ型の誤謬)
人には、相手の行動や態度が内面の感情を示すヒントになる(透明性がある)という間違った思い込みがあります。他者の表情や仕草などの外見が、必ずしも内面とが一致しするわけではありません。 堂々とした態度を貫く嘘つきや挙動不審によって、嘘をついているように見える正直な人もいることを忘れないようにしましょう。
イタリアに留学していた女学生アマンダ・ノックスは、この透明性によって誤認逮捕されてしまいます。ノックスは、ルームメイトが殺された際に、エキセントリックな行動をすることで、追い詰められていきます。周りの仲間が悲しむなか彼女だけが怒ったり、殺人現場でふざけるなど、彼女の行動は「普通」ではありませんでした。乱行パーティに出席したことや、事件の翌日にボーイフレンドと赤い下着を買いに行くなどの奇行によって、彼女はセックス殺人魔にされてしまったのです。
2009年に懲役26年の実刑判決を受けた後も、ノックスは一貫して無罪を主張しました。その結果、4年間服役した後の2015年に最高裁で無罪を勝ち得ることができました。彼女は普通ではない行動=ルームメイトが殺された若い女性のイメージと一致しない、「不一致の人」であることが、冤罪事件を引き起こしました。あたかも罪を犯したかのようにノックスが振る舞ったために、彼女は大きな犠牲を支払ったのです。
■近視理論
アルコールには人間の感情的・精神的な視野を狭める効果があります。アルコールによって作りだされるのは、「眼のまえの経験についての表面的な理解が、行動と感情に不均衡なほど大きな影響を与える近視状態」です。アルコールは前面にあるものをより際立たせ、うしろ側にあるものをより目立たなくさせます。過度な飲酒によって、短期的な思考が大きく映り、認知能力をより必要とする長期的な思考は脇に追いやられてしまうのです。(この近視理論とアルコールのケーススタディは別途取り上げます)
事件の裏には隠された真実がある
■結びつき(カップリング)
見知らぬ他人の行動は、「場所」や、「利用可能な手段」などの複数の要因が密接に結びついてます。例えば、 自殺には、自殺に適した場所や利用しやすい手段があります。それらの手段を取り除くと自殺を減らせることが明らかになっています。
この「結びつき」の理論は犯罪発生でも説明可能です。都市の犯罪の多くはある「場所」に集中しています。そのエリアを集中的にパトロールすることで、事件やトラブルを減らせることがわかりました。カンザス・シティーの警察は、犯罪が起きやすいエリアで、交通ルールに違反した車を止め、ドライバーの怪しい素振りや車内の様子をチェックし、犯罪者のパターンに合致したドライバーに対して、銃や麻薬の所持を捜査することを徹底しました。
この「結びつき」を意識したパトロールが、長年犯罪に悩んでいたカンザス ・シティーの犯罪事情を変えてしまったのです。カンザス・シティの警察が危険エリアから犯罪を半減させるという驚くべき成果をあげたことで、アメリカ中の警察がこのパトロールを採用したのです。
しかし、ここには大きな落とし穴がありました。他のエリアの警察は、「結びつき」の理論を十分に理解せずにカンザス・シティー式のパトロールを安全なエリアでも行ってしまったのです。 限られた危険エリアで積極的に車を止めることが、カンザス・シティー式のパトロールであったのにも関わらず、それを無視し、反則切符を所構わず切るようになったのです。
交通違反から他の犯罪を見つける捜査が、冒頭のサンドラ・ブラントの悲劇を引き起こしました。著者は「結びつき」「デフォルトで信用すること」「透明性の罠」の3つの理論を使いながら、事件を解き明かしていきます。
サンドラ・ブラントを逮捕した警官は、常に最悪の事態を想定しながら、彼女を追い詰めていきます。サンドラは、イタリアで誤認逮捕されたアマンダ・ノックスのような「不一致の人」だったのです。彼女は、精神的な問題を抱えていたために、警官とのコミュニケーションに失敗します。結果、普通の道(安全なエリア)で車線変更を怠っただけのサンドラは誤認逮捕され、3日後に留置場で自殺してしまうのです。この事件はアメリカで話題になりますが、事件のセンセーショナルな報道に違和感を持った著者は、黒人が警察に逮捕される事件が多発する中、真実を明らかにするために本書を執筆しました。
自分たちとは異なる人々を評価することについて、根本的に何かがまちがっているのではないかと感じた。
サンドラ・ブラントの事件や、最近の「ブラック・ライヴズ・マター」の裏には人種差別以外の要素があるのです。私たちは透明性という考え方から逃れないかぎり、不一致の人にうまく対処できません。日頃から「見知らぬ他者とどうつきあうか?」を自問し、適切に行動しないとトラブルに巻き込まれる世の中を私たちは生きているのです。
本書に登場する被害者たちのように、自分がならないとは言い切れません。特に分断が進む現代において、トラブルに巻き込まれる可能性が高まっています。デフォルトで人を信じることの危険性、見ず知らずの人とのコミュニケーションには限界があると考え、行動することが私たちに求められています。
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