逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知
楠木建、杉浦 泰
日経BP
本書の要約
逆・タイムマシン経営を実践し、近過去に遡り時代を吟味することで、本質を見抜くセンスと大局観が身につきます。逆・タイムマシン経営を学ぶことで、同時代性の3つの罠(飛び道具トラップ、激動期トラップ、遠近歪曲トラップ)に気づき、失敗を避けることができます。
逆・タイムマシン経営論の効用とは?
未来は誰にも分かりませんが、過去は厳然たる事実として確定しています。未来を考えるにしても、いったん近過去に遡って人と世の思考と行動のありようを冷静に見極め、そこから未来についての洞察を引き出すことが大切です。(楠木建、杉浦 泰)
タイムマシン経営とは、海外(特に欧米)で成功した事業モデル・サービスを日本に持ち込み、いち早く展開する経営手法ですが、これとは全く逆のアプローチの「逆・タイムマシン」経営を著者たちは推奨します。
新聞、雑誌、インターネットを活用し、近過去に遡り時代を吟味することで、本質を見抜くセンスと大局観が身につきます。本質について考察することが経営によい影響を及ぼします。そのためには歴史的変化を辿ることが欠かせません。
逆・タイムマシン経営論の本領は「パストフルネス」(past=過去)にあります。 未来予測はどうやっても不確かですが、過去は既に確定した事実です。過去の事実は膨大に蓄積されています。歴史はそれ自体「ファクトフル」なものです。
特定のファクトが生起した背景や状況といったコンテクスト(文脈)を理解し、それを自分のビジネスの文脈と相対化し、ファクトを自らの文脈の中に位置づけて考えることで、間違った選択を防げるようになります。文脈思考を養うことで、よい結果を得られるようになります。「パストフルネス」は差別化の武器として活用することで、成功確率を高められます。
逆・タイムマシン経営を学ぶことで、同時代性の3つの罠(飛び道具トラップ、激動期トラップ、遠近歪曲トラップ)に気づき、失敗を避けることができます。
・飛び道具トラップ・・・DXやAIなどのバズワードにすぐに飛びつく。
・激動期トラップ・・・「今こそ激動期!」という思い込みにとらわれる。
・遠近歪曲トラップ・・・「遠いものほど良く見え、近いものほど粗が目につく」というバイアス。
メディアが発信するバズワードに飛びついたり、近視眼的な思考に流れるのをやめ、逆・タイムマシン経営によって、ビジネスパーソンは長期視点を取り戻せます。
同時代性の罠の飛び道具トラップにどう対処するか?
いつの時代も「最先端」の「ベストプラクティス」や「ビジネスモデル」が喧伝されます。こうした旬の経営手法やツールを取り入れれば、たちどころに問題が解決し、うまくいくと思い込んでしまう。これが飛び道具トラップです。
この数年、サブスクがブームになっていますが、これこそが同時代性の罠の典型です。Adobeなどの特定企業の成功事例が、その企業が長い時間をかけて練り上げてきた文脈から引き剥がされ、サブスクという課金形態だけがメディアで取り上げられ、急速に拡散します。結果、「サブスク」という言葉が一人歩きし、経営者がブームに流され、失敗するリスクを高めます。
戦略の一要素に過ぎないサブスクという課金方式の選択が、いつの間にか戦略や競争優位の実体とすり替わり、有効な武器として経営者を惑わします。手段を目的化したAokiなどは、すぐにサブスクから撤退し、時間とお金を無駄使いしました。
サブスクやAIなどのITには「新奇性」と「即効性」という2つの大きな特徴があります。メディアがその期待値を高め、喧伝することで経営者は過大な期待値を持ち、それらを検討します。ITツールという手段が目的化し、そこから負の連鎖が始まるのです。
飛び道具トラップから逃れるためには、自社の意図する目的と手段の連鎖をはっきりと描き、「目的→手段」の順に考えるようにすべきです。「戦略が先、ITは後」という順番で、本当に経営にインパクトを与えられるのかを検討するようにしましょう。
飛び道具トラップが作動する遠因には、その時点で広く共有されている「同時代の空気」があります。「飛び道具」は具体的な成功事例とセットで語られます。飛び道具を提供しているベンダーやメディアがケーススタディで導入効果や新奇性や即効性を強調することに注意を払い、安易にブームに乗らないようにすべきです。当然、自社の戦略との整合性も考えなければなりません。
■飛び道具トラップのメカニズムと駆動プロセス
【1】「同時代の空気」の土壌の上で
【2】人々の耳目を引く成功事例が生まれ
【3】それを「飛び道具サプライヤー」があおる中で
【4】「同時代のノイズ」が発生し
【5】飛び道具が「過大評価」され
【6】関心を持つ人々による事例文脈からの「文脈剥離」が起こり
【7】「文脈無視の強制移植」が行われ
【8】「手段の目的化」と「自社文脈との不適合」により逆機能が起こる
飛び道具トラップに陥らないためには、以下の4つのステップで検討する必要があります。
①自社の戦略ストーリーを固めること。
自社に固有の論理文脈をきっちり理解し、目的→手段の順で考えるようにします。
②飛び道具物件が埋め込まれている事例文脈を理解すること。
③飛び道具を抽象化し、論理でその本質をつかむこと。
効果があるように見えても、自社の戦略から考えると導入に意味がないことが多いのです。他社の事例文脈を自社に置き換え、しっかりと検証すべきです。
④飛び道具物件を自社に導入すべきかどうかの判断をする。
飛び道具の論理を自社の戦略ストーリーの文脈に当てはめ、どのようなベネフィットがあり、どのようなコストとリスクがあるのかを時間を使い、検討します。いきなり実行するのではなく、自社文脈の中で飛び道具がどのように作用するのかを論理で十分に詰めるようにします。
本書で紹介されているサイゼリヤのキャッシュレス導入のプロセスを見ると「戦略が先、施策が後の原則」が徹底されています。このケーススタディから思考のプロセスを学ぶことだけでも、本書を読む価値があります。
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